夕刻。日が落ちかけ、東の空にはすでに星が瞬き始めている。
そろそろ明かりをともすべき時刻だが、室内は薄暗いままだった。
書類の載ったデスクも、神学の書籍が並んだ書棚も、応接のためにしつらえられたテーブルやソファも
輪郭が滲むように闇へ沈もうとしている。
しかし、そんな暗さの中にあって、ソファに横たわった彼女の容貌は白く浮き上がって見えた。
……いったい何故このような事になっておるのだ。
自らの状況を図りかねて、ブラザー・ペテロは渋い顔をした。
応接用のソファに、シスター・パウラが仰向けで横たわっている。
彼女の尼僧服は胸元が大きくはだけられ、豊かな双球が半ばまで覗いている。
スカートはたくし上げられて脚は膝上まで露になっていた。
そして自分はといえば、彼女の身体に覆いかぶさるようにしてソファの座面に手をついている。
混乱した頭で彼は数分前までの記憶を反芻した。
異端審問局局長という栄えある役職に着任したばかりの彼の元に、やはり新しく任命された
副局長が挨拶に来た。
女性だったのには驚いたが、自己紹介も兼ねた会話を交わすうちに彼女の才覚を言葉の端から感じ取り、
これならば自分を補佐するに申し分ないと納得する。
有能な人材が来てくれたようで頼もしいと率直に告げると、彼女――シスター・パウラは穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます。――ところで、局長はこの後、何か予定は?」
「いや、特に急ぐ用事は入っておらぬが」
そうですか、と答えた新副局長は、やはり穏やかに言葉を継いだ。
「では、少々お時間をいただいて宜しいでしょうか」
「かまわぬぞ。何だ?」
「私と性的交渉を行っていただきます」
「……はあ?」
およそ想定外の言葉が返ってきて、ペテロは顎を落とした。そんな彼を尻目に、才女然としたパウラは淡々と
言葉を続ける。
曰く、異端審問官とは通常の修道僧と異なり、異教徒や吸血鬼等に対して糾弾する役目を担っている。
それ故に危険も多く、いざ戦いに赴いて勝利した場合は良いが、敗北することもあるだろう。
もし敵方に捕らえられたときに拷問を受ける可能性も皆無ではない。
そして、拷問は何も苦痛とばかりは限らないのだ。
「もし不覚にもそのような事態に陥ってしまった場合、如何なる手段を用いて篭絡されるかわかりません。
失礼ながら、局長がどこまで堕ちずに耐えられるか、見極める役目を私が仰せ付かりました」
パウラは説明しながら頭巾を外した。癖のないプラチナブロンドがさらりと滑り落ちる。
その動きに目を奪われて、ペテロの返答は少し遅れた。
「お、仰せつかったとは…まさか、メディチ枢機卿に?!」
「いえ、猊下ではありません」
あの冷厳を極める上司の顔を思い浮かべた男をパウラは否定した。
「これはいわば異端審問局の伝統と聞き及んでおります。代々、新しくその職に就いた局長にはこの試練が
下されるのだとか。本来ならばこの試練専門の役目を担っている者がお相手するとの事ですが、
今回はわたくしが勿体無くも副局長の任を賜りましたので、局員間の友好を図るという意味でも是非にということで」
喋りながらも彼女は丁寧に頭巾をたたみ、応接用のテーブルの上に置く。次いで手袋を外して頭巾の隣に並べると、
そのまま自然な動作で尼僧服の胸元を寛げだした。
呆けたようにパウラの動作を見守っていたペテロだが、彼女が白い胸元を露にするのを確認した途端、
慌てて止めさせようと勢いよく手を伸ばした。
「い、いや、某はそのような必要は――ぬわ?!」
相当焦っていたのか、ペテロは普段なら決してしないようなミスを犯した。即ち、足を滑らせてパウラをも巻き込み、
二人してソファへと倒れこんでしまったのだ。
