ドワーフがアイドル学科に転科をし、ある程度の実力をつけたところで、一行は再び図書館に出される依頼をこなし始めた。
だが、一行の間の空気は、以前とはどこか異なっている。
ヴェーゼレポート3の受領を終えて職員室を出ると、ヒューマンが口を開いた。
「なあ。どうせだから、今出てる依頼、できるだけ受けちまわねえか?行き先が被ることもあるだろうしさ」
「そうじゃね〜。ここは、あんたの意見に従っておくのもいいかもね」
いつからか、クラッズはヒューマンのことを『あんた』と呼ぶようになっている。些細な違いではあるのだが、『ヒュマ君』から
『あんた』への変化は、聞き様によってはかなりの変化とも取れる。
「私も、クラッズちゃんと同じかな」
ドワーフは、ヒューマンと直接言葉を交わそうとしない。必ず間にクラッズが挟まり、ここしばらく、彼女がヒューマンと話している
姿を見た者はいない。
表面上は、相変わらず仲がいい。だが、それらの変化に気を配ると、水面下で何が起こっているかは一目瞭然である。
普通なら、こんな状況は周りにいてもいたたまれないだろう。だが、彼等の事情を知るノームに、マイペースを貫くフェルパーに、
究極の癒し空間、フェルパーの隣が指定席のディアボロスという面子のおかげで、パーティの空気はそれ以上悪くなっていない。
というよりは、フェルパーとディアボロスは二人の世界に浸っており、ノームはその状況を心から楽しんでいるため、三人はある意味で
放っておかれているとも言える。
「しかし、一度にあまり多く受けることもないだろう。面倒だし、適当に頑張れるぐらいがいいな」
「ディアボロス……会ったばっかりの頃のお前はどこへ行った…」
「とはいえ、多く受けすぎないって言うのは、僕も賛成だな。僕等だけで依頼を全部終わらせちゃ、他の人の迷惑になる可能性もある」
「うーん、それもそうか……じゃ、あと一つぐらいにしとくか」
ヒューマンはちらりとドワーフを見た。一瞬迷い、口を開く。
「あの……ドワ…」
「ねえドワちゃん。ドワちゃんは受けるならどんな依頼がいい?」
ヒューマンの言葉を遮り、クラッズがドワーフに尋ねる。ドワーフは二人を困ったように見つめ、やがてクラッズの方へ視線を向ける。
「んっと……ジョルジオ先生の、受けてみようか?」
「うわ、ジョルジオ先生か……でも、悪い先生じゃないもんね〜」
ヒューマンは二人を見つめ、重い溜め息をついた。
最近は、いつもこうである。ヒューマンがドワーフに話しかけようとすれば、必ずクラッズの妨害が入る。そんなクラッズの態度に、
ドワーフも気兼ねしてしまうのか、彼女がヒューマンに話しかけることもない。一人のときを狙おうにも、二人はいつも一緒にいる。
これでは、ただ話すことはおろか、以前のことを謝ることすら出来ない。クラッズに対して怒りが湧かないわけではないが、
元はといえば自分が悪いという負い目もあり、もはやヒューマンとしては打つ手なしの状態に追い込まれつつある。
ともかくも、次の目的地が決まり、一行は実験室へと向かった。だが、ジョルジオ先生の姿が見えない。どこへ行ったのかと
訝しんだ瞬間、不意に部屋の照明が消えた。
「んふ、若い肌っていいわぁ〜……いっただっきま〜す」
彼等は力の限り暴れた。手当たり次第に物を投げた。
部屋の照明が戻ったとき、実験室は惨憺たる有様であった。ヒューマンは弾切れを起こした銃の引き金をまだガチガチと引いており、
ディアボロスは息の続く限りブレスを吐いたおかげで、周囲のものは炭と化している。ドワーフは床にへたり込んで子供のように
泣きじゃくっており、その隣ではクラッズが殺しも辞さないという顔で魔法壁を張り、手近にあったフラスコをいくつも持っている。
ノームのみ、まったくのいつも通りであり、フェルパーは行方不明になっている。
「いった〜い!もう!冗談なんだから!そんなに激しくしないでよ〜」
「先生。僕だけならともかく、慣れていない人には冗談がきついですよ」
「嘘だ……嘘だ……絶対本気だっただろ…!」
「ほ、ほんとよ!生徒に手を出したりしないんだから!……でも……ちょっとぐらい…」
危機が去ったと見たのか、フェルパーがディアボロスの近くにある机の下から這い出してきた。他の仲間もそれぞれに、落ち着きを
取り戻し始めている。
「……ノーム、細かい話聞くのは任せるわ……俺、もうここ出る…」
その場をノームに任せ、五人は疲れ切った足取りで実験室を後にした。
「はぁ……ドワ…」
「ドワちゃん、大丈夫?少し休んでく?」
またしても言葉を遮られ、ヒューマンはただでさえ疲れた体が、さらに重くなるのを感じた。ただ、クラッズを見ると本気で心配そうな
顔をしており、ヒューマンのことなど見てもいないため、今のはただの偶然らしい。とはいえ、言葉を遮られたという事実は変わらず、
今のヒューマンにはそれすら、偶然を装った行動にしか見えない。
徐々に溜まっていく疲労とストレスは、冒険にも影響を与え始めていた。
