ある晴れた日。場所は『始めの森』。クロスティーニより歩いて数分で着くその森に、一人の女性がいた。
彼女の種族はバハムーン。
見る限り、彼女は冒険者養成学校の生徒で、学科は『戦士』だろうか。右手には簡素な剣を持ち、左手にレザーシールドを携えていた。
彼女は今年の新入生だ。しかし、彼女以外の生徒の姿は見えず、彼女一人しかいない。
不機嫌そうに彼女は『始めの森』を歩く。出会った敵は器用にダガーとブレスで倒しながら、先へと進む。すると、
「おーい。そこのポニーテール」
ふと、声が聞こえた。
周りには人影すら見えないから自分の事かと彼女は(少々苛立ちながら)その声の方向へ顔を向ける。すると、そこにはこれまた一人のヒューマンがいた。
装備を見る限り学科は『剣士』だろう。ふと彼女は自分だってポニーテールじゃないかと不満を言いそうになり、一応堪えた。
その剣士はこちらを見た事に気付いたのだろう、「やぁ、こんにちは」と彼女に挨拶をした。
彼女はそれに「こんにちは」とだけ言うと早々に立ち去ろうとして、
「おいコラ待たんかポニーテール少女」
呼び止められた。
彼女は出来うる限りの威圧を放ちながら振り返る。しかし、剣士はそんなの意にも介さず彼女に聞いてきた。
「お前さん、新入生だろう? これは先輩からの御節介だが、これ以上一人で行くのは止めておけ」
いきなりそんな事を言われ、彼女は不機嫌そうだった顔をより不機嫌そうにして、返答する。
「指図するな。下等種族」
それだけ言うと彼女は先へ進み始めた。
「おいポニーテール、それ以上行くな」
そこへ再び剣士の声。酷く馬鹿にされたように呼ばれた彼女は、苛立ちながら剣士へと振り向く。
「貴様……死にたいのか?」
剣の切っ先を剣士へと向け、彼女は告げる。
すると剣士は背中のバックから『うしさん』という人形を取り出し、ポンと彼女へ放り投げる。
受け取った彼女が何だこれはと不振に思う。
「ソイツを進行方向に投げてみろ」
? マークを頭に浮かべながら彼女が渋々言われた通りにしてみる。
すると、放り投げられたうしさんは地面に付いた瞬間、バチッという嫌な音と共に一瞬でウェルダンを通り越し、炭となった。
唖然とした彼女を後目に剣士は告げる。
「『始めの森』と言っても電気床や電気壁はある。下手するとバハムーンといえ、死ぬぞ」
剣士の言葉に彼女は冷や汗をかく。もしアレが自分だったらと思うと、いきなり身近に死の臭いを感じ、足が竦んでしまう。
「地図はあるか? 俺は御節介やき何でな」
そんな彼女に剣士は問う。呆然としていた彼女は素直に肯定の意を表した。
「少し、貸してくれ」
彼女は剣士の提案に条件反射をしたかのようにポケットから地図を取り出し、剣士に渡した。
「あらら、殆ど埋まってないじゃないか」
剣士の感想についムッとした彼女は五月蝿いと呟いた。
聞こえていたのだろう、剣士はすまんすまんと謝る。
その姿に何だか自分が幼くて恥ずかしく感じた彼女は、頬を赤く染めて俯いた。
「俺の地図をあげてもいいが、それだと為にならんしな……是非も無い、か」
そう言うと剣士は彼女に地図を返すといきなり手を掴んできた。
「!? なっ……!」
肉親以外初めて触る異性の感触に、先程赤く染まった頬が更に赤く染まっていくのを彼女は感じた。
半ば混乱気味に振り解こうとした彼女の手を剣士は更にしっかりと手を握る。
「おっと、暴れんなよ? ――フロトル」
剣士がそう呟くと彼女の足が数センチばかりフワリと浮いた。
「うわっ!? え? えぇ!?」
