他の同級生と、明らかに異なる急成長ぶりを見せるパーティは、クロスティーニの中でもちょっとした話題になっていた。  
ただ、今はその成長も少し止まっている。というのも、ヒューマンが魔法使いに転科し、その修行に専念しているからだ。  
それなりに装備はいいため、ヒューマンは一人で鍛錬に出かけることも多いが、念のためにとクラッズやドワーフが、よく彼に  
ついて行く。それ以外の仲間は、寮でゆっくり寛いでいたり、装備品の調整をしていたりと好き勝手に過ごしている。  
この日は、ヒューマンとドワーフとクラッズが初めの森に出かけており、暇だからとフェルパーも後からついて行った。  
残ったディアボロスは、装備の強化でもしようと思い、いくつかの素材を持って実験室へと出かけた。  
「そうよぉ〜。あなた達だって、鍛えれば強くなるわよぉ。もっとも、筋肉がつくわけじゃないから、アタシみたいな体には  
なれないけどネ」  
「そうですか、やはり強くはなれるんですね。でも先生みたいな美しい体になれないのは、残念ですね」  
「あらヤダ!あなた上手ねぇ〜」  
頭の痛くなるような会話を背中に聞きつつ、ディアボロスは黙って用事を終わらせようとした。しかし、声の一つが聞き覚えのあるもので  
ある事に気付き、振り返ってみる。  
「ノ、ノーム!?お前、一体何を…!?」  
「ん、ああ、ディアボロス。錬金かい」  
「あなたのお友達?その子、なかなかいい体してるわぁ〜」  
「は、はぁ。ど、どうも…」  
全身が一気に粟立つのを感じながら、ディアボロスは何とか頭を下げる。  
「えと……ノーム、お前は何を…?」  
「何って、ジョルジオ先生に相談に来てたんだよ。僕は君達みたいに、明確に強くなるって感覚がないからね」  
「心配しなくても大丈夫よ。依代に馴染めば、その分動きやすくなるわ。そうすれば、今よりもっと力も出せるし、素早く動けるように  
なるってわけよ。詳しい話は、ガレノス先生に聞けば色々教えてもらえるわよぉ〜」  
「ありがとうございます。でも、僕としてはジョルジオ先生と話している方が、面白いので好きです」  
「あら、それってもしかして、こ・く・は・く?」  
「……ノーム、私は錬金だけして、部屋に帰る…」  
これ以上、彼等の会話を聞くのは耐えられなかった。あとはもう、耳から入ってくる声を全て意味に変換せず、ただの雑音として処理し、  
黙々と錬金を済ませると、実験室を出る。  
外の清々しい空気を胸いっぱいに吸い込み、ディアボロスは大きく伸びをした。ロングソードが強化されたことより、あの実験室を  
出られた開放感に、ディアボロスは大きな喜びを感じていた。  
ふと視線を滑らせると、初めの森入り口から、こちらへ歩いてくる四人組が目に入った。編成を見る限り、鍛錬に出ていた彼等だろう。  
「おう、ディアボロス。何してたんだ?」  
まだ余裕のありそうな顔で、ヒューマンが声をかける。  
「武器の強化をな。お前は、もう終わりか?」  
「ああ。ようやく、フロトル覚えたから、もういいやって思ってさ」  
「ヒーラスぐらい覚えようとは、思わないんだな…」  
「だって、面倒くせえもん」  
そう言って笑うヒューマンを、ドワーフが不思議そうに見つめている。  
「ヒールとかするの、嫌い?」  
「ん?ああ、いや、そういうんじゃねえんだ。ただ、魔法使いってのは、あんまり性に合わなくてさ」  
「そうなんだ。でも、もったいないなあ」  
「そりゃ、後ろから弓射てた男が、いきなり魔法じゃもんねえ。合わないのは、しょうがないよ」  
「ディアボロス、ただいまぁ」  
相変わらず眠そうなフェルパーが、眠そうな声で言う。しかし、尻尾がピンと立っているのを見て、ディアボロスはすぐに気付く。  
 
「どうしたんだフェルパー?嬉しそうだな?」  
ディアボロスがそう言った瞬間、三人は顔を見合わせた。  
「……なんでわかるの、あれ…?」  
「俺に聞くなよ……ほら、あれだ。猫飼ってると、気持ちが分かるようになるって言うだろ?」  
「尻尾見たんだと思うけど」  
ぼそぼそと話す三人をよそに、フェルパーはディアボロスに笑顔を見せると、腰からヌンチャクを取り出した。  
「これ、拾っちゃった」  
「へえ、いい武器だな。けど、お前は素手の方が得意なんじゃないのか?」  
「そうでもないよぉ。こういうのは得意だよ、ほら」  
直後、フェルパーはブンブンと凄まじい音を立てながら、ヌンチャクを振り回した。すぐ隣にヒューマンがいるのだが、  
彼に当てるようなことはせず、しかしヒューマンは慌てて飛びのいた。  
「あっぶねえなお前は!!いきなり振り回すんじゃねえよ!!」  
「ん?あ、怖かった?ごめんねぇ」  
「けど、ほんとうまいもんじゃなー。あたしなら頭にぶつけるわ、あれ」  
「あーもう、まったく、お前は……まあいいや。とにかくさ、フロトルは使えるようになったし、そろそろパニーニの方にでも  
行ってみようかって話してたんだけど、どうよ?」  
「そうだな。確かにここ最近は、こっちでも依頼はないし、ちょうどいいか」  
「よし、決まりだな!んじゃ、ノームにも話してくるわ」  
そう言って寮に向かおうとするヒューマンを、ディアボロスはすぐに止めた。  
「ノームなら、実験室にいるぞ」  
「お、そうなのか?あれか、またジョルジオ先生と話してるのか」  
「え?知ってるのか?」  
ディアボロスが不思議そうに尋ねると、ヒューマンは笑った。  
「そりゃ、あいつとは元々友達だしな。パーティ組む前から知ってるんだぜ」  
「あたしとドワちゃんも、パーティ組む前から友達じゃよ。ね」  
「うん」  
「あいつ、変わり者だからなー。じゃ、後であいつには話しておくとして、明日辺りから行動開始でいいか?」  
「ああ、わかった」  
「ほいほーい。じゃ、今日はもう部屋に戻ろっか」  
少し退屈な日々に飽き始めていた一行は、何の異論もなくそれに従うことにする。まだ見たことのない学校と、新たな迷宮。  
それらに思いを馳せ、一行はそれぞれの部屋へと戻っていった。  
 
まだ眠るにも早く、ノームとヒューマンは同じ部屋でカードゲームに興じていた。  
「それにしても、一時はどうなることかと思ったよ」  
ヒューマンの持つカードの一枚を選び、それを抜き取って裏を見る。そして手札から一枚を抜き出し、ペアになったカードを捨てる。  
「あれは嫌い、これは嫌って選り好みをしてくれたおかげで、結局二人だけになるところだったね。あの時は、僕は君がこの学園に、  
スラップスティックでもやりに来たのかと思った」  
「うるせえな。それなら、わざわざそれに付き合ってるお前は何だったんだよ」  
ヒューマンはノームの手札から一枚引き、それをそのまま手札に加える。  
「困った友人を放っておけない、ちょっとお人よしの三枚目、でどうだい」  
「よく言うぜ。ところでお前、普通科のままでいいのか?お前ならレンジャーにだってなれるだろ?」  
「ああ、変える気はないよ。僕等が魔法を習うにはここしかないし、スペシャリストになる気はない。広く浅く、色々できる方が、  
僕には合ってるさ」  
再び、ヒューマンの手札からカードを選び、ペアになった一組を捨てる。  
「錬金術師っていうのも、あるらしいぜ?」  
「ああ、少し気にはなってる。まあ、その時の気分で決めるさ」  
「気分かよ。ま、別に悪いことじゃ……うえ!?」  
「ははは。ジョーカーおめでとう。じゃ、カードを引かせてもらおうか」  
「ま、待て待て待て!!ちょ〜っと待てよ!よーく切ってから引かせてやる!」  
まだまだ、彼等が眠るのは先の話になりそうだった。  
 
