『クロスティーニ学園せい春日記』  
その5.ほろ苦くて、甘い香り  
 
 休養日の翌朝、俺達パーティはついに待望の6人目のメンバー、しかも前衛を迎えていた!  
 ……いたんだが。  
 
 「…………」ムスッ!(怒  
 「…………」ダラダラ(汗  
 「…………」ニコニコ(笑  
 
 く、空気が重ぇ〜!  
 ──そして、そんな中でもルンルン♪気分全開で、俺の左手を握っててくださるディアナに、ある意味感嘆する。  
 何とゆーか、普段はあれほど敏感に空気を察する気配り屋さんなのに、こういう時に限りスルーですかそうですか。  
 いや、そりゃね。好きな人(つまり俺)と一夜を共にした翌朝なんだから、幸せボケしてるのも無理はないと思うけどさ。  
 「……なぁ、ヒューイ、自分と、このセレスティアのねーちゃん、知り合いなんやろ?」  
 声を潜めて聞いてくるルーフェスに、渋々答を返す。  
 「一応……世間一般的には"幼馴染"と言われるのが妥当な気がしなくもない」  
 ピクリ! と目の前のセレスティア少女は眉をひそめたものの、特に何かを言うことはなかった。  
 「ふむ。旧知の仲のお主を頼ってパーティを組みに来た、と言うワケかの。それにしては、随分と挑戦的な態度じゃが」  
 ま、コイツはこーいうヤツだから。俺らの町の名士のご令嬢だから人に頭下げた経験があまりねーんだよ。  
 「──トゲのある言い方ですが、あまり仲はよろしくないのですか?」  
 さて、ね。昔……小さなころは、それなりに仲良く遊んだ記憶もあるんだけどな。  
 「……随分な言われようですわね。けれど、確かにわたくしも頭に血が上っていささか礼儀を欠いていたコトは認めましょう。改めて自己紹介致しますわ。  
 わたくしの名はセーレス・ヴァンガード。選択教科は戦士ですわ。そこの軟弱女タラシのリーダーさんとは、一応、子供の頃からの知り合い……ということになりますかしら。  
 皆様、以後よろしくお願い致しますわ」  
 優雅に一礼してみせるセーレス。  
 はぁ……いったい、何でこんなコトになったのやら。  
 
 * * *   
 
 今朝、目が覚めた時の気分は、まさに「サイコー!」だった。  
 だってな〜、憧れの、いや今や"最愛"と言ってしかるべき女の子と昨夜結ばれて、その娘の部屋で目が覚めたんだぜ。  
 ほら、今だって、すぐ隣りに柔らかくていい匂いのする温かい存在が寝ているのを感じるし……って、あんましあったかくないな。  
 ディアボロスってヒューマンより体温低いんだっけか? 昨晩は熱いくらいだったんだけど……はは、ありゃ、単に火照ってだけか。  
 「ん……」  
 お、掛け布団の中から色っぽい声が。  
 ……まだ寝てるみたいだから、ちと悪戯してみるか。  
 そーっと胸の辺りに右の掌を這わせる。  
 ムニュン♪  
 おお、何度触っても飽きない感触。昨日は何だかんだ言ってテンパってたから気づかなかったけど、こうして直に触ると、ディアナって結構着痩せするんだな。  
 ムニムニムニ……  
 「──あぁン、ダメです。乳首のあたりは感覚素子が大量に埋め込まれて敏感な部位なのですから、もっと優しく」  
 ……って、この声は、もしやグノーさんッ!?  
 「──はい、貴方のグノーです、まいだーりん」  
 いや、マイダーリンじゃなくて! 何してるんですか、こんなところで!?  
 「? ここは私とディアナの部屋ですが……」  
 ええ、そりゃわかってますよ。俺が聞きたいのは、どうして俺の隣で寝ているかってことです!  
 「──見て分かりませんか? 添い寝です」  
 何で? WHY?  
 そもそも、ここにいたはずのディアナは、どこに行ったんですか?  
 「──ああ、なるほど。それでしたら……」  
 ガチャ……  
 「グノー、ヒューイさんを起こしてくれたぁ?」  
 「貴方と一緒に食べる朝食の用意をしていますが」  
 嗚呼、時が凍るってこういうコトかと思ったね。  
 けど、ディアナは、ベッドにいるグノーと俺を見ても微笑んだままだった。  
 「もぅ、お寝坊さんですね、ヒューイさん。早くしないと朝ご飯食べてる時間、なくなっちゃいますよ?」  
 「あ、うん、ごめん。今すぐ支度するよ、ディアナちゃん」  
 ──ディアナが焼いてくれたパンケーキは大変美味しかったことを付け加えておこう。  
 しかし……あの光景を見ても何も言われないとは。  
 いや、ヘンな方向に嫉妬されてヤンデレられるのは確かに御免だけどさ。  
 「──ひとつには、今のディアナは"信じる心"を装備しているからでしょうね」  
 何、そのインチキくせぇアイテム名? てか、それって装備できんの!?  
 「──ほら、ココに」  
 グノーは、ディアナの右手をつかんで持ち上げて見せる。  
 「? どうかしたの、グノー?」  
 「──いえ、シャイボーイなヒューイさんが、ディアナと手を繋ぎたそうにモヂモヂされていましたので」  
 「な〜んだ」 ニッコリ  
 その満開の花のような笑顔が眩しいよ、ディアナちゃん。  
 それも、昨日までが道端でひっそり花開くタンポポだとすると、今日の笑顔は人の背よりも高い位置で太陽に向かって咲く向日葵くらいの勢いだ。  
 「えへ、もしそうだとしたら、わたしをそんな風に変えてくれたのは、きっとヒューイさんなんですよ?」  
 そんなけなげなことを言いつつ、キュッと手を繋いでくる。  
 しかも、コレは指と指をからめた俗称"恋人つなぎ"!?  
 グハッ……ディアナ、恐ろしい娘!  
 無論、俺に異論があろうはずもない。ついニヤニヤしてたが、ディアナの右中指に何か指輪らしきものがハマっていることに気づく。  
 「これは……友好の指輪か?」  
 "信じる心"って、もしかしてコレのことかよ!  
 「──イェ〜ス、ザッツ・ライト。正確には、+2相当の品ですが。心配されずとも左手の薬指は、ヒューイさん用に空けてあります」  
 なるほど。これで種族間の相性補正を無効化してるワケね。  
 ん? でも、これって心理的な沈静効果まであるものなのか?  
 「──その点については、ほんの気休め程度でしょうね。ですから、ディアナのヒューイさんに対する絶大なる信頼が為せるわざなのでしょう」  
 はは、そう正面きって言われると、ちと照れるな。  
 
