「は、ずいぶんと楽な依頼だったな」  
そういって黒髪のエルフは騎竜の上で横になった。  
両手を頭の後ろで組み、片足を手綱に絡ませている姿が妙に様になっている。  
彼は一応クロスティーニ学園の制服を身に着けていたが、着るというより羽織っており、その下は洗いざらしのシャツ一枚。  
長い黒髪も後ろで簡単に縛っただけで、さほど手入れはされていない。  
このとてもエルフとは思えないエルフがサイファー、学園でも五指に入る騎竜士のエースだ。  
「また相棒に負けたな。10体ほど及ばなかったか」  
サイファーの右隣から唸り声が聞こえてきた。  
生徒手帳を開いて唸っているフェアリーはサイファーの相棒であるピクシー。  
他の騎竜士から『片羽の妖精』と呼ばれているエースだ。  
「くっくっく、剣と魔法でそれだけしか差が無い方がすごいぞ、ピクシー」  
サイファーは彼特有の含み笑いをしてそういった。  
確かに剣と魔法では一度に多数の敵を倒せる魔法の方が有利だ。  
特に騎竜士同士の戦闘では相手にギリギリまで接近しなければならない剣は圧倒的に不利になる。  
しかしピクシーは難なくそれをこなす。故に彼はエースなのだ。  
「二人ともおかしいっすよ!何でそんなに倒せるんですか!?」  
今度はサイファーの左隣を飛んでいるヒューマンが泣きそうな表情で叫んだ。  
「PJ、今日のお前の成績、7体だったぞ。ちなみにドベだ」  
「嘘だ!?だって少なくても10体は……」  
「キチンと急所を射抜けて無かったんだ。死んでないのが5、6体いたぞ」  
ピクシーの言葉にがっくりと肩を落としたこのヒューマンはPJ。  
1年生にしてはなかなか良い腕をしているのだが、残念なことに比較対象がサイファーとピクシーの為、本来の実力より不当に低く評価されている。  
ちなみにPJとはパトリック・ジェームズの略で、趣味はポロ。あの、馬に乗ってやる奴。  
「で、ピクシー。ヒヨコの戦果は?」  
サイファーがピクシーにもう一人の戦果を聞いてくる。  
ピクシーが口を開く前に、威勢の良い声が飛んだ。  
「ヒヨコって呼ぶなぁ!!」  
声の主はピクシーの右隣を飛んでいたヒューマンの女子、アシェルだ。  
まだ転科したばかりの新米騎竜士で、金髪。ゆえにヒヨコだ。  
「ヒヨコはヒヨコだろ。こんな適切な表現他にねぇよ」  
サイファーがからかうように言う。  
というか実際にからかってる。  
「だからヒヨコって呼ぶなぁ!!」  
再び威勢のいい声が飛ぶ。  
「落ち着け、アシェル。騎竜が怯えてるぞ。騎竜士なら騎竜を気遣え」  
「何!?ピクシーまで私をヒヨコって呼ぶの!?」  
「呼んでないだろ!」  
アシェルは単純で勘違いしやすい。しかも一度突っ走るとなかなか止まらない。  
下手に注意すればこちらが被害を受けることをピクシーはよく知っている。  
ゆえに言葉には十分注意して落ち着かせる。ピクシーはそのつもりだったが……  
「いいから落ち着け!ったく、世話のかかる「ヒヨコだぜ」  
 