一方、ドワーフとクラッズも同じ部屋におり、こちらは既に二人ともパジャマに着替えている。  
「パニーニ学院かあ。行くの、今から楽しみじゃねー」  
「うん。どんな所なんだろうねー」  
ドワーフはお下げを解き、それを手櫛で整える。クラッズは、ドワーフのもう片方のお下げを解いて、丁寧にブラシで梳いている。  
「確か、ここの姉妹校で、肉体派の学校じゃったと思うよ。ドワちゃんなら、狂戦士学科とかあるけど、どう?」  
「やだよ、それ。私、ほんとは戦うのって、あんまり好きじゃないの。みんなのお手伝いとかする方が、好きなの」  
「あら、そうなの?じゃ、もしかして前衛とか、やってて辛い?」  
「ん〜、それはいいんだ。なりたいのがあるから、それになるために頑張るのはいいの」  
「お、転科前提で普通科なんじゃね。でも、そんなに入るの難しい学科ってあったっけ?」  
クラッズの言葉に、ドワーフの手が止まった。そして、少し悲しそうな目でクラッズを見つめる。  
「私……成績、よくなくって…」  
「あ、ごめんごめん。ドワちゃん見てると、とてもそうは思えなくってさ」  
明るく言うクラッズに、ドワーフの顔も少し明るくなった。  
「でも、クラッズちゃん、ごめんね…」  
「え、何が?」  
「私のせいで、クラッズちゃん、色んなパーティに誘われてたのに、入れなくって…」  
「あー、その話はいいのいいの。ドワちゃんと一緒じゃお断り、なんて言う意地の悪いパーティ、こっちから願い下げじゃよ!」  
「……ありがとね、クラッズちゃん」  
そう言う彼女に、クラッズは優しく笑いかけた。その笑顔を見ると、ドワーフも心なしか気持ちが軽くなる。  
 
「あ、そじゃ。ドワちゃんって、何学科に入りたいの?」  
「……あの、あのね、笑わないって、約束してくれる…?」  
怯えたように尋ねるドワーフに、クラッズは明るく笑った。  
「あたしが、友達を笑うような奴に見える?」  
その言葉に、ドワーフはホッとした笑顔を見せた。そして、他に誰にもいないにも関わらず、そっとクラッズの耳に唇を寄せる。  
ぼそぼそと何事かを囁くと、クラッズはなるほどと言うように頷いた。  
「そっかそっかー、なるほどねー。でも、今まで頑張ってきたし、そろそろ転科できるんじゃない?」  
「うん、そうだといいなぁ」  
「だいじょぶじゃって!ほらほら、うしくんも応援してるよ〜」  
いつの間にか、クラッズは右手に牛の人形をはめていた。彼女の手に操られ、牛はぺこりと頭を下げる。  
「あはは、可愛いね」  
「そう言ってもらえると嬉しいな!じゃ、うしくんからも一言」  
『褒めてくれてありがとな』  
凄まじく野太い声が響き、ドワーフはぶわっと全身の毛を膨らませた。  
「な、な、何、今の声…!?」  
「何って、うしくんの声じゃけど?ほら、牛って鳴き声低いし…」  
「なんでそんなとこだけリアルに…」  
『おう、脅かしちまってごめんよ』  
やはり野太い声で、牛がぺこりと頭を下げる。  
「ま、人形遣いじゃからね〜。こういう声も芸のうちってね!」  
「……すごいね…。他に、どんな声出せるの?」  
「お、聞いてくれる?ギャラリーいるのは幸せじゃのぅ〜!じゃ、次はこっちのかえる君に登場してもらおー!」  
嬉々として人形劇の準備を始めるクラッズ。それを楽しげに見守るドワーフ。仲良し二人組の部屋からは、深夜までずっと、  
楽しげな声が聞こえていた。  
 
フェルパーの部屋は無人で、近くにあるディアボロスの部屋。そこから、二つの寝息が聞こえている。  
「くー……くー……ゴロゴロ……ゴロ……くー…」  
「すぅ……すぅ……んん、ん……暑……すぅ…」  
布団をしっかりと掛け、その上でフェルパーは、ディアボロスにぴったりと寄り添っている。おかげで、ディアボロスは暑そうだが、  
起きる気配はない。  
「くー……あったか……くー…」  
「すぅ……あっつ……すぅ…」  
微妙なすれ違いを起こしつつも、二人は幸せそうに寝息を立て続けていた。  
 
その翌日、一行はパニーニ学院へと向かった。既に全員、力をつけすぎており、剣士の山道を何の問題もなく攻略していく。滝を潜るのを  
フェルパーが嫌がった以外は、特に問題もなく学院にたどり着き、そして学食で夕飯を食べ始めたとき、ヒューマンが口を開いた。  
「あのさ、俺ここで転科したいんだけど、いいかな?」  
「転科?レンジャーに戻るの?」  
クラッズが、きのこサラダのきのこを、隣のドワーフの皿に移しながら尋ねる。  
「いや、ガンナー学科。俺、元々はそれに興味があってさ。でも、クロスティーニじゃ習えねえだろ?だから、しょうがねえから、  
似た感じのレンジャーやってたんだけどさ」  
「ガンナーかぁ。なんか、かっこよさそうだよね」  
ドワーフが言うと、ヒューマンは嬉しそうに笑った。  
「だよな?わかってくれて嬉しいぜ」  
彼に笑いかけられると、ドワーフは少し恥ずかしげに視線を逸らした。それを、クラッズは無言で見つめる。  
「だから、あとで職員室行ってこようと思うんだけど、構わないか?」  
「転科するのは、お前の自由だろう。私は別に構わん。……あ、これおいしいな」  
ディアボロスはどちらかというと食事に夢中らしく、どうでもいいといった雰囲気を醸している。  
「なりたかったものなら、僕が止める理由もない。頑張ってくるといいさ」  
「ガンナーって、どんな学科なの?」  
少し興味を惹かれたらしく、フェルパーが尋ねる。  
「ん、そうだなー。俺みたいなヒューマンしかなれねえ学科で、銃を使うんだよ」  
「君の種族しかダメなんだ、そっかぁ。あ、じゃあ僕は何になれるのかな?」  
「お前は、確かビーストだったはずだ」  
「ふーん……僕も、一緒に行ってみようかなぁ」  
フェルパーの意外な言葉に、全員が思わず彼を見つめた。  
「え?何?ビースト学科行きたいの?」  
「うん、行ってみたいなぁ」  
「いや、無理だろお前じゃ……どう考えても向いてない…」  
「いや……むしろ、私は向いてると思うが」  
「僕も、向いてると思うよ。あの学食での騒ぎを思い出すと、あながち悪い選択とも思えない」  
言われてみると、あの時の彼は、理性のたがが外れたような動きをしていた。それに、普段はボーっとしているが、やたら猫のような  
動作をすることも多い。それを考えると、確かに向いているとも思えてくる。  
「……まあ、あれだ。いずれにしろ、転科が認められるかどうかは別問題だからさ。せっかくだし、一緒に行くか」  
「うん、そうしよ」  
「二人とも、頑張ってくれよ」  
それから二人は、食事が終わるとすぐに職員室へ行き、転科の手続きを始めた。幸い、二人ともそれは認められ、明日からそれぞれの  
科へと移ることとなった。  
「んじゃ、少し転科でゴタゴタあるからさ。落ち着くまで、みんな適当にやっててくれな」  
「みんな、またねぇ」  
「ああ。わかった」  
「フェルパー……無理、するなよ」  
「いってらっしゃーい」  
「また、しばらく暇になるってことじゃね。ま、のんびりしよっかー」  
しばらく勉強漬けになる二人と別れ、一行はそれぞれにあてがわれた部屋へと向かう。そして、二人の転科が無事終了するまで、またも  
のんびりした日が続くこととなった。  
 
