その1.命の恩人に一目惚れって、ソレってどんだけ〜?  
 
 15歳の誕生日を迎えて一念発起した俺は、いつも自分をヘタレと馬鹿にする幼馴染を見返すべく、住み慣れた故郷の町を離れて冒険者養成学校として名高い"クロスティーニ学園"へと旅立った!  
 一人前の冒険者(ココで"一流"と言わないあたり、自分の器がよくわかってるよな俺)になったら、故郷に帰ってあのタカビー女の鼻を明かしちゃる!  
 ──そんなことを思っていた時期が、俺にもありました。  
 しかしながら、今の俺は絶賛行き倒れのピンチ!  
 フッ……やっぱ地図も持たずにこの山道をひとりで抜けようってのが無茶だったか。  
 戦闘の心得なんかはないけど、故郷でいぢめっ子から逃げ切ることで鍛えられた逃げ足には自信がある。実際、何度か遭遇したモンスター相手でも、すべて無傷で逃げおおせたし。  
 ただ、そのおかげで自分の現在位置を見失って山の中をさ迷うハメになることまでは計算外だ。持ってきた食糧も尽き、もう二日も何も食べてない。  
 日が沈んだんで、木の根元に座り込みひと休みしているが、今となっては明朝再び立ち上がる気力が湧いてくるかどうか……。  
 あ、いかん、なんかこー、意識が朦朧としてきたかも。  
 「あ、あのぅ、大丈夫ですか?」  
 まるで銀の鈴を振るような(いや、銀の鈴なんて見たことないけど)音色の声で話しかけられて、目を閉じかけていた俺はノロノロと顔を上げた。  
 
 いつの間にか昇っていた満月をバックにして、そこに女神がいた!  
 あ、いや、女神っつーのはもちろん言葉の綾だけど、要はそれくらい綺麗で可憐で愛らしい美少女がいたと思ってくれ。  
 「え、えーと……そのぅ」  
 腰まで伸ばした癖のないスミレ色の髪がサラリと夜風に揺れている。  
 ルビーを思わせる深紅の瞳には一点の曇りもなく、目の前の行き倒れ(まぁ俺のコトなんだが)の身を案じる慈愛に満ちている。  
 たぶん、俺と同じくらいの年頃だろう。背は高からず低からず。スタイルは細身だけど、出るところはそれなりに出てるみたい。  
 少しでもキッカケがあればぜひともお近づきになりたいと切望すること間違いなしな、無茶苦茶俺の好みにストライクド真ん中な容貌と雰囲気の娘だった。  
 僅かに尖った耳と頭部から伸びた黒い角が、俺と同じ人間──ヒューマン族ではないことを物語っていたが、その時の俺には正直そんなことはどうでもよかった。  
 この世に生を受けて苦節15年。女の子と縁のない(幼馴染のアレは除く)人生を送ってきた俺にも、ついにラヴ運が!?  
 だが、そんな俺の口からその時出たのは、情けないことに口説き文句なんかではなく。  
 「は……腹減ったぁ」  
 という誠に雰囲気ブチ壊しな一言でしかなかった。  
 
