「エステル・・・」  
昼夜が逆転した帝国。中天に浮かぶ、非の打ち所の無い輝きがエステルの髪を照らす。  
今宵は満月か。太陽の、射るような光とは違う優しい光。  
「何ですか?閣下」  
エステルは、月に照らされ金茶色に艶光る髪を翻して、後ろを振り向く。  
そこに、同じように月に愛でられたイオンが佇んでいた。その髪は限りなく透明に近い  
水晶の輝きを帯びる。そして、透き通ったガラス細工のような瞳。  
只ならぬ美形と承知していても、月光に満ち満ちたイオンは格別に美しかった。  
言葉も出ずに、馬鹿みたいに彼を見つめる自分が可笑しい。  
「エステル・・・大丈夫かヤ?先程から、様子が変じゃゾ・・・?」  
「あ・・だ、大丈夫ですわ閣下!ただ、今宵は月が綺麗で、つい  
 見とれてしまいましたの!」  
見とれていたのはイオンに対して。顔が熱くなっていく。  
「そちの言うとおりだ。見事な月だて・・・追われる身であろうと  
、この光は誰にでも平等に降り注ぐのじゃナ」  
「閣下・・・閣下は、決して罪人などではありませんわ。」  
「エステル・・・礼を言うゾ。短生種の身で、こんなにも余を案じてくれようとは」  
イオンが少女に持つ想い。それは決して叶わないものだと言い聞かせてきた。  
しかし、逆賊の汚名を科せられた今、その決心が揺らぐ。  
抱きしめることが出来たら。その甘い声で自分の名を呼んで貰えたら。  
このまま、もし捕まれば命はないだろう。  
そうなれば、この想いは届くことなく霧散し、消える。  
イオンの心はどうしようもない程の、愛しさと焦燥で満ちていた。  
 
長生種と短生種。その交わりは、相手に”転向”を起こす可能性がある行為だと、覚醒後に教えられた。  
しかし、自分のこの気持ち。エステルの傍にいたい。  
叶うことなら閨を共にし、全身で彼女を愛したい。  
イオンの中で、2つの葛藤が渦巻いていた。  
1つは、彼女を短生種の命を持つ別世界の人間と割り切り、決して彼女に想いを伝える事無く、  
自分の胸の中だけで彼女の短い一生を愛するか。  
もう1つは、自分の想いを伝え彼女の身体も心も、勿論”転向”を起こした場合、  
彼女の永い生命をも、いつか土に還る時まで愛し尽くすか。  
だが、彼女にとってイオンの気持ちなどどれ程の価値があろうか。  
ヴァチカンの聖職に就くエステルは、一生を神に捧げた。『吸血鬼』である自分からの懸想など、  
重荷でしかないかもしれない。そんな考えが頭を堂々巡りしてゆく。  
―――月が隠れた。2人の顔も闇に呑まれるように影に染まる。  
「閣下?お加減が悪いですか?何か飲みます?欲しい物があれば仰って下さいませ。  
 アスタローシェ閣下の士民の方に言って参りますから」  
「そ、そうじゃナ。では紅茶を貰えるとありがたイ」  
イオンは顔を上げて慌てて取り繕う。  
「紅茶ですね?少々お待ち下さいませ」  
そう言うとエステルは、ふわりと士民服の裾をなびかせて部屋を出て行こうとする。  
「あ・・・エステル!」  
「はい?何でしょう閣下」  
呼び止めたのに理由は無かった。  
ただこのまま彼女が、自分の前から消えてしまうような不安に襲われたのだった。  
その瞬間。  
月が、雲間から出でた。  
それまで影の中にいたエステルの全身に、月光が降り注ぐ。  
ラピスラズリの瞳の、青と金の輝きがイオンを見つめている。  
その美しさに、イオンは言葉を忘れたかのように立ち竦んでいた。  
目には畏敬とも、恍惚ともとれる感情が浮かんでいる。  
 
