鬼ってなーに?と聞かれたときに、一言で答えるのは難しい。  
それは地獄の番人だったり、ろくでもない人のたとえだったりするから。  
でも、鬼は笑うし、涙も流す。酒好きの人情家で、憎めない奴です。  
西洋では鬼のような人のことを、悪魔と言ったりするとか、しないとか。  
 
 
「ぐすっ、えぐっ……ちくしょう、あいつらぁ……」  
もうどれくらい歩いただろう。眼球を焼くような塩水は、ぬぐっても次々に溢れ出てくる。  
その手に光っていた銀色の輝きは失せ、暗い肌の色しか映らない。  
髪は泥にまみれ、顔は赤く腫れ、服の下は痣だらけだろう。いつまでも耳に残るのは「悪魔のくせに」という言葉。  
家を出たときは幸福な気分だった。誰かにこれを見せたいと思っていたら、近所の悪ガキどもに囲まれた。  
みんなに難癖をつけられて、がらの悪いひとりに小突かれてからは、あんまりよく覚えていない。  
「何したってわけじゃないのに……なんで、どうして……どこがイヤなのさ?」  
この黒い角か。この紅い目玉か。それとも気に入らないのはこの血筋か。  
悪魔の子に生まれた運命をこれほど呪ったことはない。  
悲しみが怒りと憎しみにシフトしつつあるとき、その声は背後から話しかけてきた。  
「あ、おい、おまえ!どうした、泣いてるのか?」  
返事をせずに振り返る。頭髪も尻尾も翼まで蒼い少年は、この辺りでは顔の知れたバハムーンだ。  
彼の父は一帯の領主なのだが、その息子はどこにでもいるやんちゃ坊主で、勝手に抜け出しては近所の子と遊んでいる。  
バハムーンのくせにフレンドリーで、友達の輪に入りやすい、よく言えば親しみやすい印象だ。  
口調といい態度といい、明らかに心配してくれているはずなのに、強がりと苛立ちがそれを拒む。  
「うるさい!構うなよ、ほっといてくれ!いつでも自分が正しいと思って!だからバハムーンは大嫌いだ!」  
いつもこんな感じだ。ここ一番で素直に慣れない性格、必ずどこかで損をしてしまう。  
怒鳴り散らしてすぐに後悔の念が押し寄せてくるがもう遅い。再び歩き出そうとした矢先、少年が目の前に立ち塞がった。  
「おれのことなんか嫌いでもいい。ほっとけるわけないだろ、助けさせろ」  
「え?なにそれ……だって、ディアボロスだよ?悪魔の子なんか、ほっとけばいいのに」  
「そいつが悪魔でも鬼でも関係ない。泣いてる女の子を助けるのに理由がいるのか?」  
初めてだった。今まで助けてくれるどころか、自分から関わろうとする子供は誰一人としていなかったのだ。  
ここは、この子を信じるしかない。むしろ信じてみたいとさえ思った。  
近所の子供達に腕輪を取られた。銀色の誕生日プレゼント。代わりに取り返してきて……お願い。  
任せろと親指を立ててくれた男の子は、単身戦いを挑みに行ってくれた。  
当時、ディアボロスとバハムーンは6歳。冒険者養成学校クロスティーニ学園に二人して入学する、もう10年も前の話。  
 
「あ、ねえねえディア子。フェルパー見なかった?」  
放課後をとうに過ぎて日も傾いたころ、通りすがりによく知った顔のフェアリーから声をかけられた。  
この子とは古いよしみで、フェルパーは彼女の幼馴染。入学してすぐ同じパーティに誘ってくれた仲である。  
大抵はセットで一緒にいるが、もう片方を捜しているということは見失ったか、はぐれたか。  
フェアリーとは教室が異なるから、隣りのクラスで誰かに聞くのが一番手っ取り早い。  
「いいや。ボクは全然見かけてないけど」  
「そっか。じゃあまた修行してるのかな。ホントにもう、バトルマニアなんだから!」  
腰に手をあて、わざとらしく頬を膨れさせ、困ったか呆れたか分からない表情。あるいは諦めの色があるのかも。  
二人、特にフェアリーの方が、何かとフェルパーの世話を焼く。傍から見ればカップルと大差ない。  