かくて、場面は先ほどの状況へと舞い戻る。
二人は脚を絡めて横たわり、見詰め合っている。
ペテロは呆然としているが、パウラは毛程も動揺していないように見えた。
倒れた拍子に彼女のスカートは捲れ上がり、膝上までが露になっている。
生地の厚い制服を着ているにも関わらず、密着した太腿の体温が伝わってくるような錯覚に囚われ、
はたとペテロは我に帰った。
これはいわゆる、「女性を押し倒している」図ではなかろうか。
瞬時に赤面して勢いよく上半身を起こす。
「す、すまん!」
「――謝られる必要はございません、局長」
修道女らしからぬ赤い唇が言葉を紡ぐ。
パウラは男を追うように自らも身を起こし、繊手を彼の頬へ伸ばした。
手袋を外した柔らかな掌が、輪郭に沿って肌の上をそっと滑る。
「私は今日、局長のお相手を勤めるためにここへ来たのですから。役目を果たしているだけですので、
気にされる事はありません」
嫣然と微笑むその様は、並の男ならば生唾を飲み込むだろうが、ペテロは戸惑っているだけだ。
「ああ、その『役目』とやらなのだが……やはり、某は遠慮しておく」
歯切れ悪く断り、頬に当てられた手をそっと外すペテロに、訝しげな口調でパウラは問うた。
「何故でしょう。私では局長のお相手は務まらぬという事でしょうか?」
眉を潜めた彼女を見て、ペテロは女教師に諌められた生徒のような顔で慌てて首を振った。
「いや、全くそのような事はないぞ! 副局長自身に対しての不満などは無い、断じて無い!
その――いくら試練とはいえ、婦女子に乱暴を働くような真似は、好かぬのだ。済まぬが――」
「解りました」
「そうか! 解ってくれたか」
「はい。では、こうお考えください。これは局長に対する試練ではなく、私に対する訓練を行っていると」
「は?!」
切れ長の目を点にしているペテロを尻目に、パウラはあくまでもマイペースを保ち続ける。
「私とて女である以上、拷問には様々な手段を用いられるでしょう。それに耐えるためには、
やはり経験を積んでおかねばなりません。局長にその訓練を手伝っていただくという形では如何でしょうか?」
言いながら、パウラは再び顎を落とした男を仔細に観察していた。
実を言うと、先刻から述べている試練だの役目だのという説明は、
全て出任せだ――任を下されたというのは本当だが。
昨日、ペテロの特務警官時代の友人代表と名乗る男に依頼されたのだ。
――特務警察の制服をだらしなく着こなしたその男は、「非常に言いにくいんですが」と前置きして話し始めた。
「新局長殿に就任のお祝いを差し上げたいのですが、貴女にちょっとばかり協力して戴きたい」
「……それはどういう意味でしょうか」
眉尻を上げたパウラを見て、男はその視線を遮るように片手を振った。
「いえ、非常に不躾なお願いだとは解ってるんですがね。頼めるのが貴女くらいしかいないもので」
特務警察は一応教理聖省に属してはいるが、異端審問局の傘下にあるというだけであり、
全員が熱心な信徒で構成されているわけではない。
対テロ組織といういわば暴力が専門の部隊は、むしろ敬虔とは言いがたい人間のほうが多い。
中には夜ともなれば繁華街へ繰り出して娼婦を買うような輩もいる。それは声高に誇れる事では
なかったが、部隊の中では特に問題視されるほどの事でもなかった。
しかしそんな中で、ペテロは一人貞潔を貫いていたようだ。
「娼館に出かけようと誘っても顔真っ赤にして断られましてね。それでもしつこく引っ張り出そうとしたら、
しまいにゃ説教を食らいましたよ。『汝ら、それでも神の僕たる修道僧か!』ってね」
そんなこと言われたってねぇ、と男は笑った。その砕けた語調からは、ペテロに対する悪感情は伝わってこない。
どちらかというと、堅苦しい弟をからかって楽しんでいる兄のような表情をしていた。
