「はい、これが例の計画書です」
「おお、ありがたい。ふむふむ……なるほど、これは助かった。はい、報酬」
「ありがとうございます。またごひいきに」
今日も平和なネオスフィア。その一角、工業地区ノースタウンで、そんなやり取りがあった。
紙の束を渡し、報酬を受け取っている少女は、いつものナノカではなくパナビアだった。
「……ふぅ。一時はどうなることかと思ったけど、無事依頼完了……どっかで休んでいこうかしら」
とんとんと肩を叩き、そんなことをつぶやく。すると向こう側から、でっかいトンカチを持ったポニーテールの少女が歩いてくるのが見えた。
「あ。パナビア先輩」
「うげ……」
何でまたこういうタイミングで……と、胸中で毒づく。
そんなパナビアの心情をよそに、ナノカはとてとてと近づいてきた。
「どうですか、あれから」
「ああ、あれね。無事、綺麗さっぱりよ」
思い出したくないことを聞かれ、パナビアはうんざりとした様子で額に手を当て、そう答えた。
当のナノカは『そっか、よかったぁ』と、上機嫌である。
「そっちはどうだったのよ」
「あはは……『ガキのクセに朝帰りか』って、怒られちゃいました」
恥ずかしそうに頭を掻きながら苦笑する。やっぱりかと思いながらも、何故かパナビアはそれだけで済んでほっとしていた。
「まあ、そりゃそうでしょうね。連絡の一つも無けりゃ心配もするわよ。
それで、あと……その、経過はどうなの。痛みとか」
そっぽを向きながら視線だけ向けて、パナビアは気になっていたことを聞いた。
「あ、はい。もう全然平気、ノープロブレムです」
「そう、よかった」
心配されたのが嬉しかったのか、満面の笑みで答えるナノカに、パナビアはちょっとだけ安心して息を吐いた。
と、急にナノカがぽんと手を打つ。
「そうそう、先輩。実はちょっと手伝って欲しいことがあるんですけど」
「……はあ?」
ナノカの言葉に、パナビアは間抜けな声を上げた。
「……ゴーレムプラモキャンペーン?」
「はい、そうです」
結局あのあと、パナビアはあーだこーだと理由をつけられ、ナノカの話を聞くこととなった。
近くの喫茶店に入り、適当に飲み物を注文して渡された企画原案を読む。
「この間、先輩と私でPGテンザンとPGフッケバイン作りましたよね」
「ああ、あれね……」
どこへとも無く視線を向け、つい数日前のことを思い出す。
偏執的なまでに凝ったディティールと、それがナノカの製作品だということで、ムキになって作ったモノだ。
元のフッケバインとは大きくかけ離れたデザインだが、それでもなかなかの出来だと自負している。
「それで、ネオスフィアの商業協会の玩具部門から、折角だから大々的に売り出そうって」
「なるほどね。名産の一つにでもしようって腹かしら。
でも何でそれで私に? あんた一人でも出来るでしょ」
ばさりと、一通り目を通した原案書を机上に放り投げる。
その辺りで、ウエイトレスが飲み物を運んできた。
「そうなんですけど、ほら、こーいうのはやっぱりコンパニオンて言うか、売り子って言うかが欲しいのですよ」
「サウスタウンの市長にでも任せれば? もしくはキャラット商会の会長……フォーリィ、だっけ?」
「ノキは今ちょっと、市長としての新任作業が忙しいらしいんです。さすがに無理をさせるわけには。
フォーリィには一応連絡は入れておきましたけど、来れるかどうか分からないって」
「あんたはどうなのよ。自分でやってみたら?」
「考えてはいるんですけど、やっぱりそういうのは見栄えのいい人じゃないとちょっと……」
その返答に、運ばれてきたレモンスカッシュを一口飲んでから口を開く。
「それで私?」
「はい。先輩は綺麗だしスタイルもいいから、文句なくバッチリですよ」
そこまで言われてしまうと、悪い気はしなかった。頬が緩むのを我慢し、もう一口レモンスカッシュを飲む。
一息ついてから、パナビアは口を開いた。
「……ギャラはもらうわよ?」
まあ、受けてやってもいいか。パナビアはそんなことを考え、不敵に笑って見せた。
「やっほーナノカぁー!」
「あ。いらっしゃい、フォーリィ」
