『クロスティーニ学園せい春日記』  
その6.おれたちにつばさはない  
 
 セーレスを加えて早2週間。ついに6人揃った俺たちのパーティは、意外なほど順調に、探索と冒険者としてのレベルアップを進めていた。  
 当初は、そのタカビー気味な性格ゆえに他のメンバーとの協調性が心配されたセーレスだったが、予想に反してそれなりにうまくパーティに溶け込んでいる。  
 ……まぁ、あの口調と態度に関しては、俺達の方でジェラートという瓜二つな先達がいたため慣れてた、という部分がないでもないが。  
 それでも、元高位賢者のフェリアや元凄腕錬金術師のグノーにはそれなりに敬意を払って接してるみたいだし、同じ前衛に立って肩を並べて戦うルーフェスに関しても、戦友に対する信頼らしきものは抱いているようだ。  
 問題は、残りのふたり。俺とディアナだ……いや、正確にはディアナだけ、か。  
 予想外なことに俺に対しては、棘が抜けたとは言い難いもののそれなりに軽口やからかいの言葉は投げてきているからな。  
 ある意味、故郷の町での関係の再現と言ってもよいが、周りに取り巻きがいないぶん、かつてのような陰湿な状況は引き起こしていない。  
 ──故郷で俺がハブにされた事態も、おそらくセーレスの本意ではなかったのだろう。町を離れて、俺もそれが理解できる程度には自分達を客観視できるようにはなっている。  
 ところが、ディアナに関してだけは、セーレスの奴、パーティとしての必要最小限以上に話しかけることをしないのだ。  
 いくら"友好の指輪"をしてるとはいえ、元々セレスティアとディアボロスが犬猿の仲なことは俺も百も承知だ。  
 無理もないといえば無理もないのだが、ディアナの方が何かと気を使って仲良くしようとしているのに、それをことごとく潰すようなセーレスの態度はあまりに不自然だった。  
 そもそもアイツは──かつてのアニキの一件があったせいか──それほどディアボロスを差別するような事は今までなかったのだが……。  
 
