いつの間にか雪は止み、濃い灰色のインクを垂らしたような空の裂け目から、  
細い銀の光が覗いていた。少女を寝かしつけようと、寝台の脇に腰掛けて亜麻色の  
髪を撫でていたファイは、手を止めて窓を仰ぎ、久方振りに見る鋭い光に  
目を細めた。  
「ファイ」  
視線を戻すと、切り揃えた前髪の陰から琥珀の瞳がこちらを見詰めていた。  
「駄目だよチィ……目を閉じて、眠らないと」  
あやすようにファイは、小作りな顔を覗き込んだ。いつもは聞き分けの良い少女は  
僅かも視線をずらさないまま、小さくかぶりを振った。  
「眠ったら、ファイが行ってしまうの」  
続いて唇から漏れた言葉に、思わず苦笑が零れる。どこまでも幼い子供だ。  
この広い世界を知らないが故に向けられる無上の信頼は心地よく、同時にファイの  
心に一滴の染みを落とす。  
……オレに生み出されたのでなければ、この子にはもっと違う幸せが約束されて  
いたかもしれないのに。  
無垢な眼差しを向けられるたび、その思いは僅かずつ澱のように胸の奥に沈殿していく。  
偶にチィが魔力から練り上げた人工生命でなかったなら耐えられないと思うことすら  
あって、その後には酷い自己嫌悪が胃を灼くのが常だった。  
生み出したのも自分なら、生まれた幸福を感じさせる自信すら持てないのも自分。  
人に似た姿を与えながら、人として生かす覚悟もない、臆病な創造主。  
「チィが居てほしいなら、朝まででもここに居るよ」  
だからおやすみ、と精一杯の笑みを浮かべたファイを見詰めたまま、チィは頬に  
触れているファイの手をそっと握った。  
「眠ったら、ファイ、いなくなる」  
「チィ……?」  
細い指先に力が籠もる。桜色の爪から色が抜けるほど固く握りしめて、チィは  
小さな声で呟いた。  
「ファイ、チィを置いて、行っちゃう。……王様のところに」  
「……チィ」  
愕然として息を呑んだファイは、上手く言葉を紡げずに凍りつく。  
 
「……チィ、独りぼっち」  
たぶんチィは何かを誤解している、そう思ったが口にはできなかった。眠れない  
夜を王の傍で過ごし、魔術や国の出来事について語らう。少女は部屋に一人で眠る。  
チィの誤解とどれほどの違いがあるかと問われれば、返す言葉はない。  
身動きも儘ならず、どのくらいの時間が過ぎたか、手を握る力がふと緩んだ。  
それでも指先を離さないまま、少女は衣擦れの音と共に身を起こし、サイド  
テーブルに灯した魔力の炎を吹き消した。窓から射し込む月影が闇に沈んだ部屋を  
青く照らし、絹糸のようなほつれ毛を白く縁取った。  
「ファイ」  
耳の奥で何かが轟々と騒ぐ。自分の血流の音だろうか。少女の唇がゆっくりと  
動くのを、ファイは断罪を受ける気分で見詰めた。  
「行かないで、……チィと一緒にいて。チィに触って」  
「……チィ」  
細く冷たい指が、同じく体温の低い手を引く。  
「チィ、駄目だ」  
「どうして?」  
少女は瞬いた。硝子玉めいた質感の瞳は変わらずファイを映す。その奥には、  
言葉にしたほどの寂寥も悲哀も見当たらない。それがチィの空虚そのものである  
気がして、ファイはただ俯き、呻くように言葉を絞り出すのが精一杯だった。  
「それはできない。赦して……」  
「ファイ」  
「……チィ、お願いだから……」  
重ねられたままの手とは逆の手が、肩を落としたファイの頬に優しく触れる。  
「ファイ、独りにしないで」  
稚拙な言葉に込められた切実さと裏腹の声音の柔らかさに、魔術師は強く瞑目した。  
髪を梳く指の慰めるような動きに、鼻の奥が酷く痛む。のろのろと顔を上げれば、  
長い睫毛の陰、大きな瞳が見詰めていた。磨かれた石のような球面に映る影は、  
笑みすら浮かべられない自分の姿だけで、ファイは見返し続けることに耐えかねて  
目を伏せた。音もなく唇が触れ合う。羽根のような柔らかさと今まさに踏み込もうと  
する罪の重さに、ファイの背筋を震えが貫いた。  
 
