王冠を戴いたのは己の意思。  
それでもそれを重く感じない日は少なくなかった。  
両手で紅茶色の髪をくしゃくしゃに乱し、エステルはベッドに倒れ込む。  
「神父さま……」  
今頃、あの長身の男はどうしているだろうか。  
『エステルさぁ〜ん』  
へにゃっと頼り無さげな銀髪の下の笑顔を思い出すと、胸が暖かくなるのと同時に少しだけ痛くなる。  
引き寄せた小さな黒い布きれを胸に抱いて、エステルは目を閉じた。  
アルビオン女王ではなく、ただのエステルに戻れるのは、くたびれた僧衣の切れ端と共に眠りに落ちるこの一時だけ。  
 
「……さん、……テルさん」  
「……ふぇ?」  
「エステルさんってば、起きて下さいよぉ〜」  
ふと目を覚ましたエステルは、周囲がまだ暗いことを確認するともう一度眠りにつこうとした。  
「エステルさん?」  
定まらない視界の中にぼんやりと浮かぶ人影。  
見たことのある長身、見たことのある銀髪、見たことのある湖水の色をたたえた瞳。  
「ナっ、ナイトロード神父!?」  
思わず飛び起きたエステルの額が、エステルを覗き込んでいたアベルの額に直撃する。  
「……っ!」  
「い……た……っ」  
 
二人揃って額を押さえ、傷みに顔を顰める。  
それからしばし沈黙があり、  
「……ふ、ふふ……」  
「ふふ……ふふふ……っ」  
「あは、あははは……」  
どちらからともなく笑い出した。  
ひとしきり笑ったところで、先に我に返ったのはエステルだった。  
「あ、駄目ですよ神父さま。あまり大きな声を出すと人が来てしまいますわ」  
しいっと口元で立てた人さし指をそのままアベルに突き付ける。  
昔はあまりにも日常的に繰り返されていたその行為。  
「それよりも、一体こんな夜更けにどうなさったんですの?」  
「いえ、たまたま任務でこの近くを通りかかったものですから。エステルさん、元気にしてるかな〜、なんて思いましてね。そう思ったらついここまで来ちゃいました」  
えへへ、と笑うアベルにエステルはがっくりと肩を落とす。  
「ついって……宮殿には夜中だって沢山の見張りがいるんですよ! 見つかってしまったら、いくらあなただって……」  
今度はアベルが人さし指を立てる番だった。  
むぐ、と口を噤んだエステルは、眉を寄せたり下げたり実に複雑な表情をしてから、アベルに向けて華のような笑顔を見せた。  
「……それでも……なんだか嬉しいです。あなたが元気でいて下さって……」  
「私もですよ。エステルさんがお元気そうでなりよりです」  
 
またもや二人の間に沈黙が訪れた。  
今度の沈黙は、やや気まずい空気を含んだものだった。  
暗い部屋にも目が慣れてくる頃。  
広々としたベッドに身を起こしたエステルの身体を包む薄い夜着は、女王の召し物としては質素にも思えるが、上品で質の良いものだと言うことは一目で見てとれた。  
エステルと視線の高さを合わせるために、ベッドについていたアベルの腕がほんのわずか沈み込む。  
「……神父、さま?」  
また、わずか。  
少しずつ、アベルがエステルの方へと身を寄せる。  
まるで目に見えない糸に引き寄せられるように。  
「エステルさん……」  
囁くように紡がれた声は、エステルがアベルと共に旅をしていた時ですら聞いたことがない熱を持っていた。  
アベルの長い指がそっとエステルの頬に伸ばされ、顎までのラインをなぞる。  
それから恭しく、ふっくらとした形の良い唇に触れた。  
「……触れても?」  
 
「聞く前に触ってるじゃありませんかっ!」  
……と。  
いつものエステルなら、アベルの腕を振り払えたことだろう。  
そうすればきっといつもの二人に戻れたに違いない。  
だが、緊張に身を固くしたエステルから拒絶の言葉は発せられなかった。  
アベルの指先がエステルの上唇を右から左へ、そして下唇を左から右へと、その形を確かめるように何度も往復する。  
覗き込んだ青金石色の瞳が揺らめいて、何かを訴えているようだった。  
「エステルさん……止めるなら今のうち、ですよ……」  
その言葉に軽く息を呑んで、それでもエステルから拒絶の言葉がないと知ると、些か乱暴にも思える仕種でアベルはエステルに口付けた。  
「ん、ぅ……」  
きつく閉じられた瞼と同じように結ばれた唇を、舌先でこじ開ける。  
歯列を割り開き、柔らかな舌を探り当てるとエステルの肩がびくりと揺れた。  
逃げる舌を追いかけ、口腔内を味わうように堪能する。  
「……ん、ん……、んーっ」  
「……あの、エステルさん?」  
ちゅ、と音を立てて唇を離すと、涙を浮かべたエステルがアベルを見た。  
「息、しても良いんですよ?」  
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」  
耳まで赤くなったエステルが条件反射で振り上げた右腕、その手首を軽々と押さえ付ける。  
右手でサラリと赤い髪を掬いあげ、露になった耳元に唇を寄せた。  
「ぁ……っ、いや……、神父さ、ま……っ」  
ふっと息を吹きこんで、耳に軽く歯を立てる。  
「嫌、ですか?」  
「やっ、ぁ、ぁあ……っ」  
そのまま舌先で耳だけを責めれば、じんわりと広がっていく甘い痺れに身を捩るエステルの身体を簡単に押し倒すことができた。  
 