それから一週間ほどが経った。部屋は一人一人に割り振られていたものの、ドワーフとクラッズはよく一緒の部屋で過ごしていた。  
「いよいよ今日じゃねえ。二人が戻ってくるの」  
「ふんふふ〜ん……そうだねー。二人とも、どうなったかなあ?」  
ドワーフは鼻歌を歌いつつ、丁寧にお下げを編みこんでおり、クラッズは荷物からリボンを取り出し、それをどこにつけるか悩んでいる。  
「ヒューマン君、かっこよくなってたりするのかな?うふふ」  
そう言って笑うドワーフを、クラッズは少し冷めた目で見ている。  
「ドワちゃん、もしかしてヒュマ君のこと、好きとか?」  
「えっ!?」  
唐突にそう聞かれ、ドワーフは驚いたようだった。しかし、すぐにその顔は笑顔に戻る。  
「ん〜、そう、かな?少なくとも、嫌いじゃないよー。ヒール覚えたときも、最初にやらせてくれたし、すっごく頑張ってるし」  
「それは単に、みんなで電撃の踏んで、ヒュマ君が被害ひどかっただけじゃと思うけど…」  
「でもさ、その前から使っていいよって言ってくれてたし、いい人……あっ、やん!」  
ドワーフはビクリと体を震わせ、慌てて尻尾をずらした。そこにリボンを付けようとしていたクラッズは、少し驚いたようにドワーフを  
見ている。  
「あ、尻尾はまずかった?」  
「う、うん。いきなり触られちゃうと、びっくりするな…」  
「ごめんごめん。そこに付けたら、かわいいかなって思ってさ。それじゃ、これはやめにして、そっちのお下げやってあげる」  
「うん、ありがとうー」  
手先が器用な分、髪を結うのは非常に早い。二人はほぼ同時にお下げを編み終えると、揃って部屋を出た。  
寮の入り口には、既にノームとディアボロスがいた。二人とも椅子に座り、のんびりと寛いでいる。  
「やあ、おはよう。相変わらず可愛らしいね、二人とも」  
「ノーム君は相変わらずじゃのぅ。そういうとこ、嫌いじゃないけどさ」  
「お前は誰彼構わず、そう言うんだな」  
そうディアボロスが笑うと、ノームはいつものように、口元だけの笑みを浮かべた。  
「正直なだけさ。それに、君にはきれいだ、って言っただろう」  
「あんまり変わんないよー。でも、ノーム君って面白いよね」  
「その『面白い』が、ストレンジじゃなくてファニーであることを祈るよ」  
その時、後ろから足音が聞こえ、四人は同時に振り返った。  
「よう、久しぶり」  
そこには、一週間ぶりとなるヒューマンが立っていた。ハンドガンを携え、マントと帽子を身に付けた姿は、今までとは  
だいぶ変わって見える。  
「お、ヒューマン。ずいぶんイメージ変わったじゃないか」  
「だろ?どうだ?」  
「ほんとだー。かっこいいね」  
「へへっ、ありがとな」  
得意そうに言うと、ヒューマンはドワーフに笑顔を向けた。  
「あれ、まだフェルパーは来てないのか?」  
「ああ、まだだよ。ディアボロスがお待ちかねなんだから、早く来ればいいのにね」  
「い、いや、私はそんな…」  
頬を赤く染め、ディアボロスは思わずうつむいた。と、そこにもう一つの足音が近づく。  
「みんな、久しぶりぃ」  
「おう、やっと来たかフェル…」  
その瞬間、五人はその場に凍りついた。  
 
燃えるような真っ赤な髪に、二股に分かれた尻尾がゆらゆらと揺れている。腕にも赤い毛が生え、指先には長く伸びた鋭い爪がある。  
元々の面影など、きれいさっぱり消えているほどの変貌ぶりであった。  
誰も口を開けない中、フェルパーは不意に、以前とまったく同じ笑顔を見せた。  
「見て見て、これ。尻尾、二股になったよ」  
そう言い、彼は二股になった先を交互に動かしてみせる。その姿は、心なしか得意げだった。  
「か、変わったな、お前…」  
「うん、変わったよねぇ。爪もすごく伸ばせるようになっちゃった」  
「……でも、元の部分は、まったく変わってないんだな。安心したぞ」  
ディアボロスがホッとした笑顔を見せると、フェルパーも眠そうな笑顔を見せた。  
「よし、せっかく転科してきたんだ。外でその実力、見せてもらわないかい」  
「お、いいねー。じゃ、行ってみようか」  
「フェルパー。これ、お前の装備だ」  
ディアボロスがヌンチャクを差し出すと、フェルパーはそれを受け取らず、じっと見ていた。  
「……ん?どうしたんだ?」  
「んー、ごめんね。僕、今は武器使うより、素手の方がいいんだぁ」  
「そうなのか?前はあんなにうまく使ってたのに…」  
「今は、獲物を爪で裂く感触が、直接手に伝わるのが好きだから〜」  
その言葉に、五人は再び凍りついた。フェルパーはそんな仲間を見回し、困ったような笑顔を見せた。  
「あ、やだなぁ。冗談だよぉ」  
「……その姿で言われると、冗談に聞こえねえんだよ…」  
「あたしなんか、最初モンスターと間違えたわ…」  
「私も…」  
「とにかく、今は素手の方が好きだからさ。それ、君にあげるね」  
「そうか。少し寂しいが、そういうことならもらっておこう。さて、ほどほどに頑張るか」  
「いや、しっかり頑張ろうぜ……新しい学科の修行も兼ねてんだし…」  
そうして、一行は一週間ぶりに学院の外へと向かった。転科した二人でなくとも、久しぶりに動くため、体は多少鈍っている。  
そんな一行の最初の相手は、二匹のささくれシャークだった。かなりの強敵ではあるが、一行の士気は高い。  
「おっと、早速お出ましか。俺の腕、見せてやるぜー!」  
軽い調子で言うと、ヒューマンは銃を持った右腕を直角に上げ、左腕はその隣で胸をかばうように添える。  
「戦うのって、久しぶりだねぇ。それじゃ、僕も…」  
フェルパーはそう言うと、大きく息を吸い込んだ。  
「ウナアアァァオ!!!」  
興奮した猫の鳴き声と共に、フェルパーの雰囲気が豹変する。目は獲物を狙う猛獣の目と化し、まさにビーストの名に違わぬ姿である。  
そんな二人の様子を見て、他の仲間は軽く顔を見合わせた。  
「……フェル君には天職じゃのう、これ」  
「うん、すっごく似合ってると思う」  
「ヒューマンも、なかなか悪くなさそうだな」  
「二人がどこまで強くなるか、楽しみだね。さ、僕等も負けないよう、頑張るか」  
直後、フェルパーが地を蹴り、ヒューマンの銃が火を噴いた。それを合図に、一行は戦いの中へと身を投じていった。  
 