 「──ところで、一夜を共にした割には、ディアナの歩き方が、存外普通なのですが……」  
 しげしげとディアナの脚運びを見ながら、グノーは首をひねる。セクハラだぞ、ヲイ。  
 「──かと言って、ヒューイさんもサッパリした顔されてますし。土壇場でヘタレてミッション失敗という風でもないですね。あぁ……」  
 ポンと手を打つグノーさん。  
 「──痛がるディアナに遠慮して、貫通は失敗したものの、素股で済ませたのですか」  
 ブッ!!  
 「?? "すまた"って何ですか、ヒューイさん?」  
 シッ、女の子が道端でそんな言葉口にしちゃ、いけません!  
 「──あるいは私が一昨日言ったことを気にしてらしたのでしょうか。しかし、中途半端な気遣いは……」  
 「ちげーっての! あのな、グノー。俺が普通科の生徒だってこと忘れてねぇか?」  
 コトがすんだ後、寝る前にヒールの呪文、ディアナにかけておいたんだって!  
 「──成る程。盲点でした」  
 納得顔のグノーと、まだハテナ顔のディアナの表情が見事に対照的だ。  
 「──しかし……少し早まりましたね、ヒューイさん。終わってすぐに回復呪文を使われたとすると……傷と一緒に"膜"まで再生されているかもしれません」  
 いいっ、マヂで?  
 「──ええ、真剣と書いて"まじ"と読むくらいマジです」  
 うぅ、そいつは困ったなぁ。  
 「──乙女の純潔を2度も奪えると言うのは、男子の浪漫ではないのですか?」  
 「ンなわけあるかい! 膜の有無で女の子の価値判断するほど外道じゃねーっての。  
 大体、誰よりも護ってあげたい大好きな女の子が痛がってるのに無理して続けるのって、すんごく男としても心が痛むンですよ?」  
 「「……」」  
 え!? 何、この空気?  
 「ヒューイさん♪」  
 「──たまーに、素で殺し文句吐きますね、この少年は……」  
 ??  
 まぁ、そんなコトを話しながら、俺達はいつものパーティの集合場所──校門前の中庭まで足を運んだんだが……。  
 「……せやから、ヒューイがどこにおるかなんて、知らんて! ワイも今日はほとんど朝帰りやったんやさかい」  
 「あさっ…風紀が乱れきってますわね、この学園は!」  
 なんだか騒がしいな。あの声は多分、ルーフェスだと思うんだが。  
 「小娘、この学園は必要な部分以外は、あくまで生徒の自主性に委ねて運営されておる。授業外でプライベートをどのように過ごそうと、他人に口出しされる筋合いはないぞえ」  
 あ、やべ、フェリアさんの声に険呑な響きが混じってきてる。ここは……。  
 「お〜い、どーしたんだ? 朝から騒がしいゾぉ」  
 できるだけ肩の力を抜いた間抜けな口調で声をかける。  
 「あ、ヒューイ」「小僧」  
 え? なんかふたりの視線が微妙に尖ってるんですけど?  
 ありゃ、そこにいるのは、確かオリーブの知り合いのジェラートとかいう、アイツと瓜二つなお嬢様……だっけ。  
 なるほど、タカビー女が、また何か無理難題フッかけてきたってワケか。  
 うし、ここはパーティリーダーとして、ビシッと言ってやらねば。  
 「え〜と、どんなトラブルがあったのかは知らないけど、俺達、今日も外へ実習に行く予定なんだ。用があるなら帰ってからにしてくれ。悪いけど、失礼するぜ、ジェラート」  
 よし。過剰にケンカ腰にならないよう気をつけつつ、とりあえず生徒間の不文律──他のパーティの冒険を邪魔してはならない──を盾に、この場を有耶無耶にする、我ながら巧みな弁論だッ!  
 しかし……。  
 「まがりなりにも幼馴染の顔を見間違える人がありますかッ!!」  
 DOCOOOOOOOOMMMMMMM!  
 ニコやかな顔のまま、こめかみに井桁マークを貼り付けた"ジェラート"……もといセーレスの痛烈なアッパーカットを受けて、俺は宙に舞うハメになったのだった。  
 
