学生やってると、お金がかかる。寮で暮らすとなおさら必要。  
銭勘定は下手な学問より、社会のためになる頭脳労働かも。  
道を極めれば鉄壁のお財布と、初歩的な偽装隠蔽の技術を約束します。策士なあなたに、ぜひ。  
 
「えー、オホン。願いましては〜……」  
わざとらしい咳払いを合図に、そろばんの玉が乱舞する。乾いた音は耳に心地よい。  
パーティの財務を一手に引き受けるレンジャー科のクラッズは愛用の帳簿と睨み合い、学生寮の倉庫で「仕事」をしている。  
迷宮帰りに必ず行う荷物整理の総仕上げなので、他のメンバーはお預け状態だ。  
「それにしても……毎度のことながら、相変わらず速いな」  
「ホントよね〜。でもま、そういうヤツだから」  
フェルパーのぼやきにフェアリーは軽く合せるが、実際眼にも止まらぬ早業である。  
指先だけ違う生物のように盤上で上下運動を繰り返し、正確な数字を弾き出す。  
「ほい出た。うーん……ちと厳しいかな」  
手先が止まるなり顔をしかめて頭をかき、微妙な決算に唸りを上げる。小さい腕を組めばなかなか様になった。  
「でもさ、別に急いでるワケじゃないんだし、黒字ならまだマシなほうなんじゃないの?」  
「なんて言うけどね。どうせ転科したら、単位を買い戻すつもりでしょ?最近じゃ、交易所の値札も優しくないんだよ」  
冒険者養成学校の特例として、募金行為を学校への貢献ととらえ、額に応じて単位が免除される制度がある。  
学科を変えてすぐに募金箱を使ってパーティの足並みをそろえる作戦は、新入生でも考えつく。  
「いっぺんに四人も転科するんだ。今はみんなでガマンして、思いつく限りのやりくりをするのさ」  
喋り終わるとそろばんから眼を放し、すぐ横に立っていたディアボロスに向かって流れるように平手を差し出す。  
「ディアっち、ポケットに小銭あるでしょ。皆のために使うから、それもちょーだい」  
「え、だってこれ、ボクの食費だよ?学食代とかおやつとか……」  
「500Gの豪華なランチを、250Gの日替わりにすればいい。おやつ食べてもお釣りがくるよ」  
「このっ、毎日の楽しみを!」  
「まあまてディア子。普段からパーティの財布を管理してる帳簿方の言うことだ。ここは俺達のためだと思って、な?」  
キャットテイルを引っ掴んで腕を振り上げたが、バハムーンが間に入ってそれを止めにかかる。  
そういえば何日か前に、バハムーンに告白するための小道具として、ディアボロスが化粧水を失敬しに尋ねたのを思い出した。  
想いを寄せる相手にいさめられた彼女はとうとう観念して、上着の収納から硬貨を取り出して机の上に叩きつけた。  
「ちぇっ。今回はくれてやるよ。けど、単位ローンの返済が終わったら、みんなでおいしいもの食べてやるからな!」  
クラッズを指差して怒鳴り散らすが、ローン返済という表現と、腹いせに皆でする贅沢が、なんだか妙に可笑しい感じ。  
苦笑いを決め込む他のメンバーともども、めでたく単位が戻った暁には、何か奢ってやるべきだろうか。  
 
気分を害したディアボロスは早々に席を立ち、トラブル回避のためバハムーンが後を追う。  
大雑把な素材やがらくたの整理は、フェルパーやフェアリーが手伝ってくれた。  
「んー、それはそっち。あ、これはむこうに置いといて。そこらへんにあるのは触んなくていいよ」  
羽ペン片手に絶え間なく荷物の行き先を指し示す様は、さながら小柄なオーケストラ指揮者。判断と指示の感覚は短い。  
「よっこら、せっと。だいぶ片付いたか?」  
「そう……だね。もういいや、お疲れちゃん」  
「あー終わったおわった。フェルパー、お茶しに行こ!」  
フェルパーに腕を絡めぐいぐいと引っ張るフェアリー。内気な彼と強気な彼女は、なんだかんだでいいコンビだ。  
