「入れ」  
「失礼します」  
 
帝国海軍所属のスペシャルエージェント・・・名前はないが「GG」と呼ばれるその女性は  
表情を崩さぬまま彼女の直属の上官にあたる対面の初老の男に略式の敬礼を交わした。  
 
「早速だが今回のミッションについて、まずは机の上の資料を」  
「その前に」  
 
手を上げて相手の話を制止する。ここで言うべき事は言っておかなければ相手の男は  
いつもの通りに淡々とした口調で必要な事だけを並べてそれで会話を終わりにするからだ。  
 
「私は確か休暇中のはずよ。覚えていらっしゃいます?必要なら承認済みの書類をお見せしますけど」  
「この不景気に仕事があるというのは大変結構な事だ。そうは思わんかね?GG」  
「うちの場合は仕事がない方が世界は平和で結構な事じゃないかしら」  
「労働という行為は高尚なものだ。何もせず無為に日々を過ごすよりかはずっと良い。  
その内容が道徳的においてはどのような位置づけされるかはさて置いて、な」  
 
これもいつもの事である。どうせ口に出して反論した所で無駄ではあるがしかし今回は事情が異なる。  
休暇を申請して取り消されたりするのはよくある事だ。GGというエージェントでも最高位の称号を持つ  
彼女の休暇の申請があっさり蹴られるのは”彼女にしかできない”高度なミッションがそこにあるからだ。  
しかし休暇”中”に強引に引っ張られてくるのは初めてであり、また彼女はつい先日、別のミッションを遂行  
したばかりであり、まだそう日は経っていない。  
必要なだけの休息を取ってモチベーションを高める事で良い仕事ができる、彼女はそれを信条とし事実  
彼女はそれだけの実績をあげてきたし上層部もそれは理解していてくれていた。  
少なくとも今まではそうだった・・・余程の事態が起きたのだ。それは理解したくないが理解できる。  
しかし今の彼女にとっては帝国の平和よりバカンスの方が重要だ。  
美少女達が海で泳いでいる、その姿をウオッチングする事により自分達がこの国の平和を陰で支えている  
のだという揺るぎない使命感と奇妙な満足感、そしてささやかな幸福感に包まれ・・・要するに至福のひと時を  
邪魔されたのだ。文句の一つも言いたくもなるのが人情と言うものである。誰がそれを責めることができよう。  
 
「先日のトリスティアにおける怪現象について君とBBの報告にあった例のプロスペロの孫娘だが」  
「彼女は巻き込まれたクチであり被害者です。そう報告したはずですけど」  
「・・・今更語るまでもないが帝国はプロスペロ・フランカを超法規的な人物として扱っている。  
 彼の超人的な才能とその常人離れした行動力は、その気になれば世界の一つや二つ程度は崩壊  
 しかねない、そう我々は判断し、そして今日まで彼を保護してきた」  
「監視の間違いでしょ?」  
 
”過去の偉い人より現在のバカンスだっつーの”素っ気無い彼女の態度を無視し男は続けた  
 
「どう取ってくれても構わんが、彼が世界を動かせるだけの存在なのは誰も知っている事実だ。現在もな」  
「でもトリスティアの時は自分の孫娘が危なかったにも関わらず何もできなかった。若い頃はともかく今は  
 もう引退したただのお爺さん。実際もうプロスペロの名前なんて教科書に載ってる程度の存在よ」  
「・・・彼についてどれだけの知識を持っているかね」  
「これと言って特別なものはないわ。『近代工房術の開祖』『失われたパシアテの遺産を復興させた奇跡の人』  
 あとそれから・・・ああ裏の非合法な工房士連中の組織やら秘密結社やらを崩壊させたってのもあったわね」  
「世間ではあまり知られていないが彼が若い頃、先の大戦においてその実力を遺憾なく発揮させていた件。  
 そして今現在においても工房術において彼の右に出る者はないという事実。  
 老いて引退しても尚、政治・経済・軍などありとあらゆる方面において未だ彼に助言を求める者も少なくない。  
 さてそんな人物が何もできなかったと思えるかね?」  
「何が言いたいの?」  
 
「彼は何も出来なかったのではない。『知ってて何もしなかった』のだ」  
 
「・・・?」  
「彼は全てを最初から知っていた、その上で何もしなかった。そう言っている」  
「それはうちが介入して即時解決するからその必要がなかった。信用されているわね」  
「君には説明してなかったが上の方では最悪、プロスペロ氏に一時的ではあるが全権を委ねるという案も出されていた」  
「それは・・・私達が万が一失敗した場合に備えて、という意味で?」  
 