その日一日をモンスターとの戦闘に費やし、ヒューマンとフェルパーは見る間に力をつけていた。もちろん、他の仲間も相応に  
力をつけている。特に、クラッズが魔法壁を張れるようになったため、戦いの安定性は一気に上がった。  
そんな中で、ドワーフの様子が少し妙だった。戦闘などは至って普通にこなすのだが、時々何か考え事をしている。どうやら、何かに  
悩んでいるようで、しばらくしてから、ドワーフは不意にヒューマンへ尋ねた。  
「ねえ、ヒューマン君」  
「ん?なんだドワーフ?」  
「あのさ、転科って、どうだった?テストとかあるの?」  
「ああ、簡単な審査みたいなもんだな。相応の力があれば、そんなに難しくないよ」  
「そうなんだ。あの、転科したあとは、どう?色々、大変?」  
「そうだな〜、やっぱり戦い方は全然違ってくるし、場合によっては魔法の基礎とか習わなきゃいけないし、最初は結構きついかな。  
見ての通り、慣れてからは実戦だから、ま、最初だけだよ」  
そんな会話があって、一行は日が暮れるまで戦ってから、パニーニ学院へと戻った。そして学食で、揃って夕飯を食べていると、  
ドワーフが意を決したように口を開いた。  
「あの……みんな、ちょっといい?」  
「ん〜?どうしたの?」  
フェルパーがのんびりした調子で尋ねる。クラッズはドワーフが手元を見ていないのをいいことに、ハンバーグの付け合わせで出てきた  
コーンを、全てドワーフの皿に移している。  
「あのね……二人とも、戻ってきたばっかりで悪い気がするんだけど……わ、私も、転科したいの」  
「お、転科?何に?」  
ヒューマンが尋ねると、ドワーフは一瞬たじろいだ。  
「あの、えっと、それはまだ言えないんだけど……私、ずっとなりたいのがあって、それで…」  
「またしばらく、探索には出られなくなる。カリキュラムも受けられない。そうなるのを、君は心配してるんだろ」  
ノームが、気のない感じで言う。だが、その口調は優しい。  
「でも、ずっとなりたかったんだろ。なら、気にすることはない。僕等のことは気にせず、行ってくればいいさ」  
「さっすが、いい男じゃのぅ〜」  
「学園きってのジェントルマンだからね」  
「何を言ってるんだお前は。とはいえ、俺も同じ意見だな。頑張ってこいよ」  
「そうだな。フェルパーも戻ってきてるし、私は構わない」  
「今度は一緒だもんねぇ」  
最後の二人は大いに私情を挟んでいる気がするものの、反対する者もなく、ドワーフは嬉しそうに目を輝かせた。  
「ほんとに!?みんな、ありがとぉー!」  
「ドワちゃん、いよいよじゃね〜。頑張ってきてよ!これ、あたしからの前祝い!」  
そう言い、クラッズはドワーフの皿に、ピラフに入っていた小エビを全部移した。  
「ありがとー。これ、おいしいんだよね」  
「いや、ドワーフ……それ、クラッズが嫌いなもん寄越しただけだと思うぞ」  
「えへへ、こんなにもらえて嬉しいな」  
「……聞いちゃいねえな…」  
仲間の反対もなく、ドワーフは食事を終えると、すぐに職員室へと向かった。他の仲間は、それぞれ自分の部屋へ戻る。  
それからしばらくして、人形の手入れをしていたクラッズの耳に、ノックの音が飛び込んできた。  
「はいは〜い?誰〜?」  
「クラッズちゃん、私。入っても、いい?」  
「ああ、ドワちゃん!もちろん、大歓迎じゃよ!」  
すぐさま、笑顔で迎えるクラッズ。ドワーフも笑顔ではあったが、その表情は心なしか硬い。  
 
「あのね、転科、できるって」  
「おおおお!!よかったじゃない!!おめでとう!!」  
「うん、ありがとう。あの……それでね」  
不意に、ドワーフは寂しげな笑顔を浮かべた。その表情に、クラッズも表情を改める。  
「ん、何かあったの?」  
「うん。髪の毛がね、邪魔になるから、切らないといけないんだって。だから、クラッズちゃんに手伝ってもらおうと思って…」  
言いながら、ドワーフは大きなお下げを弄っている。腰まで髪を伸ばしていて、また毎日結い続けたお下げである。やはり、それを  
切るとなると、何かと寂しいのだろう。  
「こ、これはまた、ずいぶんと大仕事が…。ドワちゃんは、ほんとにいいの?」  
「うん。これ切るのは寂しいけど、とうとう転科できるんだもん。それに、クラッズちゃん、いっつも一緒に編んでくれて、  
嬉しかったから、できれば一緒にやってほしいなって」  
寂しそうではあっても、その口調に躊躇いはなかった。その覚悟を知り、クラッズも意志を固める。  
「……よし、わかった!せっかくの転科じゃし、そのお祝いも兼ねて手伝うよ!」  
「ありがとね、クラッズちゃん」  
そう言うと、ドワーフは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。二人は早速洗面所に向かい、鋏ではなくダガーを用意する。  
大きなお下げを掴み、ダガーの刃を押し当てる。ドワーフも、もう片方のお下げに刃を当てているが、そのままじっと手元を  
見つめている。  
「ドワちゃん、やめるなら今じゃけど…」  
「……小さい頃から伸ばしてたし、さすがにちょっと寂しいな。この先っちょの方なんか、私がこれっくらいのときから一緒なんだよ」  
ドワーフは自分の腰辺りを手で示し、昔を懐かしむような目をした。  
「でも……うん、もういいよね。よし、やる!もう伸びないわけじゃないし、私も変わっていかなきゃいけないもんね!」  
自分を鼓舞するように言うと、ドワーフは今度こそしっかりと刃を当てた。そして、一度深呼吸し、一気にダガーを引いた。  
ザバッと小気味良い音が響き、大きなお下げが床に落ちる。それを見て、クラッズも決心がついた。  
「よし、それじゃ、こっちも行くよ!」  
「うん、お願い」  
再び小気味良い音が鳴り、もう一つのお下げも床に落ちた。ただ、こちらはドワーフが切ったものより、やや短い。  
「……どう?気分は」  
「う〜ん、そうだなあ……首がすっごく楽!」  
思ったより明るい表情で、ドワーフは冗談っぽく答えた。  
「そりゃ、このボリュームじゃもんねえ……いや、持ってみたらほんと重いわ」  
「わぁ、すごくさっぱりしてる。ん、でもこっち側はちょっと長め?」  
「ああ、それはね。せっかくなんじゃから、お洒落の余地は残そうと思ってさ」  
クラッズはポケットからリボンを取り出すと、ニッと笑った。  
「あ、それ朝の…」  
「これからは、全部一人でやっちゃうと思うけどさ。今日ぐらいは、あたしが結ったげる!」  
「……うん!」  
クラッズはドワーフの髪をまとめ、あっという間にポニーテールに仕立て上げた。編みこむ必要がなくなった分、さすがに早い。  
こざっぱりとした髪形になったドワーフは、クラッズににっこりと笑いかけた。  
「ほんと、ありがとね〜。私、頑張るから」  
「うん、いい笑顔!応援してるよ!」  
「うん!それじゃ、行ってくるね!」  
笑顔を交わし、ドワーフは部屋へと帰って行った。それを見えなくなるまで見送ると、クラッズは洗面所に戻り、ドワーフが切った  
お下げを丁寧にまとめ、袋の中に入れた。その顔には、嬉しさとも寂しさとも取れない、何とも複雑な表情が浮かんでいた。  
 
