朝は唐突だった。
いや、何がどう唐突かは説明しづらいのだが、唐突だった。
あまりにも理解を超えた現象に、パナビアは現実逃避に二度寝をするくらいだった。
だが、二度寝をしたところで現実は変わらなかった。というか、二度寝は出来なかった。
こういうときばかりは、規則正しい生活を心がけている自分が恨めしかった。
とりあえず、一人ではどうしようもないので、彼女はネオスフィアで今一番頼れる人に相談することにした。
というわけで――
「というわけで、フェアリさんしか相談できる人がいないんです」
「いや、うん……頼りにしてくれるのは、嬉しいんだけどね」
昨日の今日なので、微妙に後ろめたいような恥ずかしいような気分で、フェアリはそう答えた。
「いきなりそう言われても、こっちゃ何のことだか分からないわけよ。どしたの?」
「ええと、その……病気というか何というか、よく分からないんですが……」
と、顔を赤くして節目がちにぶつぶつつぶやく。
なんだか分からないが、どうやら当人にとってとても恥ずかしいことらしいことだけは分かった。
が、ちゃんと説明してもらわないことには、診察も出来ない。
「とりあえず、詳しく説明してもらえない?」
「い、言うんですか……」
「いやまあ、どこか異常があるなら、診せてくれるだけでもいいんだけど」
困ったように言うフェアリに、パナビアは意を決したかのようにうなずいた。
「わ、分かりました……笑わないでくださいね?」
「いや、さすがに患者の症状を笑ったりしないわよ」
フェアリがそう答えると、パナビアは自分のスカートの中に手を入れ――
「え? ちょ、ちょっと……?」
患部を、フェアリが見やすいように露出させた。
「はぁ……これはまた何というか……」
「あの、あんまりじろじろ見ないでください」
感心したように言うフェアリに、パナビアは居心地が悪そうに言った。
「しかし、こんな症状はさすがに初めてだわ」
「そ、そりゃ、私だって初めてですよ」
二人して言い合いながら、患部を覗き込む。
「まさかねぇ、こんなモノが生えるなんて――」
いいながら、フェアリはパナビアの股間に生えた男性器をつまんだ。ぴくりとパナビアが身じろぎする。
その反応に、フェアリは眉根を寄せた。
「むぅ……ちゃんと機能してるみたいね……」
「はい。あ、あんまり弄らないでください。あ、だめ、勃っちゃう……」
フェアリとしては他意無く触診をしていたのだが、それだけでも十分な刺激だったらしい。
むくむくと大きく硬くなり、天井向けて力強くそそり立ってしまった。
「……大きさは大体平均的――ちょっと大きいかしら。勃てば皮はちゃんと剥けるのね。立派立派」
「いや、そんな分析いらないから!」
「ふむふむ、女性器はちゃんとあるのね。尿道口は、女性器のほうに残ってるのか。
クリトリスが変形したみたいね、コレは。おお、硬さは申し分なし……」
「そこは感心するところじゃ……あ、あ、擦らないで……」
そそり立つそれをすりすりと撫でながら、フェアリは大体の外観を分析した。
ひくひくと脈動するそれを労わるように握ると、仕方ないといった様子で嘆息する。
「これは、あたしだけじゃちょっと分かんないわね」
「そ、そうですか……そうですよね……」
しょんぼりとした様子で、フェアリの言葉に相槌を打つ。
とはいえ、フェアリ・ハイヤフライと言う女性は、困っている美少女を放っておけるような女ではなかった。
「だから、ちょっと詳しい人間を呼ぶことにするわ。大丈夫、信頼できる人物だから」
でも、彼女は、ちょっとだけ……いや、結構……いや、かなり、意地悪な女だった。
「おじゃましま〜す」
赤いポニーテールをゆらゆら揺らしながら、ナノカ・フランカはフェアリの診療所に到着した。
愛用の工具スプレンディッド・インパクトが、太陽の光を反射してきらりと光る。
「やあやあ、待ってたわよ天才ちゃん」
「フェアリさん、その呼び方は……まあいいです。私に見て欲しいものって何ですか?」
「わざわざ呼び出したんだから、それ相応のものだろうな?」
ひょこりと、ナノカの後ろからお供の犬――もとい、狼型Eテク兵器であるスツーカが首を出す。
「あー、うん。出来ればステキな声のお犬様には、見ないであげて欲しいんだけど」
「うん? よく分からんが……ワタシが見ても分からん程度の専門的なものなのか?」
「まあ、間違っちゃいないわ。専門的過ぎて、困ってたから呼んだんだしね」
歯切れの悪い言い方をするフェアリに、スツーカは眉根を寄せた。が、何かを感じ取ったのか、軽く息を吐く。
