「な、な、何よこれーっ!!!」  
折角仕事とは言え、和装でキリリと決めたのに…あたしは振袖をちぎらんばかりの勢いで、立ち上がった。  
見事な特ダネも、明らかな捏造も、半々ずつが売り。センセーショナルな見出しと、  
尻すぼみな内容。それが大衆の娯楽となりうる、「週刊誌」。  
その関係が、もちつもたれつである事くらい、あたしにだって分かる。あいつの言った、「ギフトのひとつ」なのかも知れない。  
けど…。  
まさか当の本人が、色恋沙汰で載るなんて、思ってもみなかった。  
 
しかもダジャレが効いた事に、「一夜の恋物語」という筈であろう見出しが、「一哉の」になっていて…全く笑えない。  
で、肝心のその相手女性は、「マスコミ公認の恋人・萩原未央ではなく、女優志望のAさんだと言う」のだそうだ。  
彼女の事は、あたしも知っていた。一哉の新作の主演として、事務所から大プッシュされていると言う、新進女優さん。  
 
流石に付き合って3年目ともなると、ぴったり寄り添っているばかりが愛ではないと知るようになる。  
気持ちが離れた訳ではない。でも、それと仕事は別。  
一哉は一哉なりの完璧を求め、あたしはあたしの芸術を造り出して行く。  
勿論、二人で究極の作品を生み出して行きたいという気持ちに、変わりはないけれど。  
…だからこそ、これは許せる事じゃない。  
しかも記事にある、一哉のマンションに二人が消えた日には、苦い記憶があった。  
「収くんと打ち合わせって、言ってた日よねえ…!?」  
苦しいのは、恋人の疑惑を目の当たりにしたせいか、慣れない帯のせいか…。  
ともかく、タクシーを急かせた。一刻も早く、一哉に会うために。  
 
なのに、力強くベルを押し、リビングのソファーに座るなり、拍子抜けするような事を言われてしまう。  
「…なんてカッコしてんの、お前?」  
確かにそうだ。  
「…歌舞伎役者さんと対談の仕事があったの!」  
「ふーん」  
「…そんな事より!」  
バンッ!と雑誌をテーブルに叩きつける。異様に強く響いてしまった音に内心驚いたけれど、後には引けない。  
 
「これ何なの!?」  
「あぁ、それガセ」  
「はぁ?」  
「沖田さん手法、とでも言うのかな」  
答えながら立ち上がると、ビールを片手に戻って来る。  
「俺の与かり知らない所で仕組まれた話。収が抗議しろって言ったけど様子見てたら、案の定」  
「案の定?」  
「その女優サイドから連絡があった。もう世間へのプレゼンは始まってるとさ」  
業界は、決して綺麗な所ではない。綺麗を演出する為の泥試合など、珍しくもない話だ。  
 
「たかだか週刊誌に書かせた位でって言ったら、そっちにも華を持たせたんだからいいじゃないか、って」  
「華を持たせた…?」  
そんな事ある訳ない。虚実の一哉を演出して、女優としての品格を下げて…。  
「色男に描かれて良かったじゃないですか。あの方とより遥かにニュース性がある、だと」  
くっくっと笑う。それは、あたしにはよく分からない笑い方で、少し怖い。  
「あの方…あたし?」  
「そ」  
訳が分からないけれど、軽蔑された事は確かなようだ。  
白くなる頭の中に、一哉が近付いてくる気配を感じる。  
顔を上げる間もなく、唇を奪われた。  
 
「ま、待って。この記事の時間帯って、何してたの?」  
「まだ疑ってんの?収といたって」  
「でも…」  
「だからこそでっちあげなんだろ。何なら本人呼ぶ?」  
それもそうだと思い直して、一哉を見つめた。知ってる…この人は、あたしには嘘をつかないって。  
「今日泊まれんの?」  
「明日、夜からだから…」  
「ふーん」  
 