「お客?」
プロスペロ発明工房ネオスフィア支店の扉を勢い良く開け、一人の少女が入り込んできた。
モデル顔負けの端正な顔を、活気に満ちた笑顔で飾りながら部屋を眺め――
「……ん?」
普段見慣れない人物に、疑問符を浮かべる。
「あれ、あんたもしかして……」
「今回は共同作業よ。よろしく」
作業のために手は放せないが、それでもパナビアは一応挨拶をしておいた。
疑問符を浮かべるフォーリィに、ナノカが声をかける。
「来たってことは、都合がついたの?」
「え、ええまあ。意外とこっちの処理が上手くいってね」
ナノカの仕事に間に合わせるために、いつもの三倍の速度で終わらせたのは秘密である。
「で、実は具体的な話は何も聞いてないんだけど、説明してもらえる?」
「うん。企画書もあがったし、説明するね。
先輩、ちょっと休みましょう。スツーカ、お茶出して」
「そうね、少し休みましょうか」
「了解。麦茶しかないが、それでいいかね。まあ、嫌だと言われても、あと出せるのは水くらいなんだが」
「……あいっかわらず質素な生活してんのね……ちょっとは生活費に回しなさいよ」
呆れたように言うフォーリィに、ナノカは腕を組んで抗議の意志を示した。
「研究費用はプロスペロ流工房術の聖域です! ビタ一文負かりません!」
「いや……それで倒れたら元も子もないでしょーが……」
つぶやくフォーリィに、パナビアは特に何も言わないでおいた。
自分もたまに生活費を削ったりするからだ。あんまり人のことは言えない。まあ、ナノカほどではないが。
「そら、もって来たぞ。聖域のおかげで薄いがね」
そんな軽口を叩きながら、スツーカが麦茶をお盆に載せて持って来た。
「……機動少女……?」
「機動少女フォーリィ・テンザン、だよ」
フォーリィのつぶやきに、ナノカが訂正を入れる。
確かに、企画書の一文――メインコンパニオンのところには、フォーリィ・テンザンと書かれていた。
ちなみに隣には、パナビア・フッケバインと書かれている。
「ちょっと、何でこんな企画書通したのよ!?」
「原案見たときにはただのコンパニオンだったのよ!」
ぼそぼそと、小声で文句を言い合うフォーリィとパナビア。
しかしナノカは、そんな二人そっちのけで説明を続けている。
「メカと人間の融合! Eテク技術をふんだんに使ったこのスーツで、その道の人の関心を引きます!
このスーツで売り子をすれば、もの珍しさで絶対人が集まるよ!」
確かに、人は集まるだろう。変な客層も引き寄せてしまいそうだが。
「しかし、正直なところマニアックな集客方法だな。
大体、そんな重いもの装備させて、この嬢ちゃんたちに日がな一日売り子させる気か?」
「そこは大丈夫。ちゃんとそういうことも考えて、パワーアシストアーマーとして製作するから」
と、テンザン・アーマーと書かれた設計書を机の上に広げる。
「ガッ?」
「ほほう、これはこれは……」
テンザンとスツーカが覗き込むと、そこにはびっしりとデータの書き込まれた設計書があった。
装甲素材は強化E鉄鋼を基盤とした三重ハニカム構造、胴体各所にバッテリーパックを内蔵し、スキン部分は強化E繊維を使用。
Eケーブルでスーツ全体をがっちりと連動させ、パワーを全身に送るシステムになっている。
更には胴体背部にブースターパックまで搭載されており、各種アタッチメントパーツで武器まで装備できる。
「まるで軍用のEスーツだな……」
「見栄えのために、あちこち防御力の薄いところがあるけどね。一応、素肌に見えるところも、バトルモード時には極薄のスキンで覆うように出来てるし。
更に、マキシマム時に想定している出力は――」
得意げに説明を続けるナノカの横で、フィーリィとパナビアは、まだ文句を言い合っていた。
がっちょんがっちょんと、まるでゴーレムのような足音を立てながら、フォーリィ――機動少女フォーリィ・テンザンが路上を歩く。
「さあ、いらはいいらはい。MGゴーレムシリーズの新作が、一挙販売だよーっ!」
「MGテンザン、MGフッケバインに続き、今回の目玉はネオスフィアのヒーロー、MGスピットファイアですよーっ!
