「で、何で私がナノカの作ったモノの実証をしなくちゃいけないんですか」  
 帝都の天才工房士、パナビア・トーネイドは顔中で不服の意思を示しながらそう言った。  
 ここはEテク医療師フェアリ・ハイヤフライの診療所。  
 そこで何故か彼女は、フェアリからある提案をされていた。  
「いいじゃないの。同じ工房士からの意見なら、臨床実験としても申し分ないだろうし」  
「私が聞きたいのは、何で私がナノカの手伝いみたいなことをしなくちゃならないのかってことです!」  
 まあ要するに彼女は、ナノカを手助けするのが気に食わないというわけである。  
 ちなみにその当人、既にお供のテンザンに乗って帰宅中である。  
 フェアリがお礼と称して注射をしようとしたが、それは鮮やかに断った。慣れたものである。  
「いいじゃない」  
「いやです」  
 間髪いれず即答する彼女に、フェアリはちょっとむっとした。そして、何やらよく分からない機械を取り出すと、そのスイッチを入れる。  
『意地悪、しないで……』  
「ぎゃわぁぁあぁああぁっ!?」  
 急に流れ始めた自分の恥ずかしい声に、パナビアは半狂乱になりながらフェアリの取り出した機械を奪った。  
 そのまま地面に叩きつけて、自分の巨大な工具で粉々に粉砕する。  
「ああ、それコピーだから」  
「いつの間にっ!? いつの間にこんなモノ録ったの!? しかもコピーまで!?」  
「ひ・み・つ☆」  
 息を荒らげながら聞くパナビアに、フェアリは可愛く返事をした。流石はエージェント。抜け目が無い。  
「ふふふ……それのマスターが欲しければ、協力するのよ」  
「立派な脅迫よ! それは!」  
「まあ、市場に流すなんて下衆なことはしないけど、寂しい夜のスパイスとして使わせてもらうわ」  
「十分下衆よ! ヒトのぁ……声をヘンなコトに使わないでよ!」  
「ああ……今から愉しみだわ。えっちな声で懇願する美少女の……」  
「会話をしろぉぉおおぉぉおぉぉっ!」  
 トリップし始めたフェアリに、パナビアは魂が弾け飛ばんばかりに絶叫した。  
 
「まあ、何のことは無い、小型マイクロ波治療器なんだけど」  
「それよりも私は、何で椅子に座らせられてるのかのほうが気になりますが」  
 結局パナビアは、フィルムのマスターと交換条件で臨床実験を受けることにした。  
 もっとも、それよりもあの後輩の作った機器の精度が気になったというのが本当のところだが、それは悔しいので言わないでおく。  
「しかもなんだか本格的な椅子だし……」  
 医療器具に関してはあまり詳しくは無いが、拘束用具のついた、本格的なものだということは分かる。  
 そう、まるで分娩椅子のような――  
「まあ、ソレ用の椅子だし」  
 などと気軽に返事をしながら、手早くフェアリはパナビアの手足を拘束した。  
 あまりの手際の良さに、パナビアは反応することが出来なかった。疑問符を浮かべている間に、がっちりと拘束され、動くことが出来なくなる。  
「え……あれ?」  
 間抜けな声を漏らすが、フェアリは聞いてないようだった。棚の奥から、何やら薬品や器具を取り出し始める。  
 フェアリが用意を済ませた辺りで、やっとパナビアは自分の状態に気づき、体を起こそうとして――ベルトに阻まれた。  
 仕方ないので、そのまま抗議の声を上げる。  
「ちょ、ちょっと! なんでわざわざ拘束するわけ!?」  
「いや、だってほら……暴れられても困るし、念のため」  
「暴れそうなことをするのね!? これから!?」  
「うーん。多分」  
「多分って何よ多分って! ちょっと、こら!」  
 そこから先は、聞いてもらえなかった。制服の肩口をずらされ、よく分からないジェル状のモノを塗られる。  
「ひゃ……っ」  
「えーっと『患部に専用のジェルを塗り、発信機を当ててからスイッチを入れてください』ふむふむ……」  
「ちょ、ちょっと……塗り方がやらしいんだけど……」  
 自分の肩を撫で回すフェアリに、顔を赤らめながら抗議する。  
 だが、相変わらずというかなんと言うか、全く意に介していない様子で、フェアリは丸い発信機をジェルの染み込んだ肩に当てた。  
 どういう機構になっているのか、ぴったりとフィットする。  
「で、スイッチオン、と……」  
 フェアリがスイッチを入れると、ヴン……という低い音がして、マイクロ波治療器は稼動し始めた。  
 
