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奇形の光は動かぬまま、南の夜空に赤く浮かびあがっていた。  
粗末な山小屋の床には、薄暗い灯下に並ぶ二つのロザリオと、丸眼鏡、  
褐色に赤をより多く混ぜた柔らかそうな髪が落ちている。  
そしてもう一つ。  
煤けた白の尼僧服と黒の僧衣を褥に、ひとりの尼僧が横たえられていた。  
神父の手は電動知性に制御された機械であるかのように、その上をよどみなく進む。  
   
*  
   
「ナイトロード……神父……?」  
己の至らなさを指摘されて、その正しさに反論もできなかった。  
みっともない真似をするのだけはどうにかこらえ、うつむいて小屋を出ようとした  
エステルだったが、扉にたどり着く前に強い力で引き戻されていた。  
反射的に見上げれば、そこには彼女の知らない顔がある。  
それでも、つかまれた腕の痛みよりも先に、尼僧は自分をつかんだ相手を気遣った。  
   
無表情の神父の脳裏を占めていたもの。それは彼が過去に失った二人、そして  
"騎士団"――より正確に言うならば、数時間前にアベルとエステルを急襲した、  
一人の若者の顔だった。  
「あ、あの、神父さま、手――!?」  
ふたたび開きかけたエステルの唇を、アベルは無言のうちに奪うと、  
そのまま床に押し倒した。  
   
*  
   
およそ一ヶ月前、見習い期間を終えて、改めて神前に誓いを立てた年若い尼僧は、  
晴れて新品の修道衣に手を通した。  
その白い尼僧服が、いつの日か同じ聖職者によって乱されることを、誰が  
予想できただろう。  
荒々しくはないが有無を言わせぬ手つきで、アベルはエステルの衣服を剥いでいく。  
「し、神父さま! な、なにを、なさっ……て……!?」  
なされるがまま呆然としていたエステルが、ようやく我を取り戻した。  
彼女なりに必死で抵抗する。いましめられた手を振りほどこうとし、恐怖に  
竦む足を蹴り上げようともした。  
しかし体格の差は歴然としていて、アベルの行為を妨げられるほどの力は  
出せない。  
万策尽きてただ息を切らせていると、北方民族特有の白くきめ細かな肌に、  
なにかが吸いついた。  
「ぁ……っ!?」  
生温かいものが、エステルの顎から鎖骨を下る。  
生い立ちゆえに少女がこれまで人目にさらしたことのない場所に、他人の指と  
唇が、ありえない目的で這い回っている。  
行動を共にする機会は多くても、非常時を除いては街中を歩くときですら、  
彼らは相応の距離を置いていた。  
ましてや触れ合うなど。  
それなのに――アベルはなにを思ってか、その距離を消した。  
「うそ――いや……ち、ちがう……」  
エステルは自由にならない体で首を振り続ける。  
   
*  
   
飾り気のない白い綿の下着から現れたふくらみは、それほど大きくなかった。  
それでも小さくて細い体の中で、鼓動に合わせてせわしなく上下する場所には、  
母性を充分に感じさせる温もりがある。  
その思考の皮肉さにアベルは口元を歪めた。  
アベルにも、彼の兄妹にも、リリスにも。そしてエステルにも――  
「!? や……!」  
片手で乳房を包むと、氷菓子を溶かす舌使いで、色づいた突起を弄んだ。  
「ん……っ!」  
エステルの体が小刻みに震え出す。  
紅茶色の髪の生え際にじっとりと噴き出した汗を見ながら、自分の存在が  
彼女を怯えさせるのは何度目だろうかと、アベルは思った。  
   
エステルの肩にいまだうっすらと残る、赤い痕に触れる。  
冬の夜、寂れた駅舎に響く怒号と銃声の中、どこの馬の骨とも知れぬ神父を  
危険をかえりみず救いに来たパルチザンと、彼らを率いていたツィラーグ。  
月日はそれほど経っていないのに、奇妙な懐かしさがアベルを襲った。  
   
――唐突にエステルの抵抗が止んだ。その表情を見て、アベルは彼女が  
感じていることを察する。  
少女に「気に病むことはありません」と――むしろクルースニク化の時点で  
リセットされる体こそが、不自然で異質な存在なのだと――否定してやるのは  
簡単だ。  
しかしアベルは口を開かない。  
ただ、どんな小さな傷にも、余すところなく舌を這わせていった。  
   
やがて、その動きが左腰、服を剥いで最初に目を惹かれた痣に達する。  
「――星」  
「……ぁっ」  
アベルの呼気が脇腹をくすぐると、色が変わるほど唇を噛んでいたエステルが  
大きく跳ねた。  
護る骨のない柔らかな部分に、長く唇を押し当てたアベルは、手を太腿に  
滑らせる。  
そこに提げられていた散弾銃は、すでに彼の手で外されている。  
アベルは体を起こして、手中に軽く収まる膝の丸みをつかむと、左右に割った。  
「ひ――ゃ……いやっ」  
少女の抵抗をやんわりと受け流し、傷のない白い腿の内側に指を伝わせた。  
そのまま下着の中へもぐらせると、まだ濡れていない秘裂に押しつける。  
執拗に擦りあげるうちに、エステルの足が浮きつ沈みつ揺れ始めた。  
「は……だ、だめ……しんぷさ、ま……っ、もうやめて……」  
知るのが闊達な面ばかりなだけに、その少女がもらす艶めいた声は無自覚に  
アベルを煽る。  
「んぁっ……こ……な……、こんなの――っ!」  
滴に光る指で肉芽をくっと押すと、紅茶色の髪が狂おしく振られた。  
「主がお赦しになるはずがない、ですか」  
エステルの赤く腫れたまぶたの下から、新たな涙がもりあがる。  
彼女と違い、アベルの信仰の対象は神として在るものではない。  
だが今していることはまさに、彼自身が信じたがっている形なきものを蹂躙  
する行為に他ならない。  
十数年来の信仰を、一時でも冒させる激しい情動――それは、アベルが九百年前、  
永遠に失ったつもりでいたものだ。  
   
