「うーん、どうしようか、コレ・・・。」
剣士の山道。パニーニ学院に繋がるその場所の入り口付近で、3人の少女が何やら考え込んでいた。
彼女達は、クロスティーニ学園に所属する生徒達である。
最近入学した新入生ではあるが、既にいくつかの依頼を達成し、
学年の中でも割と成長の早いパーティーとして皆の注目を集めていた。
そんな彼女達に目をつけたクラスメイトのオリーブに決闘の代理を頼まれ、
ついさっきその戦闘に彼女達は勝利したばかりである。
戦闘自体は新入生の中でも優秀な彼女達がそこまで苦戦することもなく、
あとは付近の宿泊所で待機する残りの仲間達と合流するだけ、なのだが・・・。
決闘相手に去り際に渡された「戦利品」が、彼女達の頭を悩ませていた。
「あぶないパンツかー。まさかそんなものをくれるとは思わなかったよー。」
クラッズの少女が手に持った小さな布きれをぴらぴらと掲げると、
セレスティアの少女が顔を真っ赤にしてそれを取り上げた。
「ク、クラ子ちゃん!下着をそんな風に広げちゃ駄目っ・・・!!」
そのあまりの慌てっぷりに、ヒューマンの少女が思わず噴出した。
二人は幼馴染なので、お嬢様なセレ子が昔から純粋なのをヒュマ子は知っているが、
それでも真っ赤になって慌てふためくその様子はおかしかった。
「セレ子は昔からウブなんだから・・・一応これ防具だよ?」
「防具って言っても・・・どう見ても下着じゃない・・・そ、それに、・・・」
「かなりえっちぃパンツだよねー、これ。」
クラ子の率直な表現に、セレ子はさらに赤面した。
赤面し硬直したセレ子の手から問題の品を取り上げ、クラ子はそれをしげしげと観察する。
「生地も薄いし、小さいし・・・パンツとしてもどうなんだろ。」
上等なレースで縁取られたそれは、手に持っているだけでも透けるくらい薄い生地でできている。
その上小さめに作られているので、履いたら生地が伸びてさらに透け、ほとんど下着の意味を成さないだろう。
前面は一応布があるが、後ろに当たる部分は紐しかない。
単純に興味本位で、面白半分に下着を伸ばしたりしていたクラ子が、ふと手を止めた。
「これ、穴あいてる・・・。」
ちょうどクロッチにあたる部分に、大きくスリットが入っていた。
履いた時に、ちょうど大事な部分が見えるように作られているらしい。
それでは下着の意味が無い気がするが。
流石のクラ子も、これには絶句して思わず赤面する。
「でもこれ、+9なんだよね・・・。」
横から一緒になってパンツを眺めていたヒュマ子がため息をついた。
さっきから3人が悩んでいる一番の理由はそれであった。
まだそこまで装備が充実していない現在、+9はかなり魅力的である。
実際、この下着を押し付けた張本人であるジェラートも、拾ったものの捨てるに捨てられなかったらしい。
購買に持っていくのも恥ずかしく、道具袋や倉庫に入れるのもためらわれて困っていたと言っていた。
だからといって、戦利品として他人にこんなものを押し付けるのはどうかと思うが、まぁ悪気はないのだろう。
・・・やっぱり、もしかしたら負けた腹いせかもしれないが。
「問題はこれを装備するかどうか、だよねー。」
クラ子の言葉に、今まで硬直したままだったセレ子が慌てて抗議するような声をあげた。
「装備って、こ、これを!?」
「まぁ、確かに+9は魅力的だけど・・・」
ヒュマ子は剣士であり、前衛なので普段後衛の二人よりも防具の性能が気になるらしい。
「でも、見ただけで赤面してるセレちゃんがこれをはけるとは思えないなぁー」
クラ子は手でその布切れを弄びながら、笑いながら言う。
「ちょ、ちょっと待って!ど、どうして、わ、わ、私がはくことで決定しているの!?」