重度のカフェイン中毒は知っているが、さっきフェアリーの前でもあれほど節約しろと言ったばかりなのに。  
だが肉体労働に駆りだした手前、ねぎらいのティータイムに反対はしづらい。実はあのコ、けっこう世渡り上手だったりして。  
「……ま、カップルのひと時くらい、好きにすればいいってもんさ」  
誰に言うでもなく呟くと、もうひとり残っている仲間を一瞥する。  
いつも倉庫の管理を補佐してくれている、魔法使い学科の女子生徒。  
「やあ、いつも悪いね。細かいところはエルっちじゃないと任せらんなくて」  
「それって、頼りにしてくれてるってことよね?それにわたし、こういうの嫌いじゃないから」  
粉物の素材を仕分けするエルフは、爽やかな笑顔で返事をよこした。  
初めてパーティで迷宮に出たその日から、進んで道具の整頓に協力してくれる。  
今では二人して最後まで倉庫に居残り、獲得した品々と戯れるのが日常と化す日々が続いている。  
「えーっと……これで全部かしら。他はあの二人がやってくれたみたいだし」  
「終わった?そしたら、後は帳簿つけるだけだから、先にあがっててもいいよ」  
「そう?じゃあついでだから、宿題やらせてね」  
エルフがおもむろに鞄から出したのは、先の尖った鉛筆とスケッチブック。  
静物でも書くのかと思いきや、真剣な眼でクラッズを凝視する。  
「宿題って……もしかして、それ?」  
「集中力と観察力を養うらしいわ。適当に書くと単位が貰えないの。動いてもいいから、普通にしてて」  
普通に、などと言うが、普段通りを意識させられるほど平常でいられなくなることもない。  
そもそも動く人物をモデルにできるのか怪しいが、哀れクラッズには絵心がないので実際のところなんとも言えない。  
少し落ち着かない気分だったが、そろばんと帳簿を手元に置けば、自然とやる気が湧いてきた。  
 
「エルっちってさ、いつもすごく楽しそうに道具を片付けてくれるけど、整理整頓するの好きなの?」  
ただ見られているのは思ったよりせわしなくて、クラッズはどうでもいい雑談に助けを求めた。  
「わたしね、小さいときから、絵本をたくさん読んで育ったの。その中に、こんなお話があったわ」  
話している間も休まず、手にした羽ペンで会計を書き続ける。そろばんの結果に従えばいいから簡単だ。  
そういえばエルフの身の上話は、今まで一度も聴いたことがない。  
「部屋を綺麗にしていると、何がどこにあるか迷わずにすむでしょ?そうすると、ものを失くしにくいの」  
「まあ、整理整頓ってそういうことだけど」  
「それはね、寿命を生きていく上でも、すっごく大切なことなんだって。だから、幸運の神様は綺麗好きなのよ」  
「な〜るほどね。ま、言われてみれば、確かにそうかもしれないや」  
「それに、なんだか嬉しいじゃない。自分の力で綺麗になるって」  
柔らかい微笑みをたたえて語るエルフ。今時よく出来たお嬢さんだ。  
「ねえ。前から聞いてみたかったんだけど、そろばんの使い方は誰に教わったの?お父さん?それともお母さん?」  
好奇心に眼を光らせ身を乗り出し、作業の手を止めて尋ねてきた。  
羽ペンの穂先がわずかに静止したが、すぐに作業を再開して問かけに答える。  
「オイラの父ちゃんと母ちゃんは特級のレンジャーで、二人とも公安の救助チームだったんだ」  
「へえ、すごいじゃない!今はどうしてるの?」  
「父ちゃんは山でひとを助けて死んだ。母ちゃんは川の洪水を止めに行って、そのまま濁流に飲まれて死んだ」  
ここでは喋らないが、どちらも壮絶な死に様で、母親に至っては亡骸も残らない。  
あまり他人に話したことはなかったが、聴かれた以上は答えるべきだろう。  
根っからの善人であるエルフはやっぱりというか口をつぐみ、下を向いて粛々となってしまう。  
「そろばんは父ちゃんがロストしてすぐに、覚えておくと損しないって、母ちゃんからみっちり教わったんだ」  