 低音低振動のマイクロ波発信機は、接触している患部――具体的にはパナビアの肩に、丁度いい刺激を送ってくる。  
 ぽかぽかと、患部が中から熱を発し、ゆっくりと筋肉疲労をほぐしていた。  
「あ……これ、いいかも……」  
「ほほう」  
 うっとりとした声を漏らすパナビアに、フェアリはあごに手を当てて相槌を打った。  
 つんけんした顔も悪くないが、こういう顔も可愛くていいなぁなどと考えながら、心のアルバムに刻み込む。  
「さすがはプロスペロ流工房術。こういった治療器もお手の物って感じ?」  
「ま、まあ、ナノカが作ったにしては悪くない出来ね……」  
 ふっ、と顔をそらして平静を保とうとするが、それはあまりにも遅かった。  
 既にあの顔はフェアリの心のアルバムに刻まれている。しかも殿堂入り。ついでに今の顔もだ。  
「なんだか今流行のツンデレみたいね」  
「……何ソレ」  
 憮然とした表情で聞き返すパナビアに、フェアリは舌を出してそっぽを向いた。答えるつもりは無いらしい。  
 その代わり、別のことを聞いてきた。  
「それより、機器としての出来はどう?」  
「……まあ、悪くないと思います。問題点は、専用のジェルが必要なことくらいでしょうか。  
 医療機器として病院に置くならともかく、個人使用には不向きですね」  
「ふむふむ。一応スペック上は、筋肉疲労以外にも内臓治療とかに使えるみたいだけど」  
「そればかりは私じゃ無理ですね。一応これでも、健康には気を使ってるので」  
 ナノカの渡した説明書を読みながら、フェアリが続ける。  
「あと、医療用マイクロマシンとの併用も可能らしいけど」  
「……それは臨床実験しようにも出来ませんね。さすがにインプラントしてませんし」  
「ふぅむ……」  
 あごに手を当てて考え込む。じろじろとパナビアの体を、まるで品定めするかのように眺める。  
 なんとなくイヤな予感がするが、拘束されている以上、どうしようもなかった。  
「じゃ、じゃあ、これで臨床実験は……」  
「インプラント、してみる?」  
 イヤな予感は、的中しそうだった。  
 
「なんで!? どーして、一介のEテク医がマイクロマシンとか持ってるわけ!?」  
 ぎしぎしと、拘束されて動かない四肢を必死で動かそうとしながらパナビアは喚いていた。  
 別に、マイクロマシンを持ってるから喚いているのではない。もっと別の理由がある。  
 今パナビアは、変形した椅子によって、大きく脚を広げさせられていた。  
 何のことは無い、本当に分娩椅子だっただけのことである。  
「てゆーか、このカッコにする意味無いわよね!? おいこらちょっと!?」  
 先ほど取り出した薬品を確認する。さっきはしっかり見てなかったから分からなかったが、あれは医薬品じゃない。もっと別の何かだ。  
「てゆーか、ムダに高スペックな治療器なんか一日で確認できるわけ無いから!  
 臨床実験ってゆーのは、もっと多人数の普遍的データをですね! ちょっと聞いてる!?」  
 フェアリは全く聞いてない。残念。  
 棚の奥から、小さい箱を取り出してくる。あれに医療用マイクロマシンが入ってるのだろうか。  
「古来より、人類の発展はその探究心と好奇心によって支えられてきた……」  
「……え、ええ、まあ、そうね……  
 Eテクの普及や発展の影には、幾人もの探究心と、一握りの天才が確かにありはしたけど……」  
 急につぶやきだしたフェアリに、思わず同意する。一握りの天才とは、かのプロスペロ・フランカ――ナノカの祖父のことだ。  
 Eテクに関わり、工房士を目指すものならば、知らぬものはいない――神にも等しい名前。  
 その孫であるナノカ・フランカも、また神の子に等しいとすら言われている。だが、それがどうした。  
 そんな理由で頂点に立つことを諦めるほど、パナビアは卑屈な女ではなかった。むしろ、望むところだった。  
 パナビア・トーネイドという少女は、骨の髄まで工房士なのだ。出来ぬと言われればそれを成そうとし、壁があるならばそれを越えようとする。  
 オリハルコンの輝きさえあれば、工房士に不可能など無い――  
 それが、彼女のプライドであり、信念であり、生き様だった。  
 ただまあ、今はあまり関係ない。その強い意志を持った少女は今、分娩椅子で脚を広げられて、とてもはしたない姿を晒している。  
 しかもそれをした当人は、くつくつと邪悪な笑みすら浮かべている。  
 工房士パナビア・トーネイドは、無力だった。一部の隙も無く。完膚なきまでに。問答無用で。  
「……そう、つまり、技術の発展は好奇心によって成り立ってるのよ」  
「ええと、まあ、確かに、そーいう面も無きにしも非ずっていうか……」  
 無力であるがゆえに、今の彼女は工房士ではなかった。一人の少女として、危機を迎えていた。何故か医者の手で。無免許だけど。  
「つまりこれも好奇心が成せる技術への発展がどーたらこーたらええい面倒よお姉さんに恥ずかしいところ見せなさい!」  
「ただのスケベ心だそれわあぁぁあぁああぁぁっ!」  
 本日何度目になるか分からない叫び声が、診療所の壁を叩いた。  
 