モンスターを倒し、持っていた宝箱を調べるヒューマン。以前ほどではないが、やはり盗賊技能を習っている彼は、宝箱の調査と開錠を
任されている。
「……悪魔の呪いか」
「なかなかスリリングな罠だね。気をつけてくれよ」
「わかってるって。けど、こんな罠ぐらい、簡単に外せ…」
直後、宝箱からボフッと煙が舞い上がり、今までヒューマンのいた場所には灰の山が落ちていた。
「うわわわ!?ヒュマ君ー!?」
「きゃー!!ヒューマン君が灰になっちゃったよぉ!!」
「と、とにかく一度戻るぞ!探索は中止だ!」
大慌ての女性陣に比べ、男性陣は呆れたように元ヒューマンを見つめている。
「簡単って言ってたのに…」
「……こいつ、面白いな」
結局、彼を生き返らせるために中継地点へと戻り、その日はそこで一泊することとなった。
幸い、ヒューマンも無事に生き返り、今は全員で揃って、宿の大浴場に来ている。
「あ〜……凹むぜ、畜生……失敗するなんてなぁ…」
「疲れてるんじゃないのかい。無理もない話ではあるけど」
体をゴシゴシと擦りつつ、ヒューマンはひたすらぼやいており、ノームは湯船の縁に腰かけている。フェルパーは二股の尻尾を
気持ちよさそうにくねらせつつ、湯船に浸かっている。
「……あまり、大きな声で話したくねえな…」
「それは失礼」
隣の女湯とは、二メートルほどの壁で仕切られているだけである。当然、向こう側の声もこちらにはよく聞こえる。
「ディアちゃん、石鹸で直接洗う派なんじゃねー」
「ああ。泡立てたのを体につけても、石鹸で洗ったという気がしないからな」
「にしても、やっぱ胸大きいなー。戦士でその胸は反則でしょ」
「べ、別に、好きで大きくしたわけじゃ…」
「ドワちゃんも何気に大きいし、羨ましいのぅ〜」
「あ、あんまりそういうこと言わないでよぉ……恥ずかしい…」
そんな会話が聞こえ、ノームがポツリと呟いた。
「今すぐそこの壁を飛び越えたい衝動に駆られるね、男として」
「ついてねえお前が言う台詞か」
「心の中にはついてるさ」
「意味ねえ……あっと!」
ヒューマンの手から石鹸が滑り、それは拾う間もなく、排水溝に流れて行ってしまった。
「やっべ、流しちまった……ノーム、石鹸持ってねえ?」
「僕はないな。フェルパー、君はどうだい」
「…………ん?あ、ごめんね、石鹸は臭い嫌いだから、持ってきてないんだ」
「誰も持ってねえのか……まあしょうがね…」
その時、湯船からフェルパーが立ち上がり、タオルを腰に巻いた。
直後、彼は勢いよく湯船から飛び上がり、仕切りの壁に手をかけると、
そこから身を乗り出した。
「石鹸貸してー」
一瞬、静寂があり、直後凄まじい悲鳴が響いた。
「きゃあああぁぁっ!!!」
「ばかぁ!!へんたいー!!」
さらにいくつかの悲鳴が上がり、やがてガンッと鈍い音と共に、彼の頭にタライがぶつけられた。さすがにフェルパーは手を放し、
涙目になって額を押さえている。
「痛ぁい…」
「ば、馬鹿かお前は!?あんなことしたら当たり前だろ!!」
「……お、ヒューマン。貸してもらえたぞ、石鹸」
見ると、フェルパーにぶつけられたタライの中には、まだほとんど使われていない石鹸が入っていた。
「あ、ほんとだ。まさかほんとに貸してもらえるとは…」
「ディアボロス、ありがとねー」
「それはお前らにやるから、二度と覗くな、馬鹿!!」
「はぁい」
「悪い、ありがとな」
ヒューマンはもらった石鹸で再び体を洗い始め、ノームはフェルパーにヒールを唱えてから、ヒューマンの背後に歩み寄った。
「……どうだい、その後のシナリオは」
小さな声で囁くと、ヒューマンの手が止まった。
「……どうにもできねえ気がしてきたよ、ほんと……もう、手遅れだよ…」
「らしくないな。それに、悪いのは君だ。それぐらい仕方ないだろう」
「きついな、お前……でも、それが事実だからな……くそ…」
ヒューマンはがっくりとうなだれた。相当に追い詰められてきていることは、誰の目にも明らかである。
「女の子の嫌がらせって、ほんと怖いよ……いっそ、さっきのでロストすりゃよかったって思うくらいだ…」
「ああ。あのクラッズはうまいね。一気に切るより、じわじわと少しずつ刻んでいく。そうすることによって、傷の治りは遅くなり、
やがて腐る。それは心も体も一緒さ。彼女は、種族の中じゃトップの秀才らしいし、色々知恵が回るんだろう」
うなだれたヒューマンの肩を叩き、ノームはタオルで彼の背中を擦り始めた。
「おい、何を…」
「疲れてるんだろう。僕に出来るのは、これぐらいしかないからね」
「お前は、観客じゃなかったのか?」
「ああ、観客さ。でも、君の友人でもある。シナリオには口を出さないけど、疲れた君を放っておくほど、薄情でもないさ」
「……お前は時々、わかんねえ奴だよな…」
「すぐに底が知れるほど、浅い奴じゃないってね」
ヒューマンは背中に彼を感じながら、不思議と心が安らぐのを感じた。考えてみれば、彼はいつも一緒にいたのだ。入学以来、ずっと
自分について来てくれている友人に、ヒューマンは初めて感謝の念を感じた。
「背中は僕がやるから、君は顔でも洗えばどうだい」