そしてフェルパーにはライバルがいる。あいつが起きて鍛えてる間は寝ていられない、ってくらい熱心な。  
「……ねえフェアリー。ヘンなコト聞くよ?」  
「ん?な〜に、ディア子」  
「フェルパーの、具体的にどんなところが好き?」  
普通、学校の女子生徒と言えば噂話、こと恋愛話には敏感だ。  
けれどフェアリーは慌てず騒がず、しかもろくに悩む様子もなく答えた。  
「う〜ん、そーね。なんて言うかこう、どこまでも猫そっくりなところ?」  
「そっくりって、実際猫じゃないか」  
「うん、そうだけどさ、仕草とか雰囲気とか、捨て猫を見て、あたしが飼ってあげたい!って思うのにすごくよく似てるの」  
「なにさそれは……小動物系、ってこと?」  
「よく分かんないけど、たぶんそんな感じ。どうしてもほっとけないのよね〜」  
お茶を濁してはにかむフェアリー。夕暮れの校舎に白い歯が眩しい。  
「それで、ディア子は彼のどんなとこが好きなの?」  
「え、ええ?ちょ、なにさ、いきなり!」  
「またまたあ。ずっと一緒に遊んでたから分かるよ。素直になっちゃいなよ、どんなとこが好きなの?」  
まさか、こっちに振られるとは思わなんだ。  
フェアリーとはもうだいぶ長い付き合いで、その分いろいろ知ってる。知られてる。  
でも、いきなり聞かれてもな。えっと……優しいところ?強いところ?男らしいところ?それとも……。  
「あ〜、うん、その、え〜っと」  
「あははっ、ムリして考えなくてもいいよ。また今度、ゆっくり聴かせてね!」  
肩を軽く2回叩いてウィンクをくれると、フェアリーは羽をぱたつかせて廊下を飛んでいった。  
しばらく呆然と見送ってしまったが、後ろ姿が見えなくなってから我に帰る。  
そうだ。ボクも会いに行ってみようか。どこにいるかは大体分かる。  
フェアリーとも友達で、フェルパーの好敵手。それから、ボクの……初恋のひと。  
 
午後の授業とホームルームが終わってすぐに出かけたとしたら、かなりの時間が経過している。  
適当に差し入れを見つくろってから、初めの森まで足を運ぶ。モンスターも現れない雑木林の端に、目的の人物はいた。  
「四百、九十、三!四百、九十、四!」  
硬質な髪を総立ちさせた、お古ジャージに短パン姿の蒼いバハムーンだ。  
逆立ちした挙句に腕立てをしている。額を滝のように流れる汗は、長時間の鍛練を物語る。  
体重は決して軽くないハズなのに、よくもまあこんな筋トレができるよ。感心を通り越してちょっと呆れるね。  
「四百、九十、八!四百、九十、九!……五、百!」  
「いいかげんにしたら?腕がもげるよ」  
呼びかけると顔ごとこっちを向いて、軽やかに跳ねて地に足をつける。ジャージで豪快に汗をぬぐい、小さく息を吐き出した。  
「よっ、ディア子か。俺になんか用事か?」  
「いいや。遅くまで見かけなかったからさ。ほら、おやつ食べない?」  
「お?なんだ、くれるのか?」  
購買部の紙袋をちらつかせると一気に眼が輝く。相変わらず食いしん坊が治らない。  
包みを手に取り三色団子を取り出す。お茶があればそこそこの一服になったろうけど、小遣いの都合で我慢してもらおう。  
「はは、ありがてえ。んじゃ、遠慮なく頂くぜ!」  
嬉しそうに笑いかけて団子を食べ始める。なんでもよく噛んでゆっくり食べるのは小さい頃からバハ男の癖。  
「それにしても、毎日こんなことしてるんだ。やっぱり、フェルパーも鍛えてるから?」  
「ん。それもあるけどよ、それだけじゃないんだぜ。俺さ、竜騎士になりたいんだ」  
時間をかけて二本目の串に手を出す。大柄な手に小さい団子のギャップと、モグほっぺが見ていて面白い。  
バハ男は食べ物に感謝されそうなほど美味しそうに味わって食べる。あんまり爽やかで微笑ましいくらいだ。  
「親父が言ってた。一流の竜人は、剣と戦よりも命と情を重んじるんだ」  
