『クロスティーニ学園せい春日記』  
その3.5.キミが大っ嫌い……切なくさせるから  
 
 ずっと昔、あたしはあたしの世界のお姫様だった。  
 あたしの暮らす屋敷でも町でも、あたしに逆らう者はいなかったし、ちょっと反抗的な人でも、パパの名前を出して脅せば、すぐに態度を翻した。  
 けれど。  
 そんなある日、あたしはアイツに出会った。  
 半ば引退した著名な冒険者の息子。アイツとアイツの両親だけは、あたしを「ただの女の子」として扱った。  
 最初は腹も立ったけど、でも、その内ににそう言う風に接してもらえるのも悪くない……ううん、新鮮で嬉しいことなんだってわかってきた。  
 アイツに手を引かれて、以前は見向きもしなかった町の子供たちの世界に足を踏み入れることで、初めて自分が「すべてを与えられている」ように見えながら、何も持ってなかったことに気付いたから。  
 町へ出かけて庶民の子供達と遊ぶことを、パパは心良く思ってないみたいだったけど、お祖母様が庇ってくれたから、あたしはアイツと一緒に下町を、森を、野原を、駆け回って遊ぶコトができた。  
 ある日、アイツとあたしは、森の漁師小屋でひとりのケガ人を見つける。  
 その人は、たぶん15、6歳のディアボロスで、駆け出しの冒険者なんだって言ってた。  
 「ちょっと仕事でドジ踏んじまってな」と笑うその人は、明るく活気に満ちていて、ウチの町でごく稀に見かけるいぢけた目をしたディアボロス達とは、まるで別の種族みたいだった。  
 (もっとも、彼らが卑屈で精気がないのは、セレスティアであり、町の事実上の支配者でもあるあたしの家が、暗に圧力をかけているからだってことは、後に知ったのだけれど)  
 ケガと言っても、命にかかわるほどじゃなく、一週間も寝ていれば治るとのこと。彼のことを黙っている代わりに、あたしたちは彼の旅の話を聞かせてもらうことになった。  
 あたしもアイツもひとりっ子だったから、陽気で気さくな彼と話していると、まるでお兄さんができたみたいで、なんだかとてもうれしかった。  
 彼の方も、ヒューマンのアイツはもちろん、セレスティアであるあたしのことも妹分として分け隔てなく可愛がってくれた。  
 「僕も、いつか、父さんたちやアニキみたいな冒険者になる!」  
 「ふ、ふんだ。弱虫なアンタは、まほう使いかレンジャーになって、後ろからえんごしてなさい。アタシが強いせんしになって戦うから」  
 「え〜〜、なんかカッコわるい……」  
 「ハハハ、そんなにガッカリするなよ、ヒュー。セレの言うことにも一理ある。冒険者は適材適所だ。パーティを組んだ仲間、それぞれが最適な役割を果たすのが一番重要なんだから」  
 「そーよ! おにーちゃんがいうとおりなんだからぁ」  
 アイツがあたしに付けた「セレ」と言う愛称を呼ぶことを許したのは、アイツとあの人だけ。  
 アイツとふたりだけの秘密を共有できたこと。そして、あたしたちのことを見守ってくれる"お兄ちゃん"がそこにいたこと。  
 それはとても幸せな一週間だった。  
 
 けれど……同時に、運命はひどく残酷だった。  
 頻繁に森へ出かけていくあたしのことを心配したパパがつけた見張りによって、彼が発見されてしまう。  
 あと一日遅ければ、ケガの治った"お兄ちゃん"は旅立ち、見送るあたしたちは彼のことを幼年期の良き思い出として胸にしまっておけるはずだった。  
 あるいは、歩けるようになった"お兄ちゃん"を、あたしの家は論外としても、たとえばアイツの家に連れていくことも出来たはずだ。  
 そうしたら、その後のアイツとの関係も随分変わっていたに違いない。  
 でも……時計は巻き戻らない。  
 無人とは言え他人の小屋を無断で占拠していたことで、彼は咎めだてを受け(それには、たぶんにディアボロスに対する偏見もあったのだろう)、せっかくケガが治りかけた身なのに袋叩きにされたのち、追放となった。  
 「どうして、アニキの居場所がバレたんだろう……」  
 泣きそうなアイツの言葉に、あたしは何も答えられなかった。  
 「お前のせいじゃ、ない、よな?」  
 すがるような彼の言葉には、あたしのことを疑いながらも信じたいという響きが宿っている。  
 ──それでも、あたしは何も答えなかった。  
 あたし自身が告げ口をしたわけじゃない。  
 でも、あたしがいたからこそ、今回の悲劇が起こったのもまぎれもない事実だ。あるいは、あたしがもっと気をつけていれば、今回のことは防げたかもしれない。  
 その思いが、否定の言葉を紡ぐことをためらわせたのだ。  
 「なんとか言ってくれよォ!!」  
 今度こそ本当に泣き出すアイツを尻目に、あたしは耳をふさいで逃げ出すことしかできなかったのだ。  
 
