ふわふわしている。
私の心はいつも、あの人の所に飛びたがっていて。
希望に胸を膨らませる昼間の笑顔と、拐われれそうな夜の顔。
その狭間を行き来しながら、やがてバラバラに砕けてしまいそうな、小さな私。
人いきれの中で、自分の髪に手を触れる。シャワーで濡れた髪は、今は綺麗に乾いていた。
精一杯大人びた眼差しを身に付けて、巨大な施設へと入り込む。
エレベーターには、私独りだった。逸る心が、きゅう、と音を立てていた。
ベルを鳴らす。一瞬の後に扉が開き、私はふわりと吸い込まれる。
「遅かったじゃないか、茗子…」
「ごめんなさい、先生」
夜は深く、浸しきれない暗闇――
きっちりと錠を下ろすと、彼は私に口づける。いつもの事…でも。
「…シャワーを浴びて来たのか?」
「は、はい」
扉を閉めると彼は、私が纏った世間の風も、流行の気配も、洗い流させてはくれないから…。
「それは困ったね」
とろけそうな私から身体を離して、ため息をつく。
「がっかりしたよ、茗子。来るなり石鹸の匂いをさせて…。それじゃまるで、商売女みたいじゃないか」
「ご…ごめんなさい…でも…」
「悪いと思っている?」
早くも楽しみを見つけた、彼の声。
「は、はい。先生…」
「じゃあ、お詫びをしてもらわないとね」
目を閉じて、うつむく。
「茗子。そこで、服を全て脱ぎなさい。僕は奥で待っているからね」
命じられた途端に、身体中が熱くなった。出入り口のドアに触れてしまいそうな、
廊下からの音も聞こえて来そうな、こんな場所で、一糸纏わぬ姿になんて、なれない…。
でも。今の私に、それを拒める筈もない。彼の姿を追うように、
そっとコートを払い落とし、スカートに手をかけた。
剥き出しになる足の隙間に、微かに冷気を感じる。
薄闇に裸の背中を押されるようにして、私は部屋へと歩を進めた。
私はゆっくり、窓の側に立つ彼に寄り添う。満天に輝く筈の星達は、
都会の煌めきに出会い、息を潜めているかのようだ。
「君は綺麗だよ」
裸の全身を、滑り落ちるような視線。囁く彼に、染め上げられて…。
そっと腕を引くと、私は唇を奪われた。優しいついばみを繰り返して、這うような舌先に、口を閉じていられなくなる。
「ふぅ…っん…」
重なり合う吐息のまま、私はベッドへと横たわる。
彼の背中越しに見える、小さな夜空の片隅に、三日月が浮かんでいた。
『わたしはただ一人の人間だ。』唇が新たな重なりを生む度に、
『今夜わたしの星の上で、』現実離れした音を立てる度に、
『わたしの銀河を見上げている、おそらくただ一人の人間だ。』
いつも私の中には、この詩が浮かんで来る。
それは、夜しか寄り添えない私達への祝福か、はたまた呪いの呪文か…。
今はどちらも、必要ない。私は腕の中の彼だけを、力一杯抱きしめる。
「さあ、次はどうしようかな?」
唇同士に、輝く橋を架けながら、彼は問う。
「脱がせてもいいですか?先生…」
「ダメだよ。もっと茗子がして欲しい事を、正直に言わなくちゃ」
私は答えなければならない。そうしないと、彼は手に入らないから…。
「…あの、胸を…」
「胸って?」
「さ、触って…ください」
「ここの事かな?」
熱く大きな手が、私の胸の輪郭をなぞり出す。ほぐすように、
