「今日も呼ばれてえんやこら〜っと」
やたらとジジくさいセリフを吐きながら、フェアリ・ハイヤフライはノースタウンにやってきた。
ここノースタウンは、ネオスフィアの工業を一手に引き受ける工業地区である。
Eテク機械の製造だけでなく鉱石の発掘までしているため、自然と怪我人の数は増える。
結果的に、庶民に優しいEテク医である彼女は、よくここに引っ張り出されると言うわけだ。
「常勤に緊急、出張まで一人でこなす、スーパーEテク医到着〜。
ハァ……さっさと終わらせて、帰ってビールでも引っかけて寝たいわ〜……」
「先生ぇ、ちゃんと仕事してくださいよ……」
フェアリのぼやきに、まだ若い作業員が情けない声を上げる。それに彼女は手をひらひらと振って見せた。
「まかされた仕事はちゃんとするから大丈夫。で、患者は?」
「はい、こっちです」
作業員の案内に、フェアリは足を速めた。
「これで機材の再補強は完了です。今回みたいなことも考えて、各場所の再点検をしたほうがいいと思います。
他の場所も、金属疲労がたまってると思うので」
「この際、全部Eテク素材に変えちまったほうがいいかもしれないなぁ」
機材をいじる手を止めた少女に対して、折れた脚をさすりながらそんなことをぼやく。
つい最近ノースタウンでEテク関係の仕事を始めたこの少女に、彼はある種の尊敬の念を感じ始めていた。
仕事は完璧、アフターケアも忘れない。ウォールサイドに居を構える工房士といい、帝都の工房士はレベルが高い。
それに比べて自分たちはどれほど未熟か。正直、この少女に弟子入りしたいところである。割りに可愛いし。
「そうですね。機材と時間さえあれば、そのほうが長持ちすると思います。
どうせなら、計画書のほうもこちらで用立てましょうか?」
「そいつはありがたい。
正直な話、君の手際や知識を見てると、こっちがどうにかするよりも確実で安全な気がしてたまらない」
「……まあ、その期待に応えられるだけのものは作ろうと思います」
そんな歯切れの悪い返事を彼女が返した辺りで、足音が二つ、二人に向かって近づいてくる。
「来たみたいね」
「だな」
彼女のもらしたつぶやきに、彼はそちらを振り向きながら答えた。
「おや? どこかで見たことのある女の子が一人」
現場に到着した彼女が漏らした言葉は、患者を気遣う言葉でも、仕事に挑む言葉でもなかった。
「あなたがEテク医ですか?」
「ええ。フェアリ・ハイヤフライよ。患者は座ってる彼?
応急処置はしてあるみたいだけど、あなたがしたの?」
答えながら患者に視線を注ぐ。さすがに医療器具がないため当て木を添えているだけだが、応急処置としては十分だ。
「はい、一応。軽く触診したところ、ただの皮下骨折みたいなので専門家が来るまではこれで十分かと」
(まあ、あたしも専門家ってわけじゃないけどね……)
少女の言葉に、フェアリは胸中で苦笑いを浮かべた。下手をすれば、彼女のほうが医療技術に詳しいかもしれない。
「あなた、工房士よね」
「ええ、まあ」
なんとなく歯切れの悪い返答に、フェアリは合点がいったという感じで口を開いた。
「やっぱり。イルカレースとかネオスフィアグランプリとかで見たことある顔だと思った」
「ぐ……あんまり思い出したくないので、その話はしないでもらえますか」
どうやら、自分の口だけでなく、彼女の古傷も開いてしまったようだ。
まあ、シャチに追われたり自爆したりした記憶など、出来れば触れたくもないだろう。
「そんなことより、診なくていいんですか」
「おっと、いけないいけない。そーだったわね」
そういや怪我人治療に呼び出されたんだっけ、と、フェアリは職務怠慢はなはだしい思い出し方をした。
まあ、どうせ仮の肩書きで、潜入するための嘘の職業だし、と、胸中で言い訳をする。理論武装というヤツだ。
「ふんふん、こいつはきれいなものね。ヴィタリウムプレートと万能軟膏でちょちょいのちょいと……」