 それから、あたしはひとりで町に出ることは禁止されてしまった。  
 アイツとも会えずに、ひたすら"ヴァンガード家令嬢としてふさわしい"教育を受ける毎日。  
 「あたし」から「わたくし」へと一人称を変え、「パパ」を「お父様」と呼ぶようになった12歳のころ、ようやく自由な外出が許されるようになった。  
 護衛付きとはいえ、ようやく町に行ける、あいつと、ヒューとまた会える!  
 けれど、再会したあいつは数年前の姿が嘘みたいな、下品で、無作法で、おちゃらけた軽薄な少年になっていた。  
 そんな彼の姿に苛立つわたくしは、会うたびに口論を重ね、あいつを罵倒するようになってしまった。  
 今ならわかる。  
 あいつは──彼は精一杯、あの日旅立った"お兄ちゃん"みたくなろうとしてたんだろう。  
 でも、その時のわたくしは、そんな事にも気付かず、売り言葉に買い言葉で彼を見下し、上から目線で物を言うことしかできなかった。  
 そうして、「優秀な冒険者の、不肖の息子」対「町の名士の、高慢な令嬢」という構図が周囲にもすっかり定着してしまい、結果、ますます彼の居場所を奪ってしまう結果になる。  
 当たり前の話だ。わたくしの家に逆らえば、この町で商売していくことすら難しくなる。  
 彼の両親は確かにヴァンガード家に媚びたりはしなかったけど、それは昔のコネがあるからこそ。それにしたって表だって逆らうような真似まではしていない。  
 彼が同年代の少年少女のあいだで孤立しているのを知りつつ、それでもわたくしは彼にちょっかいをかけることを止められなかった。  
 それが、いまや唯一の彼との関わり、「腐れ縁の幼馴染」という唯一の絆だったから。  
 でも……まさか、彼が町を出ていくなんて!  
………………  
 
 彼が山ふたつ越えた場所にある冒険者学校に入りたがっていることは知ってましたから、町に2軒ある本屋から、そこに行くまでの地図はすべて買い占めておきました。  
 仲のいいメイドには「お嬢様、そこまでしなくとも」と呆れられましたけど。  
 だから、最初は隣り町に遊びにでも行ったのかと思っていました。  
 けれど翌日も翌々日も町で彼の姿を見かけることはなく……。  
 まさかと思って彼の家に押しかけ、両親に聞いてみたところ、「クロスティーニ学園に入学にし行った」とのこと。  
 (そんな! 戦いの心得もないクセに、地図も持たずに!?)  
 無謀としか言いようがありませんわ。  
 もしや途中で行き倒れているのでは……と人をやったところ、幸い無事に学園に辿り着いて入学していることが判明しましたのでひと安心です。  
 そうとなれば、わたくしがとるべき道は、ひとつだけです。  
 渋るお父様を「町を治めるヴァンガード家の娘として恥ずかしくない強さと経験を身に着けるため」と説得し、今日、わたくしもまた学園へと旅立ちました。  
 さすがに地図は持ちましたけど、お伴も護衛も不要です。  
 彼だってひとりで学園まで行けたんですもの。このわたくしに同じことができないはずはありませんわ!  
 彼と違ってキチンと家庭教師に習った剣の心得もありますから、駆け出しの戦士としては十分通用するでしょうし。  
 そして……学園に着いたら、今度こそ素直になりましょう。  
 彼のパーティに入れてもらって、もう一度、昔みたいに友達としてやり直すのです。  
 「──行きますわよ、セーレス」  
 レイピアとバックラー、そして高貴な制服の上下に身を固めたわたくしは、自分自身を鼓舞するように呟いて、ほの暗い山道へと足を踏み入れて行きました。  
 
 

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