そこの道行く奥さん、お子さんに一つどうですか? 今回はゴーレムキャンペーン実施により、二割引となってますよーっ!」
半分以上ヤケクソ気味に、フォーリィとパナビアが声を張り上げる。
確かにナノカの言うとおり、物珍しさで人だかりが出来るほどの盛況となっていた。
ちなみにMGウーラガンなどもあり、軍用作業用問わずのラインナップである。
「お疲れ様です、フォーリィさん、パナビア先輩」
そんな熱気溢れる店頭に、二人を労う少女が来ていた。
「ネネちゃん。来てたんだ」
「ええ、何でもこの通りで大掛かりなキャンペーンすると聞いたもので」
ナノカの驚いたようなセリフに、ネネ・ハンプデンは口に手を当ててそう答えた。
実際は、ハンプデンの情報網を使ってナノカの立案企画だと知ったのだが、そこは言わないでおく。
「ネネ、変わってくんない?」
「えっと……わたくし、そーいう売り子とかやったことありませんから……
それに、フォーリィさんの方が見栄えもいいですし、そのスーツもサイズ合わないと思うんですけど」
「Eテク素材による自動調整機能はあるから、私のフッケバイン着てみない?」
「こらこらガキども、早く客引きに戻れ。テンザンとワタシだけじゃあ、客は連れんぞ」
話し込んでいると、スツーカが文句を言いに輪に入ってきた。
「うわ、そーだった。じゃーね、ネネ。またね!」
「それじゃ、また後でね。ナノカ、こっちはいいからあんたが相手してあげなさいな!」
「あ、はい。がんばってください、パナビア先輩、フォーリィ」
慌てて戻るフォーリィとパナビアに、ナノカは手を振って応援を飛ばした。
その光景に、ネネがくすくすと微笑む。
「ああは言ってましたけど、お二人とも楽しそうですわね」
確かにネネの言うとおり、二人はどこか楽しそうではあった。
「うっわぁーっ! 本物のテンザンだーっ!」
「ガッ」
「今ならテンザンの肩にも乗れますよーっ!」
フッケバインがいればなぁなどと思いながら、パナビアは声を張り上げた。
ちなみにフッケバイン、帝都に送られっぱなしである。さすがに、ここまで飛んでくるだけの推進剤は保有していない。
「うっひゃぁっ! たっけーっ!」
「ガガッ」
どこか嬉しそうにちびっ子たちを肩に乗せる。基本的にテンザンは、子供が好きな心優しいゴーレムである。
ひとたび戦闘となれば発揮されるそのパワーは、今は子供たちを喜ばせることに使われていた。
と、その時――
「……ガ?」
「お前も気付いたか、テンザン」
ぼそりと、E通信でスツーカがつぶやく。
テンザンは肩に担いでいた子供を降ろすと、動力炉の出力を少しだけ――いつでも戦闘レベルに引き上げれるように高めた。
その剣呑な雰囲気に気付いたのか、フォーリィが口を開く。
「うん? どしたの犬っころ」
「……センサーをオンにしてみろ。団体さんがご来店だ」
言うが早いか、通りの向こうから喧騒を割るかのようにゴーレムの足音が聞こえてくる。
よく見ると、パナビアもいつの間にかそちらのほうに視線を向けていた。
がっちょんがっちょんと、三体ものゴーレム――ウーラガンを引き連れてやってきたのは、やっぱりというかなんと言うか、元老院の人間だった。
先頭に、貴族らしき耳の長い人物がいる。どこかで見たような気がするが、思い出せない。
「ふん。工房士であるこの私を差し置いて、ゴーレムキャンペーンだと?