「話が見えませんね。娼館云々と私の協力とやらには何の関係があるのです?」
放っておくといつまでも思い出を語り続けそうな男を遮って、パウラは疑問を差し挟む。
「ああ失礼――まあ、ぶっちゃけて言うと、奴を童貞から卒業させてやりたいんですわ。やっぱり、男と生まれたからには
そういう楽しみの一つも知っといて悪くはないでしょう? それに――」
過去を思い起こしているのか、ふと遠い目をして男は言葉を止めた。
「それに、何です?」
「自分らが奴に教えてやれるのは、こんなことくらいしかないんでね」
片や、武芸に通じる一方で博士号も持つ、名門出身の威丈夫。片や平凡な一般戦闘員。
自らを卑下するわけではないが、やはりどこか遠慮する気持ちがあるのだろう。ばさばさと髪を掻き回して男は笑う。
「知識や力じゃペテロには負けちまう。けど、これなら俺達が奴に勝てる唯一の分野だ。
…で、こっからが本題です。ひとつ、ペテロを男にしてやってはくれませんかね」
「――『お祝い』の意味は理解しました。ですが、何故私にしか頼めないのです?女性を世話するのならば、
それこそ娼館にでも出向いて交渉すれば、金額次第でどうとでもなるのでは?」
言外に断るとの意思を込めてパウラは聞いた。それは至極もっともな意見であり、疑問を差し挟む余地は
ないように思われた。
「それですよ。その娼館って奴です。金次第で誰にでも身体を売っちまうような女に、ペテロを任せる気には
なれないんでね」
男が答えたのは娼婦のみならず女性に対しても失礼な発言だったが、悪気はないようだった。
むしろペテロを大事にしているからこその言葉らしい。
「最低でも奴に釣り合うくらいの人じゃないと。で、みんなでない知恵絞って考えた結果、シスター・パウラに
白羽の矢が立ったってわけです。メディチ猊下の覚えも厚く、腕も立つ。何より美人だ! しかも、異端審問局の
新副局長ときてる――完璧です」
「………」
当の本人を目の前にぬけぬけと批評などしている男を呆れたように見やって、パウラははっきり言葉に出して
断ろうとした。しかし、口を開く前に相手に先を越されてしまう。
「駄目ですかね?」
真正面から彼女を見据えた男の目は真摯な光に溢れている。
手段は褒められたものではないが、友人を祝福しようという思いは純粋なようだ。
断られる可能性のほうが大きいのに、わざわざやってきて直接交渉をするほど、彼等の意志は固いらしい。
そこまでさせるペテロという男がどのような人物なのか、パウラは興味を覚えた。
去り際に「ペテロの奴をよろしくお願いします」と頭を下げた男の安堵した表情を思い起こしながら、
パウラは自分の上でぽかんと口を開いているペテロを見つめる。
確かに依頼を受けはしたが、興味を持ったというだけでそれを了承したわけではない。
自分を使いこなすことの出来る程の器かどうか――それを見極めるためにもわざわざこのような酔狂とも
いえる計画に乗っているのだ。
固いと評判のこの男がどう話をつければ自分と肌を交えるのか、少々思案しては見たのだが、彼を囲む
潔癖なる壁は思っていたよりも高いようだ。
かみ合わない会話を続けるのも些か疲れてきたので、パウラはもっと直接的な行動に出ることにした。
未だ硬直し続けるペテロの首に両手を伸ばす。
反射的に身を引く男の頭を抱えるようにして捕らえ、ゆっくりと顔を近づける。
「ま、待ちたまえ副局長!」
「――待ちません」
ペテロの必死な頼みを飲み込むように、パウラは唇を押し付けた。
「ふぐッ?!」
鼻息とともに漏れた声は雰囲気を壊すこと夥しいものだったが、聞こえなかった振りをして、舌で彼の唇を辿る。
そのまま唇を割り中に滑り込ませると、男の身体が一瞬、震えた。
緊張のためか乾いていたペテロの口腔を潤すように唾液を絡め、舌を吸う。
