迷宮には危険が多い。  
単純な罠も多いし、広い迷宮なら遭難者が出ることも珍しく無い。  
そのなかで最も厄介な危険が、モンスターだ。  
時にそれは大軍勢を組み、迷宮の外に流れ出て来る。  
そうした時、迷宮近くの町は冒険者や傭兵を募り、防衛隊を結成する。  
迷宮での戦闘とは違う、大多数対大多数による戦闘。  
それは時に、「戦争」とまで呼ばれる規模に膨れ上がる。  
 
 
 
 
 
 
 
 
「ち、数が多すぎる!!」  
土嚢の影から俺は銃を連射した。  
数体のモンスターが倒れたが、連中の数は変わらない。  
何度かこうした防衛戦を経験したことはあるが、今回のような大軍勢は初めてだ。  
それに比べてこっちは散々だ。  
さっきまで隣で魔法を連発していたフェアリーはMP切れで後方に下がったし、前線に行ったフェルパーやバハムーン達は帰ってこない。  
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」  
フェアリー代わりに俺の隣に来たのはまだ入学したばかりの一年生だった。  
俺と同じガンナーだが、銃を持つその手もまだ危なっかしい。  
「うるせぇ!叫びながら撃ってもあたらねぇよ!」  
俺は新米をしかりながら土嚢の陰に隠れマガジンを入れ替える。  
「おいお前!こういう戦いは初めてか!?」  
「は、はい!」  
俺の問いかけに、新米は震える声で答えた。  
弾が切れた銃の引き金をまだ引いている。俺はその銃を奪い、マガジンを入れ替えてやった。  
「なら先輩として言っておく!前線の奴を信じろ!俺らは落ち着いてモンスターを狙うだけでいい!!」  
銃を新米に返し、俺は再び土嚢の向こう側に銃口を向けた。  
前線が先ほどよりも後ろに下がっている。俺は心の中で焦りながらもしっかりと狙いをつけ、引き金を引いた。  
今度はどでかいの2匹片付ける事が出来た。しかし、そんなことでモンスターの群れは止まったりしない。  
「あああああああぁぁぁぁ!!!」  
新米も隣で銃を撃つ。だがそのほとんどが明後日の方向に飛んでいく。  
「怯えるな!!前線の奴らを信じろ!!」  
再びマガジンを入れ替え銃を構える。  
新米も同じようにマガジンを入れ替えようとしているが、手が震えて上手くいかないらしい。  
手伝ってやりたいのはやまやまだが今はそんな暇はない。  
前線の後退は徐々にその速さを増している。後方からの援護や増援も無い。  
「くそったれ!!!ここで死んでたまるか!!」  
俺も新米も、必死に引き金を引いていく。その度に敵は倒れていったが、その数は減らない、いや、むしろ増えている。  
俺の銃がもう何度目か分からない弾切れを起こした。  
俺は再びマガジンを入れ替えようとして、既に予備のマガジンまで使いきった事を思い出した。  
新米も同じようだ。使いきったマガジンの中から使える物を探そうと必死になっている。  
俺は新米に後方から弾を取ってくるよう言ったが、遅かった。  
前線の一角に、穴が空いた。そこから大量のモンスターがあふれ出て来た。  
流れ出たモンスターは一直線にこっちに迫ってくる。  
 
