男の剛直がいやらしい水音を立てながら女の胎内に出入りしている。  
ぬらついた液体は白い内股にまで溢れ流れて一筋の光る道を作っている。  
男はその道を女の太腿へなすりつけるように手を滑らせ、丸く張った双丘を抱え上げると、  
ひときわ激しい勢いで女の中に突き入った。  
「ああ、局長、もっと……ッ!」  
内壁を強くこすりあげられ、たまらず女が男を呼ぶ。  
しかし男は彼女の言葉を聞いて、奥深くに己のものを留めたまま、ぴたりと動きを止めた。  
 
「……?」  
突然攻めるのをやめた男に怪訝な表情を向けて、女は彼の首に回した手から力を抜いた。  
「どうか、なさいましたか?」  
質問する声は、快楽の余韻を残してかすれていた。  
しっとりと汗ばんだ額へ貼りつく長い前髪を鬱陶しそうにかき上げる。  
髪を梳くパウラの細い指先を、ペテロは憮然とした顔で見下ろした。  
 
「……以前から、言おうと思っていたのだがな」  
「はい」  
 
中に打ち込まれている太い杭は、狭い隙間を無理に押し広げた形でじっとしたままだ。  
頂点へと向かい登り始めていた体には、その大きな質量を感じるだけでも充分な刺激となったが、  
さらなる喜びを知っている内壁はもっと強い動きを求めて熱く疼いていた。  
正直早く続きを味わいたいと思ってはいたが、への字に結ばれていた口から漏れた声が  
意外と真剣だったので、パウラは律儀に返事をした。  
 
「その『局長』というのはやめにせぬか?」  
眉間に縦皺を寄せてペテロは女の尻から手を放した。  
ベッドの上で身を起こす男に合わせて彼の剛直も位置を変え、パウラの中をかき回す。  
襞を広げるようなその動きに彼女は小さく喘いだが、行為を急かすことはせずに、  
再び疑問を投げかけた。  
 
「では、なんとお呼びすればよろしいのですか」  
「あー、肩書きではなくて、名前の方で呼んでくれると嬉しいのだが」  
希望を告げて頷く男も、首筋に絡まる長髪を払いのける。  
少し乱暴な手つきであったところを見ると、照れた自分をごまかすための動作だったのか。  
「名前の方で? それでは、ブラザー・ペテロと言えばいいのでしょうか」  
「いや、『ブラザー』もいらん。というか『ペテロ』の方ではなくてだな」  
言葉を切って、偉丈夫は困ったように軽く鼻先を掻いた。  
 
自分で話題を持ち出したくせにその先を言いよどんでいる男を見上げ、  
パウラは彼の首へ手を伸ばした。  
背中に流されたペテロの髪に指を差し込み、絡まるそれを優しく解いて、  
肩から頬へと手のひらで撫で上げる。  
先を促すように親指で唇を辿ってやると、男は頬に当てられた手を取り指先に口づけた。  
掴んだ女の手はそのままに、意を決して、しかしどこか恥ずかしそうに言葉を続ける。  
 
「閨の中では『ピエトロ』と呼んでくれぬだろうか」  
 
ぱちりと女は目を瞬かせた。  
男の方は真顔でパウラを見つめている。  
胸をときめかせながら告白の返事を待っているような、そんな表情には、  
断られたらどうしようかという心配が垣間見えた。  
 
審問局へ入局したときに賜った『ペテロ』という名を、男は誇りを持って名乗っている。  
数ある教会の最高峰に座した初代教皇の名を、また御子に師事した十二使徒の筆頭を  
表すこの称号は、異端審問官としての己を強く自覚させられるものであるはずだ。  
対して『ピエトロ』とはペテロの本名であり、今や家族とかつての上司、  
それと数人の友人にしか呼ばれることのない名でもある。  
生まれてすぐにつけられた最初の名を聞くとき、彼は『局長』から私人に戻る。  
だから、この名を口にしてくれと頼む事は、男が彼女をもっと身近に感じたいのだという  
証拠でもあった。  
 
「光栄ですわ――ピエトロ」  
微笑むとパウラは乞われた名前を愛おしむように発音した。  
男の本名を呼べる数少ない人々に仲間入りできたという思いが、  
彼女に嬉しさと少しの優越感をもたらした。  
『ペテロ』を名乗るようになってから、彼みずから『本来の名で呼んでくれ』と頼んだのは、  
おそらく自分一人であろうから。  
 
「……うむ。やはりその呼び方のほうが、いいな」  
女に受け入れてもらえた喜びに、ピエトロは口元を綻ばせた。  
握っていたパウラの手を、騎士が忠誠を誓う格好に持ち替え、すんなりと伸びた指に  
もう一度唇を落とす。  
そんな儀式めいた行為は、あたかも彼が真名を心から捧げてくれているように思えて、  
パウラの心をじわりと温めた。  
 
乗せている手を男の大きな手のひらに重ねる。  
無骨な指と女の細く白い指が絡み合う。  
ピエトロはそのまま握りあった手を胸元に抱き寄せると、再び動き始めた。  
 
「ん、ふぅ……」  
女が心地よさそうに息を吐いた。  
待たされて少し熱の引きつつあった内部が、ゆっくりとした動きの肉茎に擦られて  
少しずつ温度を上げていく。  
狭い中に出し入れされる太い杭の、よく発達した傘に蜜を掻き出されるたびに、  
その先端が戻るのを待たずして新たな体液が湧きあがる。  
じっくりと時間をかけて広げられた胎内は、溢れた蜜を潤滑剤として男を包みこみ、  
襞を蠢かせてさらに奥深くへと導き始める。  
中へ中へと向かう襞の動きへ逆らい引きずり出される剛直に、天井を一層擦りつけられて、  
歓喜と共に許されたばかりの単語を漏らす。  
「く、あぁ…ピエトロ……」  
 