「ん、ああ、そうだな」
久々に安らいだ気持ちになったところで、手に持った石鹸を泡立て、それを顔につける。すると、それを見計らったように、
ノームの声がいつもの大きさに戻った。
「ところでヒューマン。君が今顔を洗ってる石鹸、確かディアボロスからもらったものだったね」
その時、確かに空気が凍った。
「確か、ディアボロスは直接つける派だって言ってたよね。それで顔を洗うってことは…」
「お、お前らああぁぁ!!!返せ!!すぐにその石鹸を返せ!!!ああいや、やっぱり返さなくていい!!焼いてやるー!!」
「ちょ、ちょっ!!ディアちゃん、落ち着いて!!そこ登ったら見えちゃうでしょ!!」
「てめえノーム!!!わかってて勧めたな!?初めからこうするつもりだったなてめええぇぇ!!!」
「さあ、何のことだかね」
そらとぼけるノーム。だが、その顔には口元だけの笑みが浮かんでいた。
「ダメだよぉー!こんなところで暴れたら、大変なことになっちゃうよー!」
「私が今、大変なことになってるんだぁ!!くそー、お前等放せぇ!!」
「ディアボロス、ダメだよぉ。少し落ち着こうよー」
おっとりした声で、フェルパーがディアボロスを宥める。ただし、再び身を乗り出し、ディアボロスの目を真っ直ぐに見つめながら。
「きゃあああぁぁぁ!!!!」
「やぁーん!!もうやだぁ!!」
「フェルパー、貴様ぁ!!」
「え、なんで僕が怒られ……痛い痛い、引っ張らないで。落ちるから、そっちに落ちちゃ……わっ!」
「いやあああぁぁぁぁ!!!!!」
「おい……ノーム、大惨事だぞ…」
「いや、さすがにあれは僕も予想してないハプニングだ。とりあえず、逃げるか」
かくして、ノームのせいで浴場は大変な修羅場と化し、その後延々と、浴場には女性陣とフェルパーの悲鳴が響いていた。
フェルパーを瀕死に追い込んでから、女性陣はようやく落ち着きを取り戻した。ディアボロスは我に返ると、彼に大変なことを
してしまったと、今にも泣きそうな顔でフェルパーを部屋に連れて行った。それを見届けてから、ドワーフとクラッズも部屋に帰る。
「あーもう、散々じゃったね。お風呂ぐらいゆっくり入りたいのに」
「ディアボロスちゃんって、ちょっと抜けてるところあるよね。前はもっとしっかりしてたのに」
「フェル君と一緒にいるようになって、のんびり屋さんが移っちゃったんじゃね」
クラッズは既に、髪も大体乾いており、椅子に座って寛いでいる。ドワーフはまだ少し体毛が湿っているらしく、全身を念入りに
タオルで拭いている。
「ま、水は低い方に流れるって言うしね」
「でも、今のディアボロスちゃんの方が、私は好きだなー。前はちょっと怖かったし、近寄りにくかったもん」
その言葉を聞くと、クラッズはニマーッと笑い、ドワーフの隣に座った。
「じゃ、あたしは?」
「え?」
「今のあたしは、好き?」
「そ、それは、えっと…」
ドワーフが言葉に詰まったのを見計らい、クラッズは彼女の頬を優しく撫でた。
「あたしは、ドワちゃんが大好き。前も、今も、これからも」
別に、強制されたわけではない。また、そうしなければいけないわけでもない。だが、彼女の一言で、ドワーフの言うべき言葉は
一つに絞られた。
「……私も……好き」
「ふふっ、嬉しいな!」
「あっ…!」
本当に嬉しそうに言うと、クラッズはドワーフを押し倒した。
「ま、またするのぉ…?」
「うん、したいな」
「体、洗ったばっかりなのにぃ…」
「もっかいお風呂入ればいいじゃない。そしたら、今度は二人だけじゃし、ゆっくり入れるよ」
言いながら、クラッズが顔を寄せる。それに、ドワーフは目を閉じて応える。
最初こそ、抵抗もあった。だが、体を重ねるたび、その抵抗が消えていく。それに対して、慣れていく自分への嫌悪感を覚えもした。
しかしそれすら、今では消えつつある。
体を重ねることに対する抵抗、自分への嫌悪感、ヒューマンへの気持ち。彼女を繋ぎ止めるものが、一つ一つ消えていく。
手遅れだと思っているのは、ヒューマンだけではなかった。行為に慣れ、自分に慣れ、愛する者はクラッズだと自分に言い聞かせ、
ドワーフは半ば自棄になって、ヒューマンを忘れようとし始めていた。
そんなドワーフを腕に抱きつつ、クラッズは笑う。ドワーフが自分だけのものになろうとしていることは、彼女にはよくわかっていた。
ヒューマンも、ドワーフも、既に相手を諦めつつある。もう、あと一押しするだけで、彼女は自分のものになる。
―――ドワちゃん、もうちょっと待ってね…。
そして、彼女が自分のものになったその時こそ、彼女を本当に幸せにしてやろうと、クラッズはほのかに痛む胸の奥で、そう思っていた。
その頃、ヒューマンは決心を固め、ドワーフとクラッズの部屋に向かっていた。今日こそは、クラッズが何と言おうと、ドワーフに
あの時のことを謝ろうと、固く決意していた。
重くなりかける足を何とか動かし、一歩一歩、彼女達の部屋へと近づいていく。そして、いよいよ部屋の前に立ち、ドアをノックしようと