指を使うたび艶を増す声に、アベルは耳を奪われていた。  
下腹で屹立したものは、自分からまだ人間らしさが失われていないことの  
証明と見ていいのか。  
すべてはエステル次第とばかりに、彼女の濡れた下着を抜き取ると、アベルは  
腰を進めた。  
「ぃ、たあっ!」  
起伏の多い感情を、エステルの青金石色の瞳は雄弁に語る。それが苦痛一色に  
染まった。  
きつく搾られたアベルにも痛みが走る。  
少女の強張った腰を撫でさすりながら呼吸が戻るのを待った。  
   
だが、エステルが少しは落ち着いたと見られたころ――  
「……?」  
動き出そうとしたアベルの耳が、かすかな違和感を拾い取る。  
眉をしかめて手をやると、予想通り入電前のノイズだった。  
すっかり忘れていたそれが、よりにもよって、このタイミングで水を差そうとは。  
「う……?」  
ひどい行為なのは重々承知でアベルは動きを止め、エステルの口内に指を  
差し入れて声をふさぐ。  
通信機に振動を与えないようにそっと外すと、彼女の下から抜いた自分の  
僧衣に包んだ。  
そのまま脇へ押しやり、気休めと知りつつも、腕を伸ばして可能な限り身から  
遠ざける。  
「――む、ぅっ……」  
ささいな動きだったにも関わらず、少女のそこが過敏に反応したのが感じられた。  
身をよじらせるエステルの歯が、アベルの手を弱く噛む。  
その夜、彼女に巻かれたばかりの包帯越しに伝わる刺激は、倒錯した快感と  
なって腰を駆け降りていく。  
それは、"彼ら"の発現時に近かった。  
起動率を絞っていても、気を抜けばアベル・ナイトロードを構成するすべてを  
組み変えようとする、暴力的な衝動――  
「……ぐ」  
アベルは歯を喰いしばって唸りを殺した。  
   
硬く閉じていた目をアベルが開くと、エステルの視線とぶつかった。  
口を解放しても、彼女の苦しげな様子に変化はない。  
ただ、なにに驚いたものか瞳を大きく見開いていた。  
「…………」  
問うような呟きは掠れていて、アベルには聞き取れなかった。  
だがそのとき、血のにじんだ包帯に重なったものがある。  
アベルは少女を凝視したまま、息を呑み――やがて、深く吐き出した。  
 
「……ハンガリア侯を救い得たのは、やはりあなただけだったのかもしれない」  
死してなお「暴虐の限りを尽くした領主」と罵られる男は、だからあの微笑みを  
残して、愛する妻の元へ往けたのか。  
 
出会ってからその夜まで、そばにいて時折感じていた少女の仄かな匂いを、  
アベルは強く意識した。  
「ん――あっ、あ……!」  
相手の痛みをいたわりながらも、勢いは自然と速くなる。  
「…………ル……」  
無心に揺すっていたエステルが動かなくなるのと同時に、たたみかけるように  
襲った波に、アベルはあらがえなかった。  
   
*  
   
夜露を含んだ草を踏みしめて、朝の喧騒に満ちた森に出た。  
日の出前の薄明るい空には、まだ焦げ臭さが混じっている。  
川辺で身支度を簡単に済ませ、新しい包帯を不器用に巻きつけながら、  
エステルの歯を繰り返し思う自分にアベルは気づいた。  
水面の像を蹴散らして水を汲むと、彼は南の空を背に小屋へと向かった。  
   
   
青白いまぶたを閉じ、屍のように眠り続けるエステルの体を清める間にも、  
しでかしたことの重さがアベルの眼前に突きつけられる。  
少女の下の尼僧服には、薄い褐色の染みとは別に、まだ赤い血痕があった。  
アベルは暗い目でそれを見やると、勝手に開けることを詫びながら、鞄から  
替えの尼僧服を取り出した。  
   
どうにかエステルの身なりを整え終えて一息つき、アベルは丸めて放ってあった  
僧衣の上着をたぐり寄せた。  
その途中で服に絡んだ二つのロザリオも、もつれ合いながら床に引きずられてくる。  
アベルは冷たい十字架を取り上げ、温もるまで握りしめたあと、一つを尼僧の  
そばに置く。  
残る一つも首にはかけず、胸にしまいこんだ。  
僧衣を振り、裂けた穴に引っかかったイヤーカフスを救出しながら、壊れて  
いないことを確かめる。  
やにわに立ち上がり上着をまとうと、眼鏡をかけ直して扉の外に立った。  
つとめて明るく声を張り、派遣執行官は、付近で指示を待つ"鋼鉄の処女"に  
呼びかける。  
   
「――こちら、"クルースニク"です――」  
   
   
   
 

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