 「はぁ〜、どうしたモンかねー」  
 「おや、どうしたんだい、ヒューイ君?」  
 学食でひとり朝飯を食べながらたそがれていると、顔見知りの上級生が声をかけてきた。  
 「あ、ヒュウガ先輩、おはようさんっス」  
 ヒュウガ先輩は、同じヒューマン族の男で、つい先日ガンナーに転科するまではやはり普通科の学生だったので、俺もけっこう親しくしてもらってる。  
 もっとも、あちらの平均レベルは18(それも全員転科済みでだ)で、相応の修羅場を潜り抜けており、その中でも常に前線に立ってパーティを引っ張ってきたヒュウガ先輩には全然及ばないのが悔しいところだけど。  
 冒険者やパーティリーダーとしてだけではなく、ひとりの男としても、俺は、ちょっとヒュウガ先輩にコンプレックスを持ってる。  
 俺より頭半分高い身長とガッチリした体格。ルックスも美形というほどじゃなくてもそれなりに整っており、「お笑い系」といわれる俺とは大違いだ。  
 父子家庭で苦労して育ったらしいが、それでも気さくで面倒見がいい。  
 ──なんつーか、幼いころアニキに憧れた俺が「なりたかった自分」を見せられているような気分になる。  
 新入生の俺のことを気にかけてくれるイイ人なだけに、少々後ろめたいのだが。  
 「珍しいね、君がひとりで学食に来てるなんて」  
 「え、そースかね?」  
 まぁ、確かに恋人同士になってからは、朝はディアナ(とグノー)の部屋で手料理を御馳走になる機会が多いのは事実だけど。  
 「それはむしろ先輩のほーじゃないスか?」  
 この人は同じパーティの前衛であるセレスティアの剣士と恋仲なのだ。レスティさんというのだが、彼女の場合、ある意味、"世間一般の人が抱くセレスティアのイメージ"に極めて近い女性だ。  
 すなわち、「清楚で、美しく、優しい」、まるで伝説の"天使"のような存在。  
 (元々セレスティア自体が"天使の末裔"と言われているワケだが)  
 ちなみに、セレスティアの実情を知ってる人間の場合、抱くイメージはむしろセーレスの方が近い。「タカビーでワガママ」というヤツだな。  
 そんな天使のごとき女性と半同棲(寮の同室の者同士が恋人になったので、半ば部屋を交換してるようなものらしい)していながら、それでも「ヒュウガなら仕方ない」と周囲に納得させているのだ、この人は。  
 いかに人望と手腕を兼ね備えた傑物かはわかるだろう。  
 「アハハ、いやぁ、実は後輩の子に料理を教えてほしいと頼まれたらしくてね、部屋を追い出されちゃったんだよ」  
 試食とかしたかったんだけどね、と屈託なく笑うヒュウガ先輩。  
 成程、そういうワケか。レスティ先輩は去年の文化祭の料理コンテストで準優勝した腕前らしいからなぁ。  
 「……で、どうしたんだい、何だか気落ちしてるみたいだったけど」  
 「ええ、ちょっとパーティ内の人間関係で悩みが」  
 パーティ内のルーフェスやフェリアにも相談したことはあるんだが、呆れたような、可哀想なものを見るような目で見られただけだったしなぁ。(え? グノー? そんな恐ろしいコト聞けるワケないだろ!)  
 この際だから、部外者の意見も参考にしようと、俺はここのところ頭を悩ませている問題──セーレスとディアナの不仲について、飯を食いながら相談してみた。  
 「うーん、確認するけど、君はそのディアナって娘と、この学園に来てから恋人になったんだよね? で、セーレスって娘とは幼馴染だ、と」  
 「ええ、そうです」  
 種族とか昔のしがらみとかブッ飛ばして要約すれば、そういうコトになるだろうな、ウン。  
 「ヒューイ君……それ、嫉妬だよ」  
 「は?」  
 聞き返す俺の顔は、さぞかしマヌケな表情をしていたことだろう。  
 「いやいやいや、そりゃありえませんって!」  
 あのタカビーセレスティアなアイツが、俺にそんな感情を抱くなんて……なぁ?  
 「嫉妬って、別に恋愛がらみだけで発生する感情じゃないよ? 同性の友人や、時には家族間でさえ、やきもちをやくってことは、多々あるんじゃないかな」  
 たとえば、弟が生まれることで両親の愛情を取られると思って拗ねる兄や姉の話とか、聞いたことないかい? と尋ねるヒュウガ先輩。  
 「まぁ、そういう話を耳にした覚えはありますけど……」  
 「あるいは……そうだな。君、寮で同室の子とは仲がいいかい?」  
 ええ、お互い恋人持ちとは言え、時には男同士でツルみたいこともありますし、そういう時は大概ヤツと一緒っスね。  
 「で、だ。その人が、君の知らない誰かと君を無視して盛り上がって騒いでいたら、ちょっと面白くないんじゃないかな?」  
 
