「そのシーンは削れない、絶対」  
力強い宣言により、会話は打ち切られた。一哉と未央、二人で久々に創る  
映画の脚本が完成した夜、祝うように燃えたベッドの中での事。  
そして、決まった。女優・萩原未央、初の「ベッドシーン」が。  
未央は、呑み込んだ反発の言葉を、ぐっと噛み砕く。もう子供ではない。  
そして、一緒に仕事をする以上、相手はただの恋人ではないのだから。  
そんな女優としての志を植え付けてくれた、一哉にだからこそ。  
代わりに、寝返りを打って背を向けた。裸の肩を眩く照らすスタンドの光が、顔には翳を作る角度で目を閉じる。  
 
改めて自分の脚本に目を通す一哉が、ウィスキーグラスの氷を鳴らした。明晰な音が、ただもの悲しい。  
「…どんな風に撮るの?」  
「身体は映さないけど」  
「けど?」  
「セクシーな演技は要求させてもらう。女優にも、俳優にも」  
官能シーンだけが売りの三文映画ではないという事は、脚本を読めばすぐ分かる。  
だが、未央の胸中は複雑以外の何者でもない。  
一哉以外の男の人に、触れられるなんて…。  
表情を窺えない、未央の背中。一哉は一気にウィスキーを煽った。  
 
グラスと脚本をサイドボードに置き、ブランケットに手を忍ばせる。  
すぐに未央の腰を捉えて、軽く引き寄せると、細い身体は簡単に転がり、仰向けになった。  
ゆっくり組み敷いて、耳に舌を這わせる。  
「やだっ。もうそんな気分になれな……んんっ」  
気分は深く暗い海の底なのに、一番弱い耳への攻撃が、未央の思考を奪い取る。  
熱い舌が軟骨を丁寧に舐め上げ、時々届く吐息が甘い。  
「一哉、あたし今、本当に…」  
「違うよ」  
「え…?ぁん…」  
「演技指導」  
 
ニヤリと笑ったまま、一哉は耳たぶに歯を立てた。  
「まずはキスだな…」  
柔らかく触れた唇から差し込まれた舌が、生き物のように未央の口腔を犯し出す。  
唾液を染み込ませ、舌先をつついて絡ませ、歯列を滑り…。  
「んっ…はあ、はん…」  
切なげに漏れる未央の吐息が、艶やかに染まり出すのが分かる。本当にこいつは感じやすい。  
時々、本気でキスだけでイッてしまうんじゃないかと思う程に。  
わざと糸を引くように唾液で満たした唇を離し、未央を見る。うるんだ瞳。  
 
「演技でキスしても、そんなに乱れるのか?」  
「そんな訳…ないじゃない…」  
首の中心の窪んだ部分に口づけて、鎖骨を甘噛みする。  
「もっと乱れろよ、そそられる。客も、俺も…」  
歯を立てたまま、舌で舐め上げると、ただそれだけの事なのに未央の身体は跳ねて、一哉は苦笑した。  
「次は胸…」  
指で、頂点の突起を摘み上げる。強く摘み取るように、優しく転がすように…。  
微妙な強弱が、未央には痛いような、くすぐったいような。  
でも、ゆるやかにやって来る波に、いつの間にか快感へと連れ去られていた。  
 
「はあっ…」  
呼吸だけが、空回りする。  
「どうした?気持ち良くて声も出ない?」  
正直に頷いた未央に、ご褒美をあげるべく、右の突起を口に含んだ。  
「ふあ…んっ、ああ、ん…」  
小さなへびいちごの果汁を探るように、一哉は早いペースで舌を動かし続ける。  
強く吸って、ちゅぱっと音を立てながら外すと、未央は堪らなそうに腰をよじった。  
目にするまでもなく、その秘部の潤いの加減を、一哉は分かっている。  
が、身体を起こすと、それまで未央に触れていた全ての部分を退いた。  
 
