ここは日本国、白鷺城。
長い黒髪の、不思議な力を持つ姫君の住まう城。
荘厳な造りの城の中に、血の香りが漂う。
返り血に塗れた真っ黒な服を着た男が長い廊下を歩いていると、
一人の女が逆の方向から歩いてきた。
「黒鋼、また無益な殺生をしたそうですね。姫様がお怒りですよ。」
「蘇摩か。俺は刺客を追い払っただけだぜ。相手が弱すぎるんで殺っちまったがな。」
「殺すほどのことはなかった、と姫様はおっしゃっています。」
「はっ。関係ねーな。俺は強くなりてーんだよ。もっと。誰が死のうが生きようが構ってられっか。」
「仕方がありません……。貴方のその有り余る体力、私が頂きましょう。」
「……何?」
「姫様から言付かって来たのです。」
それだけ言うと、蘇摩は黒鋼に駆け寄った。
血に染まった黒鋼の服の匂いに少し顔をしかめつつも、蘇摩はその胸によりかかる。
「深い話は、私の部屋でいたしましょう。ついて来てください。」
蘇摩の瞳には殺気に近いものが見え隠れしている。
その瞳の強さになぜか心がざわつく。この女……何を考えている?
黒鋼は、「体力を奪う」の言葉の意味を問うことはせず、黙って蘇摩のあとに従った。
「で、何だってんだ? こんなところに連れて来て。」
蘇摩の部屋、と連れて来られた場所には、何も無かった。
否、部屋の中心に真っ白な敷布に包まれた寝台のみがあり、他には何の調度品も無かった。
着替えの服なども。窓すらも。あるのはただ真っ白な壁と、寝台だけ。
蘇摩に許可を求めもせず、黒鋼はその寝台に腰かけた。
「殺風景だな。本当にここがお前の部屋か? 女の部屋とは思えないな。」
「ここは姫様が私に下さったばかりなのです。だからまだ寝る場所以外は何もありません。」
「ふーん。で? 話ってのは何なんだよ?」
「口で説明するより、体で説明する方が早いですね。」
蘇摩は黒鋼の座っているすぐ傍に腰掛けると、その血に塗れた手をとった。
そしてそのまま、手を自分の胸元に導く。
「な、なんだ……? 何のつもりだ? 蘇摩。」
「申し上げましたでしょう? 貴方の体力を奪い取って差し上げるのです。」
蘇摩は、先ほどとは違い、柔らかな眼差しを黒鋼に向けている。
だが、その瞳の奥にはやはり何か強い殺気のようなものが感じられた。
黒鋼はごくりと喉を鳴らした。この女の真意はどこにある……?
鳴らした喉元に蘇摩が唇を寄せてくる。
その唇が首筋から離れると、黒鋼は吸い寄せられるようにそこに唇を重ねた。
「貴方の体は……既に血の匂いを消せなくなっているようね……。」
「そうかもしれないな。だが、お前の体からも同じ匂いがするぜ。」
「貴方が触れているからでしょう……? 私は……。」
「いや、違う。これはきっとお前自身が奪ってきた男の命の匂いだ。」
「そう……。もしかしたらそうかもしれないわね……。」
二人は寝台の上で肌を重ね、お互いの肌の香りをかぐように触りあっていた、
服は完全には脱いでおらず、体に絡みつくように残っていたが、
本来服で隠されている必要のある場所は、そのほとんどを光の下に晒していた。
黒鋼に触られ、蘇摩が動くたび、その形の良い豊かな乳房が揺れた。
蘇摩の肌はその隅々まで褐色で、それは胸までも変わらなかった。
(不思議な女だよな……。この日本国にはこんな肌の人間はあまりいない……。)
いったいどこの出なのか、黒鋼は聞いたことのないことに気づいた。
だが、今それを気にすることはない。ただ、その肌の感触を楽しみたい。
滑らかなその肌に触れていると、黒鋼は幼いときに一緒に眠った母親のことを思い出してしまう。
「どう? そろそろ疲れてきたんじゃないかしら?」
熱い息を漏らしながら、蘇摩が尋ねる。
「馬鹿言うな。俺の体力はまだまだ有り余っているぜ。」
「そう……。それじゃ、とっておきの技を見せてあげましょう。」
蘇摩は黒鋼を寝台の上に押し倒すと、腰を覆っていた布を取り払い、そこに顔を近づけた。
「また言いつけを守りませんでしたわね、黒鋼。」