「新米!逃げろ!!」  
俺は青くなって震えている新米にそういうと、ダガーを抜いて土嚢の前に立った。  
新米は悲鳴を上げて後方に逃げていった。俺はそれを見て、頷いた。  
「生き残れよ、新米……」  
俺は周りを見渡した。俺以外にも、何人かの馬鹿が、武器を抜いて土嚢の前に立っている。  
戦士系学科の奴は皆前線にいっている。今立っている奴は全員俺のような後方支援型の学科の奴らだ。  
その証拠に、手にしている武器はダガーやマイクといったなんとも心もとないものだった。  
勝ち目は無い。だが、それでも引くことはしない。  
「くそ、最高の馬鹿だよ俺達は!!」  
俺はそう叫んでダガーを構えた。一瞬、後方に下がっていったフェアリーの事を思い出す。  
(わりぃな、少し、帰るのが遅くなりそうだ……)  
モンスター達が土煙を上げて近づいてくる。  
恐怖はある、だがそんなモノ、今は関係ない。  
俺はモンスター達に向かって駆けだした。  
他の連中も俺と同じように叫びながらモンスターに向かって行く。  
「うぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!」  
俺は渾身の力でダガーを振るった。先頭にいたケルベロスの首が根元から弾けとんだ。  
だが同時にダガーも砕けた。俺は砕けたダガーを他のモンスターに投げつけ、素手で殴りかかった。  
相手が一体ならまだ分からなかったかもしれない。だが、現実は甘くない。  
目の前にいたエビルウルフを殴っていた俺は、横から強い衝撃を受けた。  
俺の体は一瞬で宙に跳ね上げられた。ダイダラボッチに殴られた、のかも知れない。  
それも分からないまま、俺の体は地面に叩き付けられた。  
「ッカハ!!」  
血が口から吹き出す。激痛が体を襲う。そこに更に、オークが襲い掛かってきた。  
「くそ!これでも、くらえ!!」  
俺は苦し紛れにすぐ傍にあった石ころを掴み、オークに投げつけた。  
それにオークは怯んだが、俺の抵抗が気に入らなかったのか憤然となって手にした斧を振り上げた。  
俺は振り上げられた斧をしっかりと見た。死の瞬間までそれから目を背けるなという、師の教えを守った。  
斧が振り下ろされた。  
俺の短い人生が幕を閉じる……はずだった。  
突風が吹いた。  
風に巻き上げられた砂が目に入り、俺は思わず目をつぶってしまった。  
突風が収まり、目を開けた時には、オークの姿は無かった。  
周りは静かだった。モンスター達は空を見上げ、その動きを止めていた。  
俺は力を振り絞り、空を見上げた。  
 
 
空には、巨大な翼が悠々と飛んでいた。  
 
 
「騎竜だ……!!」  
仲間の誰かが叫んだ。  
それに呼応して、他の連中も声を上げる。  
「騎竜だ、騎竜が来たぞ!!」  
「騎竜士が来てくれたぞ!!」  
まだ戦闘中だと言うのに、喝采が上がった。  
空を舞う巨大な翼が、それに答えるように大きく弧を描き、モンスター目掛けて突進した。  
地表近くを飛ぶ翼は、その鋭い牙と爪で手当たり次第にモンスターを切り裂いていく。  
その背中で、翼を操る男が杖を振るうのが見えた。  
次の瞬間、地上のモンスターは灼熱の炎に包まれた。  
モンスターの断末魔の叫びの中、灼熱の炎を操り駆け抜けていくその姿に、俺はお伽話の鬼神を重ね合わせた。  
翼は再び空に舞い上がった。今度は別の方向から喝采が上がった。  
空高く飛ぶ翼から、大量にナパームが撒き散らされ、モンスターを吹き飛ばしていく。  
俺は興奮に痛みを忘れて立ち上がった。  
俺のすぐ近くにいたモンスターの頭が吹き飛ばされた。  
一匹だけではない、次々とモンスター達の急所が撃ちぬかれていく。  
ガンナーなら分かる。これは空からの射撃だ。あの大空から、地上のモンスターを狙撃しているのだ。  
また翼が空から急降下して来た。今度は地表ギリギリで体を水平に戻し、その背中から何かが飛び降りた。  
同時に赤い旋風が、そこから巻き上がった。  
俺のすぐ傍までその旋風は近づいて来た。  
その正体を見て、俺は愕然とした。  
赤い旋風の正体はモンスターの血。それを撒き散らしていたのは、なんとフェアリーだった。  
その身に不釣合いな巨大な剣を振り回し、一太刀ごとにモンスター達を倒す姿は圧巻だった。  
散々モンスターを蹴散らしたフェアリーが指笛を吹いた。彼の騎竜が空から舞い降りてくる。  
それに呼応するかのように、俺の後ろから鬨の声が上がった。  
振り返れば崩壊していた前線にいた奴らが、再びこちらに向かって駆けだしてきている。  
俺を追い抜いていく連中の中には、見慣れたフェルパーやバハムーンの姿があった。  
戦況は一変した。たった数騎の騎竜により、壊滅的だった防衛隊は息を吹き返し、モンスター達を追い詰めていく。  
 