「ふふふ……女の子の秘密の花園へごー、よ」  
「いやもう、なんてゆーか……勘弁して」  
 鼻息荒くつぶやくフェアリに、パナビアは泣きそうな気分でそう言い返した。  
「大体、さっき散々弄ったクセに……」  
「いやまあ、触ったけど見てないし。うん、絶景かな絶景かな。観音様ー」  
「拝むなっ!」  
 オヤジ臭いことこの上ないフェアリに、パナビアは情けない気分になってきた。  
 こんなのが帝都のEテク医の基準と思われでもしたら困る。いや、さすがに誰も思わないか。  
「だがな、大佐」  
「誰よ!?」  
「正直、性欲をもてあます」  
「やかましいっ!」  
 前言撤回。こんなのが帝都にいると思われるのが困る。  
 そんな彼女の心情などお構い無しで、フェアリはスプレーのようなものを軽く振り出した。  
「何それ」  
「シェービングクリーム。ムースタイプ」  
 事も無げに返しながら、手に出す。なるほど確かにシェービングクリームのようだ。しかし、それを一体何に――  
「え、ちょ、まさか――」  
 パナビアの言葉には一切耳を貸さず、フェアリはそれを露わになった茂みに塗りたくった。  
 丹念に引き伸ばし、じっくりと染み込ませると、今度はカミソリを取り出す。  
「な、なんで剃るの!?」  
「そりゃまあ、そのほうが興ふ……ごほごほ、装置取り付けにくいでしょ」  
「言い直した! 今なんか言い直した!」  
「細かいわねぇ。趣味よ趣味」  
「開き直った! この人開き直った!」  
「はいはい、動くと切っちゃうわよー」  
 