気のない様子で答えつつ、ソファーに片膝をついて、背もたれにあたしを押しつける。  
また唇が降りて来る…今度は首筋に。  
「やだ、何…」  
「和服もいいもんだな」  
殺し文句のつもりか、それとも本音かおだてか…。  
何にしても、一哉の舌と吐息が快楽への音楽を奏で出した以上、もう戻れない。  
「ん…」  
あたしの熱が、一哉に火をつける。  
いつの間にか綺麗に裾を割って、乾いた掌が膝に触れていた。  
すごく冷えていたようで、じんわりと温かい。そして、少しずつ広がる甘い予感。  
 
あたしは一哉以外の男性は知らないけど、多分誰よりも紳士的だと思う。  
抱き方にも、育ちの良さが表れているような慈しみの深さ。  
それがとても安心出来る。だから、何をされてもいいって、思えてしまう。  
「帯ほどいていいか?」  
頷くと、あたしを抱くように腰の結び目に手をかける。  
プロ施したロックに戸惑うかと思えば、簡単に外してしまった。驚いていると、  
「着付け位知ってるさ」  
と得意げに、こちらもまたプロであるという片鱗を覗かせて笑った。  
 
何処かやんちゃな笑顔は、出会った頃のままだ。  
でも、結び目をほどかれても、帯を巻き取り、着物を脱がせる気配はない。  
「このまま…?」  
「嫌?」  
長いキスで答えを奪われる。肩口が少しずらされ、その手が胸へと、ゆるやかに侵入して来た。  
「あっ…」  
膝に触れられた時より深く、冷たかった体に温もりが浸透する。  
そのまま敏感な部分を弄ばれると、背中から快感が駆け上がる。  
「あ…あっ…」  
今は全てが、一哉の指の動き次第だ。世界でさえも…そんな錯覚すら、覚えてしまう。  
 
「ああ…いいな」  
突然の呟きでトーンが変わり、意識が戻りかける。  
「その目、欲しいな」  
「目…?」  
「感じてる癖に、挑戦的。最後の鍵は渡さないって」  
「渡さないわよ」  
「どうかな」  
指先が、内股に進み出す。わずかにぬくもりの筋が残って…侵食されて行く。  
一哉の視線は、あたしに注がれたまま。羞恥も、感覚も、見透かされてて。  
「見ないで…」  
「見てないよ?」  
その嘘と余裕に、崩されてしまいそうで。  
「怖い…」  
目を伏せていたのを知ったのは、一番深い所に、一哉の指を感じた時だった。  
 
「あっ、ん…!」  
少しずつ追い詰められていた身体は、もう充分に潤っている。  
一哉の指は、まるで水底の水源を掬い取ろうとするかのように、  
滑らかで執拗で…あたしは髪を散らせる程に、激しく反応してしまう。  
「あ、あっ…あんっ…」  
見られてる。でも、いい…。もっと見て欲しい。あたしを、あたしだけを見ていて欲しい…。  
屈んでいる一哉の肩にしがみついて、耳に吐息を送る。耳たぶに舌を這わせると、  
しっとりと冷たい。甘く噛んで、密かに愛撫する。  
「あっ…あぁっ!」  
熟れすぎて弾けた木の実のように、あたしの身体も跳ね上がった。  
 
 
絶頂からの吐息が溢れてくる。頭がぼーっとして、のぼせたように熱い。  
気付くとあたしはまだ下着をつけたままで、一哉は横から侵入させた指をそっと抜き、  
折り畳んだあたしの膝を抱えて、腰を上げさせた。  
そのまま脱がされようとしたパンティが、足首に引っかかる。動かしにくい…。  
一哉は何故か声に出さずに笑うと、窮屈な足首の足袋のコハゼを外し始めた。  
ひとつ、ふたつ、みっつ…。きつい足袋から解放されて、呼吸を始める足指が、  
そのまま快感になり、あたしは声も出なくなった。膝が開いて下腹に風を感じても、  
呼吸だけが深く、熱くなる。そしてそれは、一哉も同じ。  
 