手を上げた瞬間、中から声が響いてきた。
「やぁん…!クラッズちゃん、そんなとこ……はうぅ…!そんなとこ、舐めちゃ、ダメぇ…!」
「ここ、気持ちいいでしょ?ほら、もうちょっと足開いて」
「やあ、ぁ…!ダメだよぉ…!汚れちゃう……あんっ!」
「ふふっ、ドワちゃんの、おいしいよ。もっと奥まで、してあげる」
気持ちが急速に萎え、固い決意があっさりと崩れていく。ヒューマンはそのまま手を下ろし、とぼとぼと自分の部屋へと戻った。
「ん、ずいぶん早いじゃないか。また逃げたのかい」
「………」
ノームの言葉にも、もはや答える気力はなかった。その様子に、ノームも少し心配そうに彼を見つめる。
「……顔色、悪いぞ。何があったんだい」
「……もう、無理だ……ダメだ、もう……ドワーフも、もうあいつと、さ……あぁ、くそ…」
力なく呟くと、ヒューマンはベッドに倒れこんだ。それを見て、ノームは大体何があったのかを察した。
「バッドタイミングだったみたいだね。ひと段落ついたら、また行けばいいじゃないか」
「一回ヤり終わったらってか。はぁ……ドワーフも、あんま嫌がってなかったしな……もう、手遅れだ…」
「そうか、思ったよりずっと早いな。でも、君は本当にそれでいいのかい」
ノームの問いに、ヒューマンはどんよりとした目を向けた。
「……あいつに近づかねえ方が……きっと、お互い幸せさ…」
疲れ切った声で言い、ヒューマンは目を瞑った。やがて、彼がそのまま寝息を立て始めると、ノームはぽつりと呟いた。
「クラッズの方が、一枚上手だったか。でも、今諦めたら、それこそ彼女が勝つんだけどな」
いつものように、口元だけに浮かぶ笑み。その顔は、佳境に差し掛かった劇を見る観客の顔に、よく似ていた。
関係が何一つ変わらぬまま、月日だけが過ぎていく。あれから一ヶ月が経ち、一行はブルスケッタ学院に来ていた。
ヒューマンはここ最近、半ば現実逃避気味に、フェルパーやディアボロスと遊んでいることが多い。クラッズやドワーフとでは
遊べるわけもなく、ノームは事情を知っていて、しかもそれを楽しんでいるため、ヒューマンとしては一緒にいるのが辛いのだ。
「別に、私のところに来るのは構わんがな」
ディアボロスはベッドの縁に座り、フェルパーの耳を撫でながら口を開く。
「最近は、クラッズとドワーフと、仲が悪いのか?ほとんど喋ってないじゃないか」
「ゴロゴロゴロ、グルグルグル…」
フェルパーはディアボロスの太腿を枕にしつつ、気持ちよさそうに目を閉じ、喉を鳴らしている。尻尾も実に気持ちよさそうに、
パタタン、パタタンとゆっくりベッドを叩いている。
「まあ、な……ちっと、色々な…」
「ふむ。まあ、詳しく聞きはしないが、意外だな。お前達はかなり仲がいいと思っていたんだが」
「悪くはなかったよ。でも、仲が悪くなるのなんて、一瞬だよ…」
「ゴロゴロゴロ、グルグルグル」
「なるほど。それも言えるだろうが、だが、あれだけ仲の良かったお前達だ。仲直りすることだって、できるんじゃないのか」
「ゴロゴロゴロ……うなぁ〜……グルグルグル…」
「俺も、最初はそう思ってたよ。でも、もう……無理だよ…」
「ゴロゴロゴロ、グルグルグル」
「ところで、この猫黙らせてくれねえか?」
「無理を言うな。それに、私はこれを聞いていると落ち着く。そもそも、お前は今、大事な話をしていたんじゃないのか?この程度で
気が散るようなことならば、その話はお前にとって、その程度なのかもしれないがな」
意外にきついことを言われ、ヒューマンは閉口した。
「……そうだよな……全部、俺が悪いんだよな…」
「お前、鬱になってきてるんじゃないのか?一度、ガレノス先生にでも相談してはどうだ?」
「ガレノス先生とジョルジオ先生は苦手だ。二人とも、いい先生らしいけどさあ…」
「グルグルグルグル……ねえねえ、話聞いてて思ったんだけど、悪いことしたなら謝ればいいじゃない」
不意に、フェルパーが口を開いた。
「え?」
「何か、悪いことしちゃったんなら、謝らなきゃ。悪いことしたのに謝らない人じゃ、僕だって許したくなくなっちゃうもの」
「それは、そうだけど……今更謝ったって、何になるんだよ…」
「遅くなっても、謝るのと謝らないのじゃ、全然違うよぉ。今から謝ってきたら?」
「面倒臭がりのお前が今からとか、よく言うよ」
その言葉に、フェルパーはムッとした顔をして体を起こした。
「ひどいなあ。僕だって、悪いことしたら、すぐ謝るよ。君は、謝るのが面倒臭いと思ってるの?」
「え?あ、いや……その…」
「もう遅いとか、面倒臭いとか、言い訳ばっかり用意して。そんな態度とるんだったら、僕だって君のことなんか許せないよ。
謝りたくないんなら、そのままにすればいいじゃない。謝りもしないで仲直りしたいとか、甘ったれた事言ってるんだったら、僕怒るよ」
普段おっとりとしたフェルパーとは思えないほど、きつい口調だった。そして、言葉の一つ一つが、ヒューマンの胸に突き刺さる。
やがて、ヒューマンは重い溜め息と共に、がっくりとうなだれた。