 * * *   
 
 で、まぁ、冒頭のシーンに至ると。  
 つまり俺が前にも言ってた故郷の町で旧知のセレスティアの娘であるコイツは、俺に対抗心燃やして、このクロスティーニ学園に入学してきたらしい。  
 とは言え、さすがに入学式から一週間も経った今くらいになると、大体の生徒はすでにパーティを組んでいる。  
 そこで、5人しかいないウチのパーティに白羽の矢が立ったようだ。  
 「ほ、本来は貴方程度をライバルと言うのもおこがましいのですけれど、近くにいてその差を見せつけてさし上げるのも一興ですしね」  
 むか。あとから無理矢理パーティに入って来て、その言い草はねぇだろう。  
 「そ、それに、貴方のご両親から息子のことを頼むとお願いされてますし……」  
 はぁ? ウソつけ、ウチの親父たちが、そんなコト言うタマかよ!  
 俺がこの学校入るって言った時も、「そっか。で、いつ出るんだ?」「お弁当は今夜の残り物でいいわよね?」と、まるで隣町に遊びに出かける時みたいな気安さだったんだぞ。  
 もっとも、出かける前日に切り出した俺も俺だけど。  
 「そ、それは……い、一応、"幼馴染"ですからね、不本意ながら。貴方の素行が乱れていないかご両親に報告するのが"幼馴染"の義務というものですわ」  
 大きなお世話だっつーの!  
 「そうはまいりませんわ! そ、そもそも! この学校に入ってまだ一週間だというのに、パーティ内の女性ふたりにちょっかいをかけてるなんて、弛んでいる証拠ですわ! 不謹慎な!」  
 えーと、ふたりって……ディアナはわかるとして、もうひとりは?  
 「──それは私とスズメが言った」  
 うわっ、グノーさん、いつの間に俺の右腕を抱え込んでらっしゃるので?  
 「──ついさっきだりゅん、だーりん」スリスリ……  
 や、やめてくださいぃ、俺には妻と子供……は、いないけど、「好きな人ができました」と胸張って両親に紹介したいよくできた恋人はいるんスから……ってか、その娘、アンタの妹分でしょーが!  
 「──フフフ、もちろん可愛い妹ですとも。ですから、その未来の旦那さまと、義姉として親交を深めているだけりゅん」  
 あぁっ、やめ、当たってる、当たってるから! それと、りゅんりゅん電波な語尾も禁止!  
 「──ショボン」(´・ω・`)  
 口で言うな! ってか表情が全然変わってないのがむしろコワいよ!  
 「……随分と楽しそうにじゃれておられますわね?」  
 底冷えのする口調でツッコミを入れられて、俺は話の腰を折られた当人に気づく。  
 「オッホン! と、とにかく。この女性は、恋人だとかそーいうのじゃ全然ないから」  
 「──ええ、単なるセフレで「ちがーーーう!!」……チッ」  
 ちょっとは自重してくれ、この性悪ノーム。なんでこの人の属性が悪じゃないんだろう。  
 (……初めて会った時は、頼りになりそうなお姉さんだと思ったんだがなぁ)  
 あの山道での第一印象は、もはや天空の彼方へと飛び去って久しい。  
 「で! 俺の恋人はこっち! ディアナちゃん、ほら挨拶挨拶」  
 俺の左手にぶら下がったまま、「ふみゅ〜ん」と言った感じで幸せそうにタレている彼女をつっつく。どうやら、先ほどのグノーとのやりとりも、ほとんど聞き流していたらしい。  
 「え? あ、はい、ディアナ・セルネと申します。僭越ながらこのパーティにアイドルとして参加させていただいてる身です。よろしくお願い致しますね、ヴァンガードさん」  
 と、ニッコリと眩しい笑みを浮かべながら、深々とお辞儀をするディアナ。  
 昨晩、「無邪気なのは演技」みたいなこと言ってたけど、今の様子を見る限り、どうみても地だよなぁ。  
 ブッちゃけ、今この場に無関係な人100人連れて来て、このディアナの微笑みと、視線で人がヌッ殺せそうなくらい不機嫌な表情を浮かべているセーレスを見せたら、95人までが、ふたりの種族を取り違えるのではないだろーか?  
 「ふ、不謹慎ですわ! 冒険のために組んだばかりのパーティの女性メンバーとねんごろになるなんて!」  
 むッ……。  
 「言っとくけどな、そもそも彼女とはこの学園に入る前からの知り合りなんだ。  
 どちらかと言うと、一緒にいて互いを守りつつ成長するためにパーティ組んでるってほうが正しいんだからな。  
 それに、成り行きとかいい加減な気持ちじゃなくて、将来的な伴侶としても視野に入れて付き合ってるんだ。第三者にとやかく言われる筋合いはねぇ!」  
 ……知り合ったのがココに来る一日前だったことは伏せておこう。  
 「!! そ、そんな……」  
 ありゃ、セーレスの奴、なんか妙に凹んだ顔してやがる。そんなに俺に言い負かされたことがショックだったのかな?  
 
