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 真夜中の海に紛れるように、悠々と進む巨大な船。  
 光沢のある黒い外壁に描かれた【BLACK AUCTION】の文字。  
 
 その文字が意味するものは、  
世界中から強奪した美術品や財宝、  
果ては拉致した人間までをも金に換えるという組織の名前。  
 
 船内では毎日のように、天文学的な額が飛び交うオークションが執り行われている。  
 
 漆黒の競売はこの瞬間にも開催されていたが、  
今回集った者たちの眼にはより色濃く、  
グロテスクなまでの欲望が剥き出しとなっていた。  
 
 理由は、今宵の目玉と言うべきものの存在。  
 
 『天使像』と呼ばれるその美しき彫刻の噂は以前から囁かれてはいたが、  
とある理由によって出品は延期されていた。  
 
 そんな幻の逸品が満を持して降臨するとあって、彼らの昂奮は最高潮にまで達している。  
 
 だがその時、彼らには知らされていなかった。  
 命無き『天使像』の後に控えた、もう一つの出品物……。  
 赤と青、二色の輝きに彩られた、ふたりの天使の存在を。  
 
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「……もしも〜し? そろそろ起きてくんなきゃ困るんだけどなぁ?」  
 
 コロコロと愉しげに響くその声は、  
青のコスチュームを纏った少女──『神無月 葵』の意識を現実へ引き戻した。  
 
 ハッと顔を上げる葵だったが、  
おっとりとした性格を象徴するかのようなタレ目気味の瞳は焦点を定めず、  
ただ深い暗闇を映すばかりだった。  
 
「あはっ、こーゆう時、ワルモノはなんて言うんだっけ?  
『お目覚めの気分はどうですか? お嬢さん』  
……そんなカンジかな?」  
 
 くすくす、という微笑みとともに、  
きらびやかな金髪を揺らしたひとりの少女が葵の視界に入り込む。  
 
「あなたは……」  
 
 外見的には葵と同じ──いや、見ようによってはもっと幼く見えるかもしれない。  
 薄暗い部屋の中に在っても映える、闇色のゴシックロリータを纏ったその少女の名は──  
 
「やだなぁ、もう忘れちゃったの?  
私は『サロメ』。  
そー呼んでって言ったハズっしょ、ブルーエンジェル?」  
 
 無邪気な笑みを振り撒く黒衣の少女──サロメ。  
 ブラックオークションの切り札を自称するその少女は、  
『天使像』を狙う強敵として葵たち『ツインエンジェル』の前に立ちはだかった。  
 
 彼女の駆る機体は従来の警備ロボットを軽々と凌駕する頑強さと機動力を誇り──。  
 追い詰められたふたりを待っていた結末は、敗北という二文字だった。  
 
「……遥さんは……」  
 
「?」  
 
 全てを察した葵の脳裏に、  
背中を預かるパートナーの──掛替えのない親友の笑顔が過ぎる。  
 
「……遥さんは、どこに……?」  
 
「はるかさん……あ〜、もうひとりの?」  
 
 ぽん、と手を叩いたサロメは思い出したように、言葉を繋げてゆく。  
 
「あのコは違う場所にいるわ。多分、貴女とおんなじカッコでね」  
 
 その言葉に葵は初めて、自分の状態を意識した。  
 彼女は足場から一本のポールが伸びた、身長計を思わせる拘束具の上に囚われている。  
 手首は後ろ手に戒められ、足首も同じく厳重に拘束。  
 どうにか逃れようと身を捩っても、鎖が耳障りな音を立てるだけだった。  
 
「……力が……押さえ込まれて……」  
 
「そーゆうこと。でもまたすぐに会わせてあげる。  
まあ、あのコがドコでナニ『されてる』か……そこまではわからないけど」  
 
「……!?」  
 
 悪戯っぽい笑みから放たれたその思わせ振りな台詞に、葵は血の気が引く感覚を覚える。  
 
「ここには貴女たちを恨んでる人間もそれなりにいるわけだし。ひょっとしたら今ごろ……」  
 
「やめてっ!!」  
 
 いつになく感情的な葵の叫びが、サロメの言葉を遮った。  
 
「お願いです、遥さんを返してください!」  
 
 大きな瞳に涙を滲ませ、手首に食い込む鎖にも構わず、葵は言葉を続ける。  
 
「……私は……私はなにをされても構いません……でも……」  
 
 とある少女のオルゴールを炎の中から奪還したあの日。  
 遥は葵の側にいたばかりにポケてんの起動に立ち会ってしまった。  
 偶然力を得た遥と、神無月家に代々伝わる使命を聞かされて育った葵。  
 葵は血筋という理由がある以上、使命に殉じる覚悟は出来ている。  
 だが、何一つ事情を知らない遥に命を懸ける義務は無いはずだ。  
 
 そして何より、  
神無月の宿命に巻き込む結果となってしまった親友をこんな形で失う事は、  
葵にとって堪え難い事だった。  
 
「……遥さんだけは……傷付けないで……!」  
 
 サロメは懇願する葵の姿を、ぺろりと唇を湿らせて眺めている。  
 そして新しい玩具を見つけた子供のような光を瞳に宿すと、すっと葵に歩み寄った。  
 
「安心なさい。いじめる気なんかさらさらないわ」  
 
 もう少しで唇が触れ合う距離にまで迫った少女の身体は、  
まるで砂糖菓子のような甘い香りに包まれていた。  
 
 妖艶な輝きを秘めた大きな瞳に、葵の視線は釘付けとなる。  
 
「……だってフツーはしないっしょ? わざわざ『商品価値』を下げるようなこと──」  
 
「……?」  
 
 眼前の少女が発したその言葉の真意を、葵はその時、理解出来ていなかった。  
 
 困惑する表情を愉しむかのように、  
サロメは葵の背後に手を回し、  
ぎゅっと彼女を抱き締める。  
 
 快盗天使の衣装を押し上げる豊満な葵の乳房が、  
華美なゴスロリの下に秘められたサロメの胸との間で柔らかに押し潰された。  
 
「──それに、天使の羽はふたつでひとつ……どちらが欠けても意味ないって……」  
 
 敵対する少女による唐突な抱擁の前に、身動ぎひとつできない葵。  
 階段を駆け上るように加速する葵の鼓動は、密着したサロメにも伝わっていた。  
 
「……でもちょっともったいないな。このまま売り飛ばされちゃうの──」  
 
 爆発的な心音はノイズのように反響し、葵の耳にその囁きは届かない。  
 
「──ねえ……最後にこれくらいのコト、したってバチはあたんないっしょ?」  
 
 そう言ったサロメは相手の顔を覗き込むように、葵との距離を縮めてゆく。  
 やがて薄暗い部屋の中で、二人の少女の唇が静かに重なり合った。  
 絡み合った舌と舌とで攪拌される唾液の音が、葵の聴覚を支配する。  
 強引に口腔を蹂躙されながらも、その時の彼女は目眩のような陶酔感を覚えていた。  
 頃合いを見て、サロメはやがて葵の唇を開放する。  
 初めてのディープキスを終えた葵の頬は、紙に触れれば燃え移りそうなほどに紅潮していた。  
 
「ホント、可愛い……キスぐらいでこんなに赤くなっちゃって……」  
 
 ふたつの唇を繋いだ透明な糸を指先で断ち、サロメは妖しく微笑んだ。  
 

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