わざと水音を立てながら深く浅く啄ばみ、時折口蓋や歯列を舐める事を繰り返していると、強張った身体から
次第に力が抜けていった。
薄く瞼を上げてみると、きつく眉根を寄せて頬を紅潮させたペテロの顔が目に入る。額には薄く汗が浮いていた。
女性に慣れてないとはいえ、口付けただけで汗ばむほど興奮したのだろうか。
いや、そうではない。これはもしや――
パウラが唇を離すと、ペテロは大きく息をつき、溢れた唾液の跡を拭った。
「局長。キスの間も呼吸をしていいのですよ」
「そ、そういうものなのか」
動揺のあまり自ら経験がないことを露呈したペテロに、パウラは言わずもがなの事を尋ねる。
「失礼を承知でお聞きいたしますが――局長は女性とこのような行為をした事がないのではありませんか?」
「うッ…」
パウラの言葉が胸に突き刺さったらしいペテロが言葉に詰まる。
修道僧が童貞であることを気に病む必要などまったくないのだが、どこか咎める口調のパウラに気圧されたのか、
男は恥じる表情になった。
ペテロとて健康な成人男性である以上、性的興奮を覚えたことは幾度かある。しかしその都度、訓練などで
身体を酷使するという、実に健康的な方法でそれを発散させていたのだ。
この歳まで性的交渉はおろか、自慰する必要すらなかったというのは、ある意味とても貴重な人間ではあるまいか。
「…確かに某、経験はない。それゆえ、口付けの作法も知らぬ。そのために君に気を使わせたのであれば謝る。すまん」
率直に認めて頭を下げるペテロにパウラは首を振ってみせ、自分が気にしていないことを伝える。
「それよりも、先ほどの続きなのですが、局長にご指導いただけないのであれば、私がリードを取るという形で進めても
よろしいでしょうか」
宣告する新副局長に、ペテロは観念した顔で頷いた。
「…しかし、不思議なのだが」
神の鉄槌の紋章が入った手袋を外しながら、ペテロは疑問を舌に乗せた。
「何がでしょう?」
「見たところ君は某とさほど歳が違わんようだが、その…経験とやらを積んでいるのか?」
「はい。先ほども申しました通り、あらゆる拷問に耐えられるように一通りの訓練は受けております。もちろん、強姦
される可能性もありますので、そちらの訓練も、幾度かは」
続けて将校服を脱ごうとするペテロを横で見ながら、パウラは答える。「異端審問局の伝統」などといった大げさな
嘘とは違い、こちらは本当のことだ。
「そうか…」
ペテロが服の合わせを外し終えて呟いた。そのまま袖を抜こうとする腕を捕まえ、パウラは再び横になるよう促す。
素直にそれに従った男は、傷ついた小動物を見守るような目をしていた。
それが少し気に障ったが、理由を問いかけることはせずに、再び男の首へ腕を回す。長く伸ばされたペテロの髪が、
パウラの腕に絡まるように流れた。
暫し見詰め合うと、何事かを考えていたペテロがぽつりと言った。
「若い女性の身でありながら、辛き事よな」
パウラはわずかに瞠目した。
強姦などという直截な言葉を使ったのがペテロの気にかかったものか。
この頭の固い男はパウラを気遣っているのだ。
咄嗟に、余計なことを言う男だと思った。訓練は当然と思いこそすれ、辛いなどと感じることはなかったからだ。
しかし同時に心のどこかが暖かくなるのも否定は出来なかった。
「――局長が気になさることはありません。私が自分で選んだ道なのですから」
パウラは自分でも驚くほどの優しい声で告げると、再びペテロに口付けた。
二度目の口付けは始めから深いものだった。
パウラが舌を滑り込ませる。ペテロは先程のパウラの動きを思い出しながら、彼女に合わせて舌を絡めた。
ぬめる表面がこすれ合い、高い水音を立てる。
「ふ…ぅ」
息の継ぎ目にパウラが声を漏らす。
