怒りとも呆れとも悲しみともつかぬエルフのため息で、また探索の手が止まった。  
「セレスティア。いい加減にしてくれないか」  
 感情を圧し殺した低い声で呼ばれたセレスティアは、涼しい顔で制服のほつれを気にしている。  
 ヒューマンはまたかと肩をすくめ、クラッズも退屈そうに欠伸をする。フェルパーは耳を忙しなく動かし、ディアボロスは面倒くさそうに頭をかいていた。  
 集団行動であるパーティにおいては、種族間の相性よりも性格の合う合わないの方が重要だ。この真新しいパーティに致命的なひびを入れているのは、ほとんどの種族から好感を持たれているはずのセレスティアだった。  
 エルフの言葉など何処吹く風のセレスティアが見つめる先には、頭を潰された毒針ネズミの子供が転がっている。  
「……どうして君は、脅えている動物を平気で襲えるんだ。しかも、まだ子供じゃないか」  
「敵意があろうとなかろうと、殺してしまえば同じ。どのみち群れからはぐれた幼子に生き残る術はありません。ならば、いっそ一思いに殺してやることこそが、せめてもの情けというものですよ」  
「お、お前……無抵抗の生き物を殺して、心が痛まないのかよ…!」  
「ええ、ちっとも。そんな些細なことでいちいち心が痛むなら、今すぐ冒険者なんか辞めて、僧侶にでもおなりなさい、フェルパーさん」  
 天使の末裔とは思えないほどに悪意にまみれた言葉をぶつけられ、フェルパーは顔を真っ青にして押し黙った。だがエルフが顔を真っ赤に染めて、セレスティアに掴みかかる。  
 エルフの手がセレスティアに届く直前、二人の間にディアボロスが割って入った。クラッズもエルフの服を引っ張り、距離をとらせる。  
「……すまなかった。エルフ、フェルパー」  
「君に謝って貰わなくて結構だよ、ディアボロス」  
「そうですよ、ディアボロス。そもそもが謝る必要などないのですから」  
 セレスティアをかばうように頭を下げたディアボロスに、エルフは忌々しげに舌打ちをした。制服を掴んでいたクラッズの手を振り払い、セレスティアに背中を向ける。  
「あ、待ってよ。もー」  
 さっさと歩き出してしまったエルフに、クラッズが駆け寄った。頭が冷えたのか険しい表情だったエルフも僅かに表情を緩めて、足を止めてその小さな頭を撫でる。  
 
 クラッズは真ん丸の目に批難の色をにじませて、エルフを見上げる。  
「そうやって睨み合ってばっかりじゃなくてさ、もっと仲良くしなきゃ駄目だよ」  
「そもそもの考えが相容れないのだから、現状では難しい相談だ」  
「掴みかかってどうにかなるわけないじゃんかー」  
「はいはい、わかったよ。せめてフェルパーがもう少ししっかりしてくれれば良いのだが……あれには無理だろうな」  
 苛立ち紛れに八つ当たりをしたエルフの言葉に、フェルパーは血の気のない顔を更に青くした。  
 暗くふさぎこんだ表情のフェルパーに気付いたヒューマンが、丸くなった背中をそっと撫でてやる。  
「大丈夫?」  
「……お腹、痛い…」  
「セレくんの言葉もエルくんの言葉も、いちいち気にしてたら身体がもたないよ?」  
「うぅ……で、でも…」  
 今にも泣き出しそうなフェルパーに、ヒューマンも呆れたように苦笑いを浮かべてしまう。極度の人見知り即ち臆病者、というのが彼へのまわりからの評価だった。  
 腹を押さえて苦しそうなフェルパーを見かねたディアボロスが、ヒールをかけてやるかとフェルパーに近付こうとする。しかしその首根っこをセレスティアが思い切り引っ張り、結果ディアボロスは潰れた蛙のような声をあげた。  
「ぐげっ!……こんにゃろ、何すんだよっ」  
「無駄な気遣いはおやめなさい。あの子猫はディアボロスである貴女が近付けば、緊張で余計に具合が悪くなりますよ」  
「あー……それもそうか…」  
 あんまりだが的を射ているセレスティアの言葉に納得して、ディアボロスは困ったようにため息をついた。そうして、パーティを組む仲間たちを改めて見回してみた。  