「……ごめんなさい。へんなこと聞いて」  
うなだれたエルフは謝罪の言葉を口にする。元の容姿が美麗なおかげで、憂い顔でもそれはそれで絵になるが。  
しかし、美人には涙より笑顔で華を持たせてやるのが、クラッズのポリシー。  
「別に謝ることなんかなんもないよ。オイラは聞かれたから答えたまでさ」  
「でも……嫌なこと、思い出させちゃったでしょう?ひとには話したくないことだろうし……」  
「オイラ、嫌なことは笑い飛ばす主義だ。それに父ちゃんも母ちゃんも、あれで本望だったと思うよ」  
記憶の中の父は窮地にも迷わず命がけで自然と闘い抜き、母は息子が強く生きるよう願って氾濫した河川のもとへ出動した。  
「二人とも、めちゃくちゃカッコよくてさ。いつかオイラも、世界中が助けを求める最強のレンジャーになってやるんだ」  
「……ふふっ。クラ君、強いのね。応援してるわ。がんばって!」  
ぐだぐた喚いたところでロストしてしまえば一向に蘇らないし、文句を言うだけ無駄な気もしていた。  
それが当たり前だと思っていたので、面と向かってそれを褒められると、クラッズはいやに照れ臭かった。  
 
帳簿をつけ終え、締めの点検を含め全てを済ませて背伸びをするころには、時計が四時を回っていた。  
「いょ〜ぅし、あがりぃ〜!はー、くたびれた」  
「お疲れさま。ねえ、さっきはごめんね」  
「別にいいって。オイラは怒ってないし、どうせいつか話すことだもの。気にしなさんな」  
ひらひらと手を振りはにかむクラッズ。種族柄しかたがないのだが、笑うと本当に子供の顔になる。  
さぁてと肩で深呼吸をして、こめかみの辺りを軽くひっかく。  
「なんか、甘いもの食べたいな……エルっち、倉庫の食べ物ちょろまかして、二人だけでこっそりおやつにしない?」  
弁解しておくと、学食や購買での買い食いと違って、獲得した食糧には賞味期限がある。  
「わたしはそれでもべつにいいけど、勝手に食べて大丈夫?」  
「だぁ〜いじょ〜ぶ、大丈夫。腹に入るものは痛まないうち、ってね」  
言ったそばから、軽食になりえる食料品を物色する。  
幼少よりつまみ食いは得意とするところで、後ろめたい気持ちは何ひとつない。  
「フレンチトースト……でいいや。ほい、エルっち」  
素手で触るにはややべたつく食品だが、口移しするわけにもいかない。そのままエルフに手渡すと、両手でそっと受け取った。  
「あ、うん。ありがと」  
「んじゃ、いっただっきま〜す」  
大口を開いてかぶりつく。ストレートな糖分の味がする。  
時間帯を考えると夕食前には少々重い間食だが、後の祭り。今更そんなことは気にしない。  
「そういやさ、ディアっちはバハっちに告白したんだよね?」  
「え?ええ。あの様子だと、たぶんうまくいったと思うんだけれど」  
「んで、フェルっちとフェアっちは恋人同士だよね?」  
「そうね、あの二人がくっついてないって考えるほうが難しい気がするわ……」  
のんきにのたまうエルフに対し、クラッズは意地悪い不意打ちをかます。  
「オイラ達も、付き合っちゃう?」  
「ふぇ!?ウソ、いきなりそんな……本気なの?」  
「冗談だよ、とはあんまり言いたかないね。オイラはけっこうまじめだよ」  
火事場泥棒のようにせこい作戦を選んでおいてなんだが、これは告白のうちに入るのだろうか。  
突然の発言にエルフは慌てふためき、茹で上がるがごとく赤面する。  
「う、う〜んと、その、すぐには、ちょっと……」  
「へへ、真っ先に否定されなくてよかったよ。今すぐに答えなくてもいいから、今夜一晩、考えといて」  
そう言って、すでに蓋が空いたビン入りジュースをエルフの目前まで持って行く。  
顔が赤いまま無言でビンを掴むと、むせそうな勢いで喉を鳴らしていた。  