「ふむ……じゃあワタシは、番狼でもしてるとするさ。用があったら呼んでくれ」
「はいはい。先輩の心遣いに感謝、感謝」
「言ってろ。ナノカ、そういうわけだから、ワタシぁここで待ってるよ」
「うん。スツーカ、またね」
そう言って、ナノカはフェアリに連れられて診療所の奥へと入っていった。
「詳しい人間、呼んできたわよ」
「ああ、どうも……って、ナノカ!?」
「あれ、パナビア先輩?」
意外な人物との再会に、両者は程度の差こそあれど驚いた。
椅子に座ったそのままで、パナビアはフェアリに抗議の目を向ける。
「ちょちょちょ、ちょっと! どーいうコト!? 何でナノカがここにいるのよ!?」
「いやあ、このネオスフィアで、こーいうコトに一番詳しい人間って言ったらこの子しかないでしょ」
苦笑しながら後頭部を掻く。確かにそれは理屈ではそうだ。だが、理屈ではそうでも、心情的には一番来て欲しくなかった人物でもある。
「で、でも、それは……」
「それに、この子はこーいうことに関しては口固いし、大丈夫だって」
パナビアにとってはそういう問題では無いのだが、フェアリは気にした様子も無くナノカの頭を撫でていた。
「……はあ、なるほど。見て欲しいっていうのは、パナビア先輩のことだったんですか」
「まあ、有り体に言うとそう。あたしじゃちょっと手に負えなくてね」
お手上げとばかりに肩をすくめる。そのフェアリに、ナノカはパナビアをじろじろと眺めた。
「でも、特に病気にかかってるようには見えませんけど……」
「うーん、病気というかなんというか……」
と、歯切れの悪い返事しか返せない。仕方ないことではあるが、事情を知らないナノカにとっては、疑問符しか浮かんでこない。
「まあ、見てみるのが早いわ。見せたげて」
「ううう……何で私がこんな目に……」
泣き言を言いながら、観念してパナビアは患部を見せた。ちなみに、しばらく経ったので平常時に戻っている。
その光景を半ば呆然と眺めた後、みるみるうちにナノカの顔が赤くなる。
「えぅ、あぅ、おぅ〜……?」
「あー、まあ、つまりそういうことなのよ」
頭で湯が沸かせそうなほど真っ赤になった顔で、よく分からない言葉を発するナノカに、フェアリは苦笑するようにそう言った。
ちなみに、見せているパナビアはパナビアで、泣きそうな顔でこちらを見ている。
「流石にこんな症状聞いたこと無いから、何か分からないかなぁと」
という名目で、ナノカとパナビアを一緒に弄ろうというのが、今回の趣旨である。本当に抜け目無いエロさである。
「え、ええと……と、とりあえず、色々試していいですか……?」
「うう……もう好きにすればいいじゃない……」
両者共顔を真っ赤にしながらそんな会話をする。それをフェアリは、遠目で心のアルバムに刻んでいた。
「わ、ふにゃってしてる……なんか、ちょっと可愛いかも……」
「あ、ちょっと、あんまり弄ると……」
「わ、わ……大きくなってきた! か、硬い……それになんか、ぴくぴくしてる……」
「ひゃぅっ……も、もうちょっと優しく……」
「あ、す、すいません!」
いかん、コレはちょっと破壊力高すぎるわ……そんなことを胸中でつぶやきながら、フェアリは鼻をすすった。
鉄の臭いが口内に充満する。混ざって弄りたい欲求をフェアリは驚異的な精神力で握りつぶし、出てきた鼻血を誤魔化すことに専念した。
「触診もいいけど、他にも色々確かめたほうがいいんじゃない?」
わざと呆れたような口調をよそおって言う。本当はもっとやれと言いたいのだが、そこは我慢。
案の定ナノカはその言葉に過剰反応し、首をがっくんがっくん縦に振った。
「そそそそそうですね、他にも色々確かめたほうがいいですよね!」
「そうね。じゃあとりあえず、何から確かめる?」
試すような口調で言うフェアリに、ナノカは目をぐるぐる回しながら考え始めた。
そして、一つの答えを導き出す。あまり言いたくなさそうにしていたが、それでも工房士のプライドか、口を開く。
「と、とりあえず……その、どこまで機能を有しているのかの分析を……」
「ほほう。具体的にはどうするの?」
「……まさか……」
二人の言葉に、赤い顔をさらに赤くして、指を一本立てる。
「えと、その……しゃ、しゃせーきのーがあるかどーかを……」
「おお、なるほど。いいところに目をつけたわ。やったげなさいな」
「ちょっと、フェアリさん!?」
「は、はひ、がんばりましゅ」
パナビアが抗議の声をあげるが、フェアリもナノカも既に聞いてはいなかった。フェアリはビーカーをナノカに渡し、パナビアを押さえにかかる。