ピクシーの顔から一気に血の気が引いた。  
慌ててサイファーに振り向く。  
サイファーは心底楽しそうに含み笑いをしている。  
ピクシーはサイファーが自分の声真似をしたと理解した。  
同時に、そんなことを考えてる暇が無いことも一瞬で理解した。  
「へー、そうなんだ……?」  
ピクシーは背後からのぞくりとするような声を聞いた。  
彼は一瞬このまま逃げることを考えたが、逃げたところで学園で会う事になる。  
下手すれば彼の部屋に向かってナパームやグレネードが投下される可能性もある。  
彼は覚悟を決めて振り向いた。  
そしてすぐさまなだめにかかる。  
「勘違いするなよ、アシェル?今のは俺じゃなくて相ぼ「問答無用!!」  
そう叫んで、彼女はナパームを投げた。  
「いや、おい、ナパームは洒落にならない!!」  
ピクシーは手綱を引き、一気に地表近くまで急降下した。  
直後、先ほどまでピクシーの居た空間に巨大な火球が現れる。  
安心する間もなく第二波が襲ってきた。今度は一個ではなく十個だ。  
今度は速度を上げ、ナパームの雨から抜け出す。  
先ほどとは比べ物にならない大きさの火球が空気を焦がす。  
ピクシーは騎竜を急上昇させ、アシェルよりも高い位置に逃げた。  
その後も再びただ急降下、加速、急上昇を繰り返す。  
本来ならこんな単調な動きはしないのだが、幸い彼女は機動に関してはまだ素人だった。  
現にアシェルはこんな動きでもピクシーを追いかけたりしてこない。  
例え追いかけたとしても、片羽の妖精を追い詰めるような機動は出来はしない。  
ピクシーはアシェルが落ち着くまで逃げることを決めた。  
 
結局、彼はそれから10分ほどアシェルから逃げ続ける羽目となった。  
 
 
10分後、再び隊列を組んだピクシー達は、一番騎の高笑いを聞く羽目になった。  
「はーーははははは、は、は、な、なかなか良い逃げっぷりだったぜピクシー、くっくっく」  
「相棒、頼むから今度からはこんな事しないでくれ。ただでさえアシェルは勘違いしやすいんだ」  
「どーせ私は話に乗せられやすい馬鹿ですよーだ……」  
「だからそうじゃなくてだな……」  
思わずピクシーは頭を抱えた。  
この二人を相手にするのは片方を相手にするよりも2乗疲れる……。  
「ははは、分かったよ、ピクシー。善処する」  
「いや、お前の善処ほど信用できないものは無い。あとで誓約書にサインしてくれ」  
「うわー本格的ですね。でもそうしてもらえると嬉しいっす」  
そう言ってきたPJはいつの間にか上着を脱いでいた。  
「ん?PJ、お前なんで上着脱いでんだ?」  
「ああ、これっすか。さっきのナパームで上着が燃えたんであわてて脱ぎ捨てたんですよ」  
「ああ、なるほど……」  
さっきのナパームとは初撃の事だろうと、ピクシーは思った。  
彼に向かって投げられたナパームは、彼が避けた後爆発した。  
あの時は隊列を組んでいたから、騎竜と騎竜の間はかなり狭かった。  
そこで起きた爆発だ。  
そうなる事を予想していた彼の相棒は彼より速く逃げていたが、PJは反応し切れなかったのだろう。  
ただ、位置が離れていたから上着が燃えるぐらいで済んだ。  
直撃だったら騎竜ごと黒焦げになってもおかしくないのが騎竜士用のナパームだ。  
GJのサインが入ったそれは見た目も威力も通常のものから遠くかけ離れている。  
 
