何も変わっては居なかった。
数年――――長生種にとってはほんの少しの時間だ。
だがそれでも、短生種にとってはなかなかの期間。それだけで、顔立ちも変わるものだ。
目の前の男ほどの年齢になると、数年ではたいした変化は見られぬものなのだろうか。
比較対象としては絶好の紅茶色の髪を持った少女と、自分が初対面なのが悔やまれる。
いくら詳しく調べようとも、短生種と触れ合う時間などほぼ、無い―――蔵書から得た知識では。
矛盾が必然的に浮かぶ。
「アストさん?」
「あ……」
澄んだ冬の湖の色と、琥珀の瞳が交錯する。
慌てて顔を上げた、象牙色に脱色した髪の中に一房真紅の髪を持つ、長身の女性は、
驚いたようにぱちぱちと幾度か瞬きをして、自分の名を呼んだ男を見つめた。
「どうかしたんですか?さっきからぼーっとして。
もう夜も遅いですし、何だったらお話は明日にでも…あれ?貴女がたにとっては今はお昼」
「何とも無い。 …少し考え事をしていただけじゃ」
心配そうに乗り出してくる男の、牛乳敏の底のような分厚いレンズの奥の瞳に、
短く鋭い言葉を返した女は、言い訳のように補足した。
そうですか?と、未だ心配そうな様子を見せたけれど、すぐに再び椅子に腰を沈める。
真人類帝国の貴族、キエフ侯女の屋敷にて。
豪奢なテーブルにて向かい合っていたのは、その屋敷の主である帝国貴族…
長身に、造形美のような美しい肢体。そして、未だ少女を脱したばかりの美貌を持つ女。
キエフ侯女・オデッサ子爵。帝国直轄監査官アスタローシェ・アスランであった。そしてもう独りは。
この場には不似合いな身分の、同じく白い肌を持つ、丸眼鏡におさまりの悪い銀髪を持つ「神父」。
教皇庁国務聖省特務分室…Axの派遣執行官。
"クルースニク"の名を持つアベル・ナイトロード。 正反対と言っていい立場の二人が、深夜…
―――帝国からすれば真昼の時間に、テーブルで杯を交わしていた。