 うーーーん、そう言われるとちょっと納得だ。  
 要するに、アイツは腐れ縁とは言え一番つきあいの長い幼馴染である自分を放り出して、俺が恋人とイチャイチャしてばかりいるのが腹立たしいわけだ。  
 で、その恋人であるディアナに八つ当たりしてる、と。  
 だから、その反面、俺に構われると妙に嬉しそうなんだな。  
 しかし……。  
 「でも、それって解決するのが難しそーっスね」  
 模範的な解答は、俺がディアナとラブラブしてる光景をなるべく見せず、かつ適度にアイツにかまってやるコトだろう。  
 あるいはパーティの"和"だけを考えればそれが一番なのかもしれないが、だからって恋人より友人を優先するのもなー。  
 「うん。だから、いずれにせよ当事者間で腹を割って話し合う必要があるかもしれないね」  
 それが最適解だとはわかっても、実行するには多大な勇気と根性が必要そうだ。  
 「悪いね、あまり助けになれなくて」  
 「いえいえ、問題の本質がわかっただけでも、大きな進歩っス。ありがとうございました」  
 などと俺が頭を下げてるところに、当事者のひとりであるディアナが誰かと一緒に学食へとやってきた。  
 「すみません、ヒュウガ先輩、せっかくの休日にお邪魔しちゃって……って、ヒューイさん?」  
 「ディアナちゃん? なんで……?」  
 「あらあら〜、ディアナちゃんお知り合いかしら?」  
 珍しくグノーさん以外の女性と一緒にいると思ったら、よりによってレスティ先輩? てことは、先輩に料理教えてもらってたのって……。  
 「ええっ、なんでご存知なんですか?」  
 「ん? ああ、ヒュウガ先輩とちょっと話してたから」  
 「はぅ〜、コッソリ練習して驚かせようと思ってたんですけど……」  
 念のため言っておくと、ディアナの料理の腕前は、世間一般の主婦並程度はあるんだぜ? それに愛情と言うスパイスが加われば無敵だし。  
 「うふふふ、素敵な彼氏さんじゃないですか〜」  
 ニコニコと目を細めたレスティ先輩は、いかにも微笑ましいという風に、俺とディアナを等分に見つめてくるので、さすがにちょっと照れくさい。  
 「えへ、ありがとうございます」  
 はにかみながらも、お礼を言う天然なディアナ。  
 うわ〜、このふたり、似たもの同士って言うか、グノーとは違った意味で種族の壁を越えて姉妹っぽく見えるな。  
 善人オーラと癒し系オーラが周囲に惜しげもなく振り撒かれていて、俺とヒュウガ先輩のみならず、朝の学食全体がほんわかした空気に包まれている。  
 ああ、ここにパーネ先生とかが加わったら、究極無敵なヒーリング空間が展開するかも……。  
 「うーん、パーネ先生、ね。優しそうに見えて案外あの人、シビアだよ?」  
 もっとも、ヒュウガ先輩は首をヒネっているけど。  
 
 *  *  *   
 
 今日はこのままディアナとふたりで過ごそうかとも思ったんだが、折角先輩にアドバイスをもらったんだし、セーレスとの問題解決に動いてみるか。  
 とにもかくにも、3人で膝を突き合わせて話をしようと、女子寮のセーレスの部屋行こうかと思ったんだが……。  
 「──さすがに、それはKY過ぎるので止めておくべきか、と」  
 アイツの部屋の手前でグノーに止められた。  
 「いや、まぁ、確かにスマートな方法じゃないのはわかってるけどさ。正直、俺としては、あとは真正面からぶつかるくらいしか思いつかないんだよ」  
 「やれやれ、お主にいらぬ知恵を入れたのは、ヒュウガ殿かえ? あの坊の言うことは確かに正論じゃが、故に聞く者の耳に痛い」  
 フェリアもいたのか。……知ってるさ。でも、だからこそ、正しい。  
 自分のことだろうと他人のことだろうと、俺なんかが目を逸らしちまう痛い部分も、あの人は真っ直ぐ見据えて言葉にしちまうからな。  
 「──その指摘された正しさの痛みを受け入れられるだけ、貴方も強い人間だということです。  
 ですが、世の中は"正しさ"だけで回っているわけではありませんし、痛みを受け入れられない人もいるのですよ?」  
 言われるまでもないさ。そもそも、その正しさだって立場が変われば絶対的なものじゃないだろうし。俺達冒険者のあいだでさえ、善・悪・中立って行動規範があるくらいだからな。  
 でも……俺は、少なくとも自分が肯定すべき正解から目を背けたくない。  
 それは、俺が知る限りではセーレスも……あの日、アニキの妹分だったアイツだって同じはずなんだ。  
 「人は変わるものじゃぞ?」  
 「根っこは変わらないって信じてる。  
 ……ごめん、確かにパーティリーダーにあるまじき我儘言ってるよな、俺」  
 もし、この話し合いの末、気まずくなったら、せっかくうまくいきかけているパーティのバランスさえ崩してしまうかもしれないんだから。  
 でも、もし、仮にディアナが俺の恋人でなかったとしても、今みたいにアイツが無視しているのを見たら、やっぱり俺、動いてたと思う。  
 「そこまで覚悟しておるなら」  
 「──仕方ありません」  
 渋々ながら、グノーとフェリアが道を開けてくれたので、俺は扉を開けようとしたんだが……あろうことか、傍らのディアナが俺の肩に手をかけたのだ。  
 「ヒューイさん……」  
 「お、おいおい、この期に及んでディアナちゃんまで俺を、止める気か?」  
 「いえ、逆です。これは、きっとわたしがセーレスさんと解決するべき問題なんです」  
 そりゃ、当事者っちゃあこれ以上ない当事者だけどさ。  
 「ですから、わたし、ふたりでお話してみます!」  
 いいっ!? 俺抜きでってこと?  
 「はいっ」  
 いや、でも、大丈夫か? さすがに刃傷沙汰にはならんと思いたいけど……。  
 「ホホホ、さすがはディアノイアの娘、よぅわかっておるの」  
 「──ディアナがそう決めたのなら、私は喜んで道をあけましょう」  
 ヲイヲイ、なんか俺ン時と随分対応がちがくねぇ?  
 「いい歳した男がひがむでないわ」  
 「──お暇でしたら、このクエストを解決してきてください。ちょうどひとり用みたいですので」  
 「婿殿に回そうかと思ぅておったのじゃが、昨晩、ちと腰を痛めての。今日一日はベッドで安静じゃ」  
 そ、そーか。フェリアの「ハチマキ+タンクトップ+ブルマ」という格好が気になってはいたんだが、おおよそ何があったかは見当はついた……ま、お大事に。それとほどほどにな。  
 