それからまた一週間。一行はそれぞれ好き勝手に過ごしており、フェルパーとディアボロスに至っては、部屋でのんびりしているのが  
一番幸せだとのたまうようになっている。  
ドワーフは、あれからまったく音沙汰もなく、現状がどうなっているのか、まったく見当もつかない状態である。とはいえ、  
フェルパーもヒューマンも、ちょうど一週間ほどで転科を終えた覚えがあるため、そろそろ戻ってくるだろう程度には考えていた。  
その夜、ヒューマンはノームの部屋に遊びに行こうと思い、寮の廊下を歩いていた。既に夕飯は食べ終えており、このまま寝ても  
構わなかったのだが、やはり少し退屈なのだ。  
のんびりと廊下を歩いていると、ふと前の方に見慣れないドワーフがいるのが見えた。派手な格好をしていて、仲間である普通科の  
彼女とは大違いである。  
が、そのドワーフはヒューマンの姿を認めると、嬉しそうに駆け寄ってきた。  
「ヒューマン君、久しぶりー!」  
「え…!?え、何?お前、あのドワーフ!?」  
髪もだいぶ短くなり、ずいぶんと垢抜けた姿になった彼女に、ヒューマンは戸惑った。あの、良くも悪くも垢抜けないドワーフと  
同一人物だとは、声を聞くまでまったく信じられなかったほどである。  
「そうだよ!えへへ、やっと転科のごちゃごちゃしたの終わってさ、クラッズちゃんのところに行くつもりだったんだけど…」  
「ずいっぶん変わったもんだ…」  
相当、あちこち気を使っているのだろう。全身の体毛もよく手入れがされており、尻尾を振る度に毛がしなやかになびいている。  
ただ、獣独特の臭いだけは相変わらずだが、これはフェルパーやドワーフ曰く『匂いも個性のうち』ということらしい。長く一緒にいる  
ヒューマンも、もうそれには慣れきっており、別にそれが不快だとは思っていない。  
「えへへ〜、アイドル学科になったんだから、気を使わないとさ!でも、クラッズちゃんに最初に会うつもりだったんだけど、  
会えて嬉しいな」  
そう言うと、ドワーフはにっこりと笑った。以前よりかなり明るく見える彼女の笑顔に、ヒューマンは内心ドキッとした。  
そんな彼の胸中など露知らず、ドワーフは少し表情を改め、以前の面影が感じられる顔になった。  
「それで、その……どう、かな?似合ってる?」  
「………」  
その問いに、ヒューマンはすぐに答えられなかった。  
答え自体は、既に彼の中にあった。『似合ってる』『かわいい』『転科してよかったな』などと、いくらでも言うべき言葉はあった。  
しかし、それを口に出すのは、あまりに恥ずかしかった。彼女に面と向かって、それらの言葉を出すのは、ひどく抵抗があったのだ。  
一瞬言葉に詰まり、その言葉を頭の中に浮かべ、ヒューマンは何だか気恥ずかしくなり、顔を逸らした。そしてそれを悟られないよう、  
彼は照れ隠しをつい口走った。  
「あ、あ〜、そうだな。でも、アイドルならクラッズの方が似合いそうだな、はは…」  
その瞬間、ドワーフの表情は凍りついた。パタパタと振られていた尻尾が止まり、力なく垂れ下がる。  
「そ……そっか…。あ、あはは、そう、だよね。確かに、クラッズちゃんの方が、似合いそう…」  
力なく言うドワーフ。その時、ヒューマンは自分が恐ろしい過ちを犯した事に気付いた。  
「あっ……あっ、いやそうじゃねえんだ!!俺は、その…!」  
「う、ううん、いいの!だって、ほんとにクラッズちゃんだったら、似合うと……思うし……きっと、可愛いと…」  
必死に笑顔を続けようとしていたドワーフの目に、涙が溢れた。それに気付いた瞬間、ドワーフはぐしぐしと目元を擦る。  
「ご、ごめんね!変なこと聞いちゃって!ま、またね!!」  
「あっ、おい、ドワーフ!!」  
止める間もなく、ドワーフはその場から走り去った。後を追おうにも、ヒューマンの足は凍りついたように、言うことを聞かなかった。  
彼女が見えなくなり、辺りに静寂が戻ると、ヒューマンは唇を噛んだ。その時、不意に気配を感じ、ヒューマンは振り返った。  
「何をしてるんだ、こんなところで」  
「ああ……ノームか…。いや……その…」  
「その様子じゃ、何か悩み事らしいね。カウンセリングでもしようか」  
「……そう、だな……じゃあちっと、聞いてくれ…」  
ヒューマンはノームの後ろを、力ない足取りで、ゆっくりと歩き出した。彼の周りに渦巻く後悔の念を、ノームは敏感に感じ取っていた。  
しかし、敢えて何も言わず、ノームは無言で、部屋へと向かって歩いていった。  
 
クラッズは部屋で、人形を操る練習をしていた。ただの芸だけではなく、戦闘にも人形を使っているため、うまく操れるかどうかは、  
そのまま自分の命にも直結する事柄である。そのため、練習にも真面目に取り組み、いかに効率よく、またうまく動かせるかを  
研究するのに余念がない。  
そんな彼女の耳に、小さなノックの音が聞こえた。下手すれば聞き間違いかとも思えるような、とても小さな音だったが、クラッズは  
すぐにそちらへ顔を向けた。  
「は〜い、誰?」  
「……私…。入って、いい…?」  
「おお、ドワちゃん!ちょっと待ってね!」  
すぐさま人形を置き、クラッズは部屋のドアを開けた。が、ドワーフの姿を一目見た瞬間、クラッズの表情が変わった。  
「……どうしたの?」  
「え…?う、ううん、何でもないの……ぐす…」  
「何でもなくないでしょ?目元の毛、黒い跡ついてるしさ。とにかく、中おいでよ」  
優しくドワーフの手を取ると、クラッズは彼女を中へ招き入れた。二人で並んでベッドに座り、クラッズはじっと彼女を見つめる。  
ドワーフのことは、よくわかっている。気弱に見えても芯は強い彼女が泣くようなことは、普通はありえない。だが、クラッズは  
これまでの経緯と、彼女の行動から、既に何があったのかを大体察していた。  
「ヒュマ君、じゃね?」  
ずばり聞くと、ドワーフはビクリと体を震わせた。  
「やっぱり……あいつ…!」  
「い、いいのいいの!だって、別にヒューマン君が悪いわけじゃなくって、私が、変なこと……勝手に聞いただけ……だから…」  
それでもヒューマンをかばう彼女に、クラッズは少し呆れた。同時に、ヒューマンに対する凄まじい怒りと、それを押し潰すほどの、  
ある衝動が生まれる。  
これはチャンスだと、クラッズは頭のどこかで冷静に考えていた。恐らく今を逃せば、もうチャンスはない。この、一度きりの  
チャンスと、ヒューマンに対する怒り。それが、彼女の行動を決めた。  
クラッズはドワーフにそっと近づき、頭を優しく撫でた。  
「……ね、ドワちゃん」  
「くすん……なぁに…?」  
「悲しいのが消えるおまじない、してあげよっか」  
「おまじない…?」  
きょとんとした顔のドワーフ。そんな彼女を撫でている手が、不意に止まる。そして、静かに動いたかと思うと、彼女の首を掻き抱く。  
何をするのかと、ドワーフが不思議に思った瞬間。クラッズはドワーフの唇に、自分の唇を重ねた。  
「んむっ…!?」  
驚いたドワーフは逃げようとしたが、首に回された手がそれをさせない。その手から何とか逃れようとしていると、クラッズはそっと  
唇を離した。  
「ぷはっ!ク、クラッズちゃん、何するのぉ…!?」  
「ふふ。じゃから、おまじない。気持ちいいでしょ?」  
「あ……あの、だ、ダメだよ!わ、私達、女の子同士なのに、こんなの…!」  
「おかしいことじゃないよ。あたし、ドワちゃんのことが、好き。ドワちゃんのこと、誰よりも知ってる」  
優しく言うと、クラッズはドワーフの頬を撫でる。  
「ドワちゃんが、転科するためにすっごく頑張ったことも、転科できるって喜んでたのも、そのために大事なお下げ、切ったことも…」  
「クラッズ……ちゃん…」  
「ね?じゃから、ドワちゃん……悲しいの、あたしなら消してあげられるから。あたしに、ドワちゃんの悲しいの、消させて」  
静かに言うと、クラッズは再び、ドワーフに唇を寄せる。ドワーフは一瞬身じろぎしたが、抵抗はしなかった。  
クラッズの小さな唇が、ドワーフの唇に重ねられる。ドワーフは慣れない行為に怯えたように体を強張らせ、僅かに震えている。  
 