「ご、ごめん!PJ!」  
「いいんすよアシェル先輩。どうせ学園の上着ですから。いくらでも練成できます」  
「で、でも……」  
「PJがいいっていたんならそれでいい。そうだろ?ところで相棒、ちょっと聞きたい事があるんだが……」  
「ん、なんだピクシー?」  
騎竜に寝転がったままサイファーはピクシーを見る。  
「最近、どうもモンスター達の活動が活発じゃないか?」  
「活発か……確かに最近、多いな」  
先ほどの防衛戦のことだ。  
「ああ、普通なら2ヶ月に一回くらいが普通だ。それが今月で三回目、しかもあれほどの軍勢だ」  
「……でもそれは俺達には分からないな。まぁ、今頃調査依頼が掲示板に張られているだろう」  
サイファーとピクシーはお互いの騎竜を近づけて会話していた。  
ちなみに完全に話から閉め出されているアシェルとPJは……  
「PJはどれぐらい戦闘に出たことがあるの?」  
「俺ですか?そうっすね、小さいのも入れれば多分20回以上は出てると思います」  
「へぇ、それじゃあ、ああいう大きいのは?」  
「さっきのも入れて2回です。めったにあるもんじゃありませんしね。それになかなか二人が連れてってくれませんし」  
「ふーん、私だけじゃなくてPJもなんだ」  
こちらもこちらでちゃんと会話をしていた。  
「まぁ、これでしばらく落ち着くな」  
そういってピクシーは大きく息をついた。  
あれだけ大量にモンスターを狩れば、流石のモンスターもしばらくは迷宮外に出てこない。  
つまりあの規模の戦闘はしばらく発生しない。  
そういう意味でピクシーは言ったのだが、サイファーはくつくつと含み笑いで返した。  
「ピクシー、それはNGだ」  
「相棒?」  
ピクシーは首をかしげた。  
サイファーに今の言葉の意味が通じないわけが無い。  
なのにそんな反応を返した相棒にピクシーは不審の目を向けた。  
それを気にも留めず、サイファーは体を起こし、手綱を握った。  
「たしかに、妙に活発だ!!」  
サイファーの騎竜がいきなり急降下した。  
その行動の意味を、相棒であるピクシーは瞬時に読み取る。  
「PJ!アシェルを守れ!!」  
「へ?」  
「馬鹿!お客さんだ!!」  
そう言ってピクシーは剣を抜いた。  
普段はあまり騒がない騎竜が興奮している。  
これで、相手が相当の魔物であることが分かる。  
周りに気を配る。  
時折、下から爆音と断絶魔が聞こえてくる。  
ピクシーたちの遥か下でサイファーが何かと戦闘を繰り広げているのだ。  
遠すぎてここからじゃ相手の正体は分からない。だが、必ずここまで来るとピクシーは確信していた。  
直感的に、ピクシーは剣を振るった。  
確かな手応えが刃先から伝わってくる。  
彼は自分が斬ったモノを見て、小さく舌打ちした。  
「ゴアデーモンか!!こいつはちょっとまずいな」  
彼は騎竜を走らせた。  
デーモンが竜に喧嘩を売ってきた。一体だけのはずが無い。  
ようやく今の状況に気がついたPJ達も騎竜を寄せ合って敵を探す。  
ピクシーはアシェル達の安全を確認しながらデーモン達の襲撃に備えた……。  
 
 
 
 
 
魔女の森―冒険者学校の生徒なら必ず訪れる迷宮の一つ。  
比較的簡単な迷宮だが、上級生であっても決して油断できない魔の森。  
それは空から近づく者達にとっても同じ事だ。  
 
 
魔女の森の上空で、一騎の騎竜が小さな機動を描いていた。  
その機動を追うように、10体以上のデーモンが空を飛ぶ。  
しかもゴアデーモンなどという可愛いものではない。  
全て上位悪魔、グレータデーモンだ。  
追われる騎竜に乗っているのはサイファーだ。  
彼は騎竜を細かく動かし、デーモンの追撃から逃げる。  
だが細かく動かすたびに騎竜のスピードが落ち、デーモンとの距離は縮まっていった。  
サイファーはすばやく呪文を唱え、シャイガンを後方に飛ばす。  
反応のいいデーモン達はそれを簡単に避けたが、そのせいで体勢が崩れる。  
そこに、サイファーが杖を振るった。  
巨大な炎が辺り一面を焼きつくさんと現れる。デーモン達は突然現れた炎から逃げることが出来ず全身を焼かれた。  
しかしそれだけでは致命傷にはならない。炎の中から数体のデーモンが飛び出してくる。  
サイファーは騎竜を回転させデーモン達をかわすと、それに向かって再び魔法を唱えた。  
デーモンを中心に大爆発が起きる。ビックバムだ。  
直撃を食らった一体が黒焦げになって森へと落ちて行く。だが生き残った数体が再びサイファーに攻撃を仕掛ける。  
上級悪魔、グレータデーモンの一撃は一流の冒険者であっても即座に死に至るほど強力だ。  
数発もくらえばいかに騎竜といえど、まともに飛ぶことは出来ない。  
だがそれを見てもサイファーは安全な上空へと逃げず、むしろ低空を低速で飛んだ。  
明らかな誘いに、多少なりとも知恵のあるデーモン達は二の足を踏んだが、やがて意を決したようにサイファーに襲い掛かった。  
そして  
 