 と言うわけで、せっかくの休日だと言うのに、いきなり手持ち無沙汰になってしまった俺は、グノーに言われた単独用クエストとやらをクリアーしとくことにした。  
 依頼主は隣のクラスのティラミスで、内容的には1時間もかからずに済む程度の簡単(というか脱力系)なものだったが、実はその中で考えさせられる部分もあった。  
 (ヒーロー、か)  
 人によって憧れる対象は様々だろうが、俺にとっての"ヒーロー"は、幼いころ出会ったアニキ──たった一週間だけ共に過ごした、あのディアボロスの冒険者だろう。  
 たぶん戦士とおぼしき彼が戦っているところを見たワケじゃないし、もしかしたら剣の実力は大したことがないのかもしれないが、それはどうでもよかった。  
 俺が憧れ、追いつきたいと真に願ったのは、その心の有り様なのだから。  
 
 あの時……セーレスの糞親父の手下に追い立てられて、アニキが満身創痍で町を去る時、俺は我慢できなくなって、こっそり町はずれから彼を追いかけたのだ。  
 泣きながら、"妹分"だったはずのセーレスが裏切ったかもしれないことを告げた俺に、アニキは黙ってゲンコツを落とした。  
 「馬鹿野郎! 確証もないことで、自分の友達(ダチ)を疑うんじゃねぇ!」  
 「で、でも……」  
 状況証拠は明らかにクロだ。そんなことは10歳にもならない俺でもわかる。それに、彼女も否定しなかった。  
 「オレは、セレを信じる。俺の"妹"が、理由もなく人を売るような真似をするヤツじゃないってな」  
 「じゃ、じゃあ……理由があったら?」  
 「ハッ!」  
 片方の瞼が腫れあがった顔でニカッと笑うと、アニキは俺の頭をグリグリ撫でた。  
 「だったら、仕方ねぇじゃねぇか。兄貴分を売るほどなんだ、よっぽどの理由があったんだろうさ。やっぱり怨む気はねーな」  
 その言葉を聞いたとき、俺は「ああ、この人には一生勝てねーな」と思ったね。  
 「いいか、ヒュー。いっぺん人を信じたら疑うな、そして裏切るな。信じるってことは、その相手の人生ごと信じて受け止めるってことなんだ」  
 「でも……ごめん、僕、いまのセレは信じられないよ」  
 アニキの言いたいことは何となくわかったけど、それでも素直に頷くことはできなかった。  
 「そっか。だったら……オレを信じろ」  
 「え?」  
 「オマエ自身がアイツを信じれなくても、オレのことは信じられるんだろう? アイツのことを信じてるこのオレを」  
 「あ……うんっ!」  
 