あまり愉快な話ではない。否、率直に言って不愉快である。  
昔、活躍したからと言っても今はただのおじいちゃんに現役の自分達以上の事がどれほどできると言うのか。  
そう思いはしたがさすがに口に出すのは憚られる。  
今話している自分の上司もプロスペロと何らかの接点がないとは言い切れない。  
 
「幸い我々の尽力によってそこまでの事態に至らなかった。よってその話はもう済んだことだ。  
 話の腰が折れたが孫娘のナノカ・フランカについてだが、氏の孫であるという点は決して見過してよい対象ではない。  
 我々とは別に他のセクションでは彼女についての過去の実績や能力についてのある程度調査を進め・・・  
 いや、結論から言おう。我が国は彼女を重要人物として認識することにした」  
「才能?それともプロスペロの血縁だから?」  
「両方だ。前回の様に彼女の身に何らかの現象が起きたと仮定してそれによりに彼女あるいはプロスペロ氏が  
 何者かの悪意で動かされる様な事態が発生してからでは遅すぎる」  
「上層部が重い腰をようやく動かしたってわけね・・・」  
「一応はな。だがいかんせん彼女の能力については未知数な部分が多い。仕方のない事だが実績が少なすぎる。  
 トリスティアの復興については彼女が非凡である事の証明にはなりえたが、我々としてはもっと彼女の能力を  
 十分に把握しておく必要がある。祖父以上の器かあるいはそこまで至らぬかだけでも、な」  
 
公的な機関が一個人を保護、あるいは監視するのは余程の人物でもない限りその様なケースはまずありえない。  
プロスペロ・フランカという人物はその稀なケースの一つである。  
そして今回、その孫娘もまた祖父程でないにせよそれなりに重要な人物として選ばれたのだ。  
尤も本人の意思とは全く無縁ではあり、選ばれたからと言って彼女にとっては喜ぶどころかはた迷惑な話ではあるだろうが。  
彼女の興味の対象は俄然、バカンスからナノカ・フランカという一人の少女に移行された。  
 
『うっわ可愛い!・・・やだこの子、腰細っ。抱きついたら折れちゃうかも(ジュルリ)やば、ヨダレ拭かなくちゃ  
 後でこの写真、焼き増ししてくんないかなあ・・・あ、自分で撮ればいいか・・・肌白いなあ・・・このポニテがまた』  
 
上司の咳払いでハッと我に返る。心の声はとりあえず置いといて、話を逸らすようにふと沸いた疑問を口にした。  
 
「プロスペロ氏本人の護衛の方もうちの担当?」  
「彼に護衛の必要はない。あれはそういう存在だ。監視だけで事が足りるしそれ以上の干渉はしない」  
「ナノカちゃんには個人的に立派な護衛がついていたと思いましたけど?犬と猿とキジだったかしら?」  
「確かに立派な護衛には違いあるまいが、そういったレベルの話をしてるのではない。  
 いくつかの国の組織や企業が彼女の才能に気づき、接触を測ろうとしているとの情報が来ている。  
 我々帝国がそういった輩に先にイニシアチブを取られるような事は断じてあってはならん」  
「ハンプデンは?資料だけ見ると随分と接触しているようですけど」  
「ハンプデンには現在の当主もまた時期当主候補も帝国に二心はないと判断した」  
「今回のミッションはそういう方面での対象のお守りがネックってわけね。護衛というより監視よね」  
「今回に限り必要以上の接触を取っても構わん。友人として接触できればそれに越したことはない」  
 
『悪くないミッションね』  
 
今までの血生臭かったり危険極まりない荒事と比べれば今回は可愛い美少女とお友達、しかも上層部公認で  
アンナコトやコンナコトしてもいい!(言ってません)という美味しいお仕事である。  
休暇を返上するのだからこれくらい当然、むしろ足りないくらいと言うべきだろうか。  
 
「本題はここからだ。たかが少女一人の護衛のためにわざわざ休暇中に呼び寄せたりなどせん。彼女の護衛云々は  
 あくまでもお前さんのやる気を出させるための方便に過ぎん。ミッションのおまけ程度に頭の隅っこにでも置いておけ」  
 
 
 