 種族でいうならば、エルフとヒューマンやフェルパーは仲が悪い。クラッズとフェルパーの相性も決して良くはない。ディアボロスは言うまでもない。  
 加えて、意地の悪いセレスティアが性格の合わないエルフやフェルパーと絶えず衝突しているため、もはやパーティの何処を見ても仲は非常に悪いと言える。  
 絶望的な真実を改めて知らされたディアボロスがもう一度ため息をついたとき、エルフが声をあげた。日が一番高くなる前に初めの森を抜ける予定だと、高らかに告げた。  
 
 予定より少し早くパンドーロタウンに着いた一行は、宿をとって早々に腰を落ち着けた。誰もが先程の口論で精神的な疲れを感じており、あげくそういったものに滅法弱いフェルパーが体調を崩した為だった。  
 宿の食堂で簡単な昼食を囲む一行の中に、フェルパーの姿はない。結局魔法使いのディアボロスがヒールの呪文を施して、今は部屋で横になっているはずだ。  
 耳をべったりと後ろに倒し、頼りなく尻尾を震わせるフェルパーの様子を思い出して、ヒューマンはため息をついた。  
「大丈夫かなあ、フェルくん」  
「しばらく様子を見て、良くならないようなら……何か手を打たなくてはいけないだろうな」  
 リーダーであるエルフは、とりあえず診療所まで運ぶ必要はないだろうと判断した。だが、ストレスから来る胃痛でまいってしまっただけに、事態はより深刻と言える。  
 パーティを組んで一月ほどでフェルパーがそこまで追い詰められたとあれば、編成そのものを考え直さなくてはならない。とりわけフェルパーが苦手としているのは、性格の合わないセレスティアだろう。  
「要らないと言うならば、私とディアボロスはいつでもこのパーティから外れますよ」  
 エルフの言わんとすることを察したのか、セレスティアが突き放すような声音で言った。  
「……いや、俺は今後もこの六人でやって行きたいと思っているよ」  
 魔法使いの二人が抜けてしまえば、パーティの戦力は著しく下がる。いくら気の合わない相手でも、エルフには簡単にその判断は下せない。  
 かと言って、このパーティに入ったがために体調を崩したフェルパーを切り捨てるようなこともできない。  
「結局さ、フェルパーが私たちに慣れるしかないんじゃないの?」  
「……そういうことだな」  
 いくつか言葉を交わし、クラッズがその結論を口にする。エルフは痛むこめかみをおさえながら頷いて、深いため息をついた。  
「ヒューマン、すまないが後でフェルパーの様子を見に行ってくれないか」  
 臆病な野良猫のようなフェルパーが唯一苦手意識を感じないのがヒューマンだった。フェルパーの様子が心配だったヒューマンは、もちろんふたつ返事で了解する。  
「できるなら、ついでに元気付けてやって欲しい」  
「オッケー。まかせて!」  
 おにぎりでも持って行ってあげようかと考えながら、ヒューマンはフェルパーのひょこひょこ揺れる尻尾を思い出していた。  
 
 エルフたちと別れたヒューマンは、早速その足でフェルパーの部屋を訪ねた。その手にはフェルパーの好きな鮭のおにぎりがいくつか。  
 ドアを軽くノックしてみると、意外にも返事はすぐに返ってきた。  
「フェルくん、具合はどう?」  
 ドア越しにそう尋ねると、街に着いたときよりは幾分元気そうなフェルパーが顔を出した。フェルパーはヒューマンに向かってゆっくり瞬きをして、僅かに微笑む。  
「だいぶ良くなったよ。心配してくれてありがとう」  
「そう、良かった。これ、後で食べられたら食べてね。……それと、フェルくん」  
 ヒューマンの声音が変わったのを感じたのか、フェルパーはおにぎりを受け取る手を止めた。金色の目を丸くして、様子をうかがうようにヒューマンの言葉を待つ。  
「ちょっと話があるんだけど……良いかな?」  
「あ、ああ、うん。わかった。……じゃあ、中に入ってよ」  