 (まったく、滅茶苦茶な理屈だよな……)  
 あの頃のアニキと同じ年ごろになった俺からしてみれば苦笑せざるを得ない屁理屈なんだけど、それでも一概に否定する気にはなれないんだよなぁ。  
 アニキのあの言葉があったからこそ、俺はねじ曲がらずにすんだんだと思う。  
 たとえ、それから丸3年アイツと会うことがなくとも、会った早々に大ゲンカするハメになっても、アイツに反論することで周囲から人がいなくなったとしても。  
 「アニキ、今頃、どーしてんのかなぁ……」  
 あれから6年……ってことは、たぶん20歳過ぎくらいか。  
 冒険者稼業に危険はつきものだけど、どういうワケか、アニキがくたばってるとは思えねーんだよな。  
 コッパじゃねーけど、今度会った時は、少しはアニキの助けになれるぐらい、いろんな意味で強くなりたいモンだ。  
 さてと。  
 それじゃあ、その"信じるべき幼馴染"との"お話合い"は、いったいどうなったんだろな。  
 
 *  *  *   
 
<Girl's View>  
 
 「ところでディアナ。お主、セーレスの不機嫌の理由には、見当がついておるのかえ?」  
 ヒューイさんがブツブツ言いながらも、図書館の方に消えたのを見計らって、フェリアさんが、真面目な顔でわたしに問い掛けました。  
 「ええ、確信はありませんけど……」  
 わたしだって、まがりなりにも"女"です。  
 (ヒューイさんのせいで「乙女です」とは言い切れなくなっちゃいましたけど♪)  
 まして、傍目(ヒュウガ&レスティ先輩)から見ても明らかにそうとわかるとあっては、決してわたしの気のせいということもないのでしょうから。  
 「──確かにヒューイさんが言うとおり、本来は貴方がた3人で話すのが筋なのでしょうが、彼の隣りに貴女がいる限り、彼女は決して本音を見せないでしょう」  
 その点で、彼に席を外させたのは、ナイスですディアナ……と、グノーは褒めてくれます。  
 「問題は、それをいかにしてあの嬢の口から吐露させるかじゃの」  
 え? いえ、それもそうですけど、そのあとが問題なのでは……。  
 「なに、ああいうタイプのおなごはの、いっぺん公に認めてしまえば案外カラッと吹っ切れるものよ」  
 「──もっとも、逆方向に吹っ切れる可能もありますので、ディアナもうかうかしてられないかもしれませんが」  
 え? え!?  
 「さて、それでは、ツンデレ娘のブッチャケ本音トークショウ、強制開幕といくかの」  
 「──自白剤、催眠香から各種アルコール類まで、とり揃えていますから、3時間もあれば、ゲロさせるのは楽勝でしょう」  
 ビッ!  
 ちょっと! 妙にイイ笑顔でサムズアップなんかしてますけど、待ってくださいぃ!  
 「せ、セーレスさんとは、まずわたしがお話します!!  
 それで、必ず彼女の真意を聞きだしてみせますから」  
 このままふたりの"姉"に任せておいては、どうなるかわからない。  
 そういう危惧に襲われたわたしは、慌ててセーレスさんの部屋のドアをノックしたのでした。  
 