予想通りの対応を前にしてか、尻あがりに頬がにやけるのを、クラッズは抑えることができなかった。  
 
一日の最後に食べた食事はほとんど味がしなかった。風呂場ではのぼせるまで夢うつつ。  
夜になってもまったく意識が定まらず、相部屋のフェアリーとディアボロスにそろって心配されてしまうほど。  
二人が寝息を立て始めた夜中になっても、頭が沸騰して眠れない。  
「ああ……わたし……どうしちゃったのかしら……」  
昼間クラッズに言われたことが無性に気になってしかたがない。  
確かに六人パーティのうち、二組のカップルが成立している。  
それはつまり、自分を除く四人もが、恋仲であることを証明していた。  
クラッズは少し現実主義的な面があるけれど、悪い奴ではないし、嫌いな男子でもない。  
むしろ単純に好きか嫌いかで言えば、間違いなく前者の部類だろう。必要以上に意識してしまうのがその証拠。  
「……だめ。身体が、火照って……熱いわ」  
これはベッドの寝苦しさが原因ではない。それは己がよく理解している。  
年頃の身体が欲求を溜め込み、寂しさが慰めを求める、この感覚。  
「ん……やだ、もうこんなに濡れてる……わたし、そんなにクラ君のこと……」  
下着の上から軽く触るだけで、陰部の湿り気が指に伝わる。  
「はぁ……もうがまんできない……オナニー、しちゃおうかしら……」  
理性はけたたましく警鐘を鳴らしたが、沸き上がる欲求は抑えきれなかった。  
言い終わるより若干早く、指先は陰毛をかき分ける。  
「うう……ふぁっ!何これ?こんなに感じて……んんっ!」  
今まで数えるほどしか自慰の経験はないが、序盤からこれほどまで敏感に刺激が伝わってきた覚えはない。  
触れる前から水気を漏らしていた割れ目に指をくい込ませ、ひっかき回す。  
かき混ぜるたびに燃えたぎるような熱い快感が這い上がってくる。背筋は震え、吐息が乱れる。  
「わ、わたし、こんなはしたないことを……すぐ隣りで、みんなが寝ているのに……っ」  
ベッドを挟んで廊下側のルームメイトなど、もはや羞恥心を煽る材料となるばかり。  
大きさにはあまり自身が持てない果実を、気が付けば夢中になって弄っていた。  
「あっ、ああっ、だめ、わたし……んぐうっ!」  
歯を食い縛って声を押し殺し、背中を弓なりに反らして果てる。  
余韻を残しつつ指を引き抜くと、粘ついた蜜が糸を引いた。  
窓から漏れる月明かりに照らされたそれは、すだれ状に露が連なる蜘蛛の巣にも似て、皮肉なことにとことん美しい。  
「はぁ……はぁ……まだ、おさまんない……どうにかしてよ、クラ君……」  
うわごとに出た彼の名前は、脳髄を麻痺させる魔法のようだった。  
 
ただ一度の絶頂を迎えたところで、エルフの肉体は満足しなかった。  
汗を吸った寝間着を脱ぎ制服に着替えて、部屋を出て見回りの教師や通りすがりの生徒に見つからないよう廊下を進む。  
やっとの思いで目的の扉に辿り着くと、一瞬のためらいも構わず最小限の音量でノックする。  
「は〜い、こんばんは〜……あっれ、エルっち。どうしたの?こんな時間に」  
ドアを開けてまず出迎えたのは、最初の挨拶がどこかおかしい間延びしたクラッズの声だった。  
低い頭の上から確認出来るベッドはシングルひとつしかない。人数調整の都合上、彼は個室に住んでいると聞いた覚えがある。  
「うん……ちょっと、お話したいことがあって」  
「へえ。まあ立ち話もなんだから、嫌じゃなきゃ中に入って話そうよ」  
戸を開け広げ室内に招き入れてくれたので、生返事をして足を踏み入れる。  
家具や教材がぴしっと整列した空間には、女の子だけの部屋とは異なる、独特の匂いと雰囲気があった。  
あまりきょろきょろしないように注意を払いつつ、静かにベッドへ腰を下ろす。  
「で、話ってのはなんだい?せっかく夜遅く来たんだ、なんでも聞くよ」  
