パナビア・トーネイドは頭を抱えていた。  
 小脇にバッグを抱え、右手にはいつもの工具と、両手がふさがってはいたが――気分的には頭を抱えていた。  
 小さくため息をつき、視線を前に戻す。そこには、でっかいトンカチを持ってポニーテールをゆらゆら揺らす後輩がいた。  
「おっふろ、おっふろ、みんなでおっふろ、わふぅ〜♪」  
 らんらんるーと音頭を取りながら先頭を歩くナノカの姿に、パナビアはもう一度ため息をついた。  
 何故自分がこんなことに付き合わなくてはならないのか。同時に、結局付き合ってしまう自分もどうなんだと、自問する。  
「ご機嫌だね、ナノカ」  
 軽快なステップを刻むナノカに、脇からラファルーが声をかける。それに対し、ナノカはくるりと振り返って見せた。  
「スパに行くのは久しぶりだからね。  
 ネオスフィアの仕事納めと考えると、気分もちょっと上向きになるよ」  
「そっかぁ。もうそんな時期なのね……」  
 ナノカのその弁に、フェアリはしんみりとつぶやいた。  
 つまりそれは、自分の仕事が終わり、フェアリ・ハイヤフライという人間が世界から消える時期が迫っているということだ。  
 そうなれば、自分はコードネームGGを持つエージェントに戻り、彼女たちの前から消えなくてはならない。恐らく永久に。  
 しかし、今はあまり関係なかった。その暗い考えと冷たい任務を頭から消し去り、眼鏡をかけ直す。  
「じゃあ、お姉さんが念入りに洗ってあげないとねぇ。むふふふ……」  
「フェアリさん、目が凄いえっちぃです」  
「何と言うか、狼の目ですわね」  
 困ったように苦笑しながら、ナノカとネネが口々に言う。その言い草に、フェアリは目いっぱい可愛く頬を膨らませた。  
「むぅ。あたしは単にネオスフィアでの仕事を労ってやろうと思ってるだけなのに」  
「……全然説得力無いよ」  
 ラファルーにまで言われ、フェアリはしょぼんと肩を落とした。最近ちっともいいところ無しである。  
「そういえば先輩、いつごろ帝都に戻るんですか?」  
「へ? あ、ああ……もう旅費は貯まってるから、身の回り整理したらすぐよ」  
 急に声をかけられ、パナビアは慌てて返事を返した。自分とした事が、ぼーっとしていたらしい。  
「そっか……じゃあ、一緒にスパ行くのはこれが最後になりそうですね……」  
 ちょっと残念そうなナノカに、パナビアは小さく息を吐いた。と言うか、興味はあったがまさか一緒に行くとは思わなかった。  
「あんたの仕事中にはね。別に、ネオスフィアに来るのが最後ってわけでもないでしょ」  
 ネオスフィアはまだまだ発展途上中だ。また仕事か何かで呼ばれるかもしれないし、観光目的で立ち寄ってもいい。  
 パナビアのその返事に、ナノカはそうですねと答えた。  
 
「ノキさん、残念でしたね」  
「仕方ないよ、ノキは区長の仕事が色々と詰まってるらしいから」  
 湯船に浸かりながら、ナノカはネネにそう返した。  
 新任作業の一環で、今日中に処理しておきたい書類が結構溜まっているらしい。ついでに宿題も。  
『あう〜、終わんないよ〜。ナノカちゃん手伝って〜』  
『ダメだよノキ、さすがにそういう書類は自分でやんなきゃ』  
 などという会話があったのは、ついさっきのことだ。宿題については、秘書さんが見るとの事。働き者である。  
 まあ、割と突発的に誘ったので、こうなるのではないかという予測はあったのだが、残念は残念だ。  
「また誘えばいいんじゃないのぉ」  
「そうですね……って、先輩、気持ちよさそうですね……」  
「あー……うん……最近、色々と立て込んでたから……」  
 ぐでーっと四肢を伸ばし、ゆるゆるの顔で返事をする。この時ばかりはパナビアも、気を緩ませていた。  
 最近は本当に色々あった。まるで年中行事がぎゅっと圧縮されたような忙しさに、思わぬ疲れが溜まっていたらしい。  
「は、はあ……そうですか……」  
 その当事者の一人であるナノカとしては、生返事を返すしかなかった。今度お詫びにバハネイロカレーでも作りに行こうか。  
「なかなかお疲れみたいね。あたしがマッサージでもしたげようか?」  
「手がえっちです、手が」  
 わきわきと両手を動かすフェアリに、ナノカが困ったように言う。  
 そのナノカに指圧のジェスチャーよと返すが、どう見ても指圧には見えない。むしろ何かを揉みしだくような動作だ。  
「と、ところでナノカさん、お背中、流しましょうか?」  
「え? うん、じゃあお願いしちゃおうかな」  
 微妙に鼻息の荒いネネに気圧されながら、そう返事する。それをフェアリは、手をひらひらと振って見送った。  
(まあ、最後くらいちっちゃな友人に塩を送ってやりますか。それより気になるのは――)  
 と、視線を移す。だらりと伸びたパナビアに、ラファルーが声をかけていた。  
「折角だから、背中流そうか?」  
「うん……? いいの?」  
「うん。ちょっと話したいこともあるし、ね」  
 そう答えながら、ちらりとこちらに意味ありげな視線を送ってくる。  
 さて、何か面白いことでもするのだろうか。そう思いながら、フェアリはその二人も見送った。  
 
