ある日のクルミ番外編 ある日のアイツ
「この時期に風邪ひくなんて…」
そんな事をつぶやきつつ、アイツが居る部屋のドアの前で立ち止まる。
「今日くらいは、いつもの仕返しできるわよね?たまには思い知らせてやらないと」
思わずニッと意地の悪い笑みを浮かべ、思い切りドアを開けた。
「聞いたわよ!もう夏だってのに風邪ひいたですって?やっぱりアンタって馬鹿だったのね!
どうせ裸で寝てたんじゃないの?」
そうまくし立てながら部屋に入り、返事を待った。
しかし、言葉の返ってくる気配が無い、一瞬部屋に居ないのかと思ったけど違った。
いつものベットの上で横になってる姿は見えたから。
「私が来たのに寝てるなんて、まったく…」
思わず愚痴がこぼれる、近づいて様子を見ると完全に眠ってるようだった、けど…
「すごい汗…それに苦しそう…」
彼の額には汗が浮かび、顔がしかめられ、時折口からは呻きの様なものが聞こえた。
入る前まで思っていた事は吹き飛び、なんとなく気まずい気持ちになってしまう。
ふと枕元を見ると、額に乗せてあったであろうタオルが転がっていた。
すでに半分乾きかけ、用をなしていない。
頭の下に敷いてある氷枕も完全に水になっていた。
「仕方ないわね…」
彼を起こさないようにそっと氷枕を引き抜くと、台所に向かい新しく氷と水を入れ、タオルも水で濡らして来た。
ついでに別なタオルで汗をぬぐってあげ、氷枕と濡れタオルを額に乗せる。
微かだけども楽になった表情に見えた…気がした。
「どうしようかな…」
当てが外れてしまい、かといって帰る気にもならず、しばらく彼の寝顔を見つめる。
辛そうな表情…今までこんな顔は見たこと無かった。
いつも見るのは意地の悪い笑みや、私が嫌がるところを見て喜ぶ顔、そしてほんの数回だけど真剣に私の事を思って見つめる顔…
何故だろう?胸が苦しい…嫌な奴だと思ってるのに…
「……クルミか?」
不意に呼びかけられて我に返ると、彼が目を覚ましていた。
「あ、起こしちゃった?」
内心どぎまぎしながらも、慌てて答える。
「これ取り替えてくれたのか…ありがとうな」
濡れタオルに気づいて彼が微笑む。
”ありがとう”……初めて彼の口から聞いたかもしれないお礼の言葉。
でも、その微笑は酷く弱弱しく思えた…
今までとのギャップに驚いてしまったのか判らない、ただその顔を見て思わず涙があふれてきてしまった。
「おいおい、どうしたんだ?」
彼自身もびっくりした様子で、困った顔を見せる。
「なんでもないわよ!ただ…ただ…」
自分でも説明できず、言葉にならない。
涙が後から後からあふれ、しゃくりあげるだけになってた。
「心配してくれたんだな、ありがとう」
心配…?そうか、私はこの人の事を心配してたんだ。
いつもいつも、私の事を苛めて、Hな事ばかりして、でも最後には優しいこの人の事が……
そう思った瞬間、私は彼の唇に自分の唇を押し当ててた。
「!?」
多分、初めての私からのキス…
「いい!風邪なんて私に移してさっさと元気になりなさいっ!いいわねっ!」
恥ずかしさで顔が真っ赤になってるのが自分でも判る。
照れ隠しに思わずそう言い放つと、唖然とする彼を置いて逃げるように部屋を出てきた。
ドアを閉じると、思わず深いため息をついた。
「別に好きってわけじゃないのよ、ただのおまじないみたいなものなんだから…」
誰に聞かせるでもなく、なんとなく言い訳をしてみる。
「これで治らなかったら、次は…」
つい想像した事に、さらに顔を真っ赤にして慌てて想像を打ち消す。
「それよりまず食事よね」
そう考えを修正すると、メニューを考えながら家路についた。