『見透かされたか。サルオヤジめやるじゃない』  
 
「ネオスフィアは知っているな?あそこの元老院がプロスペロに自国の復興を依頼してきたという報告があった」  
「元老院?王国から直接ではなくて?」  
「事実上あの国は元老院がほぼ全権を握っている。そしてそこの議長は帝国に対する心象は芳しくはない」  
「今回のターゲットはその元老院ってわけね」  
「そうだ。元老院が何を企んでいるかそれを探ってこい。プロスペロは今回の依頼に名代として自分の孫娘をよこすそうだ」  
「それでナノカちゃんと仲良くなれというわけね・・・」  
「その方が何かと動きやすいし護衛も兼ねてしかもお前もやる気が出る。一石三鳥だな」  
「・・・直接プロスペロ氏に協力を要請した方が早いんじゃない?」  
「既に引退している人間、それも老体にそこまで求めるのは酷と言うものだ」  
「本音は?」  
「上層部としてはあの老人にこれ以上貸しを作りたくはない。質問はそれだけか?」  
「ナノカちゃんについての現状は?危険度としてはどの程度のレベル?」  
「ナノカ・フランカの件に関しては現時点では監視程度に留めておいて問題ない。  
 先刻も言ったがマークされているとは言えあのプロスペロの孫娘だ。彼女に何かしようものならプロスペロの制裁が  
 待っているのは火を見るより明らかだし連中もそこまで直接的な行動に出るほど馬鹿ではあるまい。  
 保護者であるプロスペロ氏も我々に護衛等を要請してるわけではないのだからな。」  
「私一人でも特に問題ないと思っていいわけね」  
「必要なら人数を手配する。が、直接的な方面での護衛はそれこそ彼女のお付きの連中に任せればいい」  
「必要以上の接触は構わないと仰いましたが、どの程度まで許容されます?  
 場合によっては本命のミッションの方でナノカちゃんに協力を要請する可能性もありますけど」  
「その辺りの判断は任せる。必要なら身分を明かしても構わん。ネオスフィアでの君の仮の身分についてだが・・・」  
そして私は昼はフェアリ・ハイヤフライという一介の町医者、夜はEスーツをまとう女エージェントとして活躍し・・・  
 
 
・・・あれから1年が過ぎた。  
ネオスフィアでの一件により、ナノカ・フランカの帝国における彼女の存在価値は確固たる物となっていた  
・・・監視対象としてであり、その原因が私の報告書にあるのはおいといて。  
 
「報告書は読ませてもらった。彼女が第三世代の工房士として現時点での最有力候補に挙げられるという意見に関しては私も同意見だ」  
 
相変わらず淡々と語るお方。  
 
「それで彼女に対する今後の我々の対応は?」  
「これから先は彼女をプロスペロ氏の次に重要な人物として扱う事となるだろう。当人がどう思うかは別だが」  
「女王についての処遇は・・・聞いてもいいのかしら?」  
 
正直、胸が痛む。仕事とは言え結果的に彼女を国外追放の様な状態にしたのには私も一枚噛んでいるのだから  
 
「留学生としてフルクラムへ招き、彼女はそこである程度の自由と生活の保障はされる・・・言うなれば事実上の軟禁・・・なのだが」  
「何か問題でも発生した?」  
「その件についてプロスペロ氏がまた横紙破りをやろうと画策をしているようだ。まあ恐らくは女王の身柄の自由等についてだろう。  
 が、これについてはうちは干渉はせん」  
 
ナノカのお爺様ビバ!!・・・何よオヤジ。その目は何。今回は顔には出してないつもりだけど見透かされちゃった?  
 
「好きにさせても構わないと?」、  
「今回の件でプロスペロ・フランカの工房士としての実力は未だ衰える事知らず、引退など微塵もする気がないという事が判明した。  
 帝国としても彼のヘソを曲げるのは国益を損なう事になる。ある程度の要求を飲んでも彼とその孫娘を得られるなら安いものだ」  
 
なるほど、そういう計算か。あれちょっと待って・・・それってあの女王様はじゃあダシに使われたって事にならない?  
ていうかお爺様いいように動かされちゃってない?・・・ま、いっか別に。それであの子が助かるんならそれで。  
 
「どうかしら?プロスペロ氏個人はともかくナノカちゃんの方はああいう子ですから・・・」  
「率直に言って、我々は彼女の能力は高く評価している。しかしそれ以外の面で彼女にはどれだけ期待して良いか疑問がないわけではない」  
 
え?いやちょっと待ってよ。うちのナノカは天才よ?ちょっとアンタ!うちの子にケチつけようっての?  
 