その甘い響きをもっと聞きたいとペテロは思った。
パウラの肩を抱き寄せ、重なった身体を更に密着させると、ペテロの逞しい胸板に彼女の双球が押し付けられる。
弾力を持った柔らかさを肌着越しに感じて、彼の腰の奥にも熱が溜まり始めた。
やがて互いの唇から唾液が溢れるほどになって、ようやく二人は顔を離した。ペテロの口の端からこぼれた自らの
唾液を拭い、パウラは薄く微笑む。
「…なかなか、覚えがよろしいようですね、局長」
「某の覚えが良いのではなくて、君の教え方が上手いのであろうよ」
照れているのか、そっけなく言ってぷいと横を向くペテロの頬は、赤い。
自分よりも年上のはずの男を少年のように感じてパウラはなんだか可笑しくなった。
笑いをこらえて、肩に回されたペテロの手を取り、乳房へと導く。既に露わになっているそこに、無骨な男の手が
這わされる。
「柔らかいな…」
思わず呟いたペテロは、掌の内にあるものの感触を確かめるようにそっと揉んでみた。
ぴたりと吸い付くような肌触りが心地よく、幾度もそれを繰り返すうちに熱が入る。ついつい力を込めてしまい、
パウラが顔をしかめた。
「局長。力を入れられると、痛いのですが…」
「す、すまん」
「いえ。それより、此処も…触れてください」
鴇色の先端に指を導かれ、ペテロの喉がごくりと唾を飲み下した。
促されるままに指の腹で擦ったり転がしたりしているうちに、先端の形がはっきりとしてくる。
膨らんだそこをまるで花芽のようだと思いながら、ペテロは空いたままだった手をもう一つの乳房に伸ばした。
力を入れ過ぎぬよう気をつけながら、強く弱く揉みしだく。
「はぁっ…」
その動きにパウラが息を吐いた。また力を込めすぎたのかと慌てて手を引くペテロの腕を優しく捕まえ、パウラは
首を横に振った。
「大丈夫です…。続けてください」
ペテロの顔を見る彼女の瞳は潤み、白い頬に赤みが差している。拙い自分の愛撫にも反応しているとその目が
語っていた。
女を喜ばせることは自分にとっても喜ばしいことなのだと、ペテロは悟った。
再び双球に手を這わせ、硬く立ち上がった先端を擦り上げながら、掌全体で乳房を捏ね回す。
徐々にパウラの呼吸が速く浅くなってくる。
「局長…此処、舐めて頂けますか」
指で攻めている部分を示され、ペテロは躊躇なくそこを口に含んだ。
口付けたときのようにたっぷりと唾液を舌に絡め、塗りつけるように舐め上げる。
「うンっ…」
鼻にかかる声でパウラが呻いた。
先程までの穏やかな表情からは想像もつかぬ、興奮した――甘い声。
その響きを聞き、またペテロの腰に熱が溜まって行く。
「…声を」
「…はい?」
「その声を、もっと、聞かせてくれ…」
一瞬、目を見開いたパウラは、口元を僅かに綻ばせて頷いた。
「ええ、これから嫌というほど聞かせて差し上げます。ですが、その前に――」
「前に?」
「今度は、私の番です」
何の順番なのかと聞く前に、パウラの手がペテロの鎖骨へと伸びた。そのまま胸板から脇腹へと
筋肉の形を確かめるようにゆっくり撫で下ろす。
パウラの動きを妨げぬようにペテロが身を起こすと、パウラは一度立ち上がった。
ペテロの肩を掴みソファへ座らせ直すと、その脚の間に膝を下ろし、ペテロの腰のベルトへ手をかける。
「おい、何を…」
戸惑うペテロを上目遣いで一瞥すると、パウラはベルトを外し、服の隙間から手を差し入れて彼のものに触れた。
「うっ…」
「ああ、もうこんなに張り詰めていらっしゃる……今、楽にして差し上げます」
そのまま前を寛げて目的のものを取り出し――パウラはその大きさに目を見張った。
「これは――」
ペテロの体躯からある程度予想はしていたが、これほどまでとは思いもよらなかった。
それが自分の胎内に入った時の事を想像して、頬が火照る。