 大きくドアを開けて、フェルパーはヒューマンを部屋の中に招き入れる。  
 フェルパーの部屋はドアのすぐそばに荷物がまとめて置かれていて、ベッドの脇には二本の小刀が立て掛けてあった。その小綺麗な様は宿に着いてすぐに散らかった自分の部屋とは大違いで、ヒューマンは感心する。  
 フェルパーはおにぎりをテーブルに置くと、ヒューマンを椅子に座らせて、固い表情でベッドに腰を下ろす。三角の耳はピンと張りつめたように上を向いていた。  
「……あの、話って、なに?」  
「うん。フェルくんにね、お願いがあるんだ」  
 ビクッとフェルパーの身体が震えて、尻尾が二倍に膨らんだ。真ん丸の目が見開かれて、全身で緊張を表現している。  
 そんなフェルパーの様子にも気付かず、ヒューマンはパシッと良い音を立てて両手を合わせ、頭を下げる。  
「お願い、尻尾と耳触らせてー!」  
「……は?」  
「私ね、ずーっとフェルくんの尻尾とか耳とか触りたかったのー。思ったよりフェルくんが元気そうだったから、お願いしても良いかなーって……駄目?」  
 ひとつ瞬きをしてヒューマンの言葉を飲み込むと、フェルパーの全身から力が抜けた。緊張が解けてぐったりとベッドに倒れ込む。  
「なんだよ……そんなことかあ…。びっくりした…」  
「じゃあ触って良いの?」  
「……まあ、ちょっと触るくらいなら」  
 ヒューマンは嬉々としてフェルパーの隣に座り、差し出された頭をそっと撫でた。滑らかな毛が生え揃った耳を指でくすぐる。  
 
 耳の外側の毛にに触れるか触れないかの距離に指を差し出すと、三角の耳はプルプルと震えた。何度かそれを繰り返すと、流石にフェルパーは頭を振って嫌がる。  
「くすぐったいよ…」  
「ごめんごめん。……そういえばさっき、そんなことかって言ってたけど、何の話だと思ったの?」  
 口では謝りながらもフェルパーの耳で遊ぶ手は緩まない。ヒューマンは思い出したように先程のフェルパーの様子を問い掛けた。  
 フェルパーは言いにくそうに耳を動かして、少し間を置いてから口を開く。  
「……オレ、迷惑かけてるから…。もうパーティを抜けろって言われるのかと思って…」  
 僅かに伏せられた睫毛が揺れて、鼻の奥を鳴らすフェルパー。よほど恐ろしかったのだろうか、強張ったようにきつく握りしめたフェルパーの拳に手を重ねて、ヒューマンは彼の背中を優しくさする。  
 ヒューマンの手のひらの暖かさに安心したのか、フェルパーはポロポロと涙をこぼしてしまう。  
「そんなこと言う訳ないじゃない。エルくんだって、フェルくんのこと心配してたよ」  
「うん……ありがとう、ヒューマン…」  
 ヒューマンはフェルパーをなだめるように背中をさすり、その手をそっと下ろした。力無くユラユラしている長い尻尾をできるだけ優しく撫でると、フェルパーの身体がビクンと跳ねた。  
 こぼれていた涙は一瞬にして引っ込み、今度は顔を真っ赤に染めている。抗議の声が上がらないのを良いことに、ヒューマンの尻尾を撫でる手付きは大胆なものになっていった。  
 柔らかく包むように掴んで、根元から先端まで手を滑らせる。艶やかな毛並みに思わず頬が緩む。  
 時折ピクンと跳ねるように動く尻尾を撫でながら、ヒューマンはフェルパーの肩に頭を預けた。うっとりと目を細めて、呟くように語りかける。  
「怒らないで聞いてくれる?……フェルくんってね、昔家で飼ってた猫に似てるんだ。私以外の人に全然なつかないところとか、耳や尻尾の毛並みもそっくりで…」  
「あの、ヒューマン……うっ…!」  
「あ、ごめん。痛かった?」  
 追憶に浸っていたヒューマンの思考を遮って、フェルパーが苦しそうな声を出す。慌てて手を離したヒューマンが覗き込むと、うつむいたフェルパーの顔はこれ以上ないほどに真っ赤だった。  
 
 驚いたヒューマンが思わず身を引くと、フェルパーの股間が膨らんでいるのに気付いた。言葉を失うヒューマンに、フェルパーは今にも泣きそうな声を絞り出す。  