「綺麗な肌だね。すべすべしてて触り心地がいい」  
「いや、あの……」  
 背中を撫でられ、パナビアは小さく身じろぎした。  
 ナノカから話は聞いていたが、会うのは初めての相手にそう言われ、パナビアは複雑な思いを抱いた。  
「ふふ……ごめんごめん、誰かとお風呂に入るのなんて久しぶりだからね。ちょっとした冗談だよ。  
 あ、でも、綺麗なのはお世辞でも冗談でも無いよ。髪から洗うね?」  
 そう答えながら、シャンプーを手に取る。軽く手で泡立て、パナビアの髪を洗い始めた。  
 絶妙な力加減に、パナビアの体から力が抜ける。  
「綺麗な髪だね。ナノカみたいに長くすれば、陽光に映えていいと思うけど」  
「……短いほうが、好きなの」  
 ラファルーの頭皮マッサージに半分呆けながら、そう答える。  
 そのパナビアにくすりと微笑みながら、ラファルーは口を開いた。  
「そうなんだ。そうそう、ナノカと言えば、最近色々とキミにお世話になってるそうじゃないか」  
「お世話と言うか……巻き込まれてるだけだけど……」  
「そうなんだ? でも、つい先日も――」  
 と、シャワーを手に取る。  
「困ってるナノカを助けてくれたらしいね。ちょっと嫉妬しちゃうかな」  
 言いながら、泡を流す。その言葉に、パナビアはぴくりと反応してしまった。  
 つい先日の困っているナノカと言えば、一つしかない。まさかと思考をめぐらせていると、スポンジが背に当たる。  
「聞いたよ、ナノカに。アレの処理を手伝ってもらったって」  
「そ、それは――」  
 思わず声を上げそうになり、慌てて声量を抑える。ここは公衆浴場だ。自分たち以外にも人がいる。  
「別に、聞いてどうしようってわけじゃないよ。言いふらすつもりも無い。ナノカのためにならないしね。  
 ただボクは、ちょっと興味があるだけなんだ。なかなかこういう体験談は聞けないからね……」  
 囁くようなラファルーの言葉に、パナビアは何故か身動きが出来なくなっていた。  
 まるで、蛇に睨まれた蛙のような――  
「だから、ちょっと色々聞きたいな。その時のことを」  
 パナビアの耳元で、ラファルーはそう囁いた。  
 
