どこにでもイレギュラーというのは存在する。
「おい、新入り。ジュース買ってこい、ジュース」
それは例えば、悪に墜ちたエルフ。
「先輩、僕今……お金、無いん、ですけど……」
「……」
それは例えば、弱気で優柔不断なディアボロスとか、無口でしかし慈悲の心を持ったフェアリー。
「あぁ? 何か言ったか?」
「ひっ……な、何でもありません!」
「キャハハハ! クラッズこわーい☆」
「どーでもいいから、早く行ってきて下さい」
それは例えば、三白眼で人を脅すのが好きなクラッズとか、他人の不幸を笑うのが趣味のセレスティアとか、誰とも協調しようとしないノームとかである。
そのイレギュラーたる存在は、大抵が社会の輪から外れ、コミュニティを築き、独自のルールを作る。
そうして、彼らは井戸の中で頂点になり、小魚を虐げる蛙となっていった。
そしてその蛙が先のエルフ、クラッズ、セレスティア、ノームであり、小魚がディアボロス、フェアリーだった。
これ自体はイレギュラーな事ではない。どんな場所にもある当然の光景。それだけである。
「はぁ……どうしよう……」
「……私が出すよ」
「い、いいよ! 僕が何とかするから!」
どこにでもある負のたまり場で、彼らは今日も自分の不幸を呪いながら、一日を過ごしていた。
「とりあえず……購買に行こう。もしかしたらツケにしてくれるかも」
「……そう」
彼らはそう話し合うと、購買部へと道を曲がった。
――ドン。
「うわっ!?」
「ん?」
さて、話は戻る。イレギュラーな存在である彼らだが、当然それに対局してあるべき存在がある。
「す、すいません、急いでいるもので!」
「……ゴメンナサイ」
「あーちょっといいかな? 少年」
それはコインの裏表のような存在。
「はい……?」
「あぁ、ぶつかった事じゃない。そんな事は些細なことだ。ちょっと気になることがあってね」
「はぁ……何でしょう?」
改まって言うほどではないその存在。それは『レギュラー』。それが『彼』。
「ん。ちょっとコッチ来てくれないか?」
「はい? 何か……」
ディアボロスはグシャリと、潰れる音を聞いた。それが自分の頭だと知ったのは激痛が走ってからだった。
「あ、ぁああぁぁあぁああ!?」
彼の名は、『ラース』。
「悪魔の癖にクネクネするな、ガキ」
種族はディアボロス。性格は悪。純粋な悪魔である――。
ある晴れた日の『クロスティーニ学園』のとある廃教室。
そこには二人のディアボロスと一人のフェアリーがいた。
片方のディアボロスは放り投げられ、床に寝た状態で、片方のディアボロスはそれを酷くねじ曲がった笑みで見ていた。
フェアリーは突然の惨劇に口を抑え、見ていることでやっとだった。
「うぁ……ぁあぁあああ……」
「オイオイ、痛がっている隙があったら――」
彼――『ラース』はディアボロスの両耳にそれぞれ添えるように手を置いて、
「――反撃の一つぐらいしたらどうだ?」
パァンと、鼓膜を潰した。
「!? ……ぁ」
余りの激痛に何も言えずに気を失うディアボロス。ラースはそれに喜び半分、不満半分の表情であった。
「こんなのが……同族とはな……最近平和続きで脳みそに蛆虫でも湧いたか?」
そう苛々しながら、どれ。暇つぶしに二、三箇所程骨を折ろうかと思い、拳を握る。そこへ小さな声が聞こえた。
「……て、下さい」
「ん?」
それは付き人のフェアリーだった。
「そこを……どいて下さい!」
「……あぁ、何? コイツを治す気か?」
そう言ってラースはディアボロスの少年を蹴る。
「! どいて下さい!」
「へぇ……回復役の使命、か? それとも恋人なのか……」
茶化すようなラースの言葉に対してもフェアリーは変わらず叫ぶ。
「そこを、どいて下さい!」
「……」
その小さな体に関わらず、堂々とした態度に、ディアボロスは苛立ちを覚える。
どうにかして、この女を屈服させたい。彼はねじ曲がった笑みを再び浮かべ、ある事を告げた。
「そんなにどいて欲しいなら……そうだな、ストリップしょーでもしてもらおうか」
「……!」