揉むように、ゆっくりと…。そして丘を登りかけて、また戻る。
頂の部分を避ける動きが意地悪く、私を追い詰める。
「ああ…ん」
「茗子、声を我慢しなさい。君はその方が、沢山感じるだろう?」
背中に虫が這うような違和感の中に、甘い予感がよぎる。すがった途端に逃げる感覚が、もどかしい。
「良くなって来た?もっと?」
「はい、先生…」
答えた次の瞬間、私は強く唇を噛んで、溢れそうな声を殺さねばならなくなった。
「―――!」
彼にくわえられた突起が、信じ難い程の快感をもたらしたから。
唇に手を当てて、私は必死で攻撃を交わす。片方は、彼の口内で、千切れんばかりに転がされ、
もう片方は、3本の指 に執拗に摘まれ、爪を立てられて…。
「はっ…だ…めぇ…」
彼は目を開き、私に見えるように、乳輪に添って赤い舌を覗かせる。
案の定、その目を見るだけで、両足の間がうずくのが分かった。
乳房への愛撫をしていない方の手が、そっと腰を下る。
「僕は君の、ありのままの姿が見たいんだよ」
腰の辺りで、指が踊る。
「だから、洗い流したりしちゃいけないんだ」
太股に触れて、一瞬内股を撫でられる。
期待するように震えた私の身体に、満足そうな様子の彼。そして…
「さあ、たっぷり汚しなさい」
右手が、そっと秘部へと導かれる。ハッとした私は、
「先生…」
と呟いたけれど。
「自分でするんだよ。やり方は分かってるだろう?」
恥ずかしさで、全身が紅潮したのが、自分でも分かった。彼は既に、傍観の体制だ。
「で、出来ません…」
「何故?」
「恥ずかしい…そんなの…」
言いながらも、無意識に私の指は、自分自身の快感を司る突起へと伸びて行く。
「もう触っているのに?その指を少し動かせばいいだけだよ?」
「嫌です、そんなの…」
言葉と裏腹の行動。頭は混乱するのに、身体はそれだけ敏感さを増す。
私の内部から、とてつもなく、何かが溢れ出して来る。
「仕方がないね」
彼の手が、介添をするように私に重なり、柔らかく円を描くように動き出す。
「あんっ…!」
思わず出た声を、噛み締めた。全身の毛穴が開くような、
喉を掻きむしりたくなるような、甘い甘い感触に、私は必死に吐息を逃がす。
「はっ…ん…」
いつの間にか彼の指が離れても、もう止まらなかった。
空いている左手が、自分自身の秘肉を押し広げていても。
先生…。見ないで、もっと見て…。
自分自身の愛液の艶めかしい音に、意識が乱れる。
私はもう何も分からないの。だから、こんなに淫らになれるの…。
脳天を突き破るような快感の手前で、突起へ与えられる感触が変化する。
ゆっくりと吸い、チロチロと動くのは…彼の舌。
「あぁん…っ!」
思わず、その頭を押さえてしまう。足の付け根が折れそうな程に開いて、彼の唇を感じて。
「んっ、先生…。もっと…もっとぉ…」
腰を擦り付けて懇願すると、軽く歯を立てられた。
「あぁぁんっ!」
たまらない気持ちで、シーツを掴む。髪を振り乱して、腰を揺らして…。こんな姿、誰にも見せられない。
いつも品行方正で通っている私が、熱くなれるコト。もう、この快感を知らない頃には戻れない。
それを教えてくれた彼の為なら、何でも出来る。たとえ恥ずかしくても…。
それは、彼の全てを愛しているという気持ち。
でも、全てって、一体何だろう?