現役の領主である実の父親をことのほか尊敬しているバハ男は、しばしばその言葉を引用する。  
「敵をバタバタ薙ぎ倒すだけじゃなく、身体を張って仲間を守ってやれるような男に、俺はなりたい」  
「へえ。いかにもバハ男らしいね」  
「そうか?まあそんときゃ、お前のことも全力で守り通してやるからな」  
お前のことも。複数形だ。でもそれが告白じみて聞こえるほど、過剰に意識してしまう。  
悔しいけどフェアリーに言われた通りで、やっぱりボクはバハ男のコトを気にしてる。  
それでもそんな気分でいられないのは、最後の事実が突っかかるから。  
だって、バハ男に告白したことも、あっちから告白されたことも、ないんだもの。  
 
「ところで、ディア子はどうして人形使いになったんだ?」  
「え?ぼ、ボク?」  
三本目の団子をたいらげたところで、バハ男に聞かれる。今日はよく質問攻めにあう日だ。  
ただこれだけはどうしてもごまかそう。なにせ学科を選んだ理由のひとつが……、  
「あ〜、これはその、さ」  
殺伐とした迷宮の中に、癒しを求めたからなんて、言えない。  
「ほ、ほら。人形使いって、魔法壁習うでしょ?ディアボロスのボクは嫌われがちだけど、それでも何か、力になりたくてさ」  
昔誰かに似たようなことを言われた気がして自分でも可笑しかった。  
とりあえず間違った内容は含まれていない。魔法壁の展開は、人形使いが誇れる強力なスキルだ。  
バハ男はふぅんと相槌を打つと、耳に慣れた清々しい声で話し始めた。  
「やっぱ俺は、お前のそんなとこが好きだな」  
「ふぇえ?」  
本気で心臓が飛び出すかと思ったのは生まれてこの方初めてだ。ちょっと寿命が縮んだかも知れない。  
「なんだかんだで仲間のこと気にかけてたり、笑った顔が可愛かったりとかさ。そうそう、そんな照れた顔もな」  
にっと歯を見せたバハ男の笑顔に、ボクはもう完全にやられていた。  
春風みたいな力強い声が好き。穏やかな海にも似た豪快な性格が好き。野山みたく逞しい腕や背中が好き。  
彼の父が言う立派な竜王が慈愛にあふれているならば、ボクはお妃様になってもいい。  
さっきから胸の動悸がずっと激しくて苦しい……いつからロマンチストになっちゃったんだろう。  
「さ〜て!今日はもう遅いし、飯食って着替えてさっさと寝るぞー!」  
空っぽの串を袋に放り込み、大きな身体で背伸びをする。  
いつもよりずっと「異性」として意識するバハ男に、ほとんど無自覚のまま叫んでいた。  
「ば……バハ男!」  
「ん?」  
「あ、あのさ、大事な話があるんだ。明日の夜、またここで待っててくれるかな?」  
眼を合せるのも精一杯で極限まで早口で喋るボクに、バハ男は快く返事をしてくれる。  
「おう!修行しながら、のんびりまってるぜ!」  
二度目の輝かしいはにかんだ顔は、今までより少し嬉しそうに見えた。  
今夜は眠れないだろうなと思いつつ、頭の中ではもう明日の夜に向けた作戦会議が始まっている。  
 
翌日。昼休みの隙を見計らって、パーティの名義で使われている学生寮の倉庫へ向かう。  
ここには日頃から荷物管理を買って出るレンジャー科のクラッズと、手伝いに来ている魔法使い科のエルフがいる。  
「乙女の化粧水?あーアレね。たくさんあるから持ってってもいいけど」  
「うーん、出かけるカッコでもなさそうだし……ディアちゃん、なんに使うつもり?」  
「ああ、いや、ちょっとさ」  
「ははーん。さてはディアっち……恋だね」  
自前の現金帳簿片手に倉庫を漁っていたクラッズが、いきなり振り向きそう指摘する。  
「えっ、ちょっ、ウッソ!ディアちゃんたら……そうなの?」  
「他の用事でこんな道具使わないでしょ。お相手はたぶん……バハっちかな?」  
すっかり名探偵気取りのクラッズ。一発必中、そのものズバリで言い当てられるのはなんで?  