ラースの言葉にフェアリーは息を呑んだ。その顔には、困惑と怒りが見える。
ラースは楽しみになってきた。
どうせ最後は泣き落としにくるに決まっている。そうすれば、この生意気なフェアリーの服を引き裂いて、縄で縛り、ここら辺にでも放置する。後は発情した誰かがコイツを犯すだろう。
無論、全部脱いだら脱いだでその時は自分が犯す。
ラースはとりあえずの暇つぶしのプランを頭の中で立て、挑発するように告げる。
「どうした? 嫌なら嫌で言えばいい。その時は……そうだな……骨を三本ほど折る。分かったか?」
「っ……!」
フェアリーはキッ、とラースを睨み付けた後、学生服を静かに脱ぎ始めた。
一枚、一枚と服を脱いでいくフェアリー。雪のように白い肌が、露わになったくびれや体つきが、そのフェアリーが女性である事を強調していく。
ラースは一瞬、その肢体に目を奪われ、泣き落としても自分が犯そうと考えを改めた。改めただけだった。
「さて……後は下着だけだな? なるべく誘うように頼むぜ?」
「……」
ラースの挑発にフェアリーは呟くのみ。
「あぁ? 何か言ったか?」
「……ね」
よく聞き取れないその言葉にラースは苛々しながら顔を寄せ、確かに聞いた。
「死ね」
ラースはヒュッと、自分の首に何かが飛んできたのを見た。
「あ?」
それをラースは難なく避ける。そして刃向かったフェアリーをどうしようかと目を向けた。
「あぁ?」
しかし、いなかった。代わりと言わんばかりにうしさんがコテンと転がっていた。振り向けば、あの少年もいなかった。
「……変わり身か」
フェアリーが投げたであろうソレを見る。
針だ。縫い針程の針が壁に突き刺さっていた。
おそらくフェアリーは針を投げた瞬間、テレポルで少年に近付き、またテレポルで戦線離脱。ご丁寧に視線を逸らす為のうしさん付き。教科書を実践したかのような逃走だった。
理論上は簡単そうだが、度胸がなければ失敗して変な所へ跳ぶかあるいは跳ぶ事さえ出来ない何て事もある。
「フフフ、フハハ、ハーハッハッハッハッハッハッ!」
それを彼女はやってのけた。新入生とは思えないその動きにラースは笑う。
自ずと、うしさんを握りしめる拳がギリギリと締まってゆき、とうとうブチィ! と布が千切れる音が廃教室に響く。哀れうしさんはミンチより酷いことになった。
「ゼッッテェ、逃さねえぇ! 久々の上物だ……! 絶対に俺の物にしてやる!」
ラースは暫くぶりの獲物に狂った様にして笑う。
それは彼女が聞けば、背筋も凍るモノだったろう。
廃教室には狂喜の悪魔の笑い声が何時までも響いていた。
こうして、イレギュラーな存在であったフェアリーは、レギュラーな存在であるディアボロスに追われる日々が続く。
何時終わるか分からない、フェアリーの逃走が今、悪魔の雄叫びと共に始まった。
「こんばんは」
「いや、何普通に俺の部屋に来てんの? お前は」
かに見えた。
ラースは明日からあのフェアリーをどんな目に合わせるか部屋の中で試行錯誤していたのに、夜中の礼儀正しい三回ノック。
怒りを覚えながら出てみれば、あら不思議。そこには件のフェアリーがいた。
「……」
「ラース……お前、とうとう身を固めたんだな? いやぁ、お父さんは嬉しいよ!」
「とりあえずお前は死んでくれ」
同室のヒューマンの悪ふざけをサラリと流し、フェアリーに告げる。
「何の用かは知らんが、俺は疲れたから明日にしろ」
「犯されに来た」
その言葉に、ラースの時が止まった。
「ラース、良かったな! お前の好きな尽くすタイプじゃないか!」
「とりあえずお前は死ね」
ヒューマンの妄言に死刑宣告を下し、フェアリーに告げる。
「お前、馬鹿だろ?」
「胸は大きい方がいい?」
質問は質問文で返ってきた。会話が成立しないことに頭が痛くなるラース。
「ラース。例えお前がロリコンでも、俺はお前の味方だ。いや、寧ろ同志にランクアップだ!」
「死ねよロリコン」
ヒューマンの戯れ言を一言で叩き斬って、フェアリーに命令する。
「帰って、寝ろ」
「お邪魔します」
帰宅命令はテレポルで侵入という新しい方法で却下された。もう現実逃避したくなるラース。