「で、でわっ。洗いまひゅねっ」  
「うん。あは、あははっ、くすぐったいよネネちゃんっ」  
「ああ……ナノカさんの肌、すべすべして……」  
 
 などと、ネネが役得を得ている所から少し離れた場所で、パナビアは背中を流されていた。  
 いや、既に背中を流すというのは、名目でしかない。  
「そうだね……アレの効果は個人差があるけど、ナノカはどうだったんだい?」  
 その質問に、記憶がよみがえる。不意にネネと戯れているナノカを見て、その部分を幻視してしまう。  
 慌てて頭を振り、脳裏から追い出そうと試みるが――  
「ふふ……思い出しちゃったかい? まあ答えなくてもいいよ。独り占めしたいという気持ちは、理解できるからね」  
「ち、ちが……」  
 弁解の言葉は、途中で打ち切られた。脇を撫でられ、肩が跳ねる。  
「ごめんね、くすぐったかった? でも、そんなつもりは無かったんだけど……くすぐったがりなのかな?」  
 思い出して敏感になったなどとは言えなかった。いつの間に自分は、こんなになってしまったのだろう。  
「まあいいけどね。それより、ナノカのを受け入れたんだよね。そっちの感想を聞きたいかな」  
 その言葉に、さっと顔を赤くする。全部言ってしまったとナノカは答えたが、いざ直接聞かれると反応に困った。  
「実を言うとね、ちょっと悔しいんだ。ボクがいたら相手をしてあげたかったんだけど、丁度その時はいなくてね」  
 ラファルーの手が、するすると太腿にまで下りてくる。漏れそうになる声を、パナビアは必死で押しとどめた。  
「本当にくすぐったがりだね。それとも、もしかして……思い出して敏感になってるとか?」  
 その質問に、思わずぴくりと身じろぎしてしまう。図星であるが故の反応だが、今それはまずかった。  
 平静を保ちきれない自分を叱咤するが、既に遅かった。頬を伝う液体が、ぽたりと下に落ちる。  
「……おっといけない。折角背中を流してあげると言ったのに、いじめてばかりじゃダメだね」  
 だが、覚悟していた攻めはこなかった。急に言葉攻めを止め、ラファルーが背中を流しだす。  
 呑んでいた息を、安堵とともに吐き出す。最近はこういう事がありすぎて、過敏になっているのかもしれない。  
 パナビアがそう思って気を抜いたその時だった。  
「ひゃ……っ」  
「……でも、こっちをやめるとは、言って無いよ?」  
 まるで狙いすましたかのようなタイミングで、ラファルーはパナビアの乳房を持ち上げた。  
 
 ゆっくりと丹念に、スポンジで揉み洗う。  
 そういえば、こんなに丁寧に胸を触られたのは無かったかもしれないと、そんなことが頭をよぎる。  
 とはいえ――  
「案外と大きいね。弾力もあって、触り心地がいい」  
「ちょ、ちょっと……」  
 抗議の声を上げるも、全く聞いていないようだった。これでちゃんと洗えているのだから、逆に始末が悪い。  
「これでナノカを挟んであげたのかい?」  
「な、何でそんなことまで――」  
 思わず口にして、しまったと言葉を切る。こんな初歩的な引っかけにかかるなんて。  
「先が硬くなってきたよ。感じてる?」  
 そりゃあそれだけ弄れば、と胸中でつぶやくが、さすがに言えるわけはなかった。  
 代わりに、拒絶の意味も込めて腕を引き剥がそうとするが――びくともしない。  
「ムダだよ。キミの腕力じゃ、ボクの腕は一ミリだって動かせやしない。  
 大丈夫、悪いようにはしないよ。安心して座ってるといい」  
 既にこの状況が悪いようにしているようなものだが、平然とラファルーはそう言ってきた。  
 ムキになって腕を剥がそうとするが――駄目だ、びくともしない。フェアリの時は技術的なものだったが、ラファルーはまるで鉄骨のようだ。  
「……よく考えたら、この状況って襲ってるようなものだから、悪いようにしてるか」  
「そ、そうよ。だからもうやめて……!」  
「じゃあ、前言撤回。悪いようにはするけど、出来るだけ穏便にするから」  
 あっさりと前言を撤回し、ラファルーの手が腹部へと滑り落ちる。丁寧にスポンジで擦り、少しずつ下へと向かう。  
「なんだってこんなこと……」  
「さっきも言ったけど、ちょっと嫉妬してるんだよ。仕方ないとはいえ、ナノカとそういうことをしたキミに、ね。  
 だから、ちょっと意地悪してる。まあ、犬に噛まれたと思って我慢してくれないかな? ちゃんと責任は取るから」  
「せ、責任って……」  
 するすると下腹へ伸びていく手に、慌てて脚を閉じ、手でかばう。だが、ラファルーの手は腰をなぞって脚へと進んでいった。  
「もちろん、ちゃんと最後までするってことさ」  
 そんな責任取らなくていいと、パナビアは泣きそうな気分でそう言ったが――ラファルーは許してくれなかった。  
 