「ちょっと、ストップストップ! それくらい自分で……ヤだけど自分でやるから!」
「だ、だめです! 任された以上、私が責任持って検査します!」
「ああ、折角だからその手袋はずして、素手でやったげなさい。そのほうが患部に優しいし」
「は、はい。準備完了です先輩。大丈夫、優しくしますから」
「いやそのほら、優しいとか優しくないとかの問題じゃなくて! あ、だめ、そんな、擦っちゃだめぇ……」
つたない仕草で、パナビアのそれを擦りあげる。力加減が分からないため、ナノカはとにかく上下にしごき続けた。
元々自分には無かった器官、しかもそれが他人の手によって刺激され、今まで感じたことの無い快感が、パナビアを攻め立てる。
しかし、それでも――それでも、パナビアにはプライドがあった。この後輩に、こんなコトで敗北するわけには……!
「ど、どうですか先輩、出そうですか!?」
「だめだめ許してお願いもう擦らないで出ちゃう出ちゃうなんか出ちゃうからぁぁあっ!」
結局パナビアは、敗北の証拠をビーカーにぶちまけてしまった。
「ええと、その……純粋な精液ではないみたいです」
顕微鏡での分析を終え、ナノカが口を開く。その報告に、フェアリはほぅ、と声を漏らした。
ちなみにパナビアは、ベッドに突っ伏して敗北の味を噛み締めている。
「ただ、中に極微細な機械部品らしきものが発見できました。多分、医療用マイクロマシンの破片だと思うんですけど」
「……う。それ、もしかしてあたしが昨日入れたやつじゃ……」
「……フェアリさん、何かしたんですか?」
「ええと、その、お、怒っちゃやぁよ……?」
言い訳をするように前置きをして、フェアリは昨日パナビアにしたことを洗いざらい話した。
「……とりあえず、フェアリさんがものすっ……ごく、えっちな人だっていうのは、よぉく分かりました」
「ほんの出来心だったのよぅ」
ぷくーっと頬を膨らませてそっぽを向くナノカに、フェアリは情けない声で弁解していた。
ちなみにパナビアは、あまりの恥ずかしさに撃沈している。一番不幸なのは、間違いなく彼女である。
「でも分かりました。どうも責任の一端は私の発明にあるみたいなので、私が何とかしてみます!」
ぐ、と拳を握り締め、高らかに宣言する。
彼女にしてみれば、自分の作ったものに何らかの原因があった可能性がある以上、それは自分の責任だということらしい。
「何とかって、どーするのよ……」
ベッドに突っ伏したまま、呻くように言うパナビアに、ナノカは気合を入れて振り向いた。
「とりあえず、恐らく中で独自のプラントを形成していると思われるマイクロマシンを全部出しちゃいます。
それから、専用のマイクロマシンを注入して、元の状態に戻す! これしかありません!」
「全部出すって、どうやって」
「え、ええと、その……」
パナビアの質問に、ナノカは顔を赤らめて、何かを握るようなジェスチャーをした。
「し、刺激を与えて、生理的に……」
その宣言に、パナビアは目の前が暗くなるのを感じた。
「ええと、つまり何? 出なくなるまで出しちゃえってわけ……?」
「はい、その、有り体に言うとそうです……」
ナノカの言葉に、パナビアは沈痛な面持ちで頭を抱えた。
見るのも嫌なのに、そんな恥ずかしいことを延々しろというのか。とはいえ――
「まあ、私もそれしかないかなぁとか思ってたから、仕方ないけど……」
泣きそうな気分で同意する。こんなことで意見が一致してしまうなんて、あまりにも情けなさ過ぎた。
「うーん。じゃあ、お姉さんが手伝ってあげましょうか?」
『…………』
上機嫌で言うフェアリに、ナノカとパナビアは全く同じ仕草で白い目を向けた。
ダブルジト目に小さくないダメージを受け、フェアリがあとずさる。
「うう……何も二人でそんな目を向けなくてもいいじゃない……」
『いえ、別に』
しかもハモった。完璧なタイミングで。ダメージは二倍どころか二乗だ。
あまりのダメージに床にのの字を書いていると、ドアをノックする音が響く。
「おぉい、おネェちゃん。出張の願いが来たんだが……どうした?」
暗い雰囲気のフェアリに、スツーカが追い討ちをかける一言を放った。
ガラスのように砕けたハートは、掃除されてどこかに持っていかれるらしい。
「うん? 何だ、工房士の嬢ちゃんまでいるのか」
「ううう……もうなんていうか、そのダンディな声で私を慰めて……」
「何だかよく分からんが、ここは専門家二人に任せて自分の職務を全うしに行ったほうがいいんじゃないかね?