やはり庶民は貴族に対する礼節というものが分かっていないようだ」
どうやら、工房士関連の人間らしい。だがやはり思い出せず、スツーカは首をひねった。
「誰だったかなァ」
「出て来いナノカ・フランカ! 今日こそ貴様の身の程というものを教えてやる!」
しかもナノカに何やら因縁があるらしい。とりあえずスツーカは、フォーリィに言ってナノカを呼んできてもらうことにした。
ウーラガン三体と元老院の兵士。その前に立つ工房士らしき貴族。
その貴族の顔に見覚えがあるような気がして、パナビアはあごに手を当てて考え込んでいた。それに気付いて、スツーカが話しかける。
「うん? 嬢ちゃんも何か引っかかってるのか?」
「うーん……どこかで見たような気がするんだけど……何か、ロクでもないことで」
「ロクでもないことなら、無理して思い出す必要はなかろうて。
適当に理由つけて難癖つけたがってるだけだ。いちいち相手などしてられん。丁重にお帰り願うさ」
ま、最悪実力行使だがね。と、テンザンにだけ聞こえるようにE通信でつぶやく。テンザンも、それには了解の意を示した。
ただ、三体相手では、街に被害を出さずに戦うのは少々骨が折れそうだ、とも答えてきた。
『確かに、折角のお客に被害が出ては、ナノカの評価に傷がつくからな。
向こうが無茶なことさえしてこなければ、ただのクレーマーで済むんだがねぇ』
などとテンザンと会話を続けていると、フォーリィに連れられてナノカが顔を出した。何故かネネも一緒である。
「えぇっと、私に何か御用でしょうか」
「ふん。何やら私を差し置いてゴーレムキャンペーンなど行っているようだな」
「は、はぁ……いやまあ、なにぶんオモチャですから」
「たかが玩具と言えど、ゴーレムに――Eテクに関わるキャンペーンで私を捨て置くか。
これだから余所者の庶民というものは、やはり礼節をわきまえておらん」
とりあえず分かったこととして、あの貴族は自分が放っておかれたことが気に食わないらしい。みみっちい貴族である。
いい加減営業妨害で文句を言ってもいいのではないかとスツーカが思ったところで、ナノカがある質問をした。
「は、はぁ……ところで、さっきから気になっていることなんですけど」
「ん? 何だ?」
「失礼ですが……どちら様なんでしょうか。元老院関係の方だということは分かるんですが……」
その瞬間、ビシリと空気に亀裂が入ったような緊張感が走る。その妙な空気に、スツーカ、パナビア、フォーリィは眉をひそめた。ちなみにテンザンは命令待ちである。
石のように固まっていた貴族は、よろよろと数歩あとずさると、急に不気味な笑みをこぼし始める。
その光景に驚きながらも、兵士の一人が怒鳴るように口を開いた。
「き、貴様! フランク・リード4世を知らんのか! この無礼者が!」
「はあ……すいません……」
でもやっぱり、ナノカは覚えていなかった。
「フランク・リード4世?」
「知ってるかね?」
「いや、全然。全く。これっぽっちも」
スツーカの質問に、パナビアはきっぱりと言い切った。
「まあ、地方のローカルヒーローだとは思うけど……」
「あたしも全然知らない」
「ま、まあ、あちこち飛び回っててEテクに関係ないフォーリィさんなら、知らなくても無理はありませんが……」
どうやらネネは一応知っているようだ。
「くくくくく……ふははははは……はーっはっはっはっはっはっは!」
「む。壊れたか」
急に大げさに笑い出したフランク・リード4世とやらに、スツーカがつぶやく。
すると、彼はやおらナノカを指差し――
「もう許さん! 数々の無礼、もはや許しがたし! ゆけい、ウーラガン改FZ!」
「えええええっ!? わ、私何か悪いことしましたっ!?」
「その態度が既に無礼だ! 死ね! 死んで詫びろ!」
血走った目で指令を下す。ウーラガンに迫られたナノカは、そこから慌てて逃げ出した。
「ちぃっ! 結局こうなったか! テンザン!」
「ガッ!」
「嬢ちゃんたちは住民を避難させてくれ!