クラッズがエルフの隣に跳びはねて、スプリングが小さな悲鳴を上げた。  
微弱なバネの反動にも、下半身は過敏に反応してしまう。  
「んっ!……あ、あのね、クラ君」  
「どったの?エルっち、顔まっかだよ」  
「あう、えっと、これは……っ!」  
ついに辛抱たまらなくなったエルフは、全体重をかけてのしかかりクラッズの肩を押し倒した。  
「うひゃあ!な、なんだなんだ、どうした?」  
「クラ君!わたしのこと、ほんとに好き?」  
自覚する以上に錯乱している。耳打ちのつもりが叫ぶような大声を出し、いつもの何倍も早口だ。  
力の限り抱き締めているせいで、クラッズの胸に自身のそれが当たる。僅かだが、相手の鼓動も伝わる。  
「え、う、うん……好きだよ?」  
「ほんとに、ほんとに、本気で好き?わたしが無茶なお願いしても、聞いてくれる?」  
「だから、オイラは本気だってば。少し落ち着きなよ。お願いってなんなのさ?」  
決して大きくないクラッズの手が、そっとブロンドのショートヘアを撫でつける。  
五本の指が穏やかに髪をすく。優しく諭すように、あやすように。  
ひと撫でごとに彼への愛おしさが膨らみ、最後の防壁が崩れ去った。  
「わたし……とっても切ないの。バージンあげてもいい、あなたが欲しいわ」  
せめてもの誘惑にエルフが出来たことは、熱い吐息を耳に吹きかけるくらいである。  
 
「エルっち……言ってる意味、自分で分かるよね?」  
うなじの辺りで撫でる手を止めて、クラッズが真剣な調子で尋ねた。  
「確かにオイラ、付き合いたいとは言ったよ。けど、こういうことするのは、早い気がする」  
「……ええ。分かってるわ」  
「勢いでヤッちゃうのは簡単だけどさ、初めては一回しかないんだよ?オイラはいいけど、オイラでいいの?」  
「本気でわたしのことを好きでいてくれるクラ君なら、奪われてもいいの……お願い、わたしを女にして」  
自分の口を突き出て行く言葉に、乙女としてこの上ない恥を知る。  
身体はもう制御すら出来ないのに、淫らな女だとは思われたくない。語彙の限りを尽くして正当化を図る。  
覚悟を決め沈黙とともに待っていると、エルフの華奢な両肩を掴みクラッズが上体を持ち上げた。  
「それじゃあ、エルっちの初めてを貰うよ。今夜一晩、この身体はオイラのものだ」  
窓枠から差し込む月光にライトアップされたクラッズの微笑は、日頃よりずっと大人びていて視界を釘付けにした。  
「クラ君……うむっ!」  
見とれている隙に唇を奪われる。両側のこめかみをしっかり押さえられ、柔らかく甘い感触が伝わる。  
クラッズはそこから舌を伸ばして、エルフの口をこじ開けてきた。  
「んんっ、んふぅ……っ」  
「んく、んあっ……はぁん」  
最初こそなすがままだったエルフも、自らの舌でクラッズの愛撫に応える。  
徐々にディープキスの感覚も慣れ、やがて積極的に舌を絡ませる。  
咥内で混ざり合ったお互いの唾液が淫靡で水っぽい音を奏で、その音色に理性と抑制が麻痺していく。  
「はふ……きゃん!やだ、どこ触って……」  
いつの間にかクラッズの手は下半身に伸び、エルフの股をさすっていた。  
「あれ、キスだけでベトベトじゃん。エルっち、けっこう感じやすいのかな?」  
「だ、だって、キスしたのも、初めてなのに……クラ君、ちょっと激しすぎよ……」  
「キスも初めてだったの?なら言ってくれれば、もっとやんわりやったのに」  
未体験のファーストをあんな性的なものにされてはたまらない。  
ただでさえここに来る前に一度、彼の名を浮かべながら気をやっているというのに。  
「でも、嫌じゃないでしょ?ここ、いじるの」  
「あんっ、ふぁっ、そんな、しないで……」  
もはやずぶ濡れの下着に浮き出た筋を、クラッズの指先が何度もなぞる。  