処置そのものは意外なほどあっさりと終了した。鼻歌交じりに処置を終わらせ、フェアリは患者の肩をぽんと叩く。
「はい終了。多分すぐにくっつくわよ。力仕事は当分出来ないけど、歩くだけなら二ヶ月もすりゃできるんじゃない?」
「ありがとうございます、先生」
「はいはい、今度はヘマしないようにね」
ひらひらと手を振って答える。フェアリはどうにもこの『感謝』というヤツが苦手だった。照れ臭いことこの上ない。
「さて、じゃあ私もこれで」
「あ、ちょっと待ってお嬢ちゃん」
「……はい?」
まさか呼び止められるとは思っていなかったのだろう。帰ろうとした少女は、少し驚いた様子でこちらを向いた。
パナビア・トーネイド。
それが、この工房士の少女の名前だった。
(天才っていうのは、天より二物以上を与えられた存在のことを言うのかしらね)
そんなことを考えながら、フェアリはパナビアに茶の入ったカップを渡した。ちなみに、既に場所は診察所である。
パナビア・トーネイドの名前は、帝都にいたときに聞いている。帝都のEテク業界の将来を担う人物として、上層部がチェックしている一人だ。
Eテクに関する知識や技術は高く、才能にも溢れている。帝都でのコンテストでは常にナノカ・フランカにあと一歩遅れを取っているが、そのレベルは十分高い。
というか、ナノカ・フランカが規格外すぎるだけなのだが、それに張り合えるだけの逸材と考えれば、それは既に天才の領域である。
そして何より――
(どっちも美少女ってーのがポイント高いわよね……)
帝都の未来を担うのが見目麗しい少女たちとなれば、宣伝材料としても申し分ない。
何より、目の保養にいい。この仕事をやってよかったと思えるひと時である。
「……どうしました?」
不審そうな顔で覗き込まれる。そこで初めて、自分の顔が緩んでいることに気づいた。
慌てて表情を引き締め、軽く咳をしてごまかす。
「ああ、いや、なんでもないのよ。ちょっと過酷な仕事の中にあるささやかな役得に悦びを感じてただけ」
「……はぁ」
生返事。まあ、無理もないことだろう。自分でもよく分からない。いや、よく分かってはいるが、この場面で言われてもよく分からない。
「で、ここまで連れてきて、何か話でもあるんでしょうか」
「何だと思う?」
実は何にもありません。などと言うわけにもいかず、フェアリは適当な理由を考えるための時間を作ることにした。
処世術というヤツである。ただの時間稼ぎとも言うが。
「依頼ですか?」
「んー。今回は違うかな。早急に必要なものは特にないし」
ここで『そうそう、依頼』などと、頼むものも無いのに言えばぼろが出る。
その答えを聞いて再度考え込み始めたパナビアを眺めながら、フェアリはいつもの手でいくことにした。
「同郷の人間に、ちょっとサービスをしておこうかとね」
「サービス?」
「そそ」
聞き返してくるパナビアに、フェアリは軽い調子で答えた。
「サービスって、何ですか?」
「サービスはサービスよ。ちょっと待っててね」
そう言って、薬品棚から謎の液体と注射器を取り出す。
その薬品は、鮮やかな緑色をしていた。
「……凄く嫌な予感がするんですが」
「大丈夫よ〜。ちょっと秘伝の栄養剤をちゅーっと注ぎ込むだけだから」
「……遠慮します」
「平気平気。副作用なんか無いって。実験済みで実証済みよ?」
実証も何も、以前ナノカに打ち込んだ海軍秘蔵の物品である。
「せめて、構成素材を教えてください」
「それは企業ひ・み・つ♪」
じりじりと、一定の距離を保ちながら互いを牽制する。既にここは戦場となっていた。あまりにも間抜けな理由だが。
「と言うか、緑色の液体なんか体に入れたくないってーの!」
「お姉さんが大丈夫って言ってるんだから、大人しく従っておきなさいな!」
「今日会ったばかりの人間を信じられるかーっ! うわ、カギかかってる!? いつの間に!?」
「そうりゃあ! つかまえたぁ!