 
全てが死に絶えたような静寂の中、少女の白い肩を月光が縁取っていた。細い  
肩紐が鎖骨に影を落とし、滑らかな肌をリボンとレースで飾り立てた夜着が  
覆い隠している。光沢を放つ薄い生地を通して、身体の線が透けていた。華奢な  
指先が広がった裾を抓み、するりと脱ぎ捨てる。続いて少女は下着の紐に手を  
かけ、ゆっくりと引き下ろした。ファイの前で、股間の淡い下草が露わになり、  
月明かりを浴びた丸い乳房がくっきりと陰影を落としていた。一糸纏わぬ姿で  
チィは、無言のファイを見上げた。  
「……ファイも」  
一体彼女は、これから何をしようとしているか理解しているのか。居たたまれなさに  
ファイは唇を噛む。生み出した側に重大な欠落があるからか。それとも、自分が  
何か酷い勘違いをしているだけなのか。  
彼女は大人しく待っている。  
胃の底に鉛を呑んだ気分でローブから腕を抜く。床に落ちる衣擦れの音すら  
煩わしい。シャツは一気に脱ぎ捨てた。フロントの釦に手をかけた時は、流石に  
指が震え、着慣れたはずの服でさえなかなか上手く脱げなかった。  
違うよって、言って。オレが何をしてるか分からないって。  
チィの視線はファイの動きをじっと追っている。ついに制止されることなく、  
ファイは身に纏うもの全てを脱ぎ捨て、ベッドの上で少女と向き合った。  
「……チィ……」  
やっぱり、と呟くファイの首にするりと腕が巻き付き、素肌が密着する。  
乳房の尖りが柔らかく胸板に押し付けられる。そこに響く鼓動は一つだけ。  
続く言葉は音になる前に喉の奥で拡散し、永遠に喪われた。  
少女を抱きしめ、そっと寝台に身体を沈める。わざと乱暴に腰を押し付け素足を  
絡めても、チィは嫌がる様子を見せず、幼子のようにファイを見上げた。  
目を閉じ、唇に触れる。初めは吐息が擽る程度に。それから珊瑚色の下唇を  
軽く吸う。チィが動きを真似る。次第に軽い音が漏れ始める。薄く開いた口内に  
侵入し舌先を追えば、少女は猫のように応じた。唾液が混じり合い、舌の絡む  
濡れた音が次第に大きくなって、ファイの脳髄を痺れさせた。唇を離したとき、  
僅かに息が上がっていたのはファイの方だった。  
 
緩やかに上下する胸の膨らみも、体温の低い白磁の肌も、何も変わりない。  
できないと言った舌の根も乾かぬうちに、欲望の兆しを体で自覚するのは自分だけ。  
ファイはチィを寝台に横たえたまま身を起こした。チィの瞳がファイを追う。  
「ファイ、続き」  
「……続きはないよ、チィ。これでお終い」  
少女は怪訝そうに首を傾げた。  
「ファイ、続き」  
「続きなんて無いんだ、チィ……」  
琥珀の瞳が月明かりの下、二度瞬いた。項垂れたファイを眼差しが見詰める。  
視界の端で亜麻色の長い髪が滑り、スプリングが軽く軋んで、少女もまた身を  
起こしたのが分かった。冷たい指が膝の上で握り締めた拳に優しく重なった。  
 
「嘘吐き」  
 
微かな吐息がファイの頬を擽り、柔らかく濡れた舌が唇をそっと舐めた。拒もうと  
開きかけた唇の隙間から舌が滑り込む。先刻とは立場を逆にして、チィの舌が  
反応を引き出そうとするように執拗に歯列をなぞり舌を絡めて、ファイを追いつめる。  
虚ろな意識を淫靡な水音だけが満たした。息苦しさに生理的な涙が滲む。  
溺れるように喘げば、チィはファイに視線を当てたまま唇を離した。  
唾液がツ、と糸を引き、ちらりと覗いた舌先がそれを舐め取った。  
そのまま少女はそっと身を屈め、一瞬後、ファイの首筋に濡れた感触が  
押し当てられた。チュ、と軽い音を立てながら柔らかい唇が男の肌を啄む。  
胸板を擽る髪から甘い香りが立ち上る。指先がファイの乳首を羽毛のように掠めた後、  
唇が甘えるように音を立てて吸った。ビリ、と痛いほどの電流が乳首を中心に走り、  
疼くような痺れが余韻を残した。  
「ク……」  
「痛い、ファイ?」  
項垂れたまま首を振った。隠すもののない男性器はゆるく勃起し、男の意思に  
背いて快楽の続きを浅ましく望んでいる。チィが身を屈めた。細い指先が熱を  
帯びたそれに触れ、そっと撫でた。手の中で血管がビクリと脈打った。  
 
