一哉の部屋に来たのは、本当に久しぶりのことだった。ロスでのごたごたや  
思わぬCDデビューによるレコーディング、一哉の新作のクランクイン等…  
雑事がとても多かったから。よく考えたら、まともにデートもしていなかった。  
それを寂しがっていたのは、自分ばかりではなかったと知らされたのは、ついさっきのこと。  
子役の晃平と、その父で音楽家の亮平の家から強引に連れ戻され、  
深夜の住宅街でキスされた。その時、混乱していた未央も、一哉の想いの全てを悟ったのだ。  
 
「萩原、お前家に連絡しとけよ」  
「あ、うん。電話、借りるね…」  
未央は一哉を見られない。目を反らしたまま、手早く家に電話を掛け、告げた。  
友達の所に泊まるので、帰らない…と。受話器を置いた手が、初めての嘘と緊張に震えていた。  
「大丈夫か?」  
「うっ、うん…。あれ、収くんは?」  
「也寸志んとこ泊まるってさ」  
それは良かったような、悪かったような…。もう逃げられない。今日は二人きりなのだから。  
 
夜の闇が、しんと音を立てる。いたたまれず、未央はFMをつけた。  
部屋に満たさたのは、ユーミンの柔らかな歌声。それは、未央も大好きな曲だった。  
『あなたを信じてる  
あなたを見つめてる  
ひとり残されても』  
「あなたを想ってる…」  
小さく詞を形作って、その唇が動いた。一哉の歩む気配がして、  
そっと背中が温もりに満たされる。優しく回る腕。  
「一哉、いいの?」  
「何が」  
「映画、撮らなくて」  
「仕方ないさ」  
「けど…」  
「お前じゃないと、駄目だって分かったから」  
そして、降りてくる唇。初めは優しく、段々と深くなる口付けは、  
未央にとっては初めての領域で、少し戸惑ってしまう。  
 
『今は分かるの  
苦い日々の意味も  
ひたむきならば  
やさしいきのうになる』  
流れ続ける音楽の間を、二人の柔らかな吐息が繋ぐ。一哉の背に回した腕が宙を舞った時、  
未央の目に映ったのは部屋の天井だった。ベッドはその背中を受け止め、軽く弾ける。  
覗き込む目は、茶色。わずかに伏せられた睫毛に、未央はゾクリとしてしまう。  
「怖い?」  
楽しんでいるような問い。未央の頬に赤みが差す。  
「少し…」  
正直に答えると、一哉は小さく笑って、おでこに口付けた。そして耳へ、目尻へ、首筋へ…。  
試すように与えられる刺激に、益々赤くなる未央の頬。  
 
「やめるか?」  
一哉の気遣いは、未央には意地悪に響いた。覚悟が出来ている証拠なのかも知れない。  
『あなたを信じてる  
あなたを愛してる』  
微かに届いた歌声が、励みになった。自分から唇を重ねて、続きを求める。  
一哉は易々と未央を持ち上げると、その全身をベッドに載せ、膝をついた。  
右手が少しずつ、未央のタートルネックの裾をたくし上げる。  
細い腰が見え、ブルーのチェックに小さくハートが刺繍されたブラが晒された。  
未央がその恥ずかしさに反応する前に、手早く首からタートルネックを抜き取る。  
そしてそのまま手を回し、ブラのホックを外して投げ捨てた。  
 
「やだ、一哉っ」  
長い髪をなびかせて、未央が小さく抗議する。が、一哉の耳には届かない。  
眩いまでに、白く美しい上半身。クラクラした。  
くっきりした鎖骨を親指でなぞりながら、その小振りな胸に唇を這わせる。  
「あ…」  
杏の様に甘酸っぱい突起に舌を絡めると、これまで聞いたことのない吐息が漏れた。  
舌先を尖らせて甘さを舐め取り、搾る様に吸い上げる。  
「ああっ、あ…ん」  
恥ずかしさの中にも、快感を求め始めた未央の声が、艶っぽく響く。  
「一…哉、んっ…」  
 