聞き捨てならない言葉に悲鳴に近い声をあげるセレ子に、クラ子がしれっと答えた。
「だって、まだセレちゃんだけ学園の制服の下、着てるじゃん」
「そ、それは・・・」
魔法使いであり後衛であるセレ子は必然的に装備は後回しにされることが多かった。
上はこの前拾ったお古のジャージを装備しているが、下だけは未だ制服のままである。
あまりにも動揺する幼馴染の様子に、苦笑しながらヒュマ子がフォローを出した。
「別に無理して装備する必要はないよ?流石にこれは誰だって恥ずかしいし、ね・・・」
「そうだね。あたしもこれははくの勇気いると思う・・・ごめんねセレちゃん、無理言っちゃって」
クラ子がしゅんとして謝ると、セレ子も少し落ち着いたようだった。
「私こそごめんなさい。思わず動揺しちゃって・・・。」
まだ顔は赤かったが、笑顔になったセレ子に、二人も安心したように笑った。
「それじゃ、帰ろうか。フェル男達も待ってるし。」
ヒュマ子が伸びをして、改めて帰り道を振り返った。
「そだねー。じゃあ、これ、どうしようか?」
クラ子が手に持っていたパンツを道具袋に入れようとして、少し躊躇した様子で呟く。
おにぎりなどの食料やどくけしなどの薬品と一緒にこれを入れるのは、防具とはいえ問題があるように思えた。
今はジェラート達との決闘のため女子だけで行動しているが、
決闘にあたって男女でパーティーを分けたので、待っている仲間は皆男子である。
道具袋はパーティーで共有しているので、男子達が道具を使うときに見つけてしまうかもしれない。
クラスメイトの異性にこれを見られるのは、何だか想像するだけで恥ずかしかった。
「とりあえず、セレ子預かっててくれないかな?畳めば制服のポケットに入るよね?」
「そうね・・・あんまり男の子達には見られたくないものね・・・」
ヒュマ子に頼まれ、セレ子は戸惑いつつも下着を受け取り、小さく畳んでポケットに押し込んだ。
「よし、帰ろ帰ろー。」
とりあえず問題は片付いた、とばかりにクラ子が二人の手を引いた。
「うん、早く皆と合流しないとね。」
「ええ。戻りましょう。」
ヒュマ子とセレ子もそれに同意し、3人は来た道を戻り仲間が待つ宿泊所を目指したのだった。
「お帰り。遅かったな。」
宿泊所に戻ると、パーティーの仲間であるフェア男が3人を出迎えた。
「ただいまー。」
「うーん、疲れたー。」
クラ子は宿泊所に入るなり、ロビーのソファーに座り込んだ。
「決闘はどうなった?」
「勝ったよ。もちろん。」
「お疲れ。まぁ、怪我はないみたいで良かったよ。」
「あれ、そういえばフェル男とバハ男は?」
姿の見えない仲間にヒュム子が首をかしげる。
「ああ、あいつらなら運動しに行くってさ。さっき出て行ったよ」
フェル男とバハ男は前衛である戦士学科な上に体育会系である。
学園にいる時もたまの休息の時も、暇さえあれば身体を動かしている。
同じ前衛のヒュマ子もたまには一緒に手合わせなどしたりするが、それでもあの二人には付き合いきれない。
ため息まじりに答えたフェア男に、ヒュム子もため息をついた。
「もう、あの二人ホントじっとしてられないんだから・・・」
「何処行ったかフェア男は知らないの?」
クラ子の言葉に、フェア男は首をひねった。
「うーん、その辺走ってくる、ってそれだけしか聞いてないからな・・・。」
その様子だと、本当に体力が尽きるまで走り回ってしばらくは戻ってこないだろう。
「まぁ、しばらくしたら戻ってくると思うから、適当に待ってようぜ。」
クラ子の横に座ったフェア男は、さっきまで読んでいたらしい雑誌を手に取った。
ヒュマ子も「そうしよっか」、とフェア男の横に腰を下ろし、セレ子に声をかけた。