それはそうとして、信じられないって顔を手で隠して指の間からこっち見るのやめてよ、エルフ。  
どういうワケか見事なまでに推理が的中しているので、ここはじたばたせずカミングアウト。  
「ん……そうだよ。大事な話があるって、昨日ついその、勢いでね」  
別にやましいコトなどないのに、視線をそらし今日のために呆れるほど手入れをした灰色の髪を弄ぶ。  
「えー……と、なんて言うか、ディアちゃんも女の子してるのね」  
「いいことじゃないの?はいこれ、化粧水。出来るだけ直前に使うといいよ」  
クラッズから化粧水の瓶を手渡される。光源にかざすと、淡い虹色に煌めく怪しくも美しい液体。  
瓶の中身に視界を集中していたから、エルフが左手に触れたときにはひどく驚いた。  
「もうちょっと飾り気があった方がいいんじゃない?ちょっと粗末でなんだけど、わたしがおめかしさせたげる」  
肌色と呼ぶには色黒の指に友好の指輪がはめられたことに気付く。  
確かに木くずから錬金された、お世辞にも高級でないものだけれど、久しぶりの装飾品は思いのほか気に入ってしまう。  
かける言葉も分からないまま視線を上げて二人を見る。ディアボロスに向けるものとは思えない暖かな表情で迎えてくれた。  
「大丈夫よ。きっとバハ君も分かってくれるわ。もっと自信持って!」  
「おっと、お代はいらないよ。大事な彼氏のためにとっときな!」  
友達がこんなにいいなと感じたコト、今までに何回あったかな。  
「二人とも……ボク、頑張ってみるよ。ありがとう!」  
感謝の言葉なんて、今じゃ小さくて着けることもできない銀の腕輪を、誰かさんに取り返してもらって以来だ。  
そのうち午後の予鈴がなり、三人は蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの教室へ飛んで帰った。  
いよいよ今夜は大勝負。クラスにある自分の席に座ると、指輪をはめた左手を強く握りしめた。  
 
その夜は星がまたたく月夜で、影踏みが出来そうなほど明るかった。  
約束した場所へ行ってみると誰もいない。だがしばらく待つような間も開けず、どこからかバハ男が現れた。  
「お、来たな。今ちょっと水飲みに行っててさ」  
ジャージに短パン、いつもの修行スタイル。色気もへったくれもない格好だけど、この際それには眼を瞑ろう。  
「んで、大事な話ってなんだ?」  
「あ……う、え〜っと、その」  
つくづく思う。否定されたくない話をするときは、口数がやけに増えるか、口ごもってなかなか言い出せないかだと。  
確かに伝わらなかった場合のことは想像もつかないし、考えたくもない。  
だけどここまで来て尻尾を巻いて、うやむやにするのはもっと嫌だ。  
覚悟の上で呼び出したハズ。怯えるんじゃない、想いを伝えろ!  