 ラファルーの手は、とても丁寧にパナビアの体を洗っていった。  
 ガラス細工を扱うように繊細に、戦場の切り込み頭のように大胆に、パナビアの緊張を揉み解していく。  
「ナノカにあのカプセル、もらったよね?」  
「そ、それは……」  
 内腿を丹念に洗いながら質問され、パナビアは言いよどんだ。正直に言ってしまえば、受け取った。  
 色々と理由をつけたが、結局のところ理由など一つしかなく、ほかは全て――というわけでもないが、言い訳だ。  
 しかし、だからと言って正直に言うことなど、それこそ出来なかった。  
「……試して、みた?」  
「――!」  
 ラファルーの言葉に、パナビアは心臓が跳ねるような錯覚を覚えた。  
 心臓が早鐘を打ち、思わず目の前の鏡に映るラファルーから目をそらす。  
「相手はやっぱり、ナノカかな?」  
 それにもやはり、無言で答える。そのパナビアに、ラファルーは目を細めると、右手で何かを握るような仕草をした。  
 そのまま、パナビアの下腹部の近くに持ってくる。  
「ナノカの中に、入れたんだね?」  
 まるでそこに何かがあるかのような生々しい手の動きに、パナビアは自らの欲望を幻視した。  
 同時に、その感覚を思い出す。今、そこには何も無いというのに。  
「やめ……て……」  
「ボクは何もして無いよ?」  
 搾り出すようなパナビアの声に、ラファルーは事も無げに言った。確かにそうだ。彼女はただ、虚空を撫でているだけだ。  
 だがパナビアは、思い出さずにはいられなかった。あの感覚と、快楽と、堕落を。  
「でも、そうだな……ちょっと、鏡の左側を見てみるといいよ」  
 ラファルーに言われ、正面から左側に向けて視線を巡らせる。  
「気付いてた? さっきからずっと彼女――フェアリだったね。彼女が、こっちを見てるの」  
 言われて初めて、パナビアはその事に気付いた。湯船のふちに肘を立て、じっとこちらを見ている彼女と、鏡越しに目が合った気がする。  
 パナビアの心臓が、先ほどとは別の理由でとくんと跳ねた。  
 
「キミの顔、キミの反応、キミの仕草――最初からずっと、全部見てたよ」  
 全部……つまり、今の顔も、さっきの反応も、今までされていたことも、全部見られていたということだ。  
 その事実に、パナビアは鏡から視線を外した。下を向いたまま、熱くなっていく顔を手で覆う。  
「ぜ……全部……見られ……」  
「聞こえてはいないと思うけどね」  
 フォローになっていないフォローを入れながら、ラファルーはパナビアの下腹部に手を侵入させた。  
 茂みをかき分け、優しく核心部分に触れると――そこは何故か、熱くなっていた。  
「……あれ? 濡れてるよ?」  
 その一言に、パナビアの肩が小さく跳ねる。その肩に顎を乗せるようにして、ラファルーは口を開いた。  
「そんなに強く刺激した覚えは無いんだけどな。それとも――」  
 そう言いながら、指の先端をゆっくりと差し込む。パナビアの口から吐息が漏れた。  
「もしかして、見られて感じてる?」  
 どくん、と、心臓の音が大きく響く。  
 鏡の中のラファルーが、小さく笑みを浮かべた。  
「やっぱり。そうなんだ」  
 違う。そう言おうとして口を開き――しかし、声が出ない。  
「急に抵抗も弱くなったし」  
 違う、それは――  
「キミは、恥ずかしいのがスキなんだね」  
「ち、違う……」  
 言葉とは裏腹に、下腹部が熱くなっていく。パナビアは、自分の中に芽生えた感情を必死に否定した。  
 だが――  
「こんなにして……説得力、無いよ?」  
 ラファルーが指を抜く。透明な何かが、細く糸を引いた。  
「……あぅ……」  
 その光景に、パナビアは小さく呻くことしか出来なかった。  
 
「ここは特に念入りに洗わないと……ね?」  
 そんな確認を入れながら愛撫を続けるラファルーに、パナビアは返事を返すことが出来なかった。  
 漏れそうになる声を抑え込むのに必死で、返事をする余裕などない。下手に口を開けば喘ぎ声が漏れそうだからだ。  
 洗剤が粘液を刺激し、微弱な痛みを訴えてくる。しかしそれよりも、ラファルーの技のほうが勝っていた。  
 まるで神経を直接撫でられているかのような感覚に、パナビアの思考が白濁していく。  
「ひぅ……ふ……っ」  
 しかしそれでも、パナビアは驚異的な精神力で声を抑え込んでいた。  
 楽になりたいという欲求を、公衆の面前という事実を脳裏で何度も反復することで、思いとどまらせる。  
 しかし逆に、その行為が彼女の否定したい性癖を刺激する。  
 人生の中でも最悪に近い悪循環に、パナビアは泣きそうな――いや、既にもう半分以上泣きが入っていた。  
 もう許して欲しい。自分が悪かったのなら謝る。だから、もう許して――  
「ああ、ダメだ」  
 何故かその一言が、麻痺しかかった思考の中でも鮮明に聞こえる。  
 申し訳なさそうな、嬉しそうな、諦めにも似た――甘い声。  
「これ以上は、ボクが本気になりそうだから――ゴメン」  
 意味は分からなかった。何故彼女がそんな言葉を紡いだのか、パナビアには分からなかった。  
 ただその瞬間、ラファルーがパナビアの敏感な肉芽を強く、しかし愛しげに撫で上げる。  
 その瞬間――  
「ぅ……ぁは……っ!」  
 大きな快楽の波がパナビアを襲い、彼女は脱力してラファルーに身体の一切を預けてしまった。  
 白い闇に沈んでいく思考の中で、下腹に開放感を覚える。  
(ああ……出ちゃった……)  
 排泄の快楽と同時に、パナビアは意識を保つことを放棄した。何も考えられなくなり、思考が薄れていく。  
「後はボクがどうにかしておくから、お休み」  
 ただ、その言葉に、何故かひどく安心した。  
 