サイファーは笑う。  
 
恐らくデーモン達は驚いたであろう。  
彼らがサイファーに殴りかかった瞬間、爆発と共にサイファーの姿が消えたのだから。  
そして彼らがサイファーを探す間も無く、彼らは背後から飛んできた火球の直撃を受けた。  
前方にいた4体は火球から逃れられた。  
しかし他のデーモンは全滅だった。  
先ほどの火球は、デーモンの体を灰すら残さずに完全に焼き尽くした。  
生き残った4体も、すぐに仲間の後を追う事になった。  
デーモン達を焼き尽くした炎から、騎竜が飛び出して来た。  
先ほどのような低速ではなく、本来のスピードで。  
飛竜の加速に、ビックバムの爆発を利用した、急速加速。  
この加速が、サイファーの得意とする技だ。  
下手をすれば飛竜ごと自滅しかねない危険な技だが、サイファーは難なくそれをこなした。  
竜本来のスピードに、デーモン達は反応する事も出来なかった。  
4体のうち2体は騎竜の爪に引き裂かれ、一体は騎竜の口から放たれた火球に焼き尽くされ、  
最後の一体はサイファーの杖に目と頭蓋を貫かれ声を上げる間もなく絶命した。  
サイファーは自らが突き刺したデーモンを森に放ると、上空の仲間に加勢すべく、上昇した。  
 
 
 
上空ではピクシーがゴアデーモンの相手をしていた。  
しかしかなりの苦戦を強いられていた。  
本来ならピクシーにとってゴアデーモンなど敵ではない。  
サイファーのような派手さは無くとも、彼の空戦技術と技量を持ってすれば一撃ごとに一体ずつ排除する事など、例え相手がグレータデーモンでも難しい事ではない。  
だが今は余計な荷物を二つも背負っている。こうなると話は違ってくる。  
何せPJもアシェルもレベルが低い。特にアシェルは騎竜の操作すら満足に出来ないのだ。  
そんな2人を守りながら十体を超えるゴアデーモンを相手にするのはいくらピクシーでも苦しいものがあった。  
ゴアデーモンも、ピクシーよりも動きの鈍い2騎を優先的に襲っていた。  
PJもアシェルも必死に応戦するが、デーモン達には脅しにすらならない。  
今もPJの銃が連射した弾の雨を掻い潜り、2体のデーモンがPJを襲いかかっていた。  
「うおぉっと!!へへ、そんな攻撃喰らうかよ!」  
PJはとっさに回避行動をとりデーモン達から逃げるが、それはデーモン達の誘いだった。  
逃げた先には他のゴアデーモンが待ち受けていた。  
「え、ちょっと!これはまずい!!」  
すぐに回避行動をとろうとするが、デーモン達がそれを許さない。  
先ほどの2体がPJの前に立ちふさがった。  
PJは銃を乱射したが、2体は軽々とそれを避け、再び襲い掛かってくる。  
今度は左右からも2体、ゴアデーモンが突っ込んできた。  
PJは一瞬どう避ければいいか分からなかった。  
本来なら、その一瞬が命取りとなる。  
だがPJには一つの幸運があった。『片羽の妖精』と共にいたことだ。  
「PJ!前に逃げろ!!」  
PJに襲い掛かったデーモンのうち、前方のデーモンの首が跳ね飛ぶ。  
PJは、というよりPJの騎竜はすぐさま前方へと飛翔した。  
騎竜の後方で左右から襲ってきたゴアデーモン達がぶつかり合う。  
そこに向かってすでに主の言うことを聞いていないアシェルの騎竜がブレスを吐いた。  
ブレスを受けた事により、デーモン達の動きが止まった。  
その隙を見逃す片羽の妖精ではない。  
騎竜を返し動きの止まったデーモン達の横をすり抜ける。  
一瞬後、デーモン達の体は二つに裂け、、森に落ちていった。  
他のデーモン達も片羽の妖精や騎竜士の意思を無視して動き回る騎竜に次々と落とされ、数を減らしていく。  
そこにさらに追い討ちがかかった。サイファーが合流したのだ。  
一分も経たないうちに、デーモン達は全滅した。  
 