めしべの上を往復するたび、電流にも似た刺激が脳まで這い上がった。  
そのうちに彼の指は上部へと位置をずらし、パンティの中へゆっくりと潜り込んでいく。  
 
「んっ、あっ、自分でするより、やんっ!ずっと、気持ち……はあぁっ!」  
中指と人差し指を挿入されて、しゃくりあげるように股間の亀裂を愛撫される。  
クラッズの指使いは想像以上に巧みで、あられもない喘ぎが薄明かりの部屋に満ちていった。  
「女の子のアソコってすごいね。指二本だけでヌルヌルのキツキツだ」  
「そ、それはっ、クラ君がぁ……」  
猛烈な手淫に淫語責め。経験のないエルフは長く持たない。  
「やあっ、はうっ、わたしっ、も、もうだめ、きちゃう!」  
「イキそう?オイラの指でイッちゃいそう?」  
「あっ、はっ、くうん、やっ、あ、ああーーーっ!」  
全身が弧を描き、男を知らない純潔が異性の手にかかり、昇天した。  
がくがくと腰が震え、独りで及ぶときとは桁違いの快楽が脳裏に押し寄せる。  
蜜壺からは愛液が噴き出し、水分を吸収出来なくなったパンティからは雫が滴り落ち、クラッズのベッドに水たまりを作った。  
「どお?エルっち。気持ちよかった?」  
「あ……頭の中、ぼーっとするの……知らないわ、こんな感覚……」  
足先から脳天まで甘く痺れさせる行為の余韻に溺れていく。  
予測不能な他人による前戯は、未知の快感と例えて差し支えなかった。  
「……ねえ。今度は、オイラを気持ちよくしてよ」  
衣ずれの音がするので見てみれば、クラッズがパンツもろともズボンを下ろしていた。  
驚きのあまり、悲鳴も出ない。初めて見る男性器は充血してそそり立ち、心なしか種族にしては巨大だ。  
空気に晒されたそれはぴくりと脈打つ。これから行うことへの認識を、エルフの中で改めさせる。  
「すごい……これ、どうすればいいの?」  
「そうだね……とりあえず、触ってみてよ」  
脱力した身体でなんとか起き上がり、勃起して上を向いたイチモツに近づく。  
恐るおそる触れると小さく跳ねた。そっと手の中へ包み込み、触覚や視覚で観察を始める。  
「あ……ぴくぴく動いてる……それに、なんだか不思議なにおい」  
「平気かな?じゃあ次は、軽くしごいてみて」  
「えっと、こすればいいのね。分かったわ」  
加減や方法などまったく分からないので、クラッズに頼まれたまま指で摩擦する。  
少しずつ手の中でモノは硬くなり、そのうちエルフのしごく速度も暗黙のうちにだんだんと上がっていく。  
「どうかしら。わたし、ちゃんと出来てる?」  
「うん。大丈夫。気持ちイイよ、エルっち。慣れてきたら、口に咥えてみて」  
「え?これを……いいわ、舐めるのね」  
正直、今見たばかりのこれを口に含むのには抵抗があった。  
それでも彼が望むことなら、なんだってする覚悟で訪ねてきたはずだ。  
何か透明な液体が分泌され始めた先端に、おずおずと紅い舌先を伸ばす。  
 
「あふっ、ちろちろ、はむ、くぷ、ちゅぷ」  
青臭いオスの臭いも、次第にメスの本能をかき立てる香りに代わっていた。  
亀頭の周りを丁寧に舐め上げ、髪をかきあげて肉棒を咥え込む。  
ぎこちない奉仕しか出来ないが、クラッズは敏感に反応してくれる。  
「はあ〜、気持ちイイや。エルっち、うまいよ」  
「じゅぷ、ちゅぶ、ぐぽっ、じゅるるっ」  
「あ〜ヤバい、待って、ストップストップ!」  
必死に男根をねぶり回している途中で、頭を押さえられ咥淫を中断する。  
「ん……ぷはっ。どうしたの?わたし、なにかまずいことしちゃったかしら?」  
「ううん、気持ちよすぎるんだ。これ以上されたら、オイラもたないよ」  
「あ、ごめんなさい。えっと、それじゃあ、その……」  
「横になりな。オイラに任せてりゃ大丈夫さ」  
やはり勝手が分からないため、言われるがままに身体を横たえる。  