「あ、今お茶出すから。そうそう、ちなみにラースはロングヘアー派だから髪は伸ばした方がいいよ。
でも年下派だと思っていたけどまさかロリコンとは……いやー人は見かけによらないものだなぁ! ハッハッハッハッ!」
「……」
「グハァ!?」
ゴギィ! とラースはヒューマンの首を締めて意識をシャットダウンさせる。そのまま再起動しないで一生眠ったらいいのにと、ラースは思った。
フェアリーを見れば、ちょこんと部屋の真ん中に正座していた。その無表情からは彼女が何を思っているのかは分からない。
ラースは彼女の前に胡座になり、一つ尋ねた。
「で? 『本当は』何しに来た」
「!?」
いきなりの核心にその無表情は崩れる。何で? と彼女は疑問を持った目でラースを見た。
「誤魔化しきれると思ったのか? 手、震えてるぞ」
「あ……」
ずっと無表情だった彼女だが、自分の手が僅かに震えているのを見て、声を漏らす。
「大方、あのガキを助けてくれってとこだろ?」
「……」
「また黙りか。一応言っておくがな、俺は自分にメリットがないのには一切関わらねえ主義なんだ。そう言うのはセレスティアとかその辺当たれ」
そう言ってラースはベッドに入る。フェアリーは目線を床に向け、俯いたままだった。
「ま、どーしてもって言うならせめて十万は持って――」
「一回、5000G」
「は?」
ラースは突然のフェアリーの言葉に思わず振り向く。
そこには小さなしかし確かに女性の姿の、手を後ろに回した全裸のフェアリーがいた。
「どんな時でも、どんな場所でも、どんなプレイでも、貴方が私を抱いた分だけ一回5000G分……だから二十回、貴方に抱かれる。
そしたら、貴方は彼を救う。それじゃあ……駄目?」
それは魅力的な提案だった。正直、ラースは彼女の体に対して今までの中で一番の体だと思っていた。
しかもコチラは殆どタダに同じだ。実習成績上位の彼にかかれば、三下相手には『空飛ぶ黒板消し』にも同じ。
その魅力的な誘いに、当然ラースは喜んで乗る。ハズだった。
「……断る」
何故だろうか、コレほどまで好条件なのに彼の心は拒絶している。何かが引っ掛かる。その引っ掛かりが、彼女を拒絶した。
「……分かりました」
そう言って脱いだ服を着ていくフェアリー。その顔は殆ど変わらず、ただ目の前を向いていた。
ふと、彼女は彼を見た後、少し考えてある提案をする。
「あの……何としてでも、十万は用意するので……必ず、払いますので、後払いで引き受けてはくれませんか……?」
「――!?」
その提案にラースは言葉を失った。
つまり、彼女は『自分以外の誰かに抱かれて金を工面』すると言っているのだ。それを理解したラースは怒りを込め、叫んだ。
「ふざけんじゃねぇぞ、ガキがっ!!」
叫ぶなり、フェアリーを床に押し倒して動きを封じる。右手は口を、左手は胴体を押し潰すかのように力を込めた。
フェアリーは痛みに顔を歪ませ、必死で叫ぼうとする。
「んっ! んんっ……!」
「オイオイ、あの時の目はどうした? あの時の殺気を含んだ目はよぉぉおお!」
彼女の制服を破き、その破いた制服で手足を縛る。下着は無理矢理剥ぎ取り、そこら辺に放り投げた。
「そんなにあのガキを救いたいのか、偽善者! そんなに自己犠牲が好きなら……オメェが壊れるまでヤってやるまでだ」
ラースは実質死亡宣告のようにそれを告げた。今まで彼がしてきたように、慈悲も何もないただラースの歪んだ欲求を満たすだけの行為。それをして、今にも壊れそうな彼女がどうなろうと知ったことではない。
そんな獣の様なラースに、彼女は一言だけ告げた。
「……フィリス」
「あ?」
「私の名は……フィリス、です。名前が無い、と……困るでしょうから……」
「ッッ!!」
「ふっ……ん……」
ラースは何も言わずに、いや何も言えずに彼女を襲い始めた。
彼は気付いているだろうか。気付いていても認めるだろうか。
彼が最初にしたのはいつもの激痛を狙った挿入ではなく、少し乱暴な――だけどどこか優しい、キスから始めたことに。
彼は、気付いているだろうか。