俺は彼らを見送ると、後方に下がった。  
とそこで、さっきの新米を見つけた。  
新米は俺を見つけると転びそうになりながら駆け寄ってきた。  
「先輩!生きてたんですね!!」  
「馬鹿野郎、勝手に殺すな」  
涙を浮かべて喜ぶ新米に、俺は笑って見せた。  
「パル!!」  
突然、名前を呼ばれた。俺は声の方向に振り向いた。  
一度は二度と会えないと諦めかけた姿がそこにあった。  
「リコ!」  
俺は叫んだ。愛しい人の名を。  
「パルーー!!!」  
フェアリーは俺の胸に飛び込んできた。俺はそれをしっかりと抱きしめる。  
今自分が生きていると、その時初めて確信できた。  
「パルの馬鹿!馬鹿馬鹿ぁ!何で逃げて来ないのよー!!」  
「ゴメンな、リコ。でも、俺は生きてるよ」  
「う、う、うわぁぁーーん!!」  
俺の腕の中でミリーは泣き出してた。  
少し離れた所で新米が貰い泣きしている。  
俺は彼女をなだめながら、自分がいた戦場を見た。  
既にモンスターの軍勢は無く、バラバラに別れたモンスター達を生徒達が狩っている。  
その光景からはさっきまで苦戦など読み取れるはずが無かった。  
上空で何かが羽ばたく音がした。  
俺は空を見上げた。新米やリコも同じように空を見上げる。  
巨大な翼が4つ、学園のある方角へと去っていく。  
「騎竜士……か……」  
「かっこいいですよね。俺、なってみようかな?」  
「まずはまともにマガジンを入れ替えられるようになったらな」  
「あはははは……」  
「……でも、感謝しなきゃ。あの人達のおかげでパルは生きてるんだから。そうでしょ?」  
「うん……そうだな。今度あいつらに手の負えないことがあったら、俺らが助けてやらないとな」  
俺はそういって、翼の去った空を見つめた。  
戦いが終わった事を知らせる鐘が、彼らが飛び去った空に響いていた。  
 
騎竜士――――  
 
騎竜に乗り、大空を翔る戦士達。  
彼らの歴史は古い。初めて彼らが歴史に現れたのは今から数千年前、古代文明の繁栄期だ。  
当時の彼らは奴隷のような扱いを受け、空を守るためにだけ生かされていたと、ボロボロの歴史書は語る。  
時が流れ、何らかの原因によって古代文明が滅んだとき、彼らはその翼をもって空に逃げ、難を逃れた。  
 
彼らは空を自らの故郷とし、そこで生きる事を決めた。  
それから数千年。彼らは各地を転々としながらその技術を子孫に伝え、守り続けてきた。  
この時の彼らを、多くの種族の伝説の中で見ることが出来る。  
そして迷宮が世界を繋いだその時から、彼らは一流の冒険者として生きていく事となる。  
さらに時が流れ、冒険者育成学校が出来たとき、一人の物好きな騎竜士が学校の教師に志願した。  
彼は一族にしか受け継がれていなかった技術を多くの生徒に教え、立派な騎竜士に育て上げ、空に放した。  
彼の死後、彼の変わりに彼の生徒だった騎竜士が学校の教師となった。  
その頃新しく出来た学園にも、彼の生徒が教師として赴任する。  
こうして騎竜士は世界に広まり、空を多くの翼が駆け抜けた。  
 
そして今―――  
 
 
「よぉ相棒。まだ生きてるか?」  
「ああ、生きてるよ。親友」  
「ピクシー、オレにはないんすか?」  
「PJ、まだ生きてたのか?」  
「ひどっ!そりゃないっすよ〜」  
「あははははは」  
「ヒヨコ、お前も人の子と笑えねぇぜ?」  
「ヒヨコって呼ぶなー!」  
「くくく、それじゃあ帰るとするか。いいか、皆?」  
「ガルム2、了解」  
「ガルム3、了解っす!」  
「ガルム4、了解!」  
「OKだ。ガルム1より全騎、学園に向けて進路をとれ!」  
 
 
彼らの翼が、空を翔る―――  
 
 
 
剣と魔法と学園モノ〜ACES AIR〜  
 
 
 
 

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