「あ、セレ子、さっきの戦闘で魔法使ったし、ちょっとだけでも休んできたら?」
「そうね。クラ子ちゃんはどうする?」
セレ子は頷くと同じく魔法系学科である人形遣い学科のクラ子に声をかける。
「うーん、あたしはそこまで魔法使ってないからいいや。」
クラ子は基本的に補助や人形での援護が中心なのであまり魔法は使わない。
「じゃあ、私は休んでくるわね。」
フロントに料金を払いに行くセレ子に、「バハ男達が戻ってきたら呼びに行くねー」とヒュマ子が声をかけた。
それに笑顔で答えて、セレ子は一人部屋に向かったのだった。
「ふぅ・・・」
部屋で一人になると、セレ子はため息をついた。
戦闘ではそこまで苦戦していないのに、なんだか凄く疲れた気がする。
その理由をぼんやり考え、セレ子はポケットの中の下着を思い出した。
「これ、どうしましょう・・・」
ポケットから引っ張り出し、改めて眺める。
実はさっきは恥ずかしくてまともに見ていなかった。
一見レースで縁取られたそれは綺麗だが、デザインはとんでもなく下品である。
「こ、こんな下着があるなんて・・・」
お嬢様育ちで品行方正なセレ子には、それはあまりにはしたない物に思えた。
「・・・でも、+9なのよね・・・」
こんな下着をつけるなんて、想像するだけで恥ずかしくて死にそうだが、
セレ子もまだ入学して間もないとはいえ、れっきとした冒険者である。
優秀な防具、という点ではちょっと気になっている部分もあった。
「こんな薄くて布地が少ないのに、どこにそんな防御力があるのかしら・・・」
一人でぶつぶつ言いながら下着を眺めるセレ子は傍から見れば異常である。
しかし、本人は考えることに夢中で気づいていないようだった。
どれだけ眺めても、ただの卑猥な下着にしか見えない。
数値だけで見れば制服の9倍の防御力があるのだが。
魔法系学科に所属するセレ子は、人より学ぶことが好きで探究心旺盛なほうであった。
一度気になることがあると、解決するまで考え込んでしまう。
一人になって恥ずかしさが薄れたことにより、好奇心が恥ずかしさを若干上回ったようだった。
相変わらず赤面してはいるが、下着を伸ばしてみたり引っ張ってみたり、どこかに秘密がないか調べてみる。
しかし、生地も普通のレースであり、やっぱりいくら眺めてもそれはただの下着だった。
「やっぱり、はいてみないとわからないかしら・・・」
呟いてから、セレ子は自分の言ったことに気づき慌てて口を押さえた。
誰もいないのに、思わずあたりを見回してしまった。
改めて誰もいないことにほっとしてから、膝の上に落ちた下着を見下ろした。
「・・・こ、こんな下着を身につけるなんて・・・」
しかし、いくら考えても答えは出そうにない。
結局、やはり好奇心が恥ずかしさを上回ったようだった。
「だ、誰も見てないし、ちょっとはいてみるだけなら・・・。」
意味もなく弁解するようなことを呟きながら、立ち上がってもう一度誰もいないことを確認した。
制服のスカートをたくしあげると、自分のはいている下着を脱いぐ。
セレ子のはいているそれは、学生らしい白で清潔なデザインのものだった。
自分のはいていた下着をベッドの上に置くと、あぶないパンツを手に取り、
数秒躊躇した後、意を決したようにそれに足を通した。
小さく感じたそれは、想像よりはよく生地が伸び、腰まで持ってくるとぴったりとフィットした。
「す、スースーするわ・・・」
薄い生地は頼りなく、やはりそんなに防御力があるようには思えないけど、とセレ子は考え込んだ。
Tバックなんてはいたことがないので、お尻に食い込む感触が慣れない。
ふと、スカートをたくしあげたまま俯いて考え込んでいた視線を上げた。