上着も脱いで完全に裸のクラッズが覆い被さり、エルフの着衣を脱がせていく。  
「……あのさ。オイラ、始める前に、エルっちに謝らなきゃいけないことがあるんだ」  
魔法使い学科の指定制服を手際よく剥ぎ取りながらクラッズが切り出す。  
「え?謝るって……なんのこと?」  
「オイラ、媚薬をエルっちに飲ませた。ピクシーの秘薬って、知ってるかな。昼間のジュースに混ぜてあったんだ」  
制服の上下を丁寧に脱がされ、どちらも下着一枚になる。  
眼を丸くして見つめ返すが、クラッズは視線を合わせてくれない。  
「あのとき、エルっちが付き合いたくないって言ったら、あのジュースは出さないつもりだったんだ」  
「……それじゃあ、身体がこんなに火照るのは……」  
「今夜はたっぷりメロメロにさせて、明日その気にさせるつもりだった。けども、エルっちが来ちゃったじゃない」  
どうやら媚薬の効果に耐え切れず、夜のうちに部屋まで押しかけられることは計算外だったらしい。  
「最初に見たときから……一目惚れってやつさ。薬の力まで借りた賭けだったけど……オイラのこと、嫌いになった?」  
眉を八の字にし眼尻の垂れたクラッズは、見たこともない弱気の顔をしていた。  
しかし、少女を裸に剥いた挙句、自らも全裸では説得力は皆無。  
これが向こうから襲いかかって来たのならば、エルフも見切りをつけただろうに。  
「……ファーストキス奪って、あそこに触って、おちんちんまで咥えさせたくせに、今更なんてこと言ってるのよ」  
「どうしても夢中にさせたかったんだ。汚いやり方で、本当にゴメンよ」  
「もう……あなたが選んだ卑怯な手のせいで、こんなにわたしを切なくして……きちんと責任とってよね」  
たまらなく男を欲した結果、行きつく先がクラッズの部屋なのだから仕方がない。  
柔和な笑みを浮かべるエルフに、策士の少年は力なく笑った。  
 
「それじゃあ……挿入れるよ」  
「え、ええ……来て。クラ君」  
そっとクラッズの首に手を回す。ホックが外れ乳房が露わになり、すっかり蜜漬けになったパンティを下ろされる。  
くびれた腰を両手で掴まれて、エルフの唾液にまみれたオスの象徴が、花弁の中央に狙いを定めた。  
矛先だけめり込むように埋まると、一気に最奥まで突き立てられる。  
「うう……くあぁ!」  
ついに乙女の清純が破られた。結合部にはじわりと血が滲む。  
媚薬の効き目か想像したほどの痛みはないが、無意識にクラッズの身体にしがみ付く。  
「全部、挿入ったかな……エルっち、痛かないかい?」  
「ううん、ちょっとだけ。意外とつらくないわ。それとも、薬のせいかしら」  
「もうたっぷりお汁垂らしてたからね……動いても、大丈夫そうだ」  
分身に付着した姦淫の証である紅い水を刷り込むように腰が動き始めた。  
陰茎が子宮を一突きするたび、震えあがるほどの快楽が襲い来る。  
少しずつ奥を貫く速度が上がり、より深く、より強く性を実感する。  
「ふぁん、ひゃうっ!気持ちいい!そこ、そこがいいの!もっと突いてぇ!」  
「エルっちのオマンコ、絡み付いてくるよ!アツアツで、トロトロで、グチュグチュだ!」  
「ああんすごい!クラ君、とっても上手!どんどんエッチになっちゃうよぉ!」  
いやらしい言葉を連発してしまうのは、決して媚薬のせいだけではない。  
かすかな苦痛は完全に消え去り、自ずから肉欲を求めて腰を振る。  
「あっはっ、ひああ!乳首、吸っちゃらめぇ!」  
「んむ、ぷはぁ。エルっちのおっぱい、小振りだけど綺麗で美味しいよ」  
自己を主張する桃色の果実に、クラッズの舌と唇が吸い付く。  
張りのよい膨らみを赤ん坊のように舐め回し、時折前歯で甘噛みする。  
極部二か所を同時に愛され、とたんにぞくぞくと興奮が昇り詰める。  