さざ波のように繰り返される締めつけに我慢ができなくなったのか、  
それとも名前を呼ばれて昂ぶったのか、男は二人の合わせた拳をベッドの上に押しつけ、  
のしかかってきた。  
空いた手の肘から先を、女の顔の横に着いて上体を支える。  
俄に距離を詰めた荒い息を繰り返す唇が、パウラの額に軽く触れた。  
それに答えて自由な手を持ち上げる。  
彼の厚い胸の筋肉を撫で下ろし、脇腹から背中へ向かって撫であげてしっかりと抱き締める。  
指先で浮き出た背骨を伝うと、ピエトロの肩がぴくりと震えた。  
この人は背中も感じるのだなと、新しい発見に目を細める。  
 
掌を背骨に沿って滑らせる。首をもたげて男の胸に口づける。  
そのまま鎖骨を唇で挟み横にしごき、皮膚に接触させたまま首元に移動する。  
雫の伝った喉のくぼみを舐めると、舌に少しだけ苦い塩の味を感じた。  
滾って流した証拠の汗が、まるで芳醇なワインのように思えて深く息を吐く。  
吹きかけた熱い息が引き金になった。  
 
「もう、押さえが効かぬ――許せ」  
短く謝ると、男はそれまでの緩やかさが嘘かと思えるほど激しく腰を使いだした。  
「あぁあ!」  
一度叫ぶと甘い悲鳴は止めどなく溢れ出た。  
鋭く突き込まれるたびに意識へ白く稲妻が走る。我知らず指には力がこもり、  
握り合わせた手を強く掴む。応えるように男も握りかえして、二人の指先が色を失う。  
「あァ!あんっ、く、ふッ!ピ、エトロ、ピエトロ――」  
奥深くまで穿たれる律動へ合わせて名前を繰り返すたびに、男のものが質量を増し速度を増し、  
熱く彼女を翻弄する。  
突き当たるところの更に奥まで快感が響き渡る。  
それに酔いしれながら腰を振って、近くまで来ている絶頂に向けてもう一度登りだす。  
「いいッ!あっ!あ!もう、もうすぐ――!」  
 
そう、もうすぐ。  
すぐそこまで来ている。  
男の動きに押し上げられる。  
快楽の高みへと――  
 
「ひぁッ、ああぁぁぁ!!」  
昇りつめると同時に、ぐうっと内部が収縮して、咥えた熱いものを逃がすまいとうねる。  
さながら、打ち込まれた幹の根本から樹液を絞りだそうとするように。奥へ奥へ。  
絡みつき吸い込もうとする襞に抗って、男が杭を引き抜いた。  
彼の食いしばった歯の間からうめき声が漏れる。  
「く…うッ……!」  
そしてピエトロは、軛に解放された幹から白い体液を吐き出した。  
 
放った精と共に力も抜けてしまったのか、男はそろりと女の上に体を伸ばした。  
先程までは確かにあった大きなものを抜かれ、パウラの中は空しく収縮を繰り返して  
蜜を溢れさせていた。  
腹にかけられた体液はまだ熱を持っていて、重なり合った二人の肌の隙間を埋めるように  
広がっている。しかし、不快には思わなかった。  
下腹部に放たれた男の精を介し、彼と自分を隔てる肉体の境界が崩れて、溶け合う錯覚をおこす。  
まだ彼とひとつでいられる。そんな思いが、絶頂を迎えてくたりと横たえた体へ  
潮のようにひたひたと満ちていく。  
ずっと力を込めて繋いだままだった手の痛みも、ただ嬉しかった。  
 
 
朝一で回されてきた書類の量は少なかった。  
局内の各部署から集まってくる報告書や認可を求める書類などは、  
集中すると朝から数十枚に及ぶこともあったが、今朝方受け取ったファイルは薄い。  
せいぜい十二、三枚といったところだろう。  
運んできたシスターを労って、パウラは紙面に目を落とした。  
 
急ぐ必要のあるものに付箋をつけていると、出て行こうとするシスターと  
入れ替わるようにして、長身の男が戸口に姿を現した。  
「局長、おはようございます」  
「うむ、おはよう」  
頭を下げるシスターへ頷いてみせると、男の癖のない髪が広い肩から滑り落ちた。  
退出する彼女に道を譲ってから、室内を仕切って作られた自分の執務室へと歩み始める。  
情を交わしたあと、数時間しか眠っていないはずだったが、その足取りは落ち着いていた。  
パウラが、机の間を通り抜けて近づいてきた男に視線を向ける。  
彼は歩きながら、快活な口調で「おはよう、副局長」と言った。  
その声から昨夜の余韻を感じることはできなかった。  
親しみから来る気軽さはあったが、そこには上司が部下に向ける以上のものは含まれていない。  
公私の区別がはっきりしている所はいかにも彼らしいと思ったが、  
パウラはわずかな物足りなさを感じた。  
 
――甘い言葉を期待したのか、私は。  
まだまだだなと自嘲しつつも、ふとわきあがった悪戯心を抑えきれなくなって、  
彼女は上司に挨拶を返した。  
「おはようございます――ピエトロ」  
 
がつん、という鈍い音がした。  
 
「……大丈夫ですか?」  
机の脚に思いきり脛をぶつけた男へ、パウラは心配そうな声をかけた。  
痛みに顔をしかめながら、偉丈夫が耳元に口を寄せる。  
「……その名を呼ぶのは、私的な時だけにしてくれ」  
頼むから、と呟き、耳を赤くして局長室へ向かったペテロの背中を、  
パウラは笑いをこらえて見送った。  
 
 
 終  
 
 
補足 
il nome(伊)=the name(英)

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