突然の未知なる感覚に狼狽えた彼女はただでさえ危なげな体勢もあってバランスを崩し、
「きゃぁあ!」
「おっと」
剣士の胸へと頭を預ける格好――更に詳しく言えば手は握られたまま、上半身ごと剣士に預け、足はバランスを崩すまいと内股というやや情けない格好――へとなってしまった。
当然、彼女は抗議する。
「い、いきなり何をするんだ!」
「ハッハッハッ、悪い悪い」
「こ、この……! うわぁ!?」
ちっとも悪びれていない様子の剣士に、文句の一つでも言おうとすればまた変な風に体を預けてしまう。
仕方がないので再び出来うる限りの威圧を持った目で睨んだが、やや涙ぐんだせいで半減していた。いや寧ろ。
「いやぁ、涙目で睨まれると何だか……いいな」
「っ!? へ、変態!」
「何を言う。男はみーんな変態さ」
当たり前のように言う剣士に苛立ちが募るが、この体勢では立つことすらままならない。どうするものかと試行錯誤をしていると、
「ホラ、立てるか」
剣士が自分から彼女の体勢を直してきた。
「え……? う、うん……」
その予想外の対応に拍子抜けた彼女は、怒りがすっかりどっかへ行ってしまった。
「フロトルは慣れるのに少し時間が掛かると思うが、これで電気床を踏んでも大丈夫だ。ただ、電気壁には気を付けろよ? フロトルでは防げないからな」
「あ、あぁ……」
先程までのからかい口調は何処へ行ったのか。剣士は春風のような優しい感じで彼女に教える。
そんな剣士の突然の優しさに彼女は三度頬が赤くなるのが分かった。その顔が少しばかり綻んでいたのは――彼女でさえも知ることはないだろう。
そんな一時を過ごしていると、突然剣士が振り向きながら剣を抜き構える。
「? どうか……」
「まいったな、お客さんだ」
「え?」
彼女の声を合図にしたかのように茂みから出てくる。
「くっ!」
彼女はすぐさま反応し、グッと足に力を込めて構えをとろうとする。が。
「うなっ!?」
フロトルに未だ慣れていない彼女は、マトモな体勢を取ることも出来ず、倒れそうになる。
「大丈夫、か! っと」
そこへすかさず剣士がフォローに入ってきた。鞘を持つ左手で彼女を支え、刀を持つ右手でモンスターの群を牽制する。
「あ、ありが「足に余り力を入れるな。足は構えるだけで慣れない内は上半身だけで敵を叩くように迎撃するんだ。いいな?」
「……」
彼女の言葉を遮っての剣士の警告に彼女は黙りになった。その様子に気づいた剣士は、当然問い掛ける。
「おい? どうかしたか?」
「……別に。(お礼ぐらい、素直に受け取ればいいのに……)」
「……すまん。後ろの方が聞き取れなかったからもう一度――」
「う、五月蝿い! 何も言ってない!」
彼女は何故だかスゴく不機嫌そうに呟く。
ただの聞き間違いでここまで怒る女心の難解なる理解度に剣士は少しだけ難しい顔をして、すぐ止めた。
「とりあえず、難しいのは後回しだ! お前の背中は俺に安心して任せとけ!」
「……いいか。また、今度で……」
半ば嬉しそうに構える剣士の後ろ姿をチラリと見て、彼女はボソリと呟いた。
「? 何がだ?」
「だから何でもない!」
この剣士と彼女が後に名コンビと名を上げ、名カップルと茶化され、学園史に名を残すのは――もう暫く後のことである。
「しかし……驚いたな」
「はい?」
「着やせする方なんだな」
「……は?」
「胸」
「……――〜〜!?」
「ザッと、そうだな……8じゅ――」
「いっぺん、死ネェエエエエエエ!!」
「うぉおおおおおお!?」
ドギャーン
……もう暫く後のことである。