「よぉ相棒、まだ生きてるか?」  
「それはこっちのセリフだピクシー。少しなまったんじゃないか?」  
「かもな。学園に戻ったらダンテ先生に指導してもらうか」  
「そうしろ。しかし、ヒヨコは仕方ないとしても、PJ。まーた騎竜に助けられたな」  
PJは顔を真っ赤にして俯いた。  
騎竜士のレベルが低いと騎竜は時々勝手に行動する。  
大体は自分自身に危険が迫った時生き延びるために動くのだが騎竜が勝手に動くということは未熟者の証なのだ。  
レベルが上がれば例え嵐に突入しようと決して騎竜士の意思に逆らおうとはしない。  
中には自我すら捨て、騎竜士に尽くす騎竜も居るほど、騎竜は騎竜士を信頼するものなのだ。  
ただし高レベルに限るが。  
「騎竜とのコミュニケーションが足らないんじゃないか?もっと世話してやったり、遊んでやった方がいいぞ」  
と、ピクシー。  
「そうそう、彼女と乳繰り合ってる暇があるんならたまには竜舎に顔出しな」  
これはサイファーだ。  
「乳繰り合ってなんかいません!!」  
PJは先ほどとは違う理由で顔を真っ赤にして叫んだが、サイファーには逆効果だ。  
「ほぉー、そりゃNGだな。なんなら色々教えてやろうか?夜のテクニックとか」  
「結構です!!」  
『……はぁ』  
ピクシーとアシェルがほとんど同時に息を吐く。  
 
「今日のサイファーは何?」  
「多分ソルジャーだな」  
アシェルの質問にピクシーが即答する。  
サイファーは一日ごとに性格が変わる。  
逃げる敵を容赦なく焼き払った次の日に、手負いには興味がないと傷を負った敵を見逃すなんて事がよくある。  
サイファーの性格は3つに分けられる。  
強さを求める、というか力を振るうのが好きなマーセナリー。  
自由に生きる、一番素に近いソルジャー。  
仲間と生きる、騎士道精神の塊みたいになるナイト。  
この三つだ。これが毎日ランダムで入れ替わる。  
ようは毎日ランダムで善、中立、悪が極端に入れ替わるということだ。  
「はぁ、ずっとナイトだったら楽なんだけどね」  
「それはそれできついぞ。相手を後ろから攻撃するだけでこっちまで攻撃されるからな」  
「でも密集してる時にファイガンやビックバムをぶっ放すマーセナリーよりはましでしょ?」  
「あれは酷かったな……PJなんか死にかけてたしな」  
運悪く、PJはそのとき直撃をくらったのだ。  
「結局ソルジャーが一番マシなのかな?」  
「マシといえばマシだろう。ただ普通とは遥かにかけ離れたマシだが」  
「さっきからなかなか酷い事言ってくれるな、ピクシー?」  
いつの間にかサイファーがPJをからかうのをやめていた。  
「でも本当の事だろ?」  
「まぁな。それはOKだ」  
くつくつとサイファーが笑う。  
「別に俺はそれを責めようと話しかけたわけじゃないぜ?」  
「ならなんだ?」  
ピクシーが聞くと再びサイファーが笑った。  
「お前ら、気付いてないみたいだな」  
「何を?」  
「とっくのとうに学園に着いてるぜ?」  
「何!!?」  
慌てて地上を見たピクシーの目に、学園の青い屋根が映った。  
「早く言えよ相棒!」  
「くっくっく。さて、それじゃあお先に失礼させてもらうぜ」  
「あ、待てコラ!」  
「ま、待ってよぅ!!」  
一気に高度を下げるサイファーに、それを追うピクシー、なんとか2人について行こうとするアシェル。そして一人置いてかれるPJ。  
これが彼らのパーティの日常だった。  
 