「ああだめ!わたしまた、またおかしくなっちゃうっ!」  
「うっ、オイラもイキそう……エルっち、イクときは外がいい?それとも、中に射精しちゃう?」  
「やあっ、初めては、中がいいのっ!このまま射精してっ!一緒に、いっしょにぃ!」  
初めてのひとは運命のひと。最初に異性を知るときは、奥まで愛し合って同時に達したい。  
女の慰めを覚えたその日から、ずっと心に決めていたこと。  
「じゃあこのまま……あーイク!射精すよ!……うはあっ!」  
「ひゃあああ!だめ、だめ、だめええええっ!」  
今日だけで三度目の絶頂を迎える。ペニスを絞り出そうとする肉襞に、吐き出された精液の熱を感じた。  
 
しばらくはお互いに強烈な快感の余韻から抜け出せず、荒く息を吐いて呻きながら抱き合っていた。  
やがてクラッズが正気に戻り、エルフの胸元に顔を擦りつける。  
「ふぅー……たっぷり射精たぁ。エルっちの身体、もうサイコーだよ」  
「わたしも……気持ちよすぎて、死んじゃうかと思ったわ」  
「なはは。ホント綺麗で可愛くて、感度も抜群。おまけに清楚で優等生なエルっちを抱けるなんて、夢みたいだ」  
純真無垢な笑顔でそこまで言われると、ああ、このひとが最初の相手でよかった。とか思う。  
「いったんコレ抜くからね。よ……っと」  
繋がっていた部位が引き抜かれる。栓をしていたものがなくなり、空いた穴から白濁の粘液が零れる。  
名残惜しい気分も多少あったが、度重なる到達で全身が脱力し、これ以上は続ける気が起きない。  
クラッズはエルフの太ももに二人の混合液を擦りつけて、残った精子を放ち身震いしていた。  
「ん……ふぅ。そういやさ、エルっちはなんでこの学校に入ったの?」  
頭ひとつ分クラッズが詰め寄り、素朴な好奇心を孕んだ質問をぶつけられる。  
「えっ?わ、わたし?」  
「うん。オイラは先に話したからさ、エルっちの理由も聞きたいな」  
動機としては、なんら不自然なものではない。聴かれたから、聴きたい。それだけ。  
だがエルフにはどうしても、これを語るのにはためらいが生じる。  
出来ることなら隠しておきたいのだが、クラッズは自分の過去を見せてくれた。半ば仕方なしに、エルフは口を開く。  
「……あのね、ぜったい、バカにしないでね?引いたり、嫌いになったりしないって、約束する?」  
「?するする。どんと来いだよ」  
「その……えっと……花婿、捜し?」  
裸の女体を晒すこととは無関係にかっと体温が上がる。恥じらいながらエルフは続ける。  
「お父さんがね、生涯を預けるに値する男と結婚しろって、きかないの。それで、クロスティーニまで……」  
最後の方は掌で口を覆い、蚊の鳴くような声になってしまう。  
身内についての話題を出すのは、今も昔も大の苦手。父親が遠くでブレスの出そうな特大のくしゃみをする姿が思い浮かぶ。  
「……ちゃぶ台返しの似合いそうな親父さんだね。オイラはいつかそのひとに、娘さんを下さいって頭下げに行くのかな」  
「当然じゃない!わたしをここまでキズものにしたんだもの、幸せにしてよね!」  
苦笑いのクラッズはけっこうレアだが、冗談は微塵も含まれていない。  
経緯はどうあれ、さんざんファーストやらバージンやらを捧げてきたわけだし、これはエルフ自身の問題でもあるのだ。  
いつか薬に頼らずメロメロにしてね。などとおねだりしてみると、もちろん。虜にしてあげるよ。なんて軽口を返される。  
でも、悪い気分は全然しない。きっと、エルフもクラッズが好きだから。  
あ、そうそう。宿題に出されたスケッチ。タイトルを決めなきゃいけなかったのよね。  
彼をモデルに描いた鉛筆画の題名は……「世にも小さな大旦那」……うん。それがいいわ。  
 
 

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