そして、イオンのその手が宙を彷徨い、部屋を出てゆこうとするエステルの腕を掴んだ。  
そのなんという細さ。少しでも力を込めれば、彼女の腕など小枝の様にひしゃげるだろう。  
「エステル。余が欲しいのは茶などではなイ・・・。」  
「はあ?」  
さすがにエステルも呆れた顔を見せる。ボーっとしていたかと思えば、  
自分が所望したはずの紅茶をいらないと言いだす。  
しかし、その呆れ顔もたちまち慈愛の表情になった。  
(お祖母様を殺されて、帰る家もなくて。最も信頼していたルクソール男爵にも裏切られた。  
 様子がおかしいのは当たり前なのに。呆れるなんて、私は・・・)  
「閣下、腕をお放しになって下さい。私、どこにも行きませんから。何が欲しいんですか?」  
イオンは何も言わずエステルの腰を引き寄せると、自分の唇をエステルの柔らかなそれに重ねた。  
「か、閣下!?」  
「余の欲しいものはエステル、そなただけダ」  
エステルは唇を手で覆い、真っ赤になってうろたえている。  
それが堪らなく愛らしく、イオンは再びエステルを引き寄せ、  
先程よりも長く、気持ちを込めて口づけをした。  
歯と歯のぶつかる軽いが淫靡な音と、エステルの恥じらいがイオンを熱くする。  
「閣下。どうしてこんな―――」  
「エステル、聞いて欲しイ。余はこのまま捕縛されれば間違いなく死罪であろウ。  
 キエフ候が尽力されても、余の疑いを晴らすには足りないかもしれヌ。  
 だが、余が恐れているのは死ではナイ。  
 余の抱いている想いを、愛するものに伝えられないことダ。  
 ・・・余はエステルが好きダ。種族など関係ない。誰に後ろ指を差されようと、ソナタを愛する気持ちは変わらヌ!」  
エステルは俯いて黙った。彼にかける言葉が分からない。  
「迷惑なのは承知の上ダ。この気持ちがエステルの枷になるのであれば、  
 このまま余を突き放して構わナイ。恨み憎みもせヌ。」  
その言葉とは裏腹に、彼はエステルをきつく抱きしめた。  
だが、逃げようと思えば。エステルが突き飛ばせば、イオンは簡単に彼女を開放するだろうと、  
何故かエステルには分かっていた。彼が心の中で捨てられる恐怖に震えていることも。  
エステルは夜空を見つめながら、イオンをそっと胸に抱いた。  
「閣下、ありがとうございます。私の事をそんなに想って下さって。  
 私も閣下が好きです。まだ私が全然知らなかった沢山の事を、閣下は教えて下さいました。  
 長生種のこと、帝国のこと。・・・私の”好き”と閣下の”好き”は、ちょっと違うかもしれません。  
 けど、私、それ以上貴方が苦しむのも、悲しむのも見たくないんです。  
 だから・・・貴方の気持ちを私に下さい。2人なら、どんなに辛くても分かち合っていけますから。」  
イオンは、大きな目を見開いてエステルを見つめた。  
「エステル・・・」  
「もう何も言わないで。」  
エステルはイオンの唇を指で塞ぐと、彼の瞼にそっとキスをした。  
 
月光に満ちた空間に、囁きのように密やかな衣擦れの音が聞こえる。  
羞恥に顔から首まで赤く染まったエステルの服をイオンが剥ぎ取ってゆく。  
士民服を取り去れば、残るは飾り気の無い下着のみ。  
その無防備な姿態と、初めての経験にエステルは両腕で自分の上半身を隠した。  
「エステル。其のように硬くなっていてハ、余は何も出来ぬゾ?」  
首筋に唇を押し付けながらからかうように言うイオンに、  
「だって・・・恥ずかしくて・・・どうしたら良いのか分かりませんわ」  
消え入りそうな声で、それでも何とかエステルは応答する。  
(さっき閣下にあんな事を言ったばかりなのに・・・何も出来ないどころか  
笑われちゃうなんて・・・私ったらなんて情けない)  
それでもイオンの指や唇が触れる度に、身体がビクリと反応する。  
脱ぐものなど、もう下着しかないのに身体中が熱くてたまらない。  
『ぁ・・・!!』  
エステルがふいに声をあげた。  
イオンが彼女の腋の下に手を差し入れて持ち上げ、豪奢なゴブラン織りのソファに腰掛けたのだ。  
そして膝の上に、自分と正面に向かい合わせる形でエステルを乗せた。  
その様は、ちょうど馬に乗るように太腿を開いた状態だ。それも下着だけで。  
それにしても、ほんの少年にしか見えないイオンが、軽々とエステルを抱き上げるその力に、  
エステルは改めて彼が長生種なのだと思い知らされる。  
「ちょっ・・!こんな格好、恥ずかしいですよ!降ろして下さい!」  
「やダ。この方がソナタの顔がよく見えるであろ?」  
プッと頬を膨らませる、駄々っ子のようなイオン。  
その態度とは裏腹に、彼の手は素早くエステルのブラのホックを外しにかかった。  
お世辞にも豊かとは言えないものの、ツンと上を向いた形の良い乳が外気に晒される。  
「わっ!イキナリ!?閣下!!」  
エステルの抗議をさらっと受け流して、そのサクランボ色の先端を、舌先でチロリと弾く。  
「ゃあっ・・・!」  
更にイオンはメトセラの証である長く鋭利な牙で、軽く噛んでは、優しく舌で弄ることを繰り返した。  
「は・・・あっ・・くぁ・・・」  
エステルの熱い息が耳元にかかる。  
もっとその声が聞きたい。熱い息はイオンを否応無く高ぶらせた。  
右手がエステルの太腿へと伸ばされる。  
撫でさするように、太腿の内側を這い上がっていく手によって、  
これから何が為されるかに気付いたのか、エステルは内腿に力を入れ  
それ以上開かせまいと必死になった。  
 
 

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