なんだったらワタシもついて行ってやるというサービスもつけてやるが」
はらはらと涙を流すフェアリに、スツーカはその多目的義肢で肩を軽く叩いてやった。
「じゃあまあ、がんばってくださいフェアリさん。そうそうスツーカ、ちゃんとサポートしてあげるんだよ?」
「へいへい。専門家は専門家の仕事をやっとくれ。行くぞ。ほれ、ちゃんと自分で歩かんか!」
「うわぁぁん、混ざっておけばよかったぁ〜……あいしゃるりたぁ〜ん!」
泣き声で捨て台詞を残し、フェアリはスツーカに半ば引きずられる形で診療所を出て行った。
「さて、フェアリさんもいなくなったところで、始めましょうか」
「あ、あの……ホントに自分でやるから、もう勘弁して……」
気合を入れなおすナノカに、パナビアはその場所をかばいながら懇願した。もういい加減、こんな恥ずかしいことは許して欲しい。
だが、ナノカはそれで引き下がるような少女ではなかった。
「だめです。責任が私の発明にある以上、その収拾を自分でつけなければ、工房士としての沽券に関わります!
おじいちゃんが言ってました。自分の失敗は自分で取り戻せ。でないと人は本当の意味で前に進めないって!」
工房士としての沽券、とまで言われてしまっては、パナビアももう反論できなかった。恐らく自分も、同じことが起きたら同じようなことを言うだろうからだ。
この後輩は、色々と気に食わない所はあるが、工房士としての姿勢と実力は認めている。
その彼女の工房士としてのプライドに、パナビアは小さく嘆息した。
「分かった……分かったわよ。あんたのその工房士としてのプライドに免じて、治療されてあげる」
「ありがとうございます先輩!」
ぱあ、とナノカの表情が明るくなる。これでずっと自分の目の上にタンコブよろしく居座り続けていなければ、後輩として優しくしてやってもいいのだけれど。
「あの、それで、さっきの話と観察結果からすると、結構な量出さなくちゃいけないみたいなんです」
「う……それはちょっとキツいかも」
「あと、専用のマイクロマシンを作るだけの機材も必要ですから、出来れば工房に戻りたいんですけど……」
「じゃあ、私が間借りしてる工房がいいわ。一通りの機材はそろってるし、足りない材料はすぐそこで売ってるから」
「そうですね……治療してる最中にスツーカとか帰ってきたら、色々とちょっと……」
と、あごに手を当てて唸る。一応スツーカの性別モデルはオスなので、あんまりこういうものは見られたくない。
「分かりました。それじゃあ、先輩の工房にお世話になっちゃいます。
そうと決まったら……テンっザぁぁぁぁン!」
オリハルコンのペンダントをかざし、自らの鋼の従者を呼ぶ。
しばらくして、玄関先に何かが着地する、重い音が響いた。
「さ、行きましょう先輩!」
「え、ええ……」
ナノカに手を引かれ、よたよたと玄関に向かう。
玄関をくぐりながら、パナビアは何だか嫌な予感が胸をよぎっていくのを感じた。
to be continued