 
 
全員が騎竜から降りた所でガルム隊は解散した。  
アシェルは女友達と共に食堂に、PJは彼女との約束とかですぐに寮へ消えた。  
ピクシーは私用があるといって校舎のほうへ走っていった。  
サイファーは夜まで特にすることもなかったので、ぶらぶらと校内を歩くことにした。  
ちなみに騎竜士のパーティにはパーティ名をつけることが義務付けられている。  
これはただの古い風習なのだが、どこのパーティかすぐ分かるため現在でも続けられている。  
 
ぶらぶらと行く当ても無く廊下を歩いていたサイファーは、掲示板に新しく記事が張られているのを見つけた。  
特に興味はないが、他にすることも無い。  
暇つぶしにと、サイファーはそれを読む。  
「ん、ドラゴンオーブ争奪戦の途中経過か。2対2、今のところ引き分けか。まぁ、どっちが勝ってもオリーブとジェラート以外に影響は無いだろうな。  
というか、この記事、作ったのはオリーブだな。図書委員の特権こんなところで使うのはあいつぐらいだ。しかもジェラートのクラスに対する敵愾心がよくこめられてる」  
やや呆れながら、サイファーは他の記事に目を移した。  
「バルタクス校の制服の少女、保健室に運び込まれる、か」  
バルタクスは海の向こうの大陸にあるここと同じ冒険者育成学校だ。  
ただあまりに遠過ぎるため両校の間に交流は無い。  
一人だけこっちから向こうの学校に入りに行った奴も居るとサイファーは聞いていたが、そいつがセレスティナであること以外サイファーは知らない。  
その記事にはなぜバルタクスの生徒がここにいるのかという事に対する推測が書かれていたが、サイファーは興味が無いので読まなかった。  
他にもめぼしい記事はないかと見ていたが、特に無く、仕方がなくまた校内を歩き始めた。  
 