はぅ〜ん。天才ちゃんとはまた違った柔らかい感触……やっぱ若い女の子っていいわぁ」
「ちょ、こら、放して! 私にそんなケは――」
ぷす。
「はぅ……っ!?」
ちゅー……
「ぅ……ぁふ……っ」
「は〜い、終了〜♪」
「ううう……無理矢理なんて酷い……とゆーか、なんでそんなに嬉しそうなの……」
さめざめと、刺された腕を抑えながらパナビアは涙ながらにつぶやく。
その光景に、フェアリは気づかれないように舌なめずりをした。獲物を狙う目に変わる。ハンティングモードだ。そして――
(ちょっとぐらいつまみ食いしてもいいわよね。相手してくれないナノカが悪いんだから)
自分の欲望をナノカのせいにした。責任転嫁というヤツである。
「うーん。そんなに強くしたつもりは無いんだけど……痛かった?」
「そりゃ、痛いに決まって……」
「それは大変! 腕には自信があるけど、もしかしてミスっちゃったかも。傷口、見せて」
「いや……そりゃ注射器で刺されたら痛いに決まってるでしょうが……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、素直に刺されたところを見せる。意外に律儀というか、お人好しである。
「ふんふん。腫れてはいないみたいね。でも一応舐めておきましょうか」
「ちょっと、何を……ひゃっ!?」
あまりにも唐突な展開に、パナビアは思わず声を上げてしまった。
慌てて腕を振り払おうとするが、びくともしない。さすがは特殊部隊のエリートと言ったところか。能力のムダ使いだが。
「唾液による簡易殺菌よ。立派な医療行為」
「その舐め方は、医療行為じゃない……ぁんっ」
その通りである。
医療行為とは程遠い、這い回るような感覚に、パナビアの口から声が漏れる。
こんなところでもエリート能力を発揮するのは何か間違っているが、フェアリ・ハイヤフライとはエリートの塊のような女だった。
「顔色が良くないわね。診察してあげましょうか?」
「い、いらない……てゆーか、さっき栄養剤とやらを注射されたばっかり……」
「大丈夫よ、優しくするから」
診察で優しくというのも変な話だが、言った当人にとってはどうでもいいことらしかった。
パナビアの拒否を無視して、フェアリは彼女の胸に手を当てた。
「ちょ、ちょっと……」
「程よく弾力もあって、形も良し……じゃなくて、心音や呼吸音に異常無し。多分。健康そのもの。おーいえー」
「おーいえー、じゃない! あ、ちょっと、揉むなぁっ!」
必死に剥がしにかかるが、そこはそれ、流石は帝都のスゴ腕エージェントと言うべきか。びくともしない。
それどころか、抵抗すればするだけフェアリのやる気があがっていく。正直迷惑である。
「ぅ……だめ、そんな……ぁ……許し――」
「だぁめ」
意地悪な笑みと共に、フェアリはパナビアの口を塞いだ。
「んーっ!?」
思わず声を上げるも、その声はフェアリの口で塞がれてしまっている。
しかもそのまま、舌で口の中を撫で回される。一瞬噛もうかとも思ったが、そんな抵抗の意志はその一瞬でかき消されてしまった。
それほどまでに、フェアリの愛撫は刺激的だった。碌な経験の無いパナビアには十分すぎるほどに。
「ん……ふ……んん……ぷは」
やっとその魔手から開放された時には、既にパナビアの思考力はその大半が奪われていた。
赤い顔で息を荒くつき、ぼぅっとした頭でフェアリを見る。そこには、先ほどまでの感触を確かめるように唇を舐める、彼女の姿があった。
「キスだけで感じちゃった?」
顔を見れば一目瞭然なくせに、わざわざ聞いてくるなんて意地悪だ――
そんなことを考えながら、パナビアは視線をそらした。精一杯の抵抗のつもりだったのだが、むしろその行動は逆効果だった。
こっちを見ていないことをいいことに、フェアリはパナビアの首に舌を這わせる。
「――っ!」
反射的に肩が跳ねる。声が出そうになるのを、パナビアは自分の手で口を塞いで我慢した。
「我慢は体にも心にも、美容にも良くないわよ?」
耳元で囁く様にフェアリが言う。その言葉に、パナビアは小さく首を横に振った。
その返事に、フェアリは意地悪な笑みを浮かべると、ゆっくりとその手をパナビアの脚へと這わせる。
まるで貴重な陶器でも撫でるかのように、内腿を丁寧に愛撫していく。
「……ふ……ぅ……っ」
閉じようとした脚からは力が抜け、抵抗する気力が霧散していく。
それどころか、何故自分はこんなに必死になって抵抗しているのだろうという疑念すら沸いてくる。
(ダメよパナビア、ここで堕ちたらダメ! 気を強く持って――)
慌てて自分を奮い立たせる。そう、ここで堕ちてはいけない。堕ちたら芋づる式に負け犬根性が――
「ひぅっ!?」
急に襲ってきた刺激に、思わず声を上げる。
先ほどまで脚を撫でていただけの手が、いつの間にか自分の女の部分を撫で上げていた。
「ふふ……もうこんなに濡れてる……」