「ば、バハ男のコトが、好きなの!ボクを、彼女にしてください!」  
最後は瞼をきつく閉じて絶叫する。恥ずかしさで死にそうになることの辛さが今ならよく理解できる気がする。  
何よりもここでの沈黙がきつい。返事を待つまでの間が怖くて心臓が張り裂けそうになる。  
「……ディア子。とりあえず眼ぇ開けて俺を見ろ」  
いつもと変わらない爽やかな声が余計に不安を煽ったけれど、おっかなびっくり視界を開く。  
ごちそうを前にしたときとは違う、もっとぎらぎらした野性的な眼差しで、バハ男は口元を震わせていた。  
そんな顔をされるだけで驚くのに大手を振って抱き締めるものだから、小さく跳びあがって短い悲鳴をあげてしまう。  
「ひゃあ!」  
「あーよかったっ!お前が俺のこと好きでいてくれて、ほんっとーによかったぁ!」  
背骨が折れるほど思いっ切り抱き付かれたけど、さっきまでの苦痛と比べたらなんてことない。  
それよりもバハ男の言葉が気になりすぎる。まるで、告白を待ってたみたいで。  
「え……そ、それって、もしかして……」  
「俺の方から言おうと思ってたけど、ごめんな。どうしても怖くってさ。お前に先越されちまったよ」  
「じゃ、じゃあ、バハ男もボクのコト……」  
「おう!初めて会ったときから、ずっと気になってたんだぜ!こんにゃろー!」  
またしても強烈な抱擁を貰う。幸福と安堵がいっぺんに押し寄せて、痛みでない方向で涙がにじむ。  
いつだったか流した瞳を焼けつかせるような痛いものじゃない。もっと綺麗で、透明な、それ。  
「……フフ……ねえ、バハ男」  
「ん?」  
「彼女になってすぐで悪いんだけどさ……わがまま言っていい?」  
急に幸せがなだれ込んで来たせいで、どこか頭のねじが飛んでしまったのかも知れない。  
「今すぐここで、ボクを抱いてよ。バハ男に愛されてる証が欲しいな」  
喋り終わる前にはもう制服のボタンを一つ二つ外して、胸元をはだけていたんだ。  
 
「お、おい、ディア子……んむっ!」  
バハムーンが口答えをするよりも早く、首に手を巻いて唇を塞ぐ。  
強引に顎を開かせ舌を入れる。咥内の愛撫に戸惑っているのか、バハムーンはされるがままだ。  
「んはっ、うむ、んん……」  
「ぐっ、んむう……」  
やがて息苦しくなったところで、ディアボロスの方から口を離す。  
今度はバハムーンの方が混乱して、呆気に取られた間抜け面をしている。  
注意深く見なければ分からない細さだが、舌と舌を透明な糸が繋いでいた。  
「はぁ、はっ、ボクの、ファーストキスだよ。奪われるよりは奪うって決めてたんだ」  
「ディア子、お前……」  
「ねえ……ボクって、魅力ないかな?やっぱり、ディアボロスとするのは、イヤ?」  
キスまで奪っておいてどうかと思うが、今一つ自身が持てないらしい。  
血を磨ったような紅い眼に、うっすらと水分が溜まっている。  
「ふぅー……自分から襲っといて、そりゃあないだろ。少しびっくりしただけさ」  
頬を撫でながらいつもと変わらない調子で優しく微笑んでくれる。その笑顔が何より嬉しかった。  
「よかった。じゃあ……このままシテくれる?」  
「嫌だったらすぐに言えよ。いつでも止めてやるからな」  
「あは、バハ男優しい。ねえほら、脱がせて……」  
半裸の上着をちらちらとひらめかせて、積極的に誘惑する。バハムーンはすぐ制服に手をかけ、そっと着衣を剥がしてゆく。  
月明かりとはいえ、夜は薄暗い。しかしディアボロスの肌がそのせいで暗い色でないことはどちらも熟知している。  
「……気持ち悪いよね。こんな色の、肌なんてさ」  
上が下着一枚になったところで動きを止めたバハムーンに、やや自虐気味にディアボロスが呟く。  
「いや、そんなことないぜ。凄くきれいだ」  
「バハ男……あっ、ひゃあん!」  
それなりに自慢のサイズの乳房を、バハムーンの手はすっぽりと納めてしまう。  
壊れ物を扱うように、穏やかな力加減で揉みほぐされる。  
「へえ。可愛い声出すじゃんか」  
「そ、それは……んっ、ヘンな感じ……」  
「ん、嫌か?なんかまずかったか?」  