「ごめん、ヒューマン……あの、尻尾の、付け根は、その……よ、弱い、から……触らないで…」  
「ご、ごめん。私、知らなくって…」  
 ヒューマンも顔を赤くして、しどろもどろに返す。二人はしばらく時間が止まったようにかたまっていたが、不意にヒューマンの頭にある考えが浮かんだ。  
 何かを企んでいるようなヒューマンの視線に気付いたフェルパーが、涙目になりながら後退りをする。だが、フェルパーが逃げるより先にヒューマンの手がフェルパーの腰に伸びた。  
 ヒューマンの手がフェルパーの腰の辺り、尻尾の付け根をまさぐるように撫で回しはじめたので、フェルパーは思わずその手を強く掴んだ。  
「なっ、何するんだよっ!?」  
「いやあ、こうするのが一番良いかと思って」  
「何で?!何が?!ヒューマン、本当にやめて!!」  
 尻尾の根元をギュッと掴むと、フェルパーの腰がビクンと跳ねた。フェルパーは真っ赤な顔に涙をためている。  
「フェルくんがパーティに馴染んでくれるためには、まず手始めに私と親密な仲になれば良いんだよ」  
「なんだよ、その理屈……うあっ!」  
「だって、フェルくん苦しそうだよ……ここも」  
 どこか艶っぽく笑いながら、ヒューマンはもう一方の手でフェルパーの股間に触れた。ズボン越しにもはっきりわかるくらい熱を持ったフェルパーのそこを、そっと撫でる。  
「ちょっ……ヒューマン、やめてよ!本当にダメだって!!」  
「どうして?」  
 フェルパーの手がヒューマンの両手を掴んだ。ヒューマンはフェルパーの顔を覗き込んで、はっきりとした口調で問い掛ける。  
 何と説得して良いかわからず、ただ目を逸らすフェルパー。耳は困ったように横を向いている。ヒューマンはふっと笑って、再びフェルパーの肩にしなだれかかった。  
「私、フェルくんのこと好きだよ。だから……ね?」  
 観念したようにフェルパーの手から力が抜けて、ヒューマンの手が自由になった。ヒューマンは尻尾の根本をグリグリと刺激しながら、そっとフェルパーのズボンに触れて前を開けた。  
 
 熱く硬くなったフェルパーの陰茎をそっと掴み、にじんできている体液を塗りたくるように扱きはじめる。耳にかかるフェルパーの息が乱れるのを感じ、うっとりと目を細める。  
 竿を擦りあげながら尻尾の付け根を押さえるとフェルパーの全身が強張り、食いしばった牙の間から押し殺した呻きが漏れた。  
「フェルくん、気持ち良い?」  
「……うっ、ヒューマン…!やめ…っ!!」  
「かわいいなあ、フェルくん。……っきゃっ!?」  
 切羽つまった声をあげるフェルパーを、更に追い詰めようとするヒューマン。フェルパーの前後を掴む両の手にグッと力を入れた瞬間に、フェルパーがヒューマンを突き飛ばした。  
 フェルパーはベッドに倒れ込んだヒューマンの手を乱暴に掴み、捻り上げる。痛みに身をよじったヒューマンをうつ伏せに押さえ付けて、その背中にのしかかった。  
 ヒューマンが何かを言おうと首を捻ると、フェルパーはその細い首筋に牙を押しあてた。僅かに肌に食い込んだだけで、その鋭さがうかがえる。  
「ヒューマン、オレ…っ!」  
「ん……良いよ、フェルくんの好きにして」  
 ヒューマンが頷くと、フェルパーは一度口を離しヒューマンのスカートを捲りあげた。小振りな尻を包むショーツに手をかけて、一気に引き下ろす。  
 さらけ出されたヒューマンの秘裂は僅かに濡れていて、発情した雌のにおいがフェルパーの鼻をくすぐった。恥ずかしそうに身をよじるヒューマンに、再び覆い被さる。  
 雌のにおいをさせてフェルパーを誘う秘裂にモノをあてがうと、首筋に牙をあてながら一気に腰を突き出した。ヒューマンの身体が強張り、破瓜の痛みに背中を仰け反らせる。  
「あぐっ、フェルくん…っ!う、あああっ!」  
「くっ……ヒューマンっ…!」  