「な、なんだ? 某のものはどこかおかしいのか?」
「いいえ、おかしいなんて、そんな事は――素敵ですわ」
つい本音を漏らしてしまい、パウラはごまかすように先端を口に含んだ。
幹を両手で包んで扱きあげ、裏筋をゆるゆると愛撫する。
途端にペテロが息を詰める。
歯を当てぬよう気遣いながら深く咥えこむ。舌でねぶると、口の中でペテロのものがびくびくと跳ねた。
手を動かすごとに徐々に大きく硬くなっていくものを、含んでいるのが辛くなってきた。
限界まで口を開いて喉の奥までそれを飲み込み、きつく吸い上げる。
「ま、待て、そんなにしては……くうっ!」
パウラの動きを止めさせようと彼女の肩を押した弾みに、口に含まれていたペテロのものが引き抜かれる。
柔らかい皮膚の上を勢いよく走り抜けた唇の動きに耐えられず、ペテロはパウラの顔に向けて精を吐き出した。
髪に、額に、頬に自分の出したものをこびり付かせたパウラを、射精の虚脱感の中で呆然と見下ろす。
気をやったのはペテロだというのに、パウラは恍惚と目を閉じていた。伏せられた瞼の横、目頭のくぼみに
白い体液が溜まっている。
パウラが、今まで口の中にあったものの温度が移ったかのような熱い息を吐き出す。
彼女の通った鼻筋に沿って、溜まった精液が一筋伝い落ちた。
「あっ! す、すまん!」
ペテロは慌ててパウラの顔についた自分の精をぬぐった。
指ではぬぐいきれないそれを将校服の袖口で拭こうとしたペテロだが、パウラに「制服が汚れます」と
止められた。パウラは取り出したハンカチで自分の顔とペテロの指を綺麗にしていく。
「口の中に出してくださっても結構でしたのに」
「な、何!? しかし、そんな事をしたら君が苦しいだろう」
男の指についた精液を丁寧に拭き取りながらパウラが言うと、先程から驚いてばかりのペテロが、またも仰天した。
「大丈夫です。飲み込んでしまいますので」
「………」
涼しい顔をして答えるパウラにもう何も言えず、彼はすっかり綺麗になった手で顔を覆った。
常に前しか向かない彼には珍しく、溜息など尽きたい衝動に駆られる。
互いに武器を取っての打ち合いと勝手が違うとはいえ、一本取られてばかりの自分が情けない。
ハンカチを収めたパウラが、立ち上がって尼僧服を脱ぎ始める。その動きを額に当てた指の隙間から
盗み見ながら、ペテロは腹を決めた。
神は「右の頬を打たれたら左の頬も差し出せ」と言われるが、いつまでも打たれ放しなのはやはり性に合わない。
勝つことが敵わなくとも、せめて一矢は報いてやりたかった。
身に着けているものを全て脱ぎ終え、白い裸身を晒したパウラを抱き寄せる。
「あっ!?」
急に積極的になったペテロに驚いたのか、パウラは小さく叫び声をあげた。その様子に少しばかり溜飲を下げて、
ペテロは無理やりパウラをソファへと押し倒す。
「くっ」
クッションの効いた座面ではあるが、勢いよく押し付けられればやはり衝撃はある。
背中に響いた鈍い痛みにパウラが怯む。その隙にペテロは上半身に纏った衣服を脱ぎ捨て、再び彼女を
組み敷いた。
「…随分と強引ですね」
パウラが硬い声を出した。乱暴にしたから怒ったのだろうかと僅かに後悔する。
しかし、どうせ自分は「優しく」とか「細かく」などという言葉とは縁がないのだ、とペテロは開き直った。
何をするのかと訝しげに睨み付けるパウラに、反撃開始を告げる。
「先程は君の番だったのだろう? ――順序から言えば、次は某の番だ」
言うや否やパウラの両膝に手を掛け、脚を開かせた。
それは扇情的な眺めだった。
乳房の頂点の時は花芽のようだと思った。
その例え方を引き継ぐならば、こちらは花そのものだ。
重なり合った花びらの間からは透明な蜜が溢れて、濡れ光っている。
花弁の奥から男を誘う甘い匂いを発し、獲物を捕らえて食う――食虫花のようだ。