 さすがに大事なところに傷をつけられたくは無いので、パナビアは大人しく剃られるがままになった。  
 ベルトで拘束されて動けない以上、抵抗は自分を傷つけるだけである。  
 が――  
「あ、あの……なんか余計なことしてない?」  
「そーお?」  
 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、カミソリを動かす。もちろんこのEテク医、余計なことしまくりである。  
 丁寧に剃るために指を動かしているように見せて、ちゃんと弄っている。抜け目が無い。  
 微妙な刺激を与えられ続けた後、軽く一撫でして離れていく指に、パナビアは何故か名残惜しさを感じた。  
 が、すぐにその考えを振り払う。二度も三度も堕ちてたまるか。  
「さて、じゃあインプラントしますか。大丈夫、イタいのは最初だけだから」  
「いや、無針アンプルだし……」  
 半分諦めたような感じでつぶやくが、やっぱりフェアリは聞いてなかった。  
 これから行われることは予想される。が、自分はさっきとは違い、覚悟が出来てる。  
 来るなら来てみろ。真の工房士は諦めない、挫けない、折れたりしない……!  
「ん……」  
 プシ、という小さな音を立て、マイクロマシンが注入される。  
「さて、次々。早くしないとね」  
 そう言って、今度はジェルを手に取る。お願いだから、新しい料理に挑戦するかのような調子でやるのはやめて欲しい。  
「おやぁ? 何か勃ってますよ?」  
「気のせいです」  
 ぷい、と顔を背けながら答える。こんな状態では誤魔化しようも無いが、それでもパナビアは抵抗した。  
(誘ってる!? 誘ってるでしょ!? お姉さんを誘惑するなんて、何て悪い子なの!?)  
 フェアリの頭の中では、こんな言葉が鳴り響いていることも知らずに。  
「ふぅん……そっか、気のせいかぁ」  
 ニヤリ、と、口の端を大きく吊り上げる。眼鏡が蛍光灯の明かりを反射して、その奥にある瞳を隠した。  
「そっかぁ、なんかこりこりしてるけど、気のせいかぁ。お姉さん、確認のために触診しちゃおー」  
「あひぃっ!? ごめんなさいごめんなさい気のせいじゃないです弄らないでぇっ!」  
 守るものが無くなった急所を弄り回され、パナビアは慌てて謝った。  
 
「最初っから素直になっておけばいいのよ」  
「ううう……酷い……」  
 得意満面で言うフェアリに、パナビアは半泣きでつぶやいた。既にこの工房士、挫けそうである。  
 もはや抵抗の意思すら見せることも出来ず、マイクロ波発信機が設置される。  
 そのままスイッチが入れられ、低音低振動のマイクロ波が患部を中から治療しようと働きかける。  
「あの……何かざわざわするんですけど……」  
 顔を赤らめながら、自分の大事な部分に設置された機械を眺める。  
 さっき肩にされた時とは、何か違う気がする。さっきはじんわりと暖かくなったが、今は何か別の刺激がある。  
 まるで、電気でも流れているような、そんな断続的な刺激がパナビアの下腹部に走っている。  
「どんな感じ?」  
「い、言うんですか……」  
 何の羞恥プレイか、とパナビアは胸中で毒づいた。が、ここで逆らっては何をされるか分からない。  
 既に工房士パナビア・トーネイドは、白旗をあげていた。  
「ええと……血流に合わせて、断続的な刺激が。あと、何か痺れるような感じがします……」  
「ほうほう。気持ちいい?」  
「……医療レベルでなら」  
 これは本当だ。性的な快感は、あまり感じない。断続的な刺激と共に中から暖かくなってくるが、肩の時とあまり変わらない。  
 中途半端に刺激を与えられた今では、正直物足りないが――そこを我慢し切れてこそ、尊厳を取り戻せるとパナビアは思った。  
 だが、それを聞いたフェアリは残念そうに嘆息した。  
「そっか……やっぱ医療器具にそーいうこと求めてもダメなのね……お姉さんしょんぼり」  
「いやまあ、そりゃそうですけど」  
 どうにか諦めてくれそうな雰囲気に、パナビアは胸中で安堵しながら答えた。  
 その安堵がいけなかったのだろうか。気を抜いた瞬間、パナビアは嫌な感覚を覚えた。  
「だから、早くこれ、解いてくれません?」  
 まずい。これは非常にまずい。早くこの拘束を解いてもらわないと、猛烈にまずい。  
「……どしたの?」  
 わずかに変わったパナビアの様子に、フェアリは目ざとく気付いた。  
 