「ううん。誰かに触られるのと、自分で触るのが違うなって思っただけ。バハ男の指気持ちイイよ。もっと続けて」  
それはそうだろう。自分で触るより、想うひとに触れられた方が敏感に決まっている。  
 
「はあっ、バハ男、乳首も吸ってぇ……」  
自分でも不思議なほど甘い声で懇願し、さらなる快楽をバハムーンに要求する。  
胸の感触を楽しんでいた彼は何も言わず、灰色の肌に映える桃色の先端に自らの口をつけた。  
「んふ、はむっ、れるれる、じゅるっ」  
「ふぁあ!スゴイよ……ゾクゾクするぅ……」  
怯みや緊張も若干あるだろうが、それはほぼ全て快感による刺激。  
ときどき激しい自慰を求めるとき突起を指でつまんだりするものの、やはり異性に弄られるそれの比ではない。  
バハムーンの舌使いは思いのほか巧みだった。それとも寄せている想いのなせる技だろうか。  
「んああ、イイよ。ソコもっと……ひあうっ!」  
突然、電流を巡らせたような鋭い感覚がせりあがって来る。視線を落とすとスカートの中に鱗の生えた長いものが見えた。  
「ああっ、バハ男ソコは……はあぁ!」  
「最後までやるつもりでいるんだろ?だったらしっかりほぐさないとな」  
「ふあ、これ意外とクセになりそう……やあん、アソコが痺れてくる……」  
口を半開きにしてだらしなく真紅の瞳をとろけさせる。想像以上に彼はテクニシャンだった。  
果実と秘部を同時に攻められ、すっかり出来あがってしまったらしい。  
「はうぅ……ねえ、きてバハ男。もういいでしょ?」  
「ぷぁ……お前がいいなら、それに合わせるよ」  
豊満な胸部から唇を離す。バハムーンの口からは、キスしたときよりも長い線が引いていた。  
「下、脱がせてあげる。もっとこっち寄って」  
両手を差し出すと、尻尾を引っ込めたバハムーンが這うように詰め寄り、パンティを脱がせながら覆い被さる。  
充分に主張している短パンをずり下ろして、隠れていたモノを露わにする。予想を大きく上回る肉棒がついに外気に晒された。  
そそり立つ巨根と言い表しても過言ではないそれを見ていたら、不意に頭部が涼しくなる。  
「え、あれ?」  
「ああ、うん。ないほうが俺好みかも。見れば見るほど可愛いぜ、ディア子」  
帽子がなくなったことに気付いても、それがどこに置かれたのか捜したり追いかけたりはしなかった。  
赤らんだ頬と至近距離で直に見つめてくるその原因が、注意をそらすことを許さなかったのだ。  
「ほんとにいいのか。引き返すならまだぎりぎり間に合うぞ」  
「ここまできて、そんなこと言うなんてなしだよ。ボクはバハ男だけに愛されたいんだから」  
「分かった。馬鹿なこと聴いたな。たっぷり愛してやる」  
いつの間にかジャージを脱いでいたバハムーン。確認とお詫びのつもりだろうか、唇を合せる軽いキスをくれる。  
分身を掴んだバハムーンが矛先をまだ汚れの知らない肉の芽に向け、狙いを定めると一息に突き入れた。  
挿入した側にもされた側にも、生々しい感触が伝わった。  
 
「くうぅ……うあ、つあぁ……」  
「お、おいディア子。痛いか?大丈夫か?」  
「平気、だよ。絶対に、抜いちゃダメだからね」  
強がって笑いを浮かべるディアボロス。だが実際の痛みはごまかしようがない。  
ただでさえ処女の姦通は痛感がともなうのに、それが竜の血を引く男のモノを受けてとあってはより耐えがたい。  
荒い息継ぎをし身じろぐばかりで、とても行為に及べる様子ではなかった。  
「ディア子。俺は、どうしてやったらいい?」  
「ん……さっきみたいに、おっぱいをシテくれると嬉しいな……」  
息も絶えだえの要求だったが、見た目よりも落ち着いていたバハムーンはすぐに行動をもってこれに応えた。  
五本の指でやんわりと胸の肉を包み込み、人差し指が突部を刺激する。  
「あぁ、ソコ。気持ちイイや……意外とボクの弱点だったりして……ふうんっ!」  
むせかえるような甘い息を吐く。上半身を弄ばれるうち、挿入された男の凶器が微弱な出し入れをしていることに気付いた。  
「ふあ……イイよ、バハ男。もう痛くないや」  