君らのEアーマーは、軍用レベルの防御力が備わってる! 最悪壁になってもらうかもしれん!
ネネはナノカと安全なところに避難してろ!」
「ったく! ナノカと関わると、ほん……っとにロクな事が無いわね!」
「愚痴は後でワタシがまとめて聞いてやる! 今は働いてくれ!」
「あーもー、分かったわよ! 後で何か埋め合わせしてもらうかんね!?」
スツーカの指令に文句を言いながらも、パナビアとフォーリィは住人の避難に向かった。
テンザンはそのまま直進し、ウーラガンの前に立ちふさがる。一機を殴りつけ、もう一機につかみかかる。
だが、彼の手を逃れた一機が、ナノカとネネに向かって直進する。その光景に、パナビアはフッケバインがいないことを心底悔しく思った。
フッケバインがいれば、テンザンと協力してこいつらごとき捻じ伏せるのに。今は後輩も守れない――
『待てぇい!』
その瞬間、通りに大きな声が響き渡った。
声と共に、水色の機体が走る。
ナノカとネネの横を通り過ぎ、そのゴーレムはウーラガンに向かって突進した。
「スピットファイアだ!」
誰かが叫ぶ。ウーラガンと組み合い、不利ながらもその進行を止めたゴーレムは、確かにネオスフィアのヒーロー、スピットファイアだった。
『私が来たからには、街で好き勝手はさせんぞ!』
「ぬぅぅっ、邪魔をするか!」
『街中で暴れまわる以上、邪魔をさせてもらう!』
「ええい構わん、そいつも叩きのめせ! 邪魔をするやつは皆敵だぁっ!」
もはや錯乱しているかのような様子で、フランク・リードはそう命令した。組み合ったウーラガンのカメラ・アイが、怪しく光る。
『ぬ、ぬおおっ!?』
「ふはは! このウーラガン改FZは、以前までのウーラガンとはパワーも段違いだ! 潰れろっ!」
「そうはいかんね。こっちを向け、木偶の坊!」
叫びながら、スツーカがE鉄鋼で出来た牙を、頭部に向かって突き立てる。
装甲が少しへこんだ程度だが、もう何撃か与えて裂け目を作り、そこから内部の配線を切るつもりである。
「グォォォッ!」
「おっと、お前さんの手に捕まるわけにはいかんね」
自分の頭にいるスツーカを捕まえようと手を伸ばすが、スツーカはひらりとそれをかわす。その隙をつき、スピットファイアが体当たりをして、ウーラガンは数歩後ずさった。
『すまない、助かった』
「こんな状況じゃ、お前さんも貴重な戦力だ。どこのどいつか知らんが、加勢には感謝しておく」
油断無く間合いを計りながら、スツーカはそう返した。
あのテンザンも、二体を相手にナノカのところに行かせないためにするため、一機に集中できずに苦戦している。
あの貴族が言ったように、どうやら相当なパワーアップがされているようだ。
「その執念は褒めてやるがね……ちと、はしゃぎすぎだ!」
ウーラガンに向かって駆け出し、その機動力を生かして翻弄する。ただ問題は、スツーカにこれを止めるだけのパワーが無いことか。
スピットファイアのパワーも、このウーラガン相手には心もとなかった。二人がかりで足止めするのが精一杯だ。
「ちぃっ! だからこういう戦闘は、ワタシの管轄外だというに……!