「……ごめん……今のは、俺が悪かった……ほんと、ごめん…」
「君、最近、変だもの。きっと、疲れてるんだよ」
そんな彼の顔を見て、ディアボロスは本気で心配そうな顔をした。
「……お前、今日はここで寝ていくか?」
「はっ!?な、何を急に…!?」
「お前を一人にすると、銃を自分に向けそうだ。そうだ、それがいい。泊まっていけ」
「いや、その、俺は…」
「いいね、それー。三人で一緒に寝ようよー」
「いや、それはちょっと、俺はちょっと…」
「うるさい。お前の意見など聞いていない。フェルパー、ちょっと詰めてくれ。こいつの寝る分も空けなきゃいけないからな」
ベッドに寝転がりつつ、ヒューマンはぼんやりと考え事をしていた。
―――どうして、こうなったんだ…。
フェルパーを中心に、壁側にディアボロス、逆側に自分が寝ている。フェルパーは実に幸せそうな寝顔をしており、ディアボロスも
安らかな寝息を立てている。
―――こいつら、どうしてこの状況で眠れるんだ、ほんと…。
しかも、枕が一つしかないため、ディアボロスとヒューマンはフェルパーの腕を枕にしている。案外、腕がちょうどいい太さで、
首の辺りにぴったりと納まって寝心地はいいのだが、居心地は悪い。おまけに爪が怖い。
だが、それでも心のどこかで、ヒューマンは二人に感謝していた。普通なら、恋人同士で一緒にいる部屋になど、いくら仲間とはいえ
泊めたりしないだろう。しかし、二人はむしろ積極的に引き止めてくれた。
―――色々、気を使ってくれてるんだろうなぁ。
恐らくは二人とも、仲間というものに強い想いがあるのだろう。仲間意識の非常に強い種族であるフェルパーに、ほとんどの種族から
嫌われるディアボロス。そんな二人であるが故に、仲間というものの大切さをよく知っているのだろう。
「……ありがとな、二人とも」
声に出して呟く。もちろん、二人とも安らかな寝息を立てており、聞こえてはいない。
少しだけ気分が軽くなり、ヒューマンも目を瞑った。ここ数日、どうにも寝つきが悪かったのだが、今日はスッと意識が沈んでいく。
久しぶりによく眠れそうだと、ヒューマンは意識を手放しながら、ぼんやりと思っていた。
翌日、一行はブルスケッタで『ストレガという組織』という依頼を受けた。何でも、以前調べた黒いローブの組織が、怪しげな儀式を
しているので調べてほしいということだった。
広大な魔女の森を歩き回るうち、雨が降り始めた。雨宿りも兼ねて踏み入れた、信仰を捧げる場所。そこで、黒いローブの集団を
見つけたとき、地面に描かれた魔法陣の中心から、今まさに悪魔が這い出ようとしているところだった。
「な、何だこいつ!?」
「悪魔、か。それを召喚してるところに出くわすなんて、ある意味でラッキーだね」
「ラッキーどころか、最悪じゃと思うけど!?しかもゴアデーモンなんて……みんな、気をつけて!」
それなりに、腕には自信があった。それ故、この敵に対しても、一行はそれほど強い危機感を持たなかった。
しかし、相手の力は予想をはるかに上回っていた。魔法壁は一撃で割られ、攻撃はかわされ、それに焦る間もなく、ゴアデーモンは
次々と仲間を倒していった。ディアボロスが腹を切り裂かれ、ヒューマンも顔を引っかかれ、左胸を刺され、ノームは首を落とされた。
そのままなら、全員が即座に倒されただろう。しかし、ディアボロスが倒れたことで、フェルパーが怒りのままにゴアデーモンに
襲い掛かる。怒りに我を忘れてはいるが、それが辛うじてゴアデーモンの攻撃を止める。ドワーフとクラッズは、それを必死で
援護する。しかし、相手があまりに悪かった。ゴアデーモンがデモンズラッシュを繰り出し、魔法壁が割れ、二人はフェルパーの死を
信じた。だが、ゴアデーモンは急に標的を変えると、ドワーフ目掛けて突っ込んできた。
「ドワちゃん!!!」
「くっ…!」
体力には自信がある。だが、あの攻撃を耐え切れるかは、ほぼ賭けである。それでも覚悟を決め、できる限りの抵抗をしようと
心に決めた瞬間。
スッと、後ろから手が伸びた。
「耳、塞ぎな」
反射的に耳を押さえた瞬間、パン!と炸裂音が響き、ゴアデーモンが膝をついた。一瞬遅れて、辺りに火薬の臭いが満ちる。
「どうだい、膝を撃ちゃあ少しは効くだろ?」
「う、嘘?ヒューマン君…!?」
銃の反動を受け流すように腕を直角に曲げ、ヒューマンは笑っていた。しかし、その顔は血塗れで、左腕もだらりと垂れ下がっている。
「あんた、生きて…!?」
「伊達に、あんな構え取ってるわけじゃねえよ。見ての通り、左腕は折れたし、左目もやられちまったが、急所だけは防いだぜ」
ともかくも、一時的に危機は脱した。クラッズが魔法壁を張り直すと同時に、再びフェルパーが襲い掛かっていく。
「……それより、ドワーフ。久しぶりに、お前と話したな」
「え…?う、うん…」
「なあ……少し、聞いてくれるか?」
ヒューマンの言葉に、ドワーフは黙って頷いた。
「俺、ずっと後悔してたんだ。あの時、お前にとんでもないこと言っちまって、泣かせちまったこと…」
「………」