そんな彼女を、クラッズは優しく撫でてやる。小さな手が毛皮の上を滑る度、ドワーフの震えも少しずつ消えていく。  
震えがある程度おさまってくると、クラッズは慎重に舌を入れた。さすがにドワーフは驚いたようだったが、クラッズは優しく、  
かつ強く彼女を抱き、まるで舌で撫でるように、彼女の舌に触れる。  
最初は戸惑うばかりのドワーフだったが、やがて怖々と、クラッズの舌に自分から舌を触れさせる。  
その瞬間、不意にクラッズがドワーフの体に体重を預けた。  
「んう…!?」  
しっかりと唇を重ねたまま、クラッズはドワーフを押し倒した。そこで一度唇を離し、組み敷いた彼女を優しく見下ろす。  
「ね、ドワちゃん。女の子同士じゃから、おかしいって思うかもしれないけど、こうも考えられるよ。女の子同士じゃから、  
男なんかより、よっぽど相手のことが、よくわかるって」  
「で……でもぉ…」  
「それにドワちゃん、ちょっとだけじゃけど、応えてくれたよね?」  
「あ、あの、それは、だって…」  
「いいのいいの。そう怖がらないで、ね?」  
ふさふさした頬を撫で、クラッズは優しく笑った。そうしつつ、頬を撫でる手が少しずつ下がっていき、ドワーフの服に手をかける。  
「あっ、や……クラッズちゃん…!」  
「いいからいいから。あたしに任せて」  
小さな手が、服のボタンを外していく。それを全て外し、前をはだけさせると、クラッズは胸から腹へと手を滑らせる。  
「うあ……クラッズちゃん…」  
「あは、ふかふかじゃのぅ〜。いい手触り」  
しばらく楽しむように腹を撫で、少しドワーフの緊張が解れてくると、その手を胸へと這わせる。  
「んんっ…!」  
驚きと恥ずかしさから、ドワーフはついその手を掴んでしまう。クラッズは無理に振り払ったりせず、彼女に優しく微笑みかけた。  
「あっと、びっくりしちゃった?」  
「だ……だって、だって……そんなとこ、触られたことなんか…」  
「そうじゃよね、恥ずかしいよね。気持ちは、あたしもわかるよ。でも、今はあたしに任せて」  
「で、でも、やっぱりダメだよぉ……ね?クラッズちゃん、もうやめよ?もう、私、十分だから…」  
「ん〜、つれないなあ。さっきみたいに、応えてくれないの?」  
「あ、あれはっ…!」  
ドワーフは毛を膨らませつつ、恥ずかしげに顔を逸らした。  
「ね?悲しいのも、寂しいのも、全部あたしがなくしてあげる」  
自分の手を押さえる腕の力が弱まったのを見計らい、クラッズは再びドワーフの胸に手を這わせた。  
「ん……あ、あ…」  
「ドワちゃん……あたしは、ドワちゃんのこと、好き」  
胸を優しく愛撫し、クラッズは彼女の耳元で囁く。  
「あたしは絶対、ドワちゃんのこと笑ったりしない。無神経な言葉を吐いて、ドワちゃんを傷つけたりしない」  
クラッズの言葉に、ドワーフはピクリと身を震わせた。  
「そ……んな、こと…」  
「ドワちゃんのこと、あたしは誰よりも知ってる。すごく頑張り屋さんで、芯が強くって、こんなに一途な子じゃっていうの、  
全部知ってるよ。じゃから、ドワちゃん……ドワちゃんには、あたしがついてる」  
クラッズの言葉の一つ一つが、ドワーフの胸に響いた。彼女の言葉は、傷ついた心に優しく響き、それが心の中にいたはずの人物を  
覆っていく。  
「クラッズ……ちゃん…」  
小さな手が、優しくドワーフの胸を優しく愛撫する。だが、もうドワーフはその手を押さえようとはしなかった。慣れない刺激に、  
どうしても手を上げて押さえかけはするが、その手がそれ以上動くことはなく、ただぎゅっと目を瞑っている。  
 
クラッズの手の動きが、ただ撫でるだけのものから、少しずつ、捏ねるような、揉みしだく動きへと変わる。  
「んっ……あ、うっ…!」  
「ふふ。ドワちゃん、かわいいよ」  
耳元で甘く囁き、クラッズはその耳を甘噛みする。背筋にピリッとした感覚が走り、ドワーフは身を震わせた。  
「やんっ!な、なんか……変な…!」  
「耳も、気持ちいいでしょ?もっと、気持ちよくしてあげる」  
楽しげに言い、クラッズは左手でドワーフの乳首を摘んだ。  
「んあっ!?や、あ…!」  
そこをクリクリと指先で弄りつつ、右手を撫でるように滑らせる。胸から腹、下腹部と通り、ショートパンツのベルトを素早く外すと、  
いきなり下着の中へと突っ込んだ。  
「きゃあ!?ク、クラッズちゃん、そんなところ……やぁん!」  
慌ててその手を押さえようとするも、クラッズは素早くドワーフに覆い被さり、その動きを封じてしまう。  
「ダメダメダメぇ!そんなとこ、触っちゃやだぁ!」  
「でも、ドワちゃんも、一人ですることくらいあるでしょ?」  
「ない!ないよぉ!そんな恥ずかしいこと、しないよぉ!」  
ドワーフの言葉通り、そこはぴっちりと閉じられており、クラッズの指すらも侵入を拒まれるほどだった。  
「あらら、ほんとに純情なんじゃのぅ〜。さすがアイドル学科行くだけあるなあ。じゃ、ここの気持ちよさ、じっくり教えてあげる」  
どこか楽しげに言うと、クラッズは割れ目に指を挟みこみ、ゆっくりと前後に擦った。  
「はうぅ…!や、やめ…!」  
「まだまだ、こんなの序の口じゃよ。もっといっぱい、気持ちよくしてあげる」  
クラッズは内側から、器用にショートパンツと下着を脱がせる。尻尾は少し厄介であったが、思ったよりはすんなりと脱がせられた。  
恥ずかしげに足を閉じるドワーフ。クラッズは再び秘裂に指を沈み込ませ、左手では胸をじっくりと揉みしだく。  
「あっ、んっ……クラッズ……ちゃん…!」  
「ドワちゃん、何も考えないで、感覚にだけ集中してて」  
耳元で囁くと、クラッズはドワーフの胸に吸い付いた。  
「うあっ!!クラッズちゃん…!す、吸っちゃダメぇ…!」  
ドワーフが言うと、クラッズはちゅうちゅうと、わざと大きな音を立てて乳首を吸う。その音が、今クラッズにされていることを、  
より強くドワーフに意識させることとなり、それが彼女の中の快感をさらに高める。  
胸を優しく揉まれ、口で愛撫され、秘裂を擦られるという、今まで感じたこともない刺激。それを受けて、まったく知らない感覚が  
自分の中でどんどん大きくなり、ドワーフは怯えた。  
「や……ぁ…!クラッズちゃん……や、やだ…!なんか、変なっ……やだ、怖いぃ…!」  
「んっ……ぷは、ドワちゃん、大丈夫。あたしがついてるから」  
「やだ、やだぁ……変なのが……んんっ…!もう……んぅ…!やめてぇ……怖いよぉ…!」  
「じゃ、怖くないようにしてあげる。ちょっと待ってね」  
そう言うと、クラッズは一度ドワーフから離れ、着ていた服を脱ぎ捨てた。完全に裸になると、クラッズは再びドワーフと体を重ねる。  
「こうすると、温かいでしょ?一緒にいてあげるから、怖がらないで」  
笑顔で囁くと、クラッズは再びドワーフの秘部に手を伸ばす。  
「だ、ダメぇ…」  
「気持ちよくしてあげるから、怖がらないで、素直に感じて。大丈夫、あたしはドワちゃんに、ひどいことなんてしないから」  
再び触れると、クチュッと湿った音がする。既にドワーフのそこは、愛液でじっとりと濡れていた。  
「ほら、ドワちゃんのここ、こんなになってるんじゃよ」  
「う、うそぉ……わ、私……私…!」  
「お漏らしじゃないから安心して。女の子は気持ちよくなると、こうなるの」  
指についた粘液を見て、クラッズは満足げに笑った。  
 