 
しばらくして、前から校長が歩いてくるのが見えた。  
他に歩いている生徒が居なかった為、校長もサイファーを見つけたようだ。  
足を止めて、サイファーに声をかけてきた。  
「おや、君は確か、サイファー君ですね」  
「はい、こんにちわ、校長先生」  
いつもの笑顔の校長に、礼儀正しく頭を下げるサイファー。  
そうは見えなくともサイファーはエルフである。目上の人に対する礼儀はちゃんとわきまえている。  
「こんにちわ。どうしたんですか、こんな所で」  
「いえ、空から帰ってきて暇でしたので、散策を」  
「ほほ、そうですか。でも校内よりも外を散歩したほうが気持ちいいですよ」  
「ええ、確かにそうかもしれませんが、たまには暖かで騒がしい風を感じるのもいいと思いまして」  
無論、エルフであるため詩的表現も用いる。ただし相手がエルフの時だけだが。  
他の種族に使っても分からないだろうし、サイファー自身何を言ってるか分からなくなるからだ。  
「ほ、なるほど。確かに外は冬、凍える静寂より暖かな喧騒ですか。なかなかいい考えです」  
校長もそれを用いて返してきた。  
「はい、それでは自分は散策に戻りますので」  
「ええ、邪魔をしてすいませんでしたね」  
「いえ、こちらこそ。校長先生も何か用事がおありでしょうに」  
「おお、そうでしたそうでした」  
校長は思い出したというようにポンっと手を叩いた。  
「ちょっと大事な用事があったんですよ。すいませんね。それでは」  
そういって校長は早歩きで去っていった。入れ違えるように、ピクシーが現れた。  
「お、ピクシーじゃないか、奇遇だな」  
「ん、なんだサイファーか」  
ピクシーはサイファーの顔を見ると小さく息を吐いた。  
「何だとはひどくないかピクシー」  
「パーネ先生を探しているんだ。この前、宿題を出されてな」  
「ああ、またか」  
そういってサイファーはピクシーの抱えている大きな封筒を見た。  
ピクシーは剣の腕や肉弾戦には優れているが、魔法は下手なのだ。  
特に聖術はひどく、何度も赤点を取っている。  
だからたまにパーネ先生から宿題を出されるのだ。  
「職員室にはいなかったのか?」  
「いなかった。聖術準備室にもな」  
「ふ〜ん、そうか。なら他の先生に預かってもらえばいいじゃないか」  
「ん、まぁ先生によるけどなぁ」  
「お、ちょうどいいところに」  
サイファーは横を通り過ぎようとしていた先生を捕まえた。  
「……サイファーにラリーか」  
ダンテである。  
「ダンテ先生、ピクシーがまた宿題を出されたみたいなんですよ。代わりに預かってやってくれませんか?」  
ダンテに対してはサイファーは砕けた話し方をする。  
ダンテは騎竜士学科の担任であるため、他の先生よりも近い存在だ。  
そのため話し方も自然と砕けたものとなっている。  
 
「宿題?」  
ダンテはピクシーの方を向いた。  
「はい、ダンテ先生になら安心して預けられます」  
そういってピクシーは抱えていた封筒をダンテに渡した。  
一瞬、ダンテの表情が歪んだが、サイファーはそれを見ていなかった。  
「わかった。後で渡しておく」  
ダンテはそれを服の内側のポケットにしまい、今度はサイファーの方を向いた。  
「所でサイファー、お前、この前休んだ武術の試験、まだやっていなかったな」  
サイファーの表情が引きつった。  
ピクシーは魔法が苦手だが、その相棒である彼は逆に武術が苦手なのだ。  
一応冒険者のためそれなりには強いが、相手が素人ならばの話で、剣士であるピクシーには数段劣る。元アイドルのアシェルにすら劣る。  
代わり魔法にかけては同族きっての才能を持っているが。  
とにかく、そんなサイファーがすべきことは、今は一つしかない。  
「失礼しました!」  
そういって、一目散に逃げ出す。その速さ、ダンテが反応しきれない程。  
急加速は騎竜に乗っているとき限定の技ではないのだ。  
無論、オリジナルの加速呪文を用いてはいるが。  
一瞬で最高速まで加速しダッシュ、数秒もしないうちにその姿は曲がり角に消えた。  
ダンテはサイファーが消えた角を無言で見つめ、やがて小さく息を吐いた。  
「まったく、あいつめ」  
「サイファーらしいな。見事な逃げ足だ」  
そういってピクシーはダンテを見た。  
口では苛立ちげにいったがその顔はかすかに笑っているように見えた。  
だがすぐにいつもの表情に戻った。いや、いつもよりもさらに暗い表情だ。  
「ダンテ先生……」  
ピクシーの表情も堅い。ダンテはゆっくりとピクシーの方を見た。  
数秒、二人は無言で向かい合う。  
「……お気をつけて」  
それだけ言ってピクシーは廊下の向こうに飛び去った。  
「……お前もな」  
少ししてからダンテはそう呟き、目的の場所に向かって歩きだす。  
そこは、今さっき校長が向かった場所でもあった。  
ダンテの剣が、チャキン、と小さく音を鳴らした。  
 
 
 
 
――同時刻、グラニータ氷河の西岸に上陸する多くの影があった。  
 
 
 
 
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