 *  *  *   
 
<Another View>  
 
 「やれやれ、若いというのは難儀なコトじゃの」  
 セーレスの部屋に招き入れられるディアナの姿を通路の曲がり角から見送りながら、フェリアがつぶやいた。  
 「──その台詞が出た時点で、自分は若くないと認めるようなモノですが」  
 グノーの冷静なツッコミにも、なぜかフェリアは力ない笑みを返した。  
 「認めとぅはないが、事実は事実じゃからな。あのように真っ直ぐな瞳で毎日を全力投球する真似なぞ、ワシにはもうできぬよ」  
 かつて、グノーが冒険者を始めたころと、ほとんど変わらぬ幼さを残した美貌に、隠しきれない疲労がにじんでいた。  
 「──もしかして、フェリア、貴女……」  
 「おっと、その先は、ヒューイ達には秘密じゃぞ?」  
 「──ルーフェスと連日ヤり過ぎて疲れが溜まっているのでは?」  
 スッテーン!  
 常時宙に浮いているはずのフェアリーがズッコケるという、世にも珍しい光景をグノーは目にすることとなった。  
 「きさまぁ! 言うにコト欠いて、ワシがド淫乱雌豚フェアリーじゃと!?」  
 「──いや、そこまで言ってませんから」  
 お約束どおり裏拳でツッコミを入れてから、溜息をつくグノー。  
 「……いいじゃないですか。ニンフォマニアでも魔性の妖精(おんな)でも。一児がいる身で、その子と同年代の若いツバメ囲って、ラブラブいちゃいちゃ好き放題されてるんですから」  
 うらめしや〜と言いたげな目つきで下から見上げられて流石のフェリアも、落ち着かない気分になる。  
 「な、何と言うか、お主、昔と随分性格が変わったの。しれっとした顔で毒を吐くのは変わらんが、以前はもう少し超然としとったように思うが……」  
 「──思春期の女の子のお姉ちゃん代わりを5年もやってれば、自然と情緒も発達します。それに、この擬体(からだ)に変えてから、生身の欲求をほぼダイレクトに感じるようになりましたので」  
 どうやら以前、ヒューイに告げたことは嘘ではなかったらしい。  
 
 「ほほぅ! それはまた、精度の高い擬体じゃな」  
 元賢者として、ノーム族が使う擬体の構造についてもある程度知識を持つフェリアは感嘆の言葉を漏らす。  
 なにせノーム族のごく平均的な擬体の場合、少し前までは、飲食はおろか顔の表情すらロクに変えられない簡素な構造のものも珍しくなかったのだ。  
 ……まぁ、さすがに最近では、そこまで簡略化されたものは稀で、他種族との付き合いも考慮して飲み食いくらいはできるのが大半だが。  
 とは言え、視・聴・触覚に加えて、嗅覚と味覚、さらに飲食物の消化や生殖行為(性感含む)まで可能としたグノーのボディクラスのものは、かなり希少だ。  
 「──ですが、その代償に今までほとんど知らなかった欲望も持つようになりました」  
 考えれば当たり前の話だ。  
 食べることを知れば食欲が生じる。  
 セックスを知れば、時には男が欲しいとも思うであろう。  
 「なるほど。難儀な話じゃない」  
 「──ええ。もっとも、それが"生きる"ということかとも思いますが」  
 その意味では、私たちのノーム族の大半が生きてないのかもしれませんね、と呟くグノーだった。  
 
 *  *  *   
 
 お昼を少し回った時間帯、初めの森から帰った俺がおそるおそるセーレスの部屋のドアの前に立つと、意外なことに楽しそうな女の子たちの笑い声が聞こえてきた。  
 もしかして同室の娘とおしゃべりでもしてるのかと思ったが、漏れ聞こえてくるのは確かにセーレスとディアナの声だ。  
 (畜生、やっぱアノ時の声とか、周囲にまる聞こえだなぁ、コリャ……)  
 以前から気になっていた学生寮の壁の防音性について、こんなところで確証を得つつ、俺はドアをノックした。  
 「どなたかしら?」  
 「あー、俺俺」  
 「その手の詐欺行為はお断りしているのですが」  
 「……わかってて言ってんだろ? ヒューイだよ」  
 「ふふん。まぁ、入れて差し上げてもよくってよ…………ってちょっとお待ちなさい!」  
 いかにも高慢に許可を出した後、一拍おいて慌てたような声で制止するセーレスだったが、生憎、その声が聞こえた時にはすでに俺はドアを開けて室内に足を踏み入れていた。  
 