「ナノカ・フランカは祖父に匹敵するだけの実力の持ち主と判断し、そう報告した私の見解が間違っていると仰りたいの?」  
「これはあくまでも仮定に基づく話だが・・・プロスペロ工房術には表と裏の二つの面があるように思われる」  
「仰っている意味がよくわかりませんわ」  
「表とは・・・街の復興、人類の文化の発展、政・経・商、全ての分野における言わば平和な時世において発揮される。  
 裏とは・・・先の大戦におけるプロスペロ氏の資料を一度は目を通したはずだな?つまりそういう事だ」  
 
・・・そういう事か。  
 
「彼女は・・・ナノカ・フランカは確かに人を傷つけるような真似はできない、あの子は優しい子です」  
「プロスペロ氏は必要と考えたら躊躇せず人を殺す」  
「・・・・・・・・・・・・!!」  
「彼の作ったビッグE然り、ファイアフォックス然り。戦時中というフィルターを通し彼はその才能を遺憾なく発揮させた。  
 彼の作った兵器は帝国に勝利をもたらすために確実に着実に念入りに必要な分だけ人を殺してきた。  
 そのおかげで先の大戦は我が帝国が勝利し、工房術の発展も飛躍的に進歩した。戦争の早期終結のために彼は尽力を尽くしてきた。  
 ではナノカ・フランカはどうか?」  
 
あの子は虫だって殺せな・・・殺すわね、うん。研究が絡んだらそこら辺はドライなとこあるし。けど人間相手だと・・・  
 
「・・・彼女には・・・できないでしょうね」  
「上の方で問題にしている点はそこにある。そして帝国が未だに彼を必要としているのもな。なるほどナノカ・フランカは祖父を超える  
 天才かも知れん。だが彼女は非常の事態に非情に徹する事ができるのか、その才能を”使う”事ができるのか」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
返答に窮した、いや窮するとかそうじゃなくて!そんなの10代の女の子に求めるなっての!  
 
「逆にいえば彼女がその方面に目覚めた場合、それが我々の手中なら良し。だが帝国以外ならば・・・それは脅威でしかない。  
 この場合、本人の意思はさほど問題ではない。拉致や洗脳など我々の世界ではそう珍しい話ではないからな」  
 
!?・・・彼女の意思云々さえクリアすれば確かにそれは脅威かも知れない・・・ハイライトの消えた目をしたナノカちゃん・・・  
ダメダメ!そういうのはベッドの上でお姉様であるアタシとだけでいいのよ!  
 
『フェアリさん・・・』  
『そうじゃないでしょナノカ、アタシの事は何て呼ぶんだっけ?』  
『フェアリお・・・////。やだ・・・恥ずかしくて言えないよぉ・・・』  
『ちゃんと言ってくれなきゃ・・・もう二度と可愛がってあげないわよ?』  
『そ、そんなのイヤ!』  
『じゃあ早く言いなさい』  
『フェ、フェアリお・・・・・お姉様!』  
『いい子ね・・・さ、こっちにいらっしゃい。貴女の大好きなお注射をしてあげるわ・・・フフフ』  
『痛くしちゃ・・・やだよ?』  
『あら?アタシが貴女の嫌がるようなことを一度でもした事があって?』  
『ない・・・けどお注射怖いよぉ・・・』  
『大丈夫、怖くないのよ。これはとっても気持ちよくしてくれるんだから・・・。さ、お尻を上げて』  
これね!!  
 
「聞こえてるかね?この際、彼女の意思や思想は二の次であって問題なのはその才能が国外へだな・・・」  
「護衛役ってまだ決まってませんよね?ね?(ダラダラ・・・)」  
「まずは鼻血を拭きたまえ。残念ながら優秀なエージェントには世界中方々を飛び回って頂くという重要な任務が待っておってな」  
「酷っ!?」  
「お互いにこの不景気に仕事があるのは結構な事だなGG。帝国内にいる分なら我々の目の届く範囲だ。誰にも手出しはさせん。  
 君の任務は彼女が帝国外へ飛んだ場合・・・」  
 
「ねえスツーカって血液型何?」  
「あのなナノカ・・・キミはワタシが何なのか理解して言っているのかね?」  
「あ、ごっめーん。何ていうかスツーカって人間臭いんだもん。絶対人間だったらおヒゲが似合うダンディーな叔父様だよきっと」  
「たまに思うがキミの感性はマスター以上にわけがわからないとこがあるな・・・ワタシは自分では学ランが似合うちょっとイカした  
 不良少年というレッテルを貼られているが吐き気のする『悪』に対して・・・いやそれより何故?今、そんな話を?」  
「んっとね、今アカデミーの間で流行ってるんだよ”血液型占い”」  
「ハァ?いったいキミらはいつの時代の生まれだ?流行ってるってワタシがマスターに作られた頃にはとっくに廃れてたぞそんなの」  
「時代がまた一周してきたんだよ。流行り物ってそういうとこあるじゃない」  
「ないない。キミらが古臭すぎるんだ・・・まあそれは置いといて。で、ナノカ。キミの占いはどうだったんだ?」  
「ちょっと待って。うーんとね・・・今月は『懐かしい人に出会える』だって」  
 

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