――日の沈み掛かった夕暮れ時。同じような形状の家宅が並ぶ中、少年は迷う事なく一つの家屋の前に立った。  
扉に付いた取っ手に手を掛け押し開くとキィ、と軋んだ聞き慣れた音を立てる。  
「只今、父さん」  
家に帰ると少年は先ず机の上に載せてある父の写真に向かって遺跡での発掘作業やその日あった出来事などを話す。最早それは彼の日課になっていた。  
「遺跡の発掘作業も大分進んで…発掘が終わったら父さんも一緒に見に行こう。あぁ、それから……」  
仕事の疲れも忘れたかのように写真の父に向かい穏やかな表情で語り掛けていた。  
その時トントン、と小さく戸を叩く音が聞こえた。  
誰だろう、発掘隊の仲間だろうか…等と考えを巡らせながら戸口に向かってはい、と返事をし扉を開けた。  
 
「姫!」  
其処に居たのは仕事仲間ではなく顔を俯けジッとその場に立ち尽くしたさくらだった。  
俯いて垂れ下がった髪の隙間から垣間見た頬は何処かほんのりと紅く染まっているように思えた。  
「よく分かりましたね。おれが帰ってきたって…」  
その場に立ち尽くすさくらを促すように家内へと招き入れる。久しぶりに逢った相手に少年は自然と口元が綻ぶのを感じた。  
「…ねぇ、小狼」  
さくらは顔を俯けたまま言い淀むように小さな声で呟いた。  
「前、次に会った時に言いたかった事言うからっていったの…覚えてる…?」  
「えぇ、勿論。覚えてますよ」  
彼はその問い掛けに微笑み、頷いて見せた。  
前に会った時にさくらが言い掛けていた言葉…何だろうか、と少年は考えを巡らせたが結局分からず仕舞いだったあの言葉…。  
 
「あの…あのね、わたし…」  
さくらは微かに顔を上げたが決して此方を見る事はなく、何処を見るとでもなく空中で双眼を泳がせた。そしてやはり頬はほんのりと紅潮させていた。  
「…小狼の事が……好き…なの…」  
そう言ったと同時にさくらは小狼に抱き付いた。きっと紅く染まった顔を覗き見られないように相手の胸元に埋めて。  
「ひ、姫!?」  
「敬語も姫って呼び方も嫌だって言った」  
少年の驚いたような少し上擦った声にさくらは頬を膨らませ先程から不満に思っていた事に注意を施す。  
「あっ、はい、いや…う、うん。あの…でも、その…」  
少年は頬を赤らめ、しかし少し困ったように眉尻を下げた。  
「…いや、だった?」  
その表情にさくらは自分は言ってはいけない事を言ったのではないだろうか…という念に駆られ不安そうに訊ねた。  
 
「まさか、嫌な訳ないよ。でも…さくらは王族で俺は民間人なんだから…」  
そう、嫌な訳がなかった。寧ろさくらの口からそんな言葉が聞けて心の底から嬉しかった。だけど…  
「そんなの、関係ないよ!」  
さくらはムッとした顔を此方に向け微かに怒気の含んだ声で小狼に言い放った。まるでその後に続く言葉を遮るように。  
「王族とかそういうのは関係ない。わたしが聞きたいのは小狼の気持ちだもん。小狼は?どう…思ってる?」  
ズイズイと頬の紅潮を増しながら言ってくるさくらに小狼はどうしようもなくいとおしさを感じた。  
「おれも…さくらが好きだよ」  
抱き付いてきた相手の華奢な背に手を回し大切な物を扱うように緩く抱き締めた。  
その言葉を聞いたさくらは嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうに口元を綻ばせた。  
暫く相手の赤らんだ顔を眺めていたさくらは不意に小狼の唇に自分の其れを重ねた。  
 
「…っ!?」  
ふわりとマシュマロのように柔らかなものが少年の唇に触れる。気付くと彼女の顔は目前にあった。  
何時にないさくらの積極的な行動に小狼は驚きを隠せなかった。  
「…いやだった?」  
触れるだけの口付けの後にさくらは不安げに小狼に尋ねた。未だ顔は近いまま。  
小狼は首をブンブンと横に振りさくらの言葉を否定した。  
そして、今度は自分から相手の唇に己の其れを重ねた。  
唇の端を割って小狼は少し戸惑いながらもさくらの口内へと舌を忍び込ませた。  
微かな水音を立てながら暫くさくらの口内を堪能し名残惜しそうに唇を離す。  
さくらとの初めてのキス。それはほんのりと甘く、蕩けるような甘美な味わいだった。  
口付けを終えた小狼は再びさくらを抱き締める。長い間、心の奥底に押さえ付けていた気持ち…一度口に出してしまえばもう隠せない。  
いけない事だと頭では分かっていながらも、募る気持ちはもう抑えられなかった。  
さくらを横抱きで抱え上げそっとベッドに下ろす。  
「小狼…?」  
「さくらが好きだ。ずっと好きだった。だから…その…」  
勢いに任せ気持ちを全部伝えてしまおうと思った。しかし、小狼には其は出来なかった。  
気持ちを全て伝えてしまえばその先に壊れてしまうものがある…少年は其を知っていたから。  
 