仕方ない! 嬢ちゃんたち、命令者をとっ捕まえて止めさせろ!」
住民の避難もそこそこに、パナビアはスツーカの言に従った。
スピットファイアの乱入で、確かにナノカとネネは助かったが、今度は住民が上手く避難してくれない。
テンザンとスピットファイアの共同戦線を見ようと、足を止めてしまったのだ。
となれば、もはや出来るだけ早く収拾をつけるほうが、被害は少なくなるとパナビアは判断した。
「どけぇっ!」
アーマーによってパワーアシストされたキックが、兵士を吹き飛ばす。
かなりの重量と、それを負担無く動かせるパワーは、対人ゴーレムにも匹敵する。
「フランク・リードだかフランクフルトだか知らないけど、よくもまあ街中でこんな暴れてくれたわね……
さあ、さっさとあのゴーレムたちを止めなさい! さもないと、ここの兵士みたいになるわよ!」
どてっぱらに蹴りを入れられ、悶絶している兵士を指差す。だが、フランク・リードは素直に従いはしなかった。
「く……! ウーラガン!」
いつの間にかテンザンから離れ、こちらに来ていたウーラガンに指令を出す。
「しま……っ!?」
後ろから迫った影に慌てて振り向くが、時既に遅し。パナビアは、ウーラガンの手に捕まってしまった。
「こいつっ!」
「そっちの娘も捕まえろ!」
捕まったパナビアを助けようと飛び出したフォーリィにも、ウーラガンの手が伸びる。
程なくして、フォーリィも捕まってしまった。
「このっ! 放せぇっ!」
「ふははは! そのEスーツもなかなかの性能のようだが、流石にゴーレムには勝てまい!
ウーラガン、握りつぶしてしまえ!」
完全に理性を失っている。そんなことをすれば、一般人への軍事力による殺傷行為だ。いくら元老院だろうが、揉み消せる範囲を超えている。
それとも、それすらも『他国の人間が遭遇した不幸な事故』として処理するつもりだろうか。否定できる要素が無いことに、スツーカは小さく舌打ちをした。
「フォーリィ! 先輩!」
「出てくるなナノカ! 今キミが出てきたらヤツの思うつぼだ! テンザン頼む!」
「ガァァァァッ!」
スツーカの声に、テンザンが向かう。だが、もう一機のウーラガンが前に立ちふさがる。
そのウーラガンは、テンザンの渾身のタックルに耐え切って見せた。
「テンザンのタックルを止めただと!?」
「言っただろう! 今までのウーラガンとはパワーが違うと! さあ、そのスーツの耐久実験をしてやろうじゃないか!」
ぎりぎりと、押されてはいるが、それでもウーラガンはテンザンの進行を食い止めていた。
確かにこのパワーとバランスならば、テンザンが苦戦するのもうなずける。
(くそ、どうする? 今ここを抜ければ、この正義のヒーローとやらはやられかねん。
ワタシが行っても、二人を助け出せるか分からん。まさかテンザンを止めれるほどのパワーがあるとは……)
ナノカの友人をこのまま見殺しにするわけにもいかないが、ナノカに手を借りるわけにもいかない。
今ナノカを戦場に入れれば、三機がかりで襲わせてくるに違いない。そうなれば、止めれるかどうか分からない。
「う……あぁ……っ」
「く……ぁ……っ」
考えている間に、二人への締め付けが強くなり、Eアーマーの防御能力を超え始めた。このままでは本当に、二人とも絞め殺されかねない。
「くっ、考えていても始まらん! おいヒーロー! 少しの間一人で踏ん張れ!」
『わ、分かった!』
その返事も聞かず、スツーカは走り出した。二人を救出しようと、ウーラガンに飛び掛る。だが――
「ぅあ……っ!」
「うおっ!?」
ウーラガンは、二人をつかんだままスツーカを取り付かせまいと腕を振る。
フォーリィにぶつかりそうになってしまい、スツーカは慌てて飛び退った。
「くそ、これじゃあ迂闊に近づくことも出来ん!」