「局長、私は結構ですから」
ペテロが何をしようとしているのか悟ったパウラは、咄嗟に脚を閉じようとした。しかし、ペテロに両太腿を
下からがっちりと抱え込まれてしまう。
正直、ペテロにここまでさせる気はなかったのだ。
自らがリードすると告げた事もあったし、なによりこの男の――自分の秘所を食い入るように見つめている
ペテロの、友人達からの頼みもあった。
「女を教えてやってくれ」と言われたからには、持っている手管を余すことなく彼の為に使ってやろうと思っていた。
自分が楽しむ必要はない。そう考えていたのに、いざ男の視線をそこに感じると、期待に身が震えた。
既に露のにじむそこに新たな蜜が湧き上がる。
それを恥じるようにパウラは身を捩り、ペテロの視界から逃れようとした。
「某の番だと言ったはずだぞ」
だから大人しくしていろ、とでも言いたげなペテロの目がパウラを見上げる。
これがつい先刻まで戸惑いうろたえていた男かと疑うほどの、鋭い目だった。
その視線に飲まれてパウラの動きが止まる。
それでいい、と頷き、ペテロはパウラの秘所へと顔を寄せた。
彼女の髪よりやや強い質の草むらに鼻先をくすぐらせながら、花弁の合わせ目の辺りをひと舐めする。
「んんっ…」
パウラが抑えた声を出した。
そのあともペテロの動きに合わせて、短いながらも確かに興奮した喘ぎを漏らし続ける。
初めは勝手が解らずにむやみと舌を泳がせていたペテロだが、ふとした拍子に花びらの中へと潜り込ませた
舌の先に突起を捕らえる。――瞬間、パウラが高い叫びを放った。
「ああっ!」
どうした、とはもう問いかけなかった。聞かずとも、熱く火照る女の身体が興奮していることを伝えてくる。
嬌声をもっと聞きたいというただそれだけを考えて、夢中で突起を舐めしゃぶる。
「ひッ! あっ、ああぁっ!」
花びらの奥にあったこれは、さしずめ雌しべとでも例えようか。
ちらりと頭の隅にそんなことがよぎるが、絶え間なく上がる艶声にすぐさま押し流されて消えた。
「あぁあっ!」
熱心な愛撫を受けて、パウラは一際高い声をあげ、昇り詰めた。
息を乱した彼女を見下ろし、ペテロは唾液と愛液に塗れた口元を拭う。
火照った身体は少し汗ばみ、脚に布地が纏わりついた。煩わしげに残った衣服を脱ぎ捨てると、
またパウラに覆い被さって行く。
一度果てた彼自身は、女体を翻弄しているうちに再び勢いを取り戻していた。
「パウラ、良いか?」
ひとつになりたいと囁き、己のものを花びらに擦り付ける。
敏感なところを探られ、パウラは身を震わせた。達したばかりだというのに、再び腰の奥が疼く。
「ええ、私も――あなたが、欲しい…」
ペテロのものに手を伸ばし、幹を優しく握って、自らの入り口へとあてがう。
パウラに導かれながら、ペテロは切っ先を彼女の中へ潜り込ませた。
初めて感じる女の胎内は熱く、そして心地よかった。
「ああ、凄い…」
二人の口から同じ言葉が漏れる。
パウラもまた、内部を圧迫するものの熱を感じていた。
狭い空間を押し広げながら進んでくるそれは、今まで受け入れたもののどれよりも逞しい。
やがて、全てを納め終えたペテロが深い息をついた。
隙間なく覆うパウラの襞に包まれていると、なんともいえない安心感があった。
だが、それだけでは――安らぎだけでは足りない。
もっと彼女を感じたい。
少し腰を引き、また奥まで突き入れる。
「あうっ!」
パウラが叫んだ。ペテロの腰から背骨に沿って、快感が電流のように駆け上る。
先端で、幹で、根元でパウラの圧力を感じながら、ペテロは刺激を追い求めて同じ動作を
繰り返した。
無心で腰を打ち付けるペテロに身体を揺さぶられ、パウラが苦しげに顔を歪めた。
「くっ…局長、もう少し、ゆっくり…」