「今更もう、許してくれなんて言えねえよ。だけど、それだって構わない。お前に、謝らなきゃって…」
その時、ヒューマンはクラッズが何も言わないのを疑問に思い、ちらりとそちらに目をやった。すると、クラッズは『早く続けろ』と
言うように、顎でヒューマンを促した。
「……ドワーフ。あの時、本当に悪かった。言い訳はしねえ。本当に、ごめん」
「ヒューマン君…」
「それと……あの時、言おうとして言えなかったこと。アイドル学科、すっげえ似合ってる。最初、お前だって気付かなかったぐらい、
かわいくなってた。ほんとに、よく似合ってるよ」
突然のことに、ドワーフはしばらく複雑な表情をしていた。だが、やがてその表情が、少しずつ笑顔に変わっていく。
「……ぐす、えへへ…!ヒューマン君、ありがとね」
「ほんっとに、今更じゃね。どうして、今この状況で、そんなこと言うの?」
クラッズが、不快そうというよりは、無表情な声で尋ねた。
「今この状況だから、だよ。俺、ここで死ぬかもしれねえ。死んだら、二度と伝えられねえ。許されないのは自業自得だけど、
謝らないで死ぬのは嫌だ」
「……大丈夫だよ」
ドワーフが小さな声で、しかしはっきりと言った。
「絶対、死なせない!みんなで、あいつ倒そう!」
「おう。やれるだけ、やってやらぁ!」
「……ふん!あたしも、死ぬのは嫌じゃからね!援護は任せて!」
魔法壁が砕け、フェルパーにゴアデーモンが迫る。そこに、クラッズが間一髪で魔法壁を張り直した。
「ドワーフ、一曲頼むぜ。できれば、痛みが吹っ飛ぶような、元気の出る奴をな」
「うん!それじゃ、革命の歌、いくよぉー!」
再びドワーフの歌声が響き、フェルパーとヒューマンの傷が少しずつ塞がっていく。ゴアデーモンはドワーフを危険と見なしたのか、
フェルパーとの戦いを中断し、彼女に襲い掛かった。
「やらせるかよ!」
ヒューマンが残った右目で相手を見据え、狙い済ました銃撃を食らわせる。一瞬、ゴアデーモンの動きが鈍り、そこにフェルパーが
飛び掛る。
「ドワーフ、お前は何も気にしなくていい。盾にはなれねえけど、絶対にあいつは近づかせねえ」
「うん。ヒューマン君、信じてるよ!」
「盾なら、あたしがいるよ、っと!」
空中に手を触れ、魔法壁を作り出す。たった一撃で壊されはするが、それでも一撃を確実に防ぐ、優秀な盾である。
ドワーフが歌い、クラッズが壁を作り、フェルパーが攻め、ヒューマンが牽制する。形としては立派に機能しているが、
やはりフェルパーが危険である。我を忘れてがむしゃらに突っ込む彼は、援護する側に多大な負担を強いている。
「くっ…!魔法壁張るの、間に合わないよ…!」
「くっそ……あいつがやられたら、洒落になんねえぞ…!」
何度も、フェルパーに下がれと声をかけた。しかし、今の彼には仲間の声など聞こえていないらしく、ただ力の限り暴れるだけである。
もう、その援護も限界だと思った瞬間、鋭い声が響いた。
「フェルパー、突出しすぎだ!下がれ!」
その瞬間、フェルパーの耳がピンと立ち、一瞬にしてゴアデーモンから離れた。そして、本当に嬉しそうな顔で、喉をゴロゴロと鳴らす。
「よかったぁ〜!よかったよぉ!君、死んじゃったんだと…!」
「言っただろう?皮膚は丈夫でな。深くは裂かれたが、死ぬほどじゃあない。まあ、少し気を失ってしまったがな」
まだじくじくと出血する腹を押さえつつ、ディアボロスは立ち上がっていた。その目には、既に闘志が溢れている。
「ドワーフ、助かったぞ。おかげで、痛みはだいぶ消えた」
「えへへ、そう言ってくれると嬉しいな。私、もっと頑張るよ!」
その時、ゴアデーモンがデモンズラッシュの構えを見せた。ヒューマンは即座に銃を撃ったが、相手も追い詰められてきているのか、
今までと違って怯みはしなかった。
「な、マジかよ!?くそ、弾が…!」
「やっぱり、銃はストッピングパワーが足りないな」
無感情な声が響き、次の瞬間、矢が唸りをあげて飛んだ。矢に足を貫かれ、さすがにゴアデーモンは怯んだ。
「……う、うわっ!?」
「きゃあ!?な、何、何、何ぃ!?」
首のないノームの体が、平然と立ち上がっていた。それどころか、その状態で弓を射たのである。五人はゴアデーモンより、味方である
ノームに恐怖した。
「そんなに驚くことないだろう。僕等ノームは、君等の体とは違うんだ」
地面に落ちた首が喋っている。その髪を掴むと、ノームは自分の首を持ち上げ、脇に抱えた。
「君等みたいに、即死するようなウィークポイントなんて、あるもんか。とはいえ、今のは死ぬところだったけど」
「ある意味、一番の化け物じゃなぁ…」
「お褒めの言葉、ありがとう」
「いや、誰も褒めてねえだろ」
ともかくも、再び全員が揃った。一行は改めて、ゴアデーモンを睨みつける。
「さあ、終わらせようぜ!」
ヒューマンの言葉を合図に、全員が動いた。ノームとヒューマンが敵を撃ち、ディアボロスとフェルパーが挟み撃ちを仕掛ける。
その間に、ドワーフは再び革命の歌を歌い、クラッズはひたすらに魔法壁を張り続ける。