くすぐったい。でも、その中に時折混ざる、ふわっとした心地良さ。  
その感覚を中心に捕えようと、もがいた拍子に、一哉のカットソーに手が触れた。  
捲れ上がり、ちらりと肌が覗いては消える。裾の動きが鬱陶しくなった一哉は、  
一瞬未央から身体を放すと、一気にカットソーを脱ぎ捨てた。  
 
突然の「男」の裸に、未央は今置かれている状況を改めて知らされる。  
やだ…あたし、一哉と…。ど、どうしよう…。  
その恥じらいが隙を生み、同時に一哉にとっては好機。  
左手で未央の太股を押さえつけ、自分の膝を侵入させる。  
「あっ!」  
起き上がりかける体をベッドに押さえるように、そのままお腹に舌を這わせた。  
「きゃ…や…」  
今度ははっきりとくすぐったがる未央の、その笑顔が可愛くて。  
内股を撫で始めた指にもまだ気付いていない程の動揺振りが、愛しくて。  
「そんなに笑うなよ」  
 
言いながら、スカートに触れる。ミニ丈のそれはあっさりと、ブラとお揃いのショーツを一哉に披露した。  
未央は慌てたが、時既に遅し。一哉の指は足の付け根に向かって動き出す。  
「ダ、ダメ!一哉!」  
必死に拒もうと伸びてくる両腕。一瞬の競り合いに勝利すると、  
一哉はその手首を掴み、未央の頭上高くに排除した。  
諦めきれず照れ隠しを吐き出す唇に、舌を差し入れる。  
絡ませて、つついて、吸い合って…。体から力が抜け、未央はゆっくりと落ちた。  
一哉の手が少しずつ、だが今度は確実に未央の中心部へ向かう。  
そして、熱い指は、布を潜った。ビクッと震える未央。  
 
触れただけできめの細かさが分かる下腹から、軽やかに内腿へと滑る。  
やがて辿り着いた一哉の指先が、ほんのりとあたたかく湿った。  
熱いフライパンの上で、溶けて広がるバターのようだ。  
そのなめらかな感触のまま、円を描くように指を動かす。  
「あっ…あ…」  
未央の、小さいながらも甘い声が一哉を、一哉自身を刺激する。  
もっと聞きたい。たまらなくなる。  
 
奥の隠された部分に、そっと中指を侵入させた。  
ゆるく掻き混ぜると、簡単に飲み込まれる。微かに響く水音…。  
「んっ…あぁ…」  
長い髪が、愛撫に反応する度に、白いシーツに幾通りもの華を咲かせた。  
が、勢いに乗って指の動きを速めた途端、未央は身を縮めてしまった。  
「一哉…痛い…」  
「あ、あぁ…ごめん」  
手を止めてしまった事で、未央がまた恥ずかしがってしまうかと思ったが、今度は違った。  
 
一哉を見つめる瞳は、縁が少し赤くしながら潤んでいた。  
魅せられて、また唇を重ねる。裸の胸同士が触れ合う。  
一哉の体…。背中に手を回した未央は、自分とは明らかに違う体温を不思議に、愛しく抱きしめた。  
熱に浮かされて、早く体内を巡るアルコールのように、ぼうっとする。  
一哉がジーンズのベルトを外しにかかる金属音で、未央は少し覚醒したが、  
体を伸ばしてジーンズを足から抜き取る様、  
ルームライトの紐をゆるやかに引いて、室内を僅かに灯るだけの明りで満たす姿、  
全てを脱ぎ捨てて重ねられる体…その全てを受け入れていた。  
 