いくら蜜が滴るほどにほぐれているとはいえ、ペテロの剛直に馴染むには時間がかかる。
まさに抉られるという言葉が当てはまるその動きに、ついて行く事が出来ない。
「…すまん、もう…止められんっ」
謝るとペテロはパウラの脚を抱え直し、己のものをより深く突き立てた。
「くぅ、あぁぁあっ!」
悲鳴が上がった。
パウラが苦しんでいると解っていながら、ペテロは自分を止める事が出来なかった。
隙間をこじ開け、つき当りに何度も先端を叩き付け、思うさま彼女を蹂躙する。
激しい律動に耐えるため、無意識にパウラの指先がソファの革を引っかく。
その感触は余りに頼りなかった。もっとしっかりしたものを求めて腕を伸ばし、ペテロの背に指を
這わせる。
少しずつ、内部がペテロに慣れて行く。
突き上げてくる動作へ応えるように、自然と腰を回しだす。
口から漏れる声には苦鳴以外のものが混じり始めた。
繋がった場所からは再び蜜が流れ出し、二人が動くたびに卑猥な水音を立てている。
滑りが良くなったためか、ペテロの動きがより早くなる。
ペテロの求めて止まない甘い悲鳴が、耳元で上がった。
背中に回されたパウラの指に力が篭る。
絡みつく襞の感触に耐えられず、ペテロは呻き、熱い奔流をパウラの中に放った。
その迸りの熱を最奥で感じ、パウラも果てる。
内壁がゆるやかに蠕動して、胎内にあるペテロのものを締め付けた。
精を吐き出してもまだ大きいそれの形をはっきりと感じながら、パウラは荒い息をついた。
後始末を済ませて、パウラは下着を身に着け始めた。
肩から将校服を引っ掛けただけのペテロは黙ってそれを眺めていたが、突然何かを思い出したように
彼女に話しかけた。
「ああ、言い忘れていたのだが」
「何でしょうか」
「いや、『頼もしい』の続きだ」
パウラは首を傾げたが、それが新任の挨拶をしていた時の続きだと気付く。
疑問が解けた顔のパウラに向き直り、ペテロは深々と頭を下げた。
「――これから先も、よろしく頼む」
ペテロのつむじを見ながら、パウラは不思議な思いに囚われる。
男女の仲とは、例え初めて出会ったばかりなのだとしても、睦みあった後は妙に気安くなるものだと
思っていた。
パウラ自身、事の後で相手の男が急になれなれしくなったのを、幾度も経験している。
だがペテロの反応は、これまでの男達とは違っていた。
最後には欲望のままに動いて彼女を翻弄したくせに、いざ終わってみると、再び堅苦しい鎧を纏って
生真面目に礼などしてみせる。
しかし、その生真面目さがかえって好ましかった。
パウラから答えが返ってこないのを不審に思い、ペテロが顔を上げる。
「何かおかしい事を言ったか?」
「いえ」
この日、幾度目かになる彼の質問を、優しい声で否定する。
そしてパウラは、初めに見せた時と同じ穏やかな顔で笑い、一礼した。
「こちらこそ――よろしくお願いいたします」
おまけ
ある日の異端審問局内での会話。
マタイ(以下:マ)
アンデレ(以下:ア)
マ「…という経緯があったのですよ。かくて、局長殿が頭の上げられない人物は、副局長を新たに
加えて4人に増えたというわけです」
ア「お、お二人の間にそのような事があったとは…、このアンデレ、まったく気付きませんでしたッ」
マ「まあ、それも無理ないですね。シスター・パウラがこのような事を吹聴して回るはずはないですし、
局長だってさすがに隠すでしょうしねえ」
ア「ん? ならば、どうしてマタイ殿はお二人の事を知ることができたのです? ――はッ! まさか
盗聴とか!?」
マ「………アンデレ君。世の中には君の知らない事がまだまだ沢山ありますが、知らなくていい事も
沢山あるのですよ」
ア「(さ、殺気を感じる…)そ、そ、そうですか…」
この男には逆らわないでおこう。そう決心したアンデレだった。