少しずつではあるが、確実にゴアデーモンは追い詰められて来ていた。やがて、ゴアデーモンは二人の攻撃をすり抜けると、
ドワーフ目掛けて突っ込んできた。今度ばかりは、足を撃とうと、体を射抜こうと、止まりはしない。
「ドワちゃん、危ない!」
「ドワーフ、逃げろ!」
「ううん、大丈夫!私だって、守ってもらうばっかりじゃない!みんなみたいに、戦える!」
その目には強い光が宿っており、彼女の言葉を信じさせるだけの力があった。
「……わかった、信じるぞ!」
「うん、ありがとう!」
魔法壁を砕き、ゴアデーモンが襲い掛かる。だが、ドワーフは相手を見据えたまま、動こうとしない。そして、ゴアデーモンが
腕を突き出した。
「ぐっ……あうぅ…!」
「ドワーフ!!」
体を折り曲げ、ドワーフはよろめいた。が、不意に顔を上げる。
「……な〜んてね。残念でーしたー」
いたずらっ子のような笑みを浮かべ、ぺろりと舌を出すドワーフ。確かに腕が突き刺さったはずなのだが、体からは一滴の血も
流れてはいなかった。
「アイドル舐めないでよね!体汚さないために、すっごく気、使ってるんだから!」
言いながら、ドワーフはマイクを振り上げた。至近距離であるため、ゴアデーモンに逃げ場はない。
「でぇーい!」
マイクとはいえ、冒険者用に作られたそれは、ほぼ鈍器である。その直撃を受け、ゴアデーモンはよろめいた。ドワーフはさらに、
カイザーナックルのはまった左手を引き付けた。
「たぁー!!」
元々屈強な体つきのドワーフの、思い切り溜めの入ったストレートである。ゴアデーモンは派手に吹っ飛び、地面を転がって
動かなくなった。だが、まだ倒したわけではない。
「チャンスだな。ここで決めるぞ」
「よっしゃ、終わりにしようぜ!」
倒れたゴアデーモンに、全員が狙いを定める。相手が立ち上がる前に、ヒューマンが叫んだ。
「いけぇ!!集中砲火だ!!」
フェルパーが相手を滅茶苦茶に引っ掻き、ディアボロスが背中をレイピアで貫く。そこをクラッズのマリオネットが殴りつけ、
ドワーフがマイクを振り下ろし、カイザーナックルで殴り、ヒューマンとノームが遠距離から撃ち抜く。止めに、フェルパーは相手の
喉に食らいつくと、そのまま肉を食い破った。
いくら悪魔とて、それほどの攻撃を受けては生きているはずもない。ズブズブと迷宮の床に消えていくゴアデーモンを見て、一行は
歓声を上げた。
「やったぁ!!勝った、勝ったぞ!!」
「苦戦はしたが、全員生還とはな。よく生きてたものだ」
「やったね!!みんな、お疲れ様ー!!」
思い思いの言葉を口にし、喜び合う一行。ヒューマンも一緒になって喜んでいたが、不意に景色が揺らいだ。
「あ……れ…?」
「ちょ、ちょっとヒューマン君、大丈夫!?」
ドワーフの声が聞こえる。だが、声が遠い。それでも、大丈夫だと答えようとしたが、その前にヒューマンの意識は闇に溶けていった。
ブルスケッタに帰ると、怪我のひどいディアボロスとノーム、そして意識不明のヒューマンは保健室に直行となった。出血がひどいだけの
ディアボロスと、依代の修正で済むノームはまだしも、ヒューマンは左目を爪で裂かれ、左腕は骨折という重傷である。
魔法でほとんどは治せるのだが、それでも念のためということで、三人は保健室に泊まることとなった。残りの三人も、さすがに
疲労しきっており、その日はそれぞれ部屋に戻ると、泥のように眠り込んだ。
その翌日。保健室に運び込まれた三人も元気になり、探索に行こうかという話も出たが、まだ少し疲れが残っていたこともあり、
結局は休むことにした。
パーティの雰囲気は、少しだけ変わっていた。昨日までは、ヒューマンとドワーフが話すことはなかったのだが、それまでが嘘のように、
二人とも楽しげに話している。それだけでも、ギスギスしていた空気がだいぶ和やかになっている。そんな二人を、クラッズは
何も感じていないかのように、無表情に見つめているばかりである。
食事をし、話をし、少しだけ各自の学科の鍛錬をし、揃って夕飯を食べ、部屋に戻る。
いつも一緒の、ドワーフとクラッズの部屋。だがこの日の室内は、いつになく重苦しいものだった。
二人はベッドに座り、ただただ黙り込んでいる。ドワーフは何か言いたそうにしているのだが、どうしても言葉が出ないらしい。
そんな彼女を、クラッズはじっと見つめていたが、やがて口を開いた。
「それで、話したいことって、なぁに?」
クラッズの言葉に、ドワーフの耳がへたっと垂れる。そして尻尾も、落ち着きなく左右に振られ始めた。
「あ……あの……あの、ね…」
クラッズの目を見ず、うつむいたままで、ドワーフは話し出した。
「私……ずっと、ずっとね、ヒューマン君のこと……好きだったの…」
「………」
「で、でも、前にちょっと、色々あって……嫌いに、なりそうだったけど……でも……あの、でも…」
苦しげに顔を歪め、ドワーフは必死に声を絞り出す。
「……や、やっぱり……嫌いに、なれないよぉ……昨日、あの時のこと、謝ってくれて……ひどい怪我してたのに、頑張ってくれて……