言葉に詰まっているとさくらは小狼の気持ちを察したかのように徐に口を開いた。  
「わたしも…小狼が好き…だから、ね…わたしは、小狼に任せるよ…?」  
「さくら…」  
さくらの其の言葉を聞いて小狼は決意した。  
もう覚悟は出来ていた。身分違いの恋…それが罪だというのならば自分はどんな罰でも受けようと。  
小狼はさくらをベッドに押し倒すと相手の唇を奪った。そっと、しかし先刻よりも深い口付けへと変えてゆく。  
唇を離すと酸素不足で荒くなった相手の呼気が頬を弄り擽ったさを覚えた。  
そのまま幾つかの淡い花弁を付けながら首筋、鎖骨、胸元へと口付けを落としていった。  
さくらの服を脱がせ胸を隠していた下着も一緒に取り除くと手に納まる程度の柔らかな膨らみに手を添えた。  
そのまま円を描くようにゆっくりと揉みしだき、舌で胸の突起を刺激した。  
「…っ…ふ…ぁっ!」  
執拗に何度も繰り返される何ともいえない初めての感覚にさくらは必死に紡いでいた唇から甘い声を洩らす。  
小狼は何度か布地の上から太股を弛く撫で回すと下着と共にさくらのズボンをずり下ろした。  
指の腹で彼女の其処を擦るともう充分過ぎる程に濡れていた。  
触れた瞬間さくらの腰がビクンと跳ねる。  
 
自分も下に纏う物を全て取り払うといきり立った其をさくらの濡れた其処に宛がう。  
「…嫌だったら、止めて?」  
尋ねてはみたものの少年は疾うに理性など失っていたし、此処まできて退く気などほとほとなかった。  
そういったのは気持ちを確めようとする虚栄心や彼女の羞恥を掻き立てようとする悪戯心から…。  
さくらの気持ちなど訊かずとも分かっていた。  
「嫌、じゃないよ…言ったでしょう?小狼が好きなの…お願い、来て…?」  
潤んだ瞳で震えるような声だった。少年は其の表情に欲望をゾクリと掻き立てられた。  
その言葉に応えるかのように小狼は弛く口角を上げ、大きく頷いた。  
さくらの其処に小狼はゆっくりと身を沈めていく。  
「…っ……んぅ…」  
それでもやはり痛むのかさくらはシーツを硬く握り締め、眉を寄せては苦しげに表情を歪ませた。  
時折動きを止めては労るようにさくらの手の甲を擦る。  
時間をかけてゆっくりと呑み込ませた其処にふと目を向けると体液に混じりうっすらと赤い血を帯びていた。  
小狼は眉を顰める彼女を気遣いつつ緩慢に動き始める。  
「やっ……は…ぁ……小…狼っ!」  
暫く律動な動きを続けるとさくらの甘えるような声と結合部から聞こえてくる絶え間ない水音が小狼の聴覚を犯した。  
狂おしい程の性感の渦に呑まれていく。  
 
「く…ぁっ!」  
互いに限界は近かった。  
絶頂を求めるかのように一旦己の其を引き抜いては一気に打ち付ける。  
「ッ……ぁぁぁあッ!」  
幾度かそれを繰り返すとさくらは甲高い声と共に一際鋭く跳ねて小狼の其を締め付けた。  
それが引き金となり小狼もさくらの中に性欲を吐き出した。  
『小狼……』  
彼女がそんな風におれを呼ぶ声が聞こえたが、身体に感じる妙な疲労感に促されおれはそのまま夢の中に吸い込まれていった。  
 
――………小…狼……小狼…小狼君…  
聞き慣れた彼女の声が聞こえてきて目が醒めた。  
「小狼君、お早う。ファイさんがもうご飯だからって。今日は少しだけど私もお手伝いしたの」  
可愛らしい笑みを浮かべて話すさくらに自分は夢を見ていたのかと否が応にも現実に引き戻される。  
「すぐに行きます。先に食べていて貰えませんか?」  
「うん、じゃあ先に食べて待ってるね」  
微笑んで言う小狼の言葉を聞いてさくらは部屋を出ていった。  
まだ聴覚に残る自分を呼ぶ彼女の声。  
『小狼…小狼…』  
さくらはもう自分の事を“小狼”とは呼ばない。  
現実に引き戻された少年は自分の気持ちを紛らわすかのように少し哀しげに微笑んだ。  
 

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