「う……ん……」  
「あ。先輩、気がつきましたか」  
 重いまぶたが自然と開いた先にあったのは、いつものポニーテールを下ろしている後輩の顔だった。  
 全身を倦怠感が包み、体を動かすのが億劫に感じる。  
「あれ……私……」  
 ふと、自分の頭がナノカの太腿を枕にしていることに気付く。いわゆる膝枕という奴だ。  
 なんとなくそのまま周囲を見渡す。  
 もう一人の後輩の、心配しているような、しかし少し妬ましいような微妙な視線に気付き、パナビアはだるい体を起こした。  
「先輩、のぼせて倒れちゃったんですよ」  
 ナノカのその言葉に、そういえばと周囲を再度見渡す。  
 目標の相手は、何もなかったかのような顔で、ビン牛乳に口をつけていた。  
「そう……」  
 ナノカのこの様子からすると、最後の言葉通り、どうにか誤魔化してくれたようだ。  
 元はといえば向こうがしてきたことなので、どうにも感謝の念は抱けないが――  
(……いや、どう考えてもこっちが被害者なんだけど……)  
 とりあえずまあ、今言及するのはやめておく。ナノカたちもいるし。  
「大丈夫ですか?」  
「ええ、もう大丈夫」  
 後で二人きりになったら文句言ってやる、と、胸中で固く誓いながらそう答える。  
 そんな機会が今後あるのかわからなかったが、パナビアは考えないことにした。  
 
「……あんた、意外と惚れっぽいのね。ナノカとかBBとか」  
「……そうかな?」  
 帰り道。フェアリの呆れたような声に、ラファルーは小首をかしげた。  
 やいのやいのと会話をしながら前を歩く三人を眺め、自嘲気味に苦笑する。  
「……そうかもしれない。おかしいな、こういうのはボクのキャラじゃないはずなんだけど」  
「あんまり不思議には思わないけどね。何考えてんのか分からないあんたが、何考えても」  
 そう言って肩をすくめる。  
「……投げやりな言葉だね」  
「何考えてるか分からない奴の考えなんか、推してみるだけ労力の無駄よ」  
「何だかひどい事を言われた気がする」  
「リアリストは物言いがシビアなのよ。覚えときなさい」  
 そう溜め息交じりに返され、ラファルーは微妙に腑に落ちない様子でうなずいた。  
「ああ、でも……」  
 と、不意にフェアリが口を開く。  
「あの顔はいい感じだったわ。私の心のアルバムに永久保存ね」  
「……お気に召したようで。と言うか、もしかして君もなのかい?」  
 むふーと鼻から息を吐くフェアリに、半ば呆れながらラファルーが言う。  
 自分もあまり人の事は言えないが、それでも自慢げに言うことではないのは明らかだった。  
「てゆーか、もう半月くらいであの子らとはお別れなんだから、邪魔しないでよね?」  
「そのつもりはないけど……そうか、もうあと半月で君はオバケに戻るのか」  
「ええ。もう半月でフェアリ・ハイヤフライはこの世から消えるのよ。  
 まあ、最初からそんな人物いなかったんだから、当たり前のことなんだけど」  
「でも、その前に最後の仕事が残ってるんだろう?」  
 ごく自然なその言葉に、フェアリはす……と目を細めた。射抜くような瞳でラファルーを見つめる。だが――  
「<BB&ラファルー>――適当な面倒仕事引き受けます。大きすぎる仕事はダメ、小さすぎる仕事もダメ。  
 ドラゴンも契約によりみな殺し、満足は保証、報酬は先払い。他の仕事も見積もり無料。  
 宝捜し、娘さんの救出、世界の秘密見つけます――」  
 そんな視線もどこ吹く風。すらすらと、ラファルーが言葉を紡ぐ。  
「……今なら特別価格だけど、どうする?」  
 微笑すら浮かべて言うラファルーに、フェアリは毒気を抜かれたように大きく息を吐いた。  
「……考えとくわ、何でも屋さん」  
 苦笑しながらそう答え、彼女は前を歩く三人に視線を戻した。  
 

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