「……ぁ、駄目だ、チィ……!」  
少女は躊躇いなくファイのペニスを口に含んだ。絹糸のような髪が内腿を擽る。  
形を確かめるように喉の奥まで呑み込み、唇を離して甘いものを舐めるように  
浮き出た血管を舌先で辿った。上下する頭に合わせて、剥き出しの小さな白い  
尻が揺れた。  
「……ッ、……チィ、離して……!」  
「ん……」  
柔らかい口の中で次第に質量と硬度を増していくペニスに、チィの喉から  
くぐもった声が漏れた。行為の意味すら解っていないだろう少女相手に、  
ファイは瞬間誤魔化しようのない劣情を覚え、同時に自分を心の底から呪った。  
「チィ……、離して」  
柔らかい舌は滲み出る体液を舐め取り、それ以上の唾液でそそり立つ肉茎を  
汚していく。濡れた指先が張りつめた筋肉をなぞって、敏感な裏をそっと擽り、  
そのまま下へ降りて陰嚢を優しく撫でる。  
ファイの苦痛と快楽が分かるとでもいうように、少女は男の下腹に顔を埋め、  
《嘘吐き》と言った唇を丸く窄めて、執拗な舌使いでファイを追い詰めていく。  
「……離して……」  
押し殺した声音に、チィはようやく唇を離し、顔を上げた。月明かりが滑らかな  
頬を縁取り、美しく表情に乏しい貌を際立たせる。人でなく獣でも生命ですらなく、  
けれど「寂しい」と空気を震わせ主の気配を追う、哀れなチィ。  
――オレのチィ。  
「……おいで」  
喉の奥から絞り出すと同時に、少女は飛びつくようにファイの首に腕を投げかけ、  
華奢な肢体を擦り寄せてスプリングを軋ませた。背を滑る長い髪ごとかき抱く  
ように押し倒し、組み敷く。  
琥珀の瞳に自分が映っている。額に、目尻に唇で触れ、獣の耳をそっと噛んだ。  
痛覚を持たないチィには軽い圧迫でしかないだろう。それでも、自分から触れて  
与えたかった。チィはゆっくりと瞬いた。  
 
首筋へ、胸元へ、唇で触れる。片手で乳房を掴み上げ、柔らかく揉みながら、  
もう片方の乳首を口に含んで吸う。仮初めの体温は低く、伝わる鼓動はない。  
ただ、人並みの反応など返すはずもない乳首が舌の上で硬くなったように感じ、  
ファイは咄嗟に少女の胸に埋めていた顔を上げていた。  
唾液にまみれた乳首は、見間違いでなくくっきりと尖り、影を落としていた。  
少女の顔を見る。表情の乏しい貌に変化はない。硝子玉のような瞳は違った。  
確かに潤んで、濡れた光を帯びていた。  
「ファイ」  
少女の手が、乳房を掴んだまま動きを止めた手に重なった。  
「ファイの感触、わかる。《キモチいい》の、わかるよ」  
「……チィ、どうして……」  
少女は怪訝そうな微笑を湛えて創造主たる自分を見た。  
「ファイともっと一緒がいいから。ファイの手、好き。舌の、ぺろぺろも」  
だから、続き。  
言葉を失ったファイの首に少女の腕が絡みつき、柔らかく力を込めて引き寄せた。  
目の前に、ぷっくりと膨らんだ色の薄い乳首。信じ難い、という思いのまま  
舌先を這わせる。華奢な肢体がびくりと震え、頭上で微かな溜息が漏れた。  
「ファイ、あったかい……。もっと触って。ファイでいっぱいにして」  
現実感の失せた中、チィの声が導くように脳裏でこだまする。  
舌先で転がし、ゆっくりと撫でるたびに、鈴を振るようにあえかな声が零れる。  
白い肌に熱が籠もっているように感じるのは、自分の体温が移っている所為だと  
信じたかった。  
閉じた脚を開かせる。いつしか下草の陰からは、蜜が溢れ出し月影を映していた。  
指でなぞると、とろりと糸を引いた。白い喉が緩やかに仰け反った。  
「……ぁ……ファイ、キモチいい……」  
指がゆるやかに滑る間に、ぴったりと閉じていた肉襞は綻び始めた。華奢な腰は  
僅かに浮いて、時折刺激を堪えるように大きく揺れる。しどけなく濡れて開いた  
入り口は、ぬるぬると何の抵抗もなくファイの指を迎え入れた。  
一本、二本と男の指を呑み込み蠢く柔肉に、ファイはきつく瞑目した。  
――誰か、誰か、今すぐオレに罰を。  
 