「フォーリィ! パナビア先輩!」
舌打ちするスツーカの後ろから、ナノカの声が響く。まるで何かを殴りつけるかのように拳を突き出し――
「マキシマムモードだよっ!」
「い、言われ……なくとも……っ!」
ぎりぎりと締め付けてくるウーラガンの指を掴みながら、パナビアは搾り出すように言い返した。
Eアーマーのパワーアシストシステムがマキシマムモードへと移行し、制御用オリハルコンがアーマーのリミッターを解除する。
「いくら、人間用の、Eアーマーだからって……!」
自由な両足でウーラガンの腕を抱え込む。制御用オリハルコンがパナビアの意志に反応するかのように輝き、アーマーの出力が上昇する――
「私のフッケバインが、こんなのに負けて……たまるかぁっ!」
その咆哮と共に、ウーラガンの腕が砕けて折れた。
「な……なんだとぉっ!?」
フランク・リードが驚愕の声を上げる。
それはそうだ。所詮Eスーツは、人間が扱うレベルの物。人間サイズの小型対人級ならばともかく、中軽量級戦闘用ゴーレムのパワーや装甲に、まともにかかって勝てるはずが無い。
特に、このウーラガンは今までのタイプの集大成とも言える機体だ。それが、いくら全身対腕一本とは言え、へし折られるなど――
「ブレードセットォ!」
『Roger, Blade set』
拘束から逃れ、着地すると共にパナビアが指令を飛ばす。
すると、電子音と共に腕部に装着されている裁断ブレードが展開され、ぎらりと太陽の光を反射した。
「せぇぇぇりゃぁぁぁああっ!」
気合と共に点火されたバックブースターが、パワーアシストされた跳躍を、更に加速させる。
まるで弾丸のようにウーラガンに迫り、アームブレードが残った腕を切り飛ばした――
「ぶぁ、ぶぁかなぁっ!?」
「今よ!」
「おぉりゃあっ!」
フランク・リードの叫びを無視し、フォーリィが締め付けの無くなった指を引きちぎって自由になる。
そして更に、ウーラガンに向かって拳を握り――
「ナックルセットォッ!」
『Roger, Knuckle set』
拳を保護するように装甲が変形し、装着される。パワーアシストシステムが、フォーリィのバネのように引き絞られた力を、数倍、数十倍に増幅する。
そして――
「うおぉぉりゃぁぁぁああっ!」
バックブースターによって追加速された弾丸のごとき鋼の拳が、重量で圧倒的に勝っているはずのウーラガンを宙に浮かせた。
「なんじゃあ……ありゃあ……」
その光景に、さすがのスツーカも口をあんぐりと開き、呆然としていた。観客と化した野次馬達も、呆然とその光景を眺めている。
しかし、そんなスツーカや住民たちをよそに、二人は更にウーラガンの両足を掴み――
『どぉっせぇぇぇえええいっ!』
「うおおおおおおおっ!?」
余程腹が立っていたのだろうか。フランク・リードに向かって、全力で投げつけた。
元老院の乱入などもあったが、ゴーレムプラモキャンペーンは概ね大成功に終わった。
ゴーレム同士の迫力ある戦闘と、ただのコスプレコンパニオンだと思われていた機動少女の大活躍に、記念として沢山の人がプラモを購入していったのである。
特に、MGテンザンとMGフッケバインは、機動少女の再現フィギュアパーツ用にと、そのスジの人たちが大量に購入していった。
「やったね。成功成功、大成功! フォーリィと先輩のおかげだね♪」
「しっかし、なんだあの戦闘力は。Eスーツってレベルじゃあないぞ」
「珍しいものだから、ちょっと先輩と二人で張り切っちゃいました」
「張り切りすぎだ。さすがのワタシも、開いた口がふさがらなかったぞ。まあ、今回はそれで助かったようなもんだから、文句は言えんが……」
「とは言っても、ボディの耐久性もバッテリー効率も完全に無視してのあの出力だからね。