 ヒューマンの中は狭く、痛いくらいにフェルパーを締め付ける。それだけで達してしまいそうになりながら、フェルパーは欲望に任せて腰を強く前後に揺すった。  
 腰を引く度に血と雌のにおいが立ち込め、獣の本能を刺激する。フェルパーはヒューマンの尻を掴み、爪を立てているのにも気付かず力強く腰を打ち付けた。  
「うぐ、フェルくんっ……あうっ、気持ち良い?」  
「うん……ヒューマン、ヒューマンっ!」  
 ヒューマンは身を裂くような激痛にも構うことなく、フェルパーのモノを締める。勢い良く突き入れて身体を揺さぶられると、痛みとは違う感覚に背中を反らせた。  
 
 やがてフェルパーの動きは一段と性急なものとなり、ヒューマンの首に牙を立てる。喉から漏れる声はもはや喘ぎではなく、獣の唸りとなっていた。  
「フーッ、フーッ、……うぐ、ヒューマン、もう…っ!」  
「んくっ、良いよ、フェルくん。中に、あうっ、出して…!」  
「グル……ぐ、ッアアアウ!!」  
 フェルパーは吼えるような声と共に一際強くヒューマンを突き上げ、更に腰を押し付けてヒューマンの中に精を放った。フェルパーの陰茎は脈打つ度に熱を吐き出し、それはヒューマンの身体の一番奥に注がれていく。  
 ヒューマンは全身の痛みすら気にせず、うっとりと目を細めて笑っていた。  
「うああ……フェルくんのが、出てる…」  
 やがてフェルパーのモノが動きを止めて小さくなり、ゆっくりと引き抜かれる。  
 ヒューマンの秘裂から赤と白の混じった体液がドロリとあふれ、フェルパーは我に返ったようにオロオロしはじめた。  
「うわ、大丈夫?ごめんね、ヒューマン…」  
「気にしなくて良いよ。……フェルくん、キスして」  
 ヒューマンは身をよじって、甘えるようにフェルパーの首に腕を回した。フェルパーは赤らめた顔を近付け、そっと唇を重ねる。  
 初めは互いに探るように唇を合わせ、吸い付いていた。次第に舌を伸ばして互いの口の中を確かめ、舌を絡めてみる。  
 フェルパーの舌は薄くザラザラしていたが、ヒューマンはそれに構うことなく強く舌を絡める。やがて名残惜しそうに唇を離すと、ザラッとこすれる音がした。  
 ヒューマンはフェルパーの首にすがり付いたまま、身体を後ろに倒してベッドに寝転んだ。フェルパーの頭を強く抱いて、胸に押し付ける。  
「えへへ。フェルくん、好き」  
 ヒューマンの胸は暖かく柔らかい。フェルパーが甘えるように頭を押し付けると、ドキドキと高鳴るヒューマンの心音が聞こえた。  
 それは、太陽のにおいのする布団とはまた違う、母の腕に抱かれるような気持ち良さであった。フェルパーは安心しきったように大きなあくびをして、ヒューマンに抱きつく。  
「うん。オレも…」  
 言葉は最後まで紡がれず、フェルパーはそのまま安らかな寝息を立てはじめてしまう。ヒューマンもつられたように大きなあくびをこぼして、腕の中のフェルパーの暖かさを噛み締めるように、ゆっくりと目を閉じた。  
 
 
 それ以来フェルパーは少しずつパーティにも慣れ、胃の痛みを訴えることは少なくなった。それは、ヒューマンが間に入るようになったこともあるが、やはり一番は互いに考え方の違いも受け入れられるようになったからだろう。  
 フェルパーはクラッズに追いかけられて、初めの森を走り回っている。すばしっこい二人がドタバタとすると、土埃が舞い上がってエルフが嫌な顔をする。  
「クラッズ、追いかけて来ないでよー!」  
「フェルパーが逃げるからでしょー?大人しく尻尾触らせろー!」  
「だって、クラッズは引っ張るんだもん。絶対にやだー!」  
「ヒューマンには触らせるくせにー!ずーるーいー!!」  
 フェルパーは手近な樹にするりと登って、一安心したように地団駄を踏むクラッズを見下ろした。フェルパーがヒューマンと付き合いはじめたことを知るや、クラッズの風当たりが強くなったのは、いわゆるひがみだろうか。  