 ──目の前に、3人のメイドさんが立っていた。  
 ひとりは、青メイド。胸元の大きく開いた青い半袖ワンピースに、はたしてエプロンの役目を果たしているのか疑問なほどフリルの過剰な白いエプロン。スカートは超ミニで、ちょっと動くだけで中身が見えそうだ。  
 太腿の半ばまである白のサイハイソックスを履いているとは言ええ、扇情度がハンパでない。肝心の着用者は、我が愛しのディアナたん。うむうむ、花マルをあげやう。  
 ひとりは緑メイド。ディアナとは対照的にオーソドックスなロング丈&長袖の濃緑色のエプロンドレス。胸元の赤いリボンなどは多少派手めだが、このまま大金持ちの邸宅に紛れ込んでいても違和感なさそうだ。  
 しずしずと静謐なたたずまいを見せているのはグノー。ニヤリと微笑むところを見ると……そうか、アンタが首謀者だな? グッジョブ!  
 そして最後ひとりが黒メイド。こちらも長袖ワンピなんだけど、なんつーか、ディアナの着てるの以上にフリフリなレースの装飾が多い。しかもスカートの短さは、どっこいだ。  
 着用者はもちろん、この部屋の主セーレスその人だ。  
 「お、お待ちなさいって言ったでしょう?」  
 「や、悪い。それ聞いた時には、もうドア開けてたし」  
 そう言いながら、3人の格好を順繰りに眺める。  
 「どうですか、ヒューイさん♪」  
 銀色のトレイを胸元で抱きしめるように持ったディアナが上目遣いに聞いてくる。  
 「無論、似合ってるさ、可愛いですとも!」  
 ああ、このまま部屋までお持ち帰りしたいなぁ。  
 「──おや、その賛辞はディアナに対してだけですか?」  
 いえいえ、貴女も大変お似合いですよ、グノーさん。そのまま"いけないメイドにお仕置きするご主人様ごっこ"をしたくなるほどに。  
 「──流石、ヒューイさん。私の期待を裏切らない漢前なご意見ですね。では、彼女はどうでしょう?」  
 どうって……セーレス、ですか?  
 「な、何か文句ありますの?」  
 んーーー、いや、馬子にも衣裳っつーか、よく似合ってるし可愛いと思うぞ、意外だが。  
 「ふ、フン! 当然ですわね。このわたくしが、わざわざこのような格好を……って、どこ見てますの?」  
 しっかし……それなりに胸元が開いてるにも関わらず、谷間がまったく見えんとは……不憫な。  
 「おっ、大きなお世話ですわ!」  
 真っ赤になって胸元を押えて後退するセーレスを見て、不覚にも萌えちまったのは、ここだけの内緒だぜ?  
 「そ、それにそう思うんなら……(貴方が大きくしてくださっても)」  
 ん? 何か言ったか?  
 「なんでもありません!」  
 それから俺は昼飯に、3人のなんちゃってメイドさんの作った手料理を、3人の給仕付きで食べるハメになったワケだ。  
 何が何だか、よくわからんが、ディテアとセーレスが仲良くなってるみたいだから、結果オーライ……なのかなぁ?  
 「いいですか? 今日のところは、ディアナさんに免じて手加減してさしあげましたけど、明日からは、これまで以上に積極的に攻めていきますわよ!」  
 「お、おぅ、気合入ってんな、セレ」  
 新入生のあいだじゃ、俺達のパーティは結構進んでる方なんだけどなー。  
 「! い、今、"セレ"って呼ばれましたか?」  
 「あ、わりぃ。子供のころのクセがつい出た」  
 「……いいえいいえ、貴方にならそう呼ばれても構いません。いえ、貴方には、そう呼んでほしいのです」  
 「おぅ。じゃあ、俺のことも昔みたく"ヒュー"でいいぜ」  
 「はい…はい……」  
 な、なんか感涙にむせんでいるみてーだけど……そうか。12歳の時、再会してから壁が出来て寂しかったのは、俺だけじゃなかったってことか。  
 ハハ……アニキ、やっぱアンタはすげーよ。"妹分"の気持ちなんて、アンタちゃんとお見通しだったんだな。  
 「よかったですね」と優しくセーレスを抱きしめるディアナと、彼女の腕の中で涙を流すセーレスを見てると、明日からの冒険は、これまで以上にはかどりそうな気がしてくる俺だった。  
 「──おそるべし、鈍感王。いえ、ここは「こ、これが天然ジゴロの力かぁ!」と呻くべきでしょうか」  
 
−とりあえずFIN−  
 

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