「未央…」  
名前で呼ばれるのは、これで2度目。でも、その唇が自分の名を  
象ったと確かめられたのは、これが初めてだ。  
微かにしか見えないけれど、そのたった2文字が嬉しい。  
「いちや…」  
もう、声にならなかった。愛しさが溢れて、止まらない。  
熱を帯びた背中を撫でると、少し汗ばんでいた。  
一哉は未央の頭の下に掌を入れ、自分の鎖骨のあたりに引き寄せて抱きしめる。  
頬に口づけながら徐々に腰を落とし、未央の足を開かせて行くと、  
「力抜けるか?」  
聞いてはみたものの、やはり無理。震える膝に  
かかっている不自然な重さに、一哉は苦笑する。  
 
「怖いんだ?」  
「…こ、怖くなんかないわよっ…」  
声まで震えている。態度はいつものままの未央。何も変わらない。  
「じゃあ…ちょっと顎上げて」  
言われた通りにしながら、写真撮影をしているみたいだ、と未央は思った。  
笑って、目線こっち、顎引いて。…あたしは今、何処にいるんだろう?  
「濡れてるのにな…」  
生々しい呟きに、恥ずかしさが蘇った時、  
「痛っ…!」  
小さな突破口を開いて、一哉が進み入って来た。  
「ほら、入った」  
痛みは、想像していた場所より、少し下の方にあった。  
産まれてから今まで、そんな場所からは感じた事のない、  
無理に広げられる、皮膚が軋みを上げそうな鈍痛。  
「んんっ…」  
動き始めた一哉の身体から、何処と言わず汗が溢れ出した。  
 
今にも苦痛に押し潰されそうな、未央の身体。噛んだ唇から、薄い血の味がする。  
だが、「痛い」という言葉だけは言うまいと、必死に耐えた。  
初めて聞く一哉の激しい吐息が、未央を幸せな気持ちにさせたから。  
「未…央」  
「んっ…」  
「痛い…か…?」  
「ううん、平気…」  
膝をお腹につけるように畳まれながら、未央は自分の身体の動き方を不思議に思う。  
一哉がぴったりと重なって、痛みが多少緩んだ。  
「ああっ!」  
突然、未央の口から嬌声がほとばしった。下腹の奥の方で、  
急に甘い砂糖が溶け出した。一哉の熱さに火をつけられ、甘いカラメルが溢れる。  
「あっ、あ…一哉…」  
まだ、皮膚の引き攣れは消えない。だが、心地良さに打ち消される。  
 
なんて綺麗なんだ…。止まらない一哉は、快感に支配された頭で、ふとロスの空港での事を思い出した。  
あの時、この小さな身体に秘めていた、「別れ」という決意。  
泣き虫の未央にとって、それはどんなに辛い事だったろう。  
あの涙が、今のすすり泣くような声に重なって、切なくさせられる。  
大丈夫。未央に、自分に、言い聞かせる。  
「もう二度と…離さないから…」  
刻みつける時。一哉は気持ちの全てで未央を抱きしめて、果てた。  
「はっ…はあ…」  
荒く吐き出す息が、いつの間にか重なる。「ふたり」になった  
二人は最初に…目を見合わせて、まずは笑った。  
 
「ごめん」  
「…何が?」  
「止まらなくなっちまったから…」  
ドサッと未央の右側に身体を横たえて、一哉は息をつき、長い髪をひと筋拾い上げる。  
「一哉」  
触れそうで触れない位置。近くて遠いようなもどかしさ…。  
「大好きよ」  
未央の穏やかな眼差しに導かれて、一哉の腕は、細い腰を引き寄せた。  
「嬉しいんだからね」  
「うん…知ってる」  
俺も…お前と全部同じだ。  
前は、他人と気持ちが共鳴するなんて、思ってもみなかった。  
でも、こいつはそれを、事もなげに信じさせてくれる。なかなか悪くないな…正直になる事も。  
「俺もだよ」  
囁いた声は…届いたようだ。未央が少し丸くなって、自分の腕の中に収まったから。  
 
やがて二人は、眠りにつく。柔らかな朝を迎える為に。  
『ありふれた朝でも  
私には記念日』  
きっと目覚めた時未央は、再びユーミンの歌声を聞くだろう。  
心から想う男の寝顔を見つめながら……  
 
 
《End》  
 

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