アベルの唇が闇夜の中で一層白いエステルの首筋へと落ちる。  
「ぁっ……ダ、メ……ぇ」  
吐息に紛れていや、とかダメ、という言葉が聞き取れるが、エステルからの明確な抵抗はなかった。  
緊張に強張った身体は、アベルがどこに触れても素直に初々しい反応を返してしまう。  
「……ん……ふ、ぅ……」  
縛めるように掴んでいた手首を離して薄い布越しに胸をやわやわと揉みしだけば、甘えるように鼻にかかった声が洩れる。  
それがアベルの耳に心地良く響いた。  
かりりと爪を立てて、既にツンと尖った胸の先を引っ掻くとエステルの背中が小さく跳ねる。  
「ひゃ、……っ」  
「こうされるの、気持ち良いんですか?」  
きゅっと摘まみ上げ、耳元で問いかけるとふるふると首を振って否定する。  
「あっ、や、ちが……、ぁん……っ」  
「じゃあ、痛いですか?」  
「んん……っ、そうじゃ、なくて……っ」  
「よくわかりませんねえ。どっちなんですか、エステルさん?」  
首を傾げて覗き込むアベルの瞳には愉し気な色が浮かんでいたが、恥ずかしさで目を開けることができないエステルは気付く由もなかった。  
 
慎ましやかに夜着を押し上げた突起の色は、さぞかし可愛らしいことだろう。  
すぐにでも暴きたい衝動を堪え、アベルは片手で眼鏡を外しサイドテーブルへと追いやった。  
くるくると円を描くように捏ね、布地ごと唇で食み、最後に軽く歯をたてる。  
「っあ、あは……っ」  
楽器を奏でるのにも似た行為。  
「ねえ、気持ち良いですかエステルさん?」  
「……や、っん……」  
先程よりも強く横に振られる首。  
だが、エステルの全身から立ち上る濃厚な”女”の匂いがアベルの愛撫に感じているだとはっきり伝えていた。  
つう、と指先で身体をなぞるだけで、震える息はますます乱れる。  
大きく捲りあげた夜着の裾から手を滑り込ませ、直接素肌に這わせればしっとりと汗ばんだ肌が掌に吸いつくようだった。  
無駄な肉のない身体を辿り柔らかな膨らみを手の中に収めると、より鋭敏になった刺激に身を捩るエステルの脚が所在なさげにシーツの上を掻いた。  
その動きに気付いたアベルの口元に薄く笑みが浮かぶ。  
「素直じゃありませんねえ、エステルさんは」  
「ひあっ、あ、あぁ……っ!」  
赤子が母乳を求めるようにエステルの胸に吸い付いたアベルが、ちうちうと先端を吸うと一際高い嬌声が上がる。  
「……気持ち良いでしょう……?」  
「……あ、んぁっ、……い……いい……で、すっ……」  
暖かく濡れた柔らかな舌の動きに翻弄され、とうとうエステルの理性の欠片が崩れ落ち始めた。  
 
どれだけきつく吸い上げようが、唾液をまぶして舐ろうが、僅かに食い込ませるように歯を立てようが、出産もしていないエステルのそこから分泌されるものなどあろうはずもない。  
その代わり、最早閉じる余裕もなくなったピンク色の唇からひっきりなしに嬌声が溢れ出る。  
「っぁ、あっ……あ、あああっ……」  
ちらりと視線を落とせば、エステルの秘所は既に濡れそぼり、清楚な下着にいやらしい染みを描いていた。  
ぬけるように白い大腿がもどかしそうにひくついて、エステルが体内に生じた疼きを持て余している様子がありありと伺える。  
「……あっ、ぁは……っ、……ぁ……?」  
急に愛撫を止め、身を起こしたアベルをエステルが快楽に蕩けた目でぼんやりと捕らえた。  
バサリと僧衣を脱ぎ捨てるアベルの姿。  
眼鏡も普段の穏やかさもないその顔は一瞬、かの『世界の敵』と重なって見えたのかもしれない。  
目を大きく見開き、急に逃げるような動作を見せたエステルを、アベルは肩を掴んだだけであっけなく封じ込めた。  
そのままエステルの夜着を剥ぎ取るように奪ってしまう。  
「い、いやぁっ!」  
両手で胸をかき抱いても、下半身が無防備になるだけだ。  
下着に手をかけ、一気に引き降ろす。  
体勢を崩したエステルは、抵抗もむなしく生まれたままの姿をアベルの眼前に曝け出した。  
「あっ、や、いや……っ! 見ないで……見ないで!!」  
必死にシーツをかき寄せようとするエステルは本当に可愛らしかった。  
もっと、もっと啼かせたい。  
耳に甘い声を聞きたい。  
舌に甘い肌を味わいたい。  
そして……秘肉はきっと己の昂りにこの上なく甘いことだろう。  
 

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