瞬間的なパワーは確かにゴーレムにも匹敵するけど、整備性とか全然考えてないから、兵器としては欠陥品だよ。
さて、それじゃあ私は、今回の功労者二人を労ってくるね」
「ちゃんと礼を言っておけよ」
スツーカの言葉に、分かってるよと答えながら、ナノカは二人が着替えている控え室へと向かった。
「……まさか、乱闘までするハメになるとは思わなかったわ〜。あー、疲れた……」
「こっちも、まさかこんなムダ機能が本当に役立つとは思ってなかったわよ」
二人して、苦笑交じりの溜め息を吐く。
「でもさ、あの貴族の驚いた顔、笑えたよね〜」
「えっらそうにして、いい気味だわ。……思い出した。あいつ、ナノカと間違えて私をゴーレムで襲った奴じゃない」
「え? あいつ、そんなことしてたの? そりゃあまあなんと言うか……」
「まあ、フッケバインで返り討ちにしたんだけど……とぉっ!?」
そこまで言って、急にパナビアが後方に倒れこむ。じたばたと、まともに手足が動いてないが、もがき始めた。
「ちょっと、どうしたの!?」
「や、やばい……マキシマムモードなんか使ったから、バッテリーが切れた……ぬ、脱がしてくれない? 疲れてる上に重くて……」
「わ、分かった。ちょっと待ってなさいよ」
慌ててフォーリィがパナビアのスーツを脱がしにかかる。
電力の切れたアーマーは、ただの金属の塊だ。スーツに吸着する能力も失い、人の手でも取り外せる。重すぎて、自力では脱げなくなる事が弱点だが。
テンザンスーツのパワーアシストを受け、胴体部分のアーマーを取り外し、腕のパーツを外したところで――
「うぉわっ!?」
フォーリィの方のバッテリーも切れた。
どうにか手をつき、パナビアを押しつぶすのだけは免れる。
「ご、ごめん。ちょっとこのままがんばるから、先にこっち外してくんない……?」
「し、仕方ないわね。腕が外れてからで助かったわ。ん……よっと……」
スキンスーツから上半身を引きずり出す。汗に濡れた乳房が小さく揺れた。
そのまま一旦額の汗を拭き、フォーリィのパーツを外しにかかる。テンザンスーツはナノカが着る事も考えてゆるめに作ってあり、思ったより簡単に取り外せそうだった。
「よし、胴体部分のアーマーはパージ完了。腕部はもうちょっと待ってね」
「お願い。うー……腕が疲れてきたぁ」
「よし、腕部装甲パージ完了。いけるわ」
「あ、ありがと。よ……っと、よし、抜けた――」
「フォーリィ、パナビア先輩、お疲れ様でーす♪」
パナビアの言葉を遮るように、ナノカが労いの言葉と共に控え室に入ってくる。
上半身裸で、その上重なり合っている二人に、ナノカは――いや、当人らも含めた三人は動きを止める。
生ぬるい空気が流れ、静寂が辺りを包んだ。
「え、ええっと……」
最初に沈黙を破ったのは、ナノカだった。
ドアノブに手をつけ、後ろに下がりながら言う。
「れ、恋愛は人それぞれだからね。私は二人の門出を祝福するよ……でも、そのプレイはちょっとマニアック過ぎないかなぁとか思うんだけど――」
「ち、違うのよナノカ! これは、二人してバッテリーが切れたからで――」
「そ、そうよ! ていうか、何を盛大に勘違いしてんのよ!? こら、いいから話を聞け!」
慌てて手を首をぶんぶん振って弁解する。しかしナノカは、顔を赤らめながらかぶりを振った。
「ううん、誤魔化さなくてもいいよ。その、多分、凄くお似合いの二人だと思うから。邪魔して、ごめんね?
あ、誰にも言わないから、その……どうぞ、続きを。それじゃあ」
「ちょっと、ナノカ――」
「話を聞きなさいよ、この――」
その二人の声を無視し、ドアはあっさりと閉じられてしまった。
『待たんか、こんボケェェェェッ!』
息ぴったりな二人の叫びが、部屋中にこだました。