「そうか?でもきつかったら教えろ。出来るだけ優しくしてやるから」  
「うん。ありがとう。だけど……思いっきり犯しても、いいよ?」  
鍛え上げられた胸板にしがみ付き、吐息のかかる距離で耳打ちする。顔がよく見えず、反応が分からない。  
慎重にバハムーンの腰が引き上げられ、摩り込むように子宮を貫かれた。  
「ふわあぁ!すごっ、深いよぉ……」  
「ディア子、お前のナカ気持ち良すぎて、俺あんま持たない……っ!」  
「はぁん、ボクも、バハ男とセックスしてるってだけで、長く続かないかも……」  
お互いに耐性が見込めないならば、後は短期決戦と相場が決まっている。  
バハムーンが血塗られたペニスでがむしゃらに狭い内部を攻めれば、ディアボロスの溢れる愛液と初々しい喘ぎが返ってくる。  
竜王の息子と悪魔の娘はオスとメスとして快楽に身を任せ、恋い焦がれていた相手の身体に酔いしれた。  
「はぁ、はぁ、ディア子!気持ちイイのか?」  
「あうん、はあん!スゴイ、スゴイのっ!初めてなのに、こんな感じちゃうなんてっ!」  
「おっ、今のでここがきゅんってなったぞ?お前、言葉攻めに弱いだろ?」  
「ば、バカぁ……ううん、あん、はああっ!」  
必死に抱き付くディアボロス。いつしか痛みは消え、自分の方から淫らに腰を振っていた。  
一人称も態度もボーイッシュな彼女が、男性の象徴によがり狂っている。射精感を高めるには充分な材料だ。  
「うお、ディア子やばい、俺もうイキそう!」  
「な、ナカで射精して!ボクもダメ、イッちゃうよ!」  
「ああっ、ディア子、ディア子っ!イクぞ!ナカでイクぞ……うああっ!」  
絞り取られるような熱と蜜が襲い、純正を破ったばかりの内部へ精液を注ぐ感触が響いた。  
 
「あっ、ああイク!あ、あ、ああーーーっ!」  
どっぷりと熱いオスの精を流し込まれ、たまらず昇天するディアボロス。  
身体全体を痙攣でうち震わせ、バハムーンに密着したままいやらしい叫びをあげて果てた。  
「と、止まんね……はあぁ〜っ」  
「奥に、奥に来てる……バハ男の熱いの、いっぱあい……」  
絶頂の余韻に浸るバハムーンとディアボロス。慣れない初めてということも合わせ、ほとんどの体力を吐き出してしまった。  
やがて甘美な全身麻酔が消えると、そこには荒っぽい吐息だけが残る。  
迫りくるモンスターを蹴散らすものではなく、相手を強く想う、恋人同士のブレス。  
「ふぁっ、待ってバハ男。抜かないで」  
「え……ちょっと俺も、これ以上は……」  
「ううん。もう少しだけでも、このままでいたいな。って」  
企みのない微笑で頼むと、バハムーンはゆっくり身体を下ろし、ディアボロスと重なる格好になる。  
知り合ったのはずっと前だというのに、これほど肌が触れあったことはない。  
「あ……流れ星」  
宝石の輝きを散りばめた夜空に、一筋の直線が駆け抜けた。  
「そういえばさ、昔は夜が綺麗だと、こっそり二人して星を見に行ったよね」  
「そうだな。確か流れ星は、唱えれば願いが叶うとかなんとか……」  
「小さいころはそんなの信じてなかったけれど、今となってはホントのことなんだね」  
「へえ。なにか願いごとが叶ったのか?」  
「ボクね、見るたびにずっとお願いしてきたんだよ。バハ男がボクから離れないように、って」  
翼の辺りに回していた手を、バハムーンのそれに合わせて絡める。  
大きさも質感もまるで違う掌。幼い頃からこの手に救われてきたんだなと思うと、一層彼が愛おしく感じる。  
「バハ男……ボクのコト、好き?」  
「ああ好きだ。いや、大好きだ」  
「嬉しいよ……ありがとう。いつでも傍にいるからね……」  
星座盤の月空を背景に、唇だけの長いキスをひとつ。  
これからもきっとおままごとでは済まされない苦難がいくつもあるだろう。  
迷宮探索は命懸け。だけどお年頃の乙女にとって、恋愛事情はそれ以上。  
長いながいひとつの戦いに、ちょっと幸せな終止符を打った。そんな、竜と悪魔のお話。  
 

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