「……んッ……、ァ、は……ファイ、もっと……」  
抜き差しする指をアメーバのような滴が伝う。ぐるりとかき回すように押し込めば、  
短い叫び声とともにチィの腰が跳ねた。華奢な指が皺になるほどきつくシーツを  
握り締めている。膨らんだ小さな突起に唇を当て、強く吸った。青白い太腿が  
強張り、目の前で、新たな蜜がたらりと糸を引いて零れ落ちた。  
「ファイ、ファイ……っ、んんッ……、ぁ、キモチいい……ファイ、あァ……」  
付け根まで濡れた指をずるりと引き抜く。ぐちゅりと、耳を覆いたくなる音が  
した。泡立った体液が割れ目から小さな尻へと伝う。少女が小さく喘いで身を  
竦める。細い脚を抱え上げ、勃起したペニスをあてがった。蜜に濡れた入り口は、  
初めての質量を呑み込もうとするようにヒクヒクと蠢き、刺激にファイの体は  
ぶるりと震えた。  
「――……あ、あぁ、ぁああっ、ん……ッ、あったかい、ファイ、ファイ……」  
「……ッ、チィ……」  
仰け反った少女の唇からは、ひっきりなしに柔らかい喘ぎ声が零れる。ゆっくりと  
腰を前後に動かし深く突き上げる。チィの腕が首に巻き付く。包み込む内壁が  
柔らかくうねり、男を銜え込んだ少女の腰は波に浮かされたように揺れる。  
締め付けに引きずられそうになって、ファイは唇を噛んだ。繋がった場所から  
漏れる卑猥な音も、荒い息も、額から鼻梁を伝う汗も全てが厭わしかった。  
(……ファイともっと一緒がいいから)  
宝石のように、疵も汚れの一つすら付けず、ただ大切にしたいのに。  
「ファイ、悲しいの? どうして?」  
少女の腕にやんわりと力が籠もった。  
「チィ、ファイが一緒なら寂しくない。ファイ、好き。チィはファイと一緒」  
少女の膣が断続的に痙攣し始め、咄嗟に引き抜こうと息を詰めた途端、何かが  
ファイの腰を抱え込んだ。開かせたチィの脚だと気付いた途端、ぎりぎり堪えて  
いたものが弾け飛んだ。  
「ファイ、好き。好き。好き……! ァ……、ああ、あ、ッ、ファイ、ファイ……!」  
――声もなく呻きながらファイは少女の中で果て、数秒の解放に続く虚脱感の中、  
なおもビクビクと絡みつく少女の柔らかさに呆然と凍りついた。  
 
 
セレスの朝は宵闇と大差ない。一時の晴れ間はあったとしても、後から後から  
湧き出した雪雲が上空に吹き溜まるからだ。  
ファイは壁の薄暗い灯りだけを頼りに、露台へと続く階段を上った。今頃、自室の  
暖炉の薪はとうに燃え尽きて白い灰になっているだろう。  
余計なことを考えていないと、動けなくなりそうだった。誰にも顔を見られたく  
ない。けれど、穏やかな静寂に満ちた自室にも戻りたくない。  
露台への扉は白く凍りついていて、開けるには僅かな魔力を使った。体重を乗せて  
押し開けた隙間から、積もったさらさらの粉雪が舞い込んでくる。  
重い扉が固い音を立てて閉まるのを背後に聞きながら、ファイは顔を上げ、  
そのまま息を呑んで立ち竦んだ。  
雪が止んだ露台には人が居た。手すりに肘を突き、次々と流れてくる雪雲を  
見上げていた。  
「……王……」  
「やあ、ファイ。本を読み耽っている間に、夜が明けてしまったよ」  
アシュラ王はこちらを振り返り、目を細めた。  
「眠っていないようだね。昨夜はもしかして、あの子のところにいたのかな」  
……はい、と頭を深く垂れてファイは肯定した。自分は罪を犯し、信頼を裏切った。  
これで王の魔術師を見る目は変わる。それでも、この人に対して吐く嘘は持って  
いなかった。同時に僅かな安堵感が胸に兆したのも事実だった。  
少なくとも、罪は暴かれた。断罪を待つのみなら、何も思い悩むことはない。  
そうか、と王の声が頭上から降ってきた。僅かに苦笑の響きが混じっていた。  
「あまり淋しい思いをさせてはいけないな。あの子には君しかいないのだから」  
アシュラ王の手が伸びて、幼い子供を諭すようにファイの頭を軽く撫でた。  
優しい眼差しをファイは呆然と見つめた。  
「もっと一緒の時間を増やしてやりなさい」  
穏やかな声が虚ろな意識を滑り落ちていく。犯した罪は罪として糾弾されず、  
償う機会は永遠に与えられない。  
この場に膝を突き誰かに赦しを請いたかった。  
上空で風がうなり、灰色の一片が舞い降りてきた。  
<了>  
 

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