「それじゃ、もっともっと気持ちよくしてあげる。ドワちゃん、楽にしてて」  
秘裂を擦り、胸に手を這わせる。責め方に変化はないのだが、まったく経験のないドワーフには、それでも十分な刺激である。  
「んっ、あっ!ひゃう!あ、あ、あ……ま、また、何かぁ…!」  
「大丈夫じゃよ。怖くない。一緒に、いてあげるから」  
言いながら、クラッズはドワーフの秘裂を擦りつつ、親指で最も敏感な突起に触れた。途端に、ドワーフの体がビクンと跳ねる。  
「きゃあぁ!?や、やだ!それダメぇ!!か、体がビリってぇ!!や、やだ、やだ、怖いよおぉ!!!」  
すっかり怯えきって叫ぶドワーフに、クラッズはそっと唇を寄せた。  
「大丈夫。あたしに、任せて」  
静かに言うと、クラッズはドワーフの唇に優しく唇を重ねた。  
「んぅ…!ううぅ〜!!んん〜!!」  
それでも、ドワーフはしばらく何か叫ぼうとしていたが、やがて体が弓なりに反り返り、ブルブルと震え始める。  
「ふ……んっ…!んぅー!!」  
縋りつくように、ドワーフはクラッズの体を抱き締める。あまりに強い力に、クラッズはかなりの痛みを感じていたが、それでも  
行為をやめようとはしない。それどころか、止めとばかりに指を彼女の中に入れ、すっかり尖った突起を、親指でグリグリと弄った。  
「んむぅ!!ん……んうううぅぅぅ!!!」  
一際大きな声と共に、ドワーフの体がガクガクと痙攣した。それを全身で感じながら、クラッズは言葉に出来ないほどの喜びを覚える。  
痙攣が徐々に治まり、弓なりに反った体が落ちると、クラッズは指を引き抜き、そっと唇を離した。  
「ドワちゃん、イッちゃったね」  
「はぁ……はぁ……はぁ……い…………いまの……なにぃ…?」  
頭がボーっとするらしく、ドワーフは間延びした声で尋ねる。  
「うふふ、気持ちよかったでしょ。男相手じゃ、こんな風にはいかないんじゃよ?」  
荒い息をつくドワーフを抱き締め、クラッズは静かに囁く。  
「ドワちゃん、大好き。あたしは、ドワちゃんが好き。あたしは絶対、ドワちゃんを悲しませないよ」  
「………」  
「順番が滅茶苦茶になっちゃったけど……ドワちゃん……あたしと、付き合ってくれる?」  
心の中にいたはずの男。それはいつしか、クラッズに覆い隠されていた。  
消えてはいない。しかし、その影を見るのは、今の彼女にとって、あまりに辛かった。  
既に、彼女の求めに応じ、愛撫に応え、とうとう体まで許したという事実。その上で、彼の影を見ることなど、彼女には出来なかった。  
「……うん…」  
小さな小さな声で、ドワーフは答えた。そして、ぎゅっとクラッズにしがみつく。  
「よかった、嬉しいな!ふふっ、ドワちゃん、大好き!」  
ドワーフは静かに目を瞑った。今日は、あまりに色々なことがありすぎた。  
目を閉じると、様々な感情が襲ってくる。何かを失ってしまったような喪失感と、その代わりに得た充足感。そして、クラッズの  
温もり。それらを感じながら、ドワーフは一粒、涙を零した。  
 
その頃、ヒューマンはノームの部屋で、それまでのいきさつを話していた。  
「それで……あいつ、走って行っちまって……俺、追いかけられもしなかった…」  
「……ふーん、なるほど。話はよくわかった」  
無表情に答えると、ノームは席を立った。  
直後、ノームはヒューマンの顔を思い切り蹴り飛ばした。あまりの衝撃に、ヒューマンは椅子ごと引っくり返る。  
「ぐあっ…!て、てめえ、何しやがる…!?くそ、歯が折れたぞ…!」  
「ああ、ごめんごめん。間違えた」  
「何をだ!?」  
ノームは屈みこむと、ヒューマンにヒールを唱える。歯も無事治り、ヒューマンが立ち上がろうとした瞬間。  
再び、ノームの蹴りが顔面を襲った。  
「あがぁっ!!は……鼻が…!」  
「よし、今度はちゃんと入ったか。さ、治してやるよ。で、次はどこがいい」  
「ふざけるな…!くそ、何の恨みがあるんだよ…!?」  
「何の、だと」  
言うなり、ノームはヒューマンの胸倉を掴みあげた。流れ出る鼻血が袖を汚しても、ノームは一向に気にしない。  
「それをてめえが聞くか、馬鹿野郎が。てめえが何したか、胸に手ぇ当ててよく考えてみろよ」  
「ノ、ノーム…!?」  
「誰が、忌憚なきご意見を聞かせてくれって言った。てめえが転科して、同じ事を聞いたとき、ドワーフはなんて答えたよ。あのな、  
そういう時は嘘でも、似合ってるって答えてやるのが筋だろう。それとも何かい、てめえはそんなにドワーフが嫌いか」  
「ち、違うっ!」  
ノームの腕を振り払い、ヒューマンは叫んだ。  
「俺は……俺は、そう言ってやるつもりだったんだよ!でも、あいつの前で……言葉が、出なくなって…!」  
「それを差っ引いても、君の行動は最低だな。彼女の心より、自分のプライドの方が大切だってかい、笑わせる。大体、そんな大事を  
引き起こしたんなら、僕に相談なんかする前に、すぐ追いかけろ」  
「……今からでも、間に合うか…?」  
「行動しないより、した方がマシさ」  
「そうだよな……そうだな、俺、謝ってくる。ノーム、痛かったけど、ありがとな!」  
自分にヒールを唱えつつ、ヒューマンは部屋を飛び出して行った。その後ろ姿を見ながら、ノームは口元だけで笑った。  
「……まあ、十中八九、手遅れだろうけどね」  
 