「いや、ほら、いつまでもこの格好って嫌ですし……」  
 まずい。下手に態度を変えたら感づかれる。ここは慎重に。そうよパナビア・トーネイド、これくらいのピンチ、あなたなら乗り越えられる――  
 必死で自制し、ポーカーフェイスを保とうとする。だが、相手にしているのはただのEテク医ではなかった。  
 帝都の伝説的エージェント、グレイゴーストの名を継いだスゴ腕なのだ。……今はただのスケベ医者だが。  
「……本当に、それだけ?」  
 スゴ腕であるが故に、相手が一番嫌がることを瞬時に見抜く眼力も持ち合わせていた。本当に能力のムダ使いである。  
「お姉さん、素直になったほうがいいって言ったわよねー」  
「あぅ……」  
 意地悪な笑みを浮かべるフェアリに、パナビアはもじもじと腰を動かした。だめだ、もう無理。やっぱり負けるのね、私……  
「……レ……」  
「うん?」  
 満面の笑みで聞き返してくる。その返事に、パナビアは半泣きになりながら声を絞り出した。  
「……トイレ、行かせて……漏れちゃう……」  
 マイクロ波の起こす断続的な刺激は、パナビアの下腹部に確実に働きかけていた。医療用マイクロマシンとの併合的な効果か、強烈な尿意を引き起こしたのだ。  
 もしかしたら、マイクロマシンがマイクロ波に反応して、体内の自浄化作用を促進した結果、腎機能に――  
 などと、頭の冷静などこかが分析を始める。そんな余計なことを無意識に考え始めるほど、余裕の無い自分に気付く。  
 しかし、そんなパナビアをよそに、フェアリがまた棚の中をいじっていた。  
「これでいいかな」  
 そう言いながら、メモリのついた容器を持ち出す。まさか――  
「はいどうぞ」  
 そのままその容器を、パナビアのすぐ前に置く。つまりこれは、ここに『しろ』と――  
「い、いや……恥ずかし……」  
「うーん。でも、今から拘束解いてもトイレまでもたないでしょ? そこらで漏らしちゃうよりは、ね?」  
 確かにそうだった。既にもう、足に力を入れてられない。少しの刺激でも漏れてしまいそうだった。とはいえ――  
「それに、我慢は体に良くないって、言ったわよね?」  
 そう言って、下腹部を撫でる。ダメ、止めて、もうそれだけでも……!  
「ダメ、もう……我慢、できな……」  
 搾り出すような声を遮るかのように、フェアリの指がパナビアの尊厳を守っている出口を軽く引っかく。  
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」  
 その瞬間、声にならない声を上げ、パナビアの堤防は決壊した。  
 
「もういい……もういいから、死なせて……」  
「いやほら、その……可愛かったわよ?」  
 ベッドに突っ伏しながらつぶやくパナビアに、フェアリはフォローにならないフォローを入れた。  
「恥ずかしくて……死んじゃう……」  
「いやまあ、その、ちょっとやりすぎちゃったかなぁとは思う。ごめんね?」  
 でも、可愛すぎるあなたが悪いんだから、と、心の中で反論だけは忘れない。  
「……撮ってないですよね?」  
「……え?」  
 急にそんなことを言われて、フェアリは最初何のことだか分からなかった。が、すぐに思い当たり、首をぶんぶんと横に振る。  
「撮ってない撮ってない! 大丈夫だから!」  
「……あと、マスターフィルム」  
「ああ、あれは嘘。あなたが壊したのがマスター。コピーなんか取ってない。ごめんね?」  
 もう一回謝る。嘘をついて騙したのだから、非はこちらにある。騙されるほうが悪いなんていうことはありえない。  
 どんなことであろうと、騙すほうが悪いに決まってるのだ。  
「それならいいです」  
 それだけ言って、パナビアはベッドから身を起こした。小さく嘆息し、苦笑する。  
「いつまでもクヨクヨするのも私らしくないですし、フェアリさんも反省してるみたいだから、今日のところはもういいです」  
 そのまま、よっ、という小さい掛け声と共に立ち上がる。  
「でも、今日みたいな強引なのは二度とごめんですよ」  
「え、あ、うん。分かった……」  
 玄関に向かうパナビアに、フェアリはこくこくと首を縦に振った。  
「あ、でも……」  
 と、部屋から出る寸前に、足を止める。  
「強引じゃないなら、別に、その……」  
 顔を少し赤らめながら何やらごにょごにょつぶやくと、パナビアは誤魔化すように大きな声で『さよなら』とだけ残して走り去ってしまった。  
 
「……え? あれ? これって、もしかして……え? やだ、ちょっと、二股になっちゃうのかしら?」  
 赤くなっていく自分の顔を撫でながら、フェアリはそんなことをしばらくつぶやき続けていた。  
 

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