うっとりとしたフェアリの声に、パナビアは顔が熱くなるのを感じた。
フェアリの愛撫は、丁寧で、念入りで――そして、まどろっこしかった。
最初に一度強く撫で上げた以降は、まるで臆病な動物が一歩一歩周囲を確認するかのような用心深さで、パナビアの秘所を探っていく。
ゆっくりと、しかし弱すぎない程度に土手をほぐし、刺激していく。
最初のうちはどうにか理性を保っていたパナビアだったが、その執拗な愛撫と絶妙な焦らし方で、その理性は陥落寸前になっていた。
「ひぅ……く……ふ……」
包皮の上から優しく肉芽を撫で擦り、決して直接触ろうとはしない。
既にパナビアは体重をフェアリに半分以上預けており、足元には彼女自身によって小さい水溜りが出来ていた。
「は……ぅ、ダメ……も……イク……」
下半身を震わせ、搾り出すような声でつぶやく。
とうとうと言うべきか、やっとと言うべきか。来るべき大きな快楽の波に、恐怖半分期待半分で心構えをし――だが、その波は来なかった。
「え……なん……で……?」
急にフェアリがその指を止め、こちらをあの意地悪な笑みで見つめている。
その顔に、パナビアは先ほど口走ってしまった言葉に気づき、慌てて頭ごと視線をそらした。
「……イキたい?」
まるで恋人に囁くかのような優しい声が、パナビアの耳に滑り込んでくる。
「我慢は良くないって、言ったわよね?」
そう続けながら、腰を優しく撫でてくる。違う、触って欲しいのはそこじゃなくて――
「言わないと、このままよ……?」
ゆっくりと臀部を掠め、下腹を撫でる。違う、違うの。もっと、もっと――
「そう……じゃあ、仕方ないか……」
「……たい」
離れていく指を引き止めるように、声が漏れる。小さくか細い声。だが、フェアリはそれを聞き逃さなかった。
「良く、聞こえないわよ?」
聞き逃しはしなかったが、しかし彼女はそう言った。その言葉に、パナビアは赤い顔をさらに赤くし――
「意地悪、しないで……イキたい……よぉ……」
「良く出来ました♪」
まるで生徒を褒める教師のような気軽さでそう答えると、フェアリは今までの慎重さが嘘のようにパナビアを攻めたて――
「イッ……ぁああぁあぁぁあぁっ!」
一際大きな嬌声を上げ、パナビアはその体をフェアリに預けてしまった。
「パナビア・トーネイド、一生の不覚……」
「いーじゃーん。人間素直が一番だって」
カラカラと笑うフェアリに、パナビアは泣きそうな気分で床を拭いていた。
「この私ともあろうものが、快楽に負けるなんて……ううう……ナノカに知れたら笑いものどころじゃ済まないわ……」
「あー、まあ、そうね。でもそれってあたしもバレるからやんないけどね。
そんなことで天才ちゃんにまたケーベツされたら、あたし生きてけないしー」
などと話しているうちに、パナビアの掃除が完了する。ロッカーに掃除道具を突っ込み、椅子に座る。
淹れ直されたお茶を手に取り――
「でもさ、キモチよかったでしょ?」
その言葉に、盛大に噴いた。折角掃除した床が、机と一緒にまた汚れる。
「うっわ。ちょっと、ちゃんと拭いてよ?」
「げっほげほ、げぇっほ! 急にそういうこと言わないで! ちゃんと掃除するから!」
「えー、いいじゃないの。ほら、素直にお姉さんに言ってみなさい?」
「そ……それはその……」
パナビアが言いよどんだところで、来客の呼び鈴が鳴る。その音を聞き、フェアリはあからさまに舌打ちした。
「ほらほら、患者かお客ですよ! 早く早く!」
「わ、わ、ちょっと、押さないでよ。……ちぇ」
どこの誰だか知らないが、パナビアは胸中で感謝の言葉を片っ端から並べ立てた。この時ばかりは神様を信じてもいい気分にすらなった。が――
「どうもフェアリさん、依頼の品……あれ、パナビア先輩?」
玄関先にいたのは、宿敵ナノカ・フランカであった。せめて患者だったら素直に感謝できたのにと、胸中で毒づく。
「先輩、どこか悪いんですか? あ、もしかしてまだ傷が治ってないとか?」
「い、いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」
顔を赤くしながら視線をそらす。やたらと純真な目を向けられて、パナビアはなんとなくいたたまれない気分になった。
その彼女にナノカは疑問符を浮かべるが、それを遮るかのようにフェアリが口を開く。
「彼女とはちょっとノースタウンで会ってね。同郷の人間同士、コミュニケーションを取ってたわけよ。
それより、依頼の品は?」
「あ、そうそう、忘れるところでしたよ。はい、これ。理論上は上手くいくと思うんですけど、まだ臨床実験が済んでなくて……」
「じゃあ、こっちでやっておくわ。なぁに、あなたの作ったものが上手くいかないわけないから大丈夫だって」
「だといいんですけど……」
「大丈夫だって。ね?」
そう言いながら自分に向かってウインクをするフェアリに、パナビアは激しく嫌な予感を感じた。