一瞬怪訝そうな顔をした未央だが、すぐに焦がれた様子で、  
縁のほんのり染まった目を細めて、息をつく。実に艶やかな表情だ。  
一哉は満足して未央の足首を掴むと、有無を言わせず、その奥に舌を到達させた。  
「ああっ…!」  
身体中で一番敏感な部分に、激しく生暖かい一哉の舌がスライドする。キスと同じように執拗に、未央を追い詰めて。  
「んあっ、は、あんっ…」  
力一杯腰を引き寄せて足を開かせると、唇を寄せて吸い上げ、転がした。  
 
次から次へ、とめどなく溢れる蜜が、甘く口内を潤す。  
「あっ…一哉、気持ち…いい…」  
快感を抑える事のなくなった未央を、もっと哭かせたい。  
一哉は、溺れる程に溢れる水源に、そっと尖らせた舌を差し入れた。  
「あっ、は…っ!」  
普段の硬さとは違う軟体生物に、内側を犯される異様な感覚。  
気味が悪いまでの気持ち良さで、未央の声は艶やかに裏返った。  
「ん―あ――あ…」  
同時に、指でそっと敏感な突起を撫でられて。  
「あぁっ――」  
声も出せないまま腰が反り、足の親指を跳ねさせて、未央は達してしまった。  
 
一哉は蜜を舐め取って身体を起こすと、未央を覗き込んだ。とろんとした瞳が、すがるような視線を送ってくる。  
「そう…目でねだって。俺を溶かしてくれ…」  
煽りながら、堪らなくなって来る。自分も湛えていた。  
「もっと…まだ足りない」  
要求の言葉に、未央は少し首を傾けて、目を伏せた。唇を濡らす舌がなまめかしくて、色っぽくて。  
一哉の限界も近い。上目遣いの視線に、本当はとっくに射抜かれているから。  
い、ち、や…。  
唇が甘い吐息を形作って、導かれた。  
 
荒々しく、己自身を未央の中に沈めた時一哉は、既に我を忘れていたのだった。  
極限まで追い詰められた自身を、激しく送り込む。その度に、クチュクチュと嫌らしい水音が響いた。  
「未央…最高だ…」  
「あっ、あぁっ、はぁん…あん…」  
ひっきりなしにあえぐ未央にキスをした。吸い合うと、衣擦れで起こる摩擦が膝に痛い。  
でも、自身から脳天に突き抜ける快感の前には無効だ。  
浅く抜き差しを施すと、その度に未央の表情が深く歪む。  
 
少し開いた唇は艶を覚え、頬は蒸気して汗ばんでいる。信じがたい程に美しい。  
「あっ、あたし、また…っ」  
「俺も…んっ…イキそうだ…!」  
未央の腕が、最後を共にと願うように首を引き寄せた。一哉は、その一番奥の部分へと、強く強く腰を打ち付ける。  
そして、無意識に互いの名前を呼んだ時…二人は同時に達していた。  
 
「…妬けないの?」  
「ん?」  
「役の上って言っても、あたしが他の人に抱かれるのに…」  
溶け残った氷の欠片が、カランと音を立てる。一哉は新たな琥珀で満たしたグラスを一口傾けて、  
「妬けない訳ないだろ」  
と答えた。何だか今日は、素直になれる。  
「でも、抱かれるのは萩原未央じゃない、役柄の"春奈"だ」  
割りきらなければ仕方のない事だと、分かっているから。  
「それに」  
「え?」  
「お前がさっきみたいに抱かれるのは、俺だけだろ?」  
勝ち誇ったような微笑み。未央にはそれが腹立たしくも、愛しくもあって。  
 
「一哉はどうなのよ?抱くのはあたしだけなの?」  
返された刀。しばしの沈黙、そして―。  
「そんなの…」  
答える代わりにウィスキーを口に含み、未央に深く唇を重ねた。  
苦重い液体が、口内から体内へと流れ込んで来る。  
未央は、そのたった一口に焼かれたように、  
…お前だけに決まってるだろ。  
そんな想いを、受け止めたような気がしていた。  
極上の演技をしてみせる。未央は脚本を覗き込んで、一哉の横顔と比べた。  
妖艶な自分に対する反応も、ちょっと楽しみだったりして…。  
そんな事を思いながら、小さく笑みをこぼしたのだった。  
 
〜終〜  
 

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