学園せい青日記 番外編『素敵なラブリーガール』  
 
 「遅いですよ」  
 ディアナがくすりと笑う。いつも俺達やクラスメイトに向けているのと変わらない、優しい笑顔だった。  
 「悪い。待たせたか?」  
 俺は後ろ手に自室のドアを閉めながら、中へと入った。  
 「でも、こんなムサ苦しいトコでいいのか?」  
 「初めては、この部屋でって決めてたんです。それでいいですよね?」  
 異論はない。あるいは最適なのは、俺達が初めて出会ったあの森の中がベストなのかもしれないが、さすがに初っぱなからアオカンはないだろう……グノーにも釘刺されてるし。  
 「あおかん、ですか?」  
 「や、その単語は覚えなくていーから」  
 猫のようなしなやかな足取りで、扉の側にいる俺に近寄ってくるディアナ。  
 さすがは歌って避けて殴って前衛もこなせるアイドルだ。一応、筋力では俺の方が勝ってるはずだけど、全身のバネを使われたら、押え込めないかもしれない。  
 そういや、アイドルって声が大きいよなぁ。この寮、そこそこ防音はしてあるはずだけど、隣に聞こえたら、ちと気まずいな……なんて、どうでもいいことを考えたりする。  
 「大丈夫ですよ、多分」  
 俺の考えてるコトがわかったのか? もしかして、また口に出してた!?  
 「そうじゃありませんけど……なんとなく、わかる気がするんです」  
 だって、大好きな人のコトですからとはにかむディアナと、その言葉に照れる俺。  
 ……いかん、これじゃあ、いつもの通りだ。  
 「それでいいんだと思いますよ。いつものわたし達でいることが、むしろ大事なんじゃないでしょうか」  
 む。深いな。だが、一理あるか。  
 とりあえず、いつもみたいなキスをする。  
 僅かに彼女の唇が震えているのが感じ取れた。  
 「怖いか?」  
 距離は殆どゼロ。目の前に立ったディアナがほんの僅かに上目遣いで微笑をくれる。  
 「ぜんぜん、へっちゃらです……と言ったら、嘘になるでしょうね。でもいいんです」  
 今日は貴方とひとつになりたい、そう覚悟して来ましたから。  
 そんな健気なコトを言う恋人を抱き締めずにいられようか、いや、おれまい!(反語)  
 衝動のままに、彼女の身体をぎゅうっと強く抱き締める。  
 「きゃっ!」  
 一瞬身体を強ばらせたディアナだったが、すぐに力を抜いて俺に身を預けてきた。  
 背中に腕を回し、その柔らかな感触を受け止める。ふわりと揺れた髪の毛から甘い匂いがする。  
 ディアナの匂いだ。出来るものなら全て独り占めしてやりたい。ディアボロスらしくない彼女の、唯一俺にとって「魔性」とも言えるその香りを肺いっぱいに吸い込んでやる。  
 「あなただけなんです」  
 腕の中でディアナが呟く。  
 「グノーはわたしの中にお母さんの影を見ています。それは多分、フェリアも同じ。ルーフェスさんは、いい人ですけど、それでもやはりフェリアさんの見方に影響されているでしょう」  
 クラスメイトだって、やっぱりディアボロスだからか、ちょっと壁を感じますし……と、切なげに笑う。  
 
 かつて世界を救った"奇跡の5人"の血を引く者。  
 "5人"を裏切った"6人目"と、5人のひとりの間に生まれた、「祝福されると同時に呪われた娘」。  
 ――そんな、無理やり背負わされた宿命に、どれだけこの娘は疲弊し、押しつぶされそうになってきたのだろう。  
 俺なんかにその全てを肩代わりできとは思っていない。  
 それでも。  
 この娘のそばにいて、その苦しみの一部だけでも背負って、試練に共に立ち向かってやれるのなら……。  
 俺は、自分の残りの人生すべてを賭けても惜しくない。  
 
 「今のわたしが、"わたし"個人であることの意味は、たった一つだけ。あなたが、わたしをひとりの女の子として認識し、その腕で包み込んでくれるから」  
 だから、とディアナは続ける。  
 「もし、あなたの温もりを失ったら、わたしは自分のココロを保てなくなるでしょう。だから、そのときは――」  
 俺は彼女の唇を塞いだ。  
 そんなことになんかさせやしない。  
 たとえ誰からの祝福を受けなくとも、俺はディアナと添い遂げる。  
 たとえ、呪われた苦難に満ちた茨の道だとしても、絶対に離したりなんかしやしない。  
 「ん……」  
 こじ開けた唇の奥から、おずおずと彼女の舌が伸びてきた。すかさず俺の舌を絡み付け、積極的に歓迎し、柔らかくて暖かな彼女の舌の感触を十分に堪能してやる。  
 
 彼女の吐息は限りなく熱く、交じり合う唾液は蜜のように甘い。  
 俺と彼女の互いを欲する気持ちが重なっていく。  
 絡み合う舌の感触が、思考を少しずつ侵食していく。  
 抱きしめた彼女の身体の感触が、俺の脳の思考領域をクラックする。  
 