 * * *   
 
 「……プハァ、ごちそうさん。いやぁ、助かったよ」  
 「クスクス……お粗末様でした」  
 窮状を察して快く手持ちの食糧を分けてくれた彼女と、そのツレの少女のお陰で、俺は何とか人心地を取り戻すことができた。  
 話を聞くと、彼女たちも俺と同じくクロスティーニ学園へ行くつもりらしいので、頼んで同行させてもらうことにした。  
 「──もっとも、順調に行けば明日の昼には学園に到達できる見込みですが」  
 OH、なんてこったい。目的地からそんな目と鼻の先で俺は人生の終焉を迎えかけていたのか。それじゃあ死んでも死にきれねーぞ。  
 とりあえず今晩はここで野宿するということなので、焚火を起こし干し肉をかじりながら、差し支えのない範囲で互いの身の上なんかを話すことにする。  
 俺を助けてくれた女神様、もとい美少女は、ディアナと言う名前らしい。ディアボロス族の出身で、来月の誕生日で15歳になるとか。  
 彼女の連れの女性グノーの方は、パッと見、俺達より1、2歳年上に見える。グノーも人形のように整った美貌の持ち主だったが、ノーム族なので外見にあまり意味はないとのこと。  
 年齢を聞いたら、いつもの無表情が嘘のような笑顔でニッコリ微笑まれたので、慌てて質問を取り消すことにした。  
 うーむ、やっぱりレディに年齢聞いちゃいかんというのは、種族を問わず不変の真理なんだなぁ。  
 「はい、ヒューイさん。お茶をどうぞ」  
 「お、ありがとう、ディアナちゃん。うーん、甲斐甲斐しい女の子っていいなぁ。いいお嫁さんになれるぜ」  
 「そ、そんな……大げさです」  
 透けるように色白な肌をポッと赤らめる様が、またGOODだ。  
 「──それにしても、貴方はディアナのことを避けないのですね」  
 もぢもぢしている彼女を横目に、グノーが俺に聞いてきた。  
 「? どーいう事?」  
 「──もしかして、貴方の故郷というのは、かなり田舎だったり小さな村だったりしますか?」  
 「うんにゃ。ここから歩いて3日ぐらいの土地だし、大きくも小さくもない中規模くらいの町だと思うけど?」  
 「──だったら、ディアボロスと言う種族が他種族からどう見られているかくらいは、ご存知ではないのですか?」  
 「ああ、そのことか」  
 チラリとディアナに目を走らせると、彼女は寂しそうに俯いている。  
 「ま、知ってるっちゃ知ってるけど。でも、それがどーしたってんだ。俺は、自分の命の危機を救ってくれた恩人を差別するような、人間の屑になる気はないぜ?」  
 ニッと、ディアナとグノーのふたりに微笑んでみせる。  
 「それに、俺が小さい頃よく遊んでもらった兄貴分みたいな人も、ディアボロスだったけど、スゲェいい人だったからな。  
 逆に、一般に善良と言われてるセレスティアにも、とんでもねーヤツがいることも身をもって知ってるし……」  
 高笑いする腐れ縁の幼馴染を思い浮かべて、背筋に寒気が走る。  
 「だから、○○って種族だからってだけで、人をひとくくりにするのは正直あまり意味ないと思うぞ。むしろ、男なら誰だってディアナちゃんみたいな美人とお知り合いになりたいに決まってるって!」  
 一般論に見せかけつつ、俺としては一世一代の告白……のつもり。や、もちろん、真意が伝わるなんて期待しちゃいねーけどさ。ヘタレだよな、俺。  
 「あ……」  
 それでも、俺の言葉の何かに感激してくれたのか、ディアナの目が涙で潤んでいる。大方、ディアボロスってだけで色々差別されて辛い目にあってきたんだろうなぁ。  
 「──大変に興味深い人ですね、貴方は」  
 相変わらず殆ど表情を変えていないが、グノーさんの声に呆れの成分が混じったことはわかる。  
 「そうだ! もし差支えがなかかったら、ふたりとも学園についたら一緒にパーティ組んでくれないかな?」  
 ちょっとしんみりした空気を変えようと、俺は声を張り上げた。  
 「──私は構いませんが……」  
 チラとディアナに目をやるグノー。  
 「えっと……折角仲良くなったヒューイさんと一緒に冒険できるのは、とってもうれしいんですけど……ホントにいいんですか、わたしなんかと組んで?」  
 
 まぁ、確かにディアポロスのいるパーティとあっては、加入したがるメンツが多少減るかもしれない。  
 しかし、それでも、俺としては彼女と共にいたいという気持ち方が強かった。  
 会った早々で"恋"だの"愛"だの言うのはイタ過ぎるかもしれないが、少なくとも「一目惚れ」くらいは言っても罰は当たらないだろ?  
 容姿も性格も雰囲気も好みにドンピシャな女の子に出会って、しかも冒険を共にする仲間になれるなんて幸運は、人生の中でもそうそうない奇跡的な出来事なんだし。  
 最初は、まずお友達ならぬ仲間から始めて、戦友、親友と進み、やがては公私両面でのパートナー、恋人を目指すのだッ!」  
 「──ヒューイさん、最後の方、思考が口からだだ漏れですが」  
 !?  
 「あ、あのぅ、俺、どこから口に出してました、か?」  
 「──「会った早々で〜」ぐらいからでしょうか」  
 やべぇ……。  
 恐る恐るディアナの方を見ると、先ほどとは比べ物にならないくらい真っ赤になって、フラフラしてる。  
 「え、えーと、その……ディアナ、ちゃん?」  
 「は、ハイッ! にゃんでそう?」  
 あーあ、噛んで口調がフェルパーみたくなってるよ。  
 「俺の正直な気持ちは、聞いたとおりだ。正直、君とお近づきになりたいという、冒険者としては不純な動機もあるけど、それでも俺を仲間に入れてくれるかな?」  
 真剣な目をして問いかける俺の姿に、やや落ち着きを取り戻したのか、スゥハァと深呼吸するディアナ。  
 「構いません。と言うより、大歓迎です! あの、仲間としても、その、お友達としても、今後よろしくお願いしますね」  
 「──ディアナに異論がないなら、私も構わない。よろしくお願いします」  
 「ああ、こちらこそ」  
 焚き火を前に俺達は互いに堅い握手を交わしあったのだった。  
 
 「──ところで、ディアナ。さっきの貴女の挨拶には少し不適切な点が」  
 「え? そ、そう?」  
 「いや、グノーさん、俺、別に礼儀とかそんなの気にしないから」  
 と言う俺の言葉をあえて無視するように、グノーがディアナに何か囁いている。  
 「……ほ、本当に、それ言うの?」  
 「──古来からの習わしです。初心者の場合、こういうことは形から入るのが鉄則でしょう」  
 「う……確かにそうかも」  
 グノーに諭されたディアナが、俺のほうに向き直ると、いきなり草の上に正座し、三つ指ついて頭を下げる。  
 「ふつつか者ですが、以後よろしくお願い致します」  
 グハッ! に、新妻モード……は、破壊力が高すぎる……!  
 「──いい挨拶です♪」  
 口元をニヤリと歪めるグノーに、俺は再び意識が遠くなりながら、万感の思いをこめて「GJ!」と右の親指をサムズアップすることしかできなかった。  
 
 <つづく>  
 

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