ヒューマンはまっすぐにドワーフの部屋を訪ねたが、そこにはいないようだった。しばらく悩み、そこで彼女がクラッズの部屋に行こうと  
していたことを思い出し、今度はそちらへ向かう。  
部屋の近くまで来たとき、不意にクラッズが部屋から出てきた。だが、彼女はヒューマンを見ると、明らかに不機嫌そうな顔になった。  
「お、クラッズ。ちょうどいいや。あのさ、ドワーフ見なかったか?」  
「………」  
「おい、クラッズ?」  
だが、クラッズは何も答えず、ただじっとヒューマンを睨みつけている。  
「クラッズ、何か答えて…!」  
そう言いかけたところで、クラッズは無視するように視線を逸らし、代わりに牛の人形を突き出した。  
『こいつは、てめえと喋る舌はねえってよ』  
突然響いてきた野太い声に、ヒューマンはビクリと身を震わせた。  
「な、何だよ?どういうこと…!?」  
『どういうこと、か。はっ、それだからてめえとは話したくねえってんじゃろ』  
声が変わってはいても、訛りが出てしまう辺り、やはり彼女が喋っているのだと認識できる。  
 
『てめえは、ドワーフに何をした?』  
「う…!」  
『あの子に、何を言った?どうしてそんなことを言った?恥ずかしかったか?くだらねえプライドか?はんっ、いずれにしろ、  
てめえがしたことは最低じゃ』  
何一つ言い返すことが出来ず、ヒューマンは唇を噛んだ。そんな彼を、クラッズはギロリと睨みつける。  
『あんたは、あの子が好きなんじゃと思ってたけどな。見当違いか』  
「ち、違う…!そんな…!」  
「じゃあどうして、ドワちゃんをあそこまで傷つけた…!?」  
牛人形を介さず、クラッズは直接、怒りに満ちた声で言った。  
「自分のくだらないプライドを優先するあんたに、あの子を好きになる資格はない。でも、あんたには感謝しなきゃね。傷ついた  
女の子ほど、落としやすい状況なんてない」  
「え…?お前……何を…?」  
その時、クラッズの部屋のドアが、ゆっくりと開いた。  
「クラッズちゃん…?誰かと話して……あ…」  
姿を見せたのは、紛れもなくあのドワーフであった。だが、ドワーフはヒューマンに気付くと、一瞬嬉しそうな顔をしたものの、すぐに  
視線を落とした。  
「ドワーフ…!」  
声をかけようとしたが、ドワーフの表情が苦しげに変わる。そして、何か取り返しのつかないことをしたという後悔の表情を見せると、  
部屋の中に駆け戻ってしまった。  
「わかったでしょ?もう、あんたの出る幕はない。あんたに……ドワちゃんは、渡さない…!」  
怒りの篭った声で言うと、クラッズは踵を返し、部屋のドアを開けた。  
「クラッズ、待ってくれ!」  
後を追おうとした瞬間、クラッズはスッと手を突き出し、何かに触れるような動作を見せ、空中をトンと突いた。直後、ヒューマンは  
見えない何かに思い切りぶつかった。  
「痛ってぇ…!」  
そんな彼を見ながら、クラッズはゆっくりとドアを閉めた。その姿がドアの影に隠れる直前、クラッズは勝ち誇った笑みを浮かべた。  
ドアが閉まり、がちゃりと鍵のかかる音が虚しく響く。  
魔法壁に頭と拳を押し付け、ヒューマンは血が出るほどに唇を噛み締めた。そこに、パチ、パチ、とゆっくりした拍手の音が響く。  
振り向いてみると、そこにはいつのまに来ていたのか、ノームが立っていた。  
「……いつから、いたんだ…」  
「最初から」  
「……わかってたのか、こうなること…」  
「当たり前だろ。クラッズのドワーフを見る目は、ただの友達っていうものじゃなかった。それに加えて、男の照れ隠しに女の強がり。  
喜劇の材料にはもってこいじゃないか」  
口元だけの笑みを浮かべ、ノームは続ける。  
 
「ふふふ。実にいい筋書きじゃないか。愛しのインナモラータは、気付けばなんと、コロンビーナになっていたのです。  
ああ、なんと哀れなインナモラート。彼女に手を出そうとした彼は、アルレッキーナに打ち据えられました、とさ。君はやっぱり、  
この学園にスラップスティックをやりにきたのかい」  
「俺は……どうすればいいんだ」  
「君はどうしたいんだ。これを悲劇にするか、喜劇にするか。それは君次第だ。少なくとも、僕はデウス・エクス・マキーナには  
ならないよ。もっとも……君がその降臨を待つというなら、それこそ、とんだ喜劇だけどね」  
「……何が言いたいのかわかんねえ。俺にもわかるように、言ってくれないか」  
「簡単に言えば、人を頼るなってことさ。役者は君だ。僕は神でも何でもなく、一人の観客。せいぜい、面白い筋書きに期待してるよ」  
どことなく人を小馬鹿にしたような口調で言うと、ノームは部屋へと戻って行った。  
「くそっ……失敗を取り返すこともできねえで、俺はどうすりゃ…!!」  
悔しそうに呟くと、ヒューマンは魔法壁を思い切り叩き壊した。一人残されたヒューマンは、まるで舞台に取り残された役者のように、  
寂しげだった。  
 
クラッズは自分の部屋で、静かに寄り添うドワーフを、優しく撫でていた。  
―――ドワちゃんは、渡さない。あんな男より、あたしの方が、幸せにしてあげられる。  
頭の中でそう思い、しかし寄り添うドワーフを見ていると、少しだけ心が痛んだ。  
―――でも、状況を利用したあたしも……天下御免の、卑怯者かもしれないけど、ね。  
それでも、クラッズはこの幸せを手放したくなかった。それに、ドワーフは自分の方が幸せにできると、信じていた。  
「……ねえ、クラッズちゃん…」  
「ん?どしたの?」  
「私の、切ったお下げ……とってあるんだね」  
ドワーフが言うと、クラッズは一瞬ビクリと体を震わせた。  
「あ、あ〜、そうじゃね。せっかくじゃし、その、ほら、記念と言うか何と言うか」  
「うふふ、嬉しいな……そういうところ、好き……だよ」  
彼女の無邪気な言葉に、クラッズの胸がさらにズキズキと痛む。  
―――言えない……あれ使って一人でするためにとっておいたなんて……絶対言えない…。  
とても本人には言えない秘密を抱えつつ、クラッズはいつまでも、ドワーフを優しく撫で続けていた。  
 
部屋への道すがら、ノームはどうしても、こみ上げてくる笑いを抑えることが出来なかった。  
「ふふ。本当に、しばらくは退屈しないで済みそうだよ」  
口元に笑みを浮かべ、誰にともなく呟く。  
「気付くかな、あれに。気付けば喜劇、気付かなければ、彼には悲劇。僕にはどっちに転んでも、喜劇」  
彼は実に楽しそうに笑い、天井を見上げた。  
「くく……喜劇か、悲劇か、いずれにしても、僕等観客は楽しめる。でも、気付けよヒューマン。まだ、希望は消えてはいない」  
悪人とも善人とも取れる呟きを残し、ノームは部屋へと戻った。あとにはただ、静寂が広がっていた。  
 
些細なほつれから、予想以上の大事に発展してしまった彼等。その日、彼等の間には深い亀裂が入った。  
その亀裂が埋まるのか、それともそこから裂けてしまうのか、それは誰にもわからない。  
ようやく、駆け出しから進んだ一行にとって、大きな試練が始まろうとしていた。  
 

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