 ――彼女(ディアナ)が、欲しい。  
 
 その言葉だけが俺の脳裏で無限リピートされ、半ば無意識的に彼女の胸に手を伸ばしていた。  
 学園の制服でも、いつものアイドル正装のゴスロリドレスでもない、薄水色のワンピース越しに豊かなふくらみに触れる。  
 ビクッと一瞬身体を震わせたものの、彼女は拒むことなく、俺の掌を受け入れている。  
 フニフニしたマシュマロのような餅のような、そしてそれらのいずれとも微妙に異なる感触が、俺の掌から脳を占拠していく。  
 「……ヒューイ、さん……ベッドに……」  
 唇を離し、恥ずかしげに言いかける彼女の口に人差し指を当てて押し留める。  
 「待った。急がなくても時間はタップリあるんだ。ゆっくりしようぜ」  
 暴走しそうな俺自身を止めるように、彼女と手を繋ぐ。  
 正式に恋人になる前の、仲の良い"ボーイフレンドとガールフレンド"だった頃から続けてきた儀式のようなその行為は、焦りはやる俺達の気持ちを鎮めてくれる効果があった。  
 「ん……もぅ大丈夫です、ヒューイさん」  
 熱っぽい目を細め、そう囁く彼女。  
 「思い出しましたから。これまで、どれだけヒューイさんがわたしのことを大切に、大事にしてくださったかを」  
 そういうことなら、むしろ俺の方が、初めて会った時以来、ずっとディアナの世話になってると思うけどな。  
 まあ、信頼してくれると言うのも悪い気はしない。俺だって彼女の体をじっくりと味わってみたいからな。  
 「えっちですね」  
 男の子は、好きな女の子を前にしたら、皆エッチになるんです!  
 「そんなに力説されても……」  
 困ったように言いながら、彼女は目を閉じてくれた。ご期待に応えて顔を近づける。  
 今度は軽く触れるだけのキス。それから彼女の耳元に唇を寄せて、囁く。  
 「……大好きだよ、ディアナちゃん」  
 何度も口にした言葉だが、これを聞く度に、ディアナの顔が世界中の幸せを独り占めしたかのような、うれしそうな表情になるのだ。俺自身、彼女の喜ぶ顔が見たくて、バカみたく「好き好き大好き」を繰り返すようになった。  
 あ〜、順調(?)にバカップル化してるよな、俺達。  
 そう思いながらも、一向にそれを止める気にはならない。  
 
 「ちょっと、くすぐったいかもしれないけど……」  
 と断ってから、彼女の耳に唇を近づける。  
 ねっとりとした熱い感触が耳に触れたせいか、彼女がぞくりと身を震わせる。  
 まだ目を閉じたままだが、何をされたのかはすぐに分かったのだろう。それでも懸命に喘ぎ声を漏らさないようにしている様が可愛かった。  
 そのまま、舌を彼女のディアボロスたる徴の角へと滑らせる。  
 「ひゃ、うっ!」  
 「気持ち良い?」  
 「そ、そんなの聞かないでくださいぃ〜」  
 一見硬そうなソコも、確かに愛しい彼女の一部には違いなくて、ほのかな熱と弾力を伝えてくる。  
 聞くところによれば、ディアボロスが角を触らせるのは、家族などの親しい身内か、連れ合いに限られるらしい。  
 その意味で、俺の行為を受け入れてくれるということは、彼女の気持ちを的確に表しているのだ。  
 ただ、敏感なのか僅かに触られただけでもディアナ真っ赤になってしまうのだけれど、それでも身を縮めてふるふると堪えている彼女の様子は、俺の右脇腹の浪漫回路を果てしなく刺激してくる。  
 「ディアナは可愛いなぁ〜〜」   
 どこぞの変態紳士の心の叫びに、思わず同調してしまう。  
 「ふえっ!? い、いきなり、何ですか?」  
 「いや、何でもない。ただの妄言だよ」  
 くすりと笑って彼女と三度目のキスを交わす。  
 「じゃあ、そろそろ始めようか……もっとエッチなこと」  
 
 *   *   *     
 
 「……てところで、目が醒めちまったんだ」  
 「なんや、夢オチかいな。まぁ、童貞の想像力では、それが限度やろしな」  
 「うっせい、童貞言うな!」  
 コンコン  
 「どーぞー」  
 カチャッ……  
 「あの、ヒューイさん、今、お暇ですか? その、もしよろしければ、わたしと……」  
 「むぉっちろん! 愛しいディアナちゃんのお誘いとあらば、たとえ火の中水の中ダンジョンの中、このヒューイ、何処なりとも駆けつける所存でござい」  
 「クスクス、大丈夫です。今日は、お買い物につきあっていただきたいだけですから。それで、その……お弁当も作って来たんですけど」  
 「OH! 恋人の手作り弁当とあっては、万難を排して戴かないワケにはいくまい。まずは、初めての森の入り口あたりまで、ピクニック気分で出かけよーぜ。買い物は、そのあとでいい?」  
 「ハイッ!」  
 浮き浮きと腕組んで出かけていくふたりを見て、「ま、アイツらは当分、あのままでもエエんかもしれんな」と呟くルーフェスだった。  
 
−FIN−  

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