視線の先にあった部屋の姿見が目に入る。
そこに映った自分の姿を見て、セレ子は赤面した。
「・・・っ!!!」
上は制服のままなのに、まるで下半身だけ裸のようだった。
薄い生地は肌がほとんど透けていて、うっすら生えている薄い金色の陰毛まで見えている。
しかも股の部分は完全にスリットが開いていて、ちょうど割れ目がのぞき秘所が丸見えであった。
あまりの自分の卑猥な姿に、セレ子はそのまま鏡の前で固まった。
改めて、自分の行動に恥ずかしくなり、思考が停止してしまう。
どうしてこんな、とか恥ずかしい、とかそんな言葉ばかりがセレ子の頭の中を意味もなくぐるぐると回っていた。
時間にしては数秒もないだろう。しかし、思考が停止しているセレ子にとってはとても長く感じる。
しかし、そのまま永遠に停止するかと思った状況は、セレ子にとっては最悪な形で破られた。
「おーい、セレ子。そろそろ行こうぜー」
ノックも無しにドアが開き、そこからひょい、と仲間であるフェル男が顔を出した。
ヒュマ子とセレ子の幼馴染であるフェル男は、昔から仲が良くお互いの家を家族のように行き来していた。
そのせいで、部屋に入るときもあまり気を使わず、ノックもせずに気軽に入ってくる。
小さな頃は問題なかったが、年頃になってからはよくヒュマ子とセレ子に説教されていた。
「・・・あ、あ、あ、」
硬直していたセレ子は、静寂が破られたことで改めて自分の格好に気がついた。
「・・・セレ子?」
不幸中の幸いで、姿見はドアと反対側にあったのでセレ子はフェル男に背を向ける形になっていた。
後ろから見た状態では、セレ子が何をしているかなんて気づかないだろうが、パニックに陥ったセレ子は気づかない。
セレ子が振り返り、部屋に入ってきた相手が目に入った瞬間。
「おい、どうしたセ「サンダガン!!!!!」
セレ子はやっぱり冒険者であったらしい。
悲鳴より先に出たのは使い慣れた呪文であった。
その日、何故か宿泊所に近年で最大級の雷が落ちたという。
「もう、だから人の部屋に入るときはノックしろっていつも言ってるじゃない!」
「ごめんって・・・俺が悪かった・・・」
ヒュマ子の説教に、フェル男は項垂れてもう何度目かわからない謝罪を口にした。
セレ子の魔法の直撃を受け、来ている服がところどころ焦げている。
耳はぺたんと伏せられ、縮こまるその姿はいつもの威勢の良い彼からは想像もつかなくて、
学園で彼らと会ったばかりであるバハ男とフェア男とクラ子は、顔を見合わせて苦笑している。
セレ子は、走り回って疲れていた上に魔法をくらい、体力の減ったフェル男にヒールをかけながら、
自分のしていたことがばれなかったことに改めて安堵していた。
背中を向けていたとはいえ、正面の姿見に映る姿を見られていたらお仕舞いだった。
咄嗟に悲鳴より先に呪文が出た自分に、改めて拍手を送りたい。
幸い、床が少々焦げたくらいで宿泊所に被害はなかったので、
室内で攻撃魔法を使ったことに関してはそれほど怒られなかった。
血気盛んな冒険者が集まる宿泊所では、生徒同士の喧嘩等で室内で魔法が使われることは日常茶飯事らしい。
あれから雷の轟音で改めて駆けつけて来たメンバーに、フェル男を引き渡し、
状況を察したヒュマ子にフェル男が説教され、今に至る。
結局セレ子は下着をはきかえるタイミングを逃し、まだあぶないパンツをはいたままである。
自分の下着は慌ててポケットに押し込んだものの、
大事なところが丸見えな下着をはいたままであるのは、ものすごく落ち着かなかった。
秘所が空気に晒される感覚に何かぞくぞくとしたものを背筋に感じながら、
セレ子はどうにかしてこの場から抜け出そう、と必死に考えるのだった。