 * * *   
 
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 いかにも気丈そうなセレスティアのねーちゃんが、ヒューイの言葉を聞いて蒼白になっとる。  
 ……にしても、ヒューイのヤツ、ほんまに気づいとらんのか?  
 「朴念仁……と言うのもないではなかろうが、何やら因縁めいたものがあるのやもしれぬな」  
 「──ええ、彼が彼女について発言する時、嫌悪と同時にどこか親しみを感じていることが語調から読み取れましたから、おそらくは」  
 だからこそ、あれだけバレバレなツンデレねーちゃんの好意に、ヒューイが気づかん……と言うか認めることを無意識に拒絶しとるワケか。  
 は〜、相変わらずフェリアやグノー姐さんの観察眼はスゴいのぅ。  
 「なに、観察眼と言うほどのものでもないわえ。強いて言うなら、"女の勘"じゃ」  
 さいでっか。  
 「──それにしても、これはディアナにとってもいい機会かもしれませんね」  
 なんでやねん? あの3人、これから下手したら修羅場やで?  
 「──だからこそ、です。あの子は今まで他人と争ってまで何かが欲しいと言うことはありませんでした。無欲と言えば聞こえはよいでしょうが、それは単に逃げてるだけとも言えます」  
 まぁ、そやな。永久に争いごとから逃げ続けるなんて、無理な話やし。  
 「──けれど、さすがに彼に関しては話は別でしょう。勝つにせよ、負けるにせよ、必ずあの子にとって得るものがあると、私は信じています」  
 はぁ、なんやかんや言ぅて、しっかりおねーさんしとるんやな。  
 ……つまらんコト聞くけど、引き分けやったらどないするんや? つまり、ヒューイの奴が「どっちも選べん!」って二股かけよったら。  
 「──それでふたりを泣かせるようなら、もちろんシメます。  
 ですが、もしふたりとも笑顔でいられるような甲斐性が彼にあるのでしたら……」  
 そこで言葉を切ると、ニヤリと獰猛な、それでいて艶っぽい笑みをグノー姐さんは浮かべよった。  
 「──そのご褒美に私もセットで差し上げてもよいかもしれません」  
 
 <つづく>  
 
 

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