 頬を膨らませるクラッズにヒューマンが近付き、何やら諭している。流石のクラッズもヒューマンの言葉には大人しく従ったようで、樹の上のフェルパーにべぇっと舌を出して背中を向けた。  
 ほっと息をついたフェルパーが降りようと思ったとき、重大なミスに気付いてしまう。困り果ててオロオロしていると、ヒューマンが慌てて樹に駆け寄ってきた。  
「フェルくん、降りられるー?」  
「む、無理…っ!!」  
 クラッズに注目していた時はまだ良かったが、いざまっすぐに地面を見てしまうと恐怖に全身が震えた。  
 どうしようかと身体を震わせていると、ヒューマンに呼ばれたセレスティアが心底嫌そうな顔をしながら助けに来てくれた。セレスティアは背中の翼で樹の上のフェルパーに近付き、その首根っこを掴む。  
「ごめんね、ありがとう…」  
「……ちっ」  
 セレスティアはフェルパーを見ようともせず舌打ちをすると、躊躇うことなくフェルパーの身体を放り投げた。フェルパーは悲痛な叫びをあげながら落ちていく。  
「うわあ〜〜〜っ!!」  
 背中を丸めて衝撃を和らげながら、両手足を地面について着地する。無事だったが膝が笑って立てないフェルパーを、ヒューマンの呑気な拍手が迎えた。  
「フェルくんおかえりー。セレくんありがとー」  
 いつの間にか地面に降りていたセレスティアは不機嫌にため息をつくと、フェルパーに一瞥もくれず立ち去ってしまう。  
 
 ヒューマンに支えられて、別の木の陰に腰を下ろして休んでいるエルフたちの元へ戻った。クラッズはエルフの陰から顔をのぞかせ、フェルパーに舌を出す。  
 ぶすっと頬を膨らませていじけているクラッズに構うことなく、フェルパーもその側に腰を下ろす。  
「セレスティア、本当にありがとう。助かったよ」  
 セレスティアはフェルパーを冷めた目で見ていたが、おもむろにパワースリングを取り出すとフェルパーに向かって小石を打った。  
「いたっ!何すんだよぉ〜!?」  
「別に、何となく腹が立ったので」  
「ううっ。ディアボロス、助けてぇ…」  
 赤くなった額を押さえてディアボロスを見ると、頼みの綱はエルフと地図を眺めていた。  
「じゃあ、魔女の森の出口は複数あるのか。複雑だな…」  
「一度ある程度マッピングしてしまえば、後はいくらか楽になるよ」  
「そりゃあそうだけど」  
 フェルパーやエルフにしてみれば、性格の真逆なセレスティアよりも言葉が荒いだけのディアボロスの方が話ができた。口数が少なかった彼女も、話してみれば随分と気さくな性格をしていた。  
 このあたりの地形の特徴を熱心にエルフに訊いているディアボロスには、セレスティアやフェルパーなど全く見えていない。フェルパーは助けを求めることを諦めた。  
 だが、ディアボロスに代わりヒューマンがセレスティアにくってかかる。  
「セレくん、私のフェルくんをいじめたらダメー」  
「苛めていません。少し気にくわないだけです」  
「ねー、クッキー食べてもいーい?」  
「返しなさい、それは私の物です。……クラッズというものは、どうにも手癖が悪いですね」  
「うきゃー」  
 善にも悪にも偏っていないヒューマンやクラッズはセレスティアの口の悪さも気にならないらしく、最近では何だかんだとじゃれあっているのを見るようになった。  
「……フェルくん、どうしたの?」  
「んー、良い天気だから眠いなあって…」  
「そうだね。私も眠いなあ…」  
「おい、出来れば今日中に魔女の森をざっと通り抜けたいんだ。寝るなよ」  
「……どうやら、もう眠っているようですね。流石は寝子というだけあります」  
「感心するな。……起きろ!!」  
 何処を見ても仲が悪いと思っていたパーティだが、こうして見るとそんなに悪くもないのかも知れない。  
 そんなことを考えると、フェルパーは少しずつ胃の痛みが消えていく気がした。  
 

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