それに、私のこと、信じてくれて…!だからっ……でも…!」
「……もう、いいよ。ドワちゃん」
まるで子供に語りかけるような優しい声で言うと、クラッズはそっとドワーフを抱き締めた。
「元々、あたしが無理矢理、こっちに引きずり込んだだけじゃもんね」
「わ、私っ……クラッズちゃんも、好きなのぉ!!」
とうとう堪えきれなくなったのか、ドワーフは涙を流して叫んだ。
「ありがとう、ドワちゃん。じゃけど、もう無理しないで…」
「ち、違うのぉ!!」
涙も拭わず、ドワーフは子供のようにかぶりを振った。
「最初は、嫌だったけどっ……クラッズちゃん、ずっと優しくしてくれて……一緒にいてくれて…!今は、クラッズちゃんのことも、
大好きになってっ……愛して……うえぇ…!ど……どうしたら…!私、どうしたらいいのぉ…!?」
今までも痛んできたクラッズの胸が、かつてないほどに痛み始めた。
ドワーフに愛されることが、彼女の目標だった。それは、確かに達成された。だが、そのせいで今、ドワーフはひどく苦しんでいるのだ。
どちらも好きで、どちらも捨てられず、選べず、好きな相手を悲しませたくないが故に、彼女は苦しい思いをしている。
クラッズは思った。ドワーフは迷っている。なら、もしここで自分を選べと言えば、彼女は自分を選ぶはずだ、と。
そして、クラッズは口を開いた。
「……いいよ、ドワちゃん。ヒュマ君のところ、行ってあげなよ」
「……クラッズちゃん…」
「あいつ、あたしが散々嫌がらせしたし、最近、調子悪そうじゃったもんね。ドワちゃんが行って、慰めてあげればいいよ」
「……ぐす……ひっく…!クラッズちゃん……ご、ごめん……ごめんねぇ…」
「あーもー、謝らなくていいんじゃって!元はといえば、あたしが全部勝手にやったことなんじゃから!じゃから、ね?ほら、
いつもみたいに笑ってさ!その方がかわいいよ!」
「ぐす……うん…!」
泣き顔に弱々しい笑顔を浮かべ、ドワーフは頷いた。そして涙を拭き、ベッドからそっと立ち上がる。
「ドワちゃん、頑張ってね!」
ポンと肩を叩くと、ドワーフは嬉しそうに微笑んだ。
「クラッズちゃん……ありがとう」
ドワーフが部屋を出るまで、クラッズはずっと笑顔で見送った。やがて、彼女が部屋を出て、ドアがパタンと閉まると、その顔から
笑顔が消える。
何だか気の抜けた表情になり、クラッズはベッドに寝転がった。が、すぐに体を起こし、ベッドから降りて道具袋を漁る。
中から取り出したのは、ドワーフが転科するときに切った、二本のお下げだった。それを手にしてベッドに戻ると、クラッズは短い方の
お下げを持ち、そっと鼻を埋める。
「……ドワちゃん…」
そこに残る彼女の匂いを嗅ぎつつ、もう片方の手を自分の胸に這わせる。
「んんっ……ん…!ドワちゃん…!」
薄い胸を触り、頂点を指先で弄ぶ。くりくりと擦るように撫で、そこがやや硬くなったところで、その手を下へと滑らせる。
秘裂に指を沈め、指先を曲げる。瞬間、背筋を駆け上がる快感に、クラッズは身を震わせた。
「はあっ……ん…!」
指を突き入れ、自身の中をくちゅくちゅと掻き回す。その度に、未発達な体が快感に震え、鼻にかかった喘ぎを漏らす。
やがて、そこがじわりと湿り気を帯びると、クラッズは指を引き抜いた。指と秘裂の間に、つぅっと粘液が糸を引く。
短いお下げはそのままに、クラッズは一度体を起こし、長い方のお下げを手に取った。それは解けないように、根元の側にもしっかりと
リボンが結わえてある。
服を脱ぎ、短いお下げをベッドに置き、その傍らに寝ると、長いお下げを股間に挟む。
ゆっくりと、それを引っ張る。三つ編みに結ったお下げが敏感な突起に擦れ、クラッズの体が跳ねる。
「んあっ!はぁ……くぅっ…!ドワ……ちゃん…!」
お下げに愛液が吸われてしまい、少しだけ痛みが走る。だが、ドワーフの匂いと、自分の秘所を刺激するものがドワーフの髪であるという
事実が、その痛みを消してしまう。
何度も何度も、繰り返し前後に擦る。凹凸が秘裂を刺激し、突起を撫で、ドワーフの匂いがその快感をさらに高める。
そのせいもあり、クラッズの呼吸は急速に荒くなり、行為も自然と激しさを増す。
「ドワちゃん…!くっ……あっ!!ドワちゃん、ドワちゃんっ…!」
何度もドワーフを呼び、クラッズはただ快感だけを求め、行為に没頭する。やがて、縮めていた足がピンと伸び、全身が強張る。
「うあぁ!!ド、ドワ……ちゃ…!んっ、うううぅぅ!!!」
一際大きい、抑えた嬌声が上がり、クラッズの全身がガクガクと震えた。同時に、シーツに黒い染みがじわりと広がる。
クラッズはしばらく荒い息をついていたが、やがて小さく溜め息をつく。
「……何やってんじゃろう、あたし…」
自嘲とも悲しみともつかない声で呟くと、クラッズはのそりと体を起こした。そのままベッドから降り、汚してしまったお下げを
しっかりと洗うと、再びそれを道具袋の中へ戻す。
もう一度、深い溜め息をつく。そして、クラッズは服を着ると、ゆっくりと部屋から出て行った。