髪は乱れて、着物は肩から落ちて裾が割れ、足袋は落ち、しかも足を開いた姿で…  
一哉を窺う。目を伏せて、何とも言えない苦しげな表情を見せて…。  
「一哉…」  
だから、呼びかけた。一哉の熱いモノが、あたしの蜜を絡めるように、秘部を上下する。  
「あっ…」  
嫌でもイイ所に当たって声が出てしまい、一哉はそれを知るや、じらすように何度もスライドさせる。  
「あぁ…ん」  
自分の腰が震えて来るのが分かる。たまらなくなって来る…。  
「どうしようかなあ」  
「あっ…ン、嫌ぁ…」  
「未央…」  
 
その目が光っているのは、見ないでも分かる。一哉は時々こうして、あたしにその言葉を言わせようとする。  
すごく恥ずかしい気分で、あたしは一瞬我に返るんだけど…  
でもその度に、甘く強い刺激を与えられて、理性とせめぎ合って…。  
「言わないと終わりにするよ?」  
面白そうに言いながら、一哉自身の先端が少し入って来るのを感じる。  
それは軽く揺れたり、蜜の音を立てたり…。入口から、我慢出来ないほど残酷に目覚めさせる。  
「一哉、いじわるっ…」  
「最後の鍵、やっぱりくれないんだ?」  
くちづけた唇の端から、一筋の唾液が伝う。全てに追い詰められて…  
 
「入れ…て…っ」  
一気に貫かれた瞬間、あたしは昇りつめてしまうかと思った。  
自分の高く甘い声が、どこか遠くの物のように聞こえる。動く一哉の体は、早くも汗ばみ始める。  
ソファーにずり落ちるような体制のせいか、感覚が捕えては逃げて行く。  
「一哉、もっと…」  
知らないうちにこぼれる言葉が、知らないうちに一哉を燃やす。  
あたしは横向きに体を畳まれると、180℃回転した。  
うつ伏せから起き上がり、ソファーの背もたれに捕まると、一哉は一際奥まで、あたしを突き上げる。  
「あ、んっ…あ、ぁ…」  
 
緩急自在な動きが、全身の毛穴が開くような快感をもたらす。  
お腹の下辺りがずきんとして、なのにとろけそうで…。  
「あっ、はっ…ああ…ん…」  
あたしの腰を強く引き寄せて、一哉が激しさを増す。頭が振れて、意識が揺らめく。  
本当は、後ろからされるのって苦手。一哉の顔が見られないし、抱きしめられないから…。  
でもその分、荒々しい呼吸が届いて、時々そっと名前を呼ばれる。その度に、何故か高揚してしまう…。  
「一…哉…。んっ…あ…」  
 
何かが駆け上がって来る。柔らかいのに激しい波が、あたしの身体をさらいに来て、必死でソファーに爪を立てて堪えたけど…  
「あっ…あ、んんっ…!」  
激しく全身が痙攣して、軽やかに浮くような充足感が、ゆっくりあたしを満たして行った。  
それでも一哉の攻撃は止まず、息つく間もなく、再び快楽の海へと沈む。  
「やっ、もうダメだってば…!ああ…」  
うんと強く腰を打ち付けられて、追い詰められる。もう目を開いている事すら、ままならない…。  
そして、堪えきれず滑り落ちたあたしの声とともに、一哉が達したのが分かった。  
残ったのは、泥のような倦怠感と、快感の残滓と、湧き上がる幸福と。  
 
「…ふふ」  
「何だよ」  
「あたし、怒りながら来たのに、凄い昔みたいね」  
「ほんと、ヤキモチ妬き」  
何処をつついても、笑いがこぼれる。何の足しにもならない事に  
ムキになれる自分が、あたしは一番好き。  
そして、柔らかい微笑みであたしを見る一哉が、一番好き。  
散々に乱れた髪を、一哉の大きな手が集める。それを軽く捻って、頬にキスされた。  
「風呂溜めてくる」  
「うん」  
「一緒に入ろっか?」  
「恥ずかしいからやだ!」  
笑いながら、一哉の背中が消えた。お湯の出る音。そんな幸せと  
暖かさを噛み締めて、あたしは静かに、目を閉じた。  
〈終〉  

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