黒鋼は城の主、知世姫に呼び出されていた。姫の傍らには蘇摩が控えている。
知世姫は、城内に漂う陰惨な血の匂いに眉をひそめる。まだ新しく、生々しい。
「この間よりも更にひどくなって……。蘇摩、例の件はどうしたのです?」
「それが……。」
と、蘇摩は頬に手を当て、ため息をついた。
「あまりに小さ過ぎたので、咥える気が失せてしまったのです。申し訳ありません、姫様。」
落胆した表情の蘇摩に、まあ……と、知世姫は呆れながらも苦笑する。
知世姫はまだ幼く、男女の関係については未経験だが、蘇摩によって様々な知識を得て、
今では相当な耳年増になっている。
「それでは、仕方がありませんわね。」
「あっ! てめ、蘇摩、姫にまで余計なこと言うんじゃねー!」
「事実を申し上げただけです。」
「ったく、姫の耳に入れない方が良いようなことばっかり吹き込みやがって。とんでもねー女だぜ。」
「あら、蘇摩は良い忍者ですわ。」
「どこがだ!!」
姫に良い忍者と評価された蘇摩は、姫には優しい瞳を向け、黒鋼には蔑むような眼差しを送った。
黒鋼は面白くない。きっと蘇摩を睨みつける。
「てめー、犯すぞ、蘇摩。」
「ああん、あんな小さいのになんか犯されたって全然怖くなぁい、です〜。」
「くっ……い、言いやがったな……。」
「そうですわ!」
蘇摩と黒鋼の不毛な言い争いを、姫の声が遮った。
良い考えを思いついた、と言った顔で姫が微笑む。
「これから貴方を異界に飛ばします。」
「な!?」
知世姫が前へ向けて手をかざすと、その先に謎の紋章が浮かび上がって見えるようだった。
黒鋼の周りを不思議な風が取り巻く。知世姫の『力』だ。
「昔からよく言います。祖チンには旅をさせよ。」
「いわねェよ!!!!!」
不思議な風はしっかりと黒鋼の体を捕らえ、黒鋼が振りほどこうとしてもほどけない。
黒鋼の足元がどんどん沈んでいく。まるでそこに砂漠の蟻地獄でもできているかのように。
「貴方はきっとたくさんの人々に出会うでしょう。そこで本当の意味での強さを知るでしょう。」
「知りたくねぇよ! そんなの!!」
それから二言三言、知世姫が黒鋼にとっては絶望的な事実を告げた。
黒鋼の体は既に胸の辺りまで床に沈んでいる。
「ふざけんなー! 知世ーー!!」
「ひ、姫様を呼び捨てに……。」
「ほほほほほ。では、縁があったらまた会えるでしょう。元気でお過ごしくださいね、黒鋼。」
黒鋼の体がほとんど沈み、黒鋼にとって大事な刀、銀竜を握った方の手だけが辛うじて残っている。
「てめぇら覚えとけよーーー! 知世ーーーーっ!! 蘇摩ーーーーっ!!!」
その言葉を最後に、黒鋼の体が完全に知世姫や蘇摩の目の前から消えた。
そして黒鋼は次元の魔女、壱原侑子(仮名)の元へと送り込まれたのだった。
(終)
-おまけ-
次元の魔女、壱原侑子は自分の元に降り立った黒鋼をしげしげと観察すると、言った。
「貴方、粗チンなのね。」
「なっ……!?」
「粗チン粗チン〜♪」
「粗チン粗チン〜♪」
侑子のおつきの者たち、マル=ダシ、モロ=ダシも合唱する。
「そのあまりの粗チンゆえに日本国から追い出された黒鋼というのが貴方ね。」
「黒鋼は俺だがその認識は間違っとる!!」
同時期に侑子の元に降り立ったファイはその会話を聞いて涙を流しながら笑いを堪え、
小狼はきょとんとした顔で黒鋼や侑子のやり取りを眺めていた。
「てめー、その白くて細いの! 何笑ってやがる!」
呼ばれたファイは大笑いしたあまりに出た涙を拭いながら、黒鋼の方に向き直り、
握手を求める手を差し伸べて挨拶した。
「ああ、ごめんごめん。オレはファイ・D・フローライト。長いからファイで良いよ。よろしく、黒こちん。」
「妙な呼び方で呼ぶな! 『こ』ってなんだ、『こ』って!!」
「小さいの『こ』だよぉー。あ、粗末の『そ』の方が良い?」
「どっちも良くねぇ!」
小狼も丁寧に頭を下げる。
「黒こちんさん、よろしくお願いします。」
「てめーも乗るな!」
楽しい旅になりそうだった。
「ならねぇよ!!」
(終)