「ん…ああ…」
艶めかしい水音に熱くなりながら、私は思う。
顔も指も、腰も肩も胸も、そしてその中の心も、彼の物なら全て、私は愛していると言える。
その彼の気持ちに、沿いたいと思う。でも、それなのに…。
「気持ちいい?」
こんな問いかけには、なかなか答えられなくて…。
「声を抑えて。いっぱい感じて…」
「んっ…んん…」
それ以上の思考を遮るように、彼の舌は私の全てに這い回って、暴れる。
激しく動いたかと思えば、沈んだ部分に深く差し込まれて…。
「んんっ…ふあっ」
溢れる声に耐えるなんて、出来ない…。
「凄いよ、茗子のココ…」
指をその部分に絡めて、蜜を掬い取ると、それは私の頬へと、塗りつけられた。
冷たい感触と、自分自身の独特な匂いに、酔ったように目が回る。
そして気付かぬうちに、その指を口に含んでいた。
たっぷり流れる液体を、残らず舐め取り、彼自身にも、火を付けて行く…。
「先生」
私の中の理性は、既に溶け出していた。
「させて…下さい…」
走り出した欲望で、その衣服を取り去る。
既に硬くなっている彼自身を、蓋をするように含んだ。
突然の事に戸惑ったのか、彼の吐息は、いつもより深い。
それを快感のはじまりと捉え、口内で舌を動かした。
少しねばつく液を、滑るように全体へ…。そして、傘が開きかけた部分を、
唇の内側で柔らかく包み込んで、上下させてみた。
「美味しい…です…」
計算したつもりなんて、更々なかった。でも、確かに彼が硬さを増す。
私、おかしくなっちゃったのかな…。でも、そんな自分が気持ちいい。
「先生…どう…?」
根元の部分を深くくわえると、喉の奥の方まで届いて、むせそうになる。
うまく動かせないので、再び舌を使う事にした。
付け根のあたりから上まで、ゆらゆらと動かすと、
甘いアイスクリームを舐めているような感覚に陥る。
溶かすように、先端を味わう。
「め、茗…」
先生と同じようにしてるだけなのに、そんなに切なそうにするなんて、何だか変なの…。
ふと思いついて、彼を含みながら、私は自分の指を、秘部に触れさせてみた。
驚いた事に、開ききった水底から、止めどなく水が溢れて来ていた。
突起の部分にそれを塗りつけて、擦り上げてみる…。
横たわる彼の足元で、四つん這いの姿勢で舌を這わせている私の
お尻が、どんどん天井へ向けて、鋭角的に尖り始めているのが分かった。
まるで、自分自身の上昇に併せるかのように…。
「あんっ…あ…ん…」
動かす度に、指は滑りを増し、声を上げる度に、彼の吐息は深くなる。
ギシギシと軋むベッドは、どちらの震えによるものなんだろう。
「ふぅ…っん…、」
突起はこれ以上ないほど敏感になり、快感ふと昇りつめて行く。
と、素早く体制を入れ替えられ、私の下半身は、彼の頭上に移動した。
ピチャ、クチュリ…。
「あぁあんっ!」
再び彼の舌がその部分を捉え、私は目を閉じ、歯を食いしばった。
イヤ…もうダメ…。
骨張った彼の指を、穴の奥に感じる。両方への刺激に負けじと唇を動かすけれど、
喉の奥から滑り落ちる声のせいで、うまく出来ない…。
「イキそう?」
「あ…ああ…」
「言って?茗子…」
そんな囁きすら、刺激になるなんて。
「んあ、気持ち…いい…イク、いっちゃう…!」
私の身体は、無重力の宇宙へ放り出されたように甘く痺れ、力を失った。
「まだまだだよ…」
余韻に、尚も起こる震えを恥じる間もなく、彼により開かれた中心を、貫かれた。
けれど一瞬、天使の誕生を人為的に避ける無粋な道具の
引っかかりを感じて、気持ちを少し醒まされる。彼との間に張られた、薄い膜。
まるで、私達の秘密を思い知らせるような、そのよそよそしさが。
仕方ない事だとは、分かっているけれど。でも…。
一瞬冷えかけた身体を、自分から動かして、灯をともした。
こんな事に、「ごめんね」なんて、言って欲しくないから。
「うっ…」
羽織ったままのシャツのボタンを外し、熱い胸に手を這わせる。
心臓のあたりに触れると、迷っていた気持ちが吸い込まれて、溶けた。
彼の細い身体からみなぎる激しい動きが、私の内部から、歓喜を呼び起こす。
「あ…あっ、はっ、ん…」
不意に抱え起こされて、寝そべるその上に乗せられる。
より深く差し込まれる彼自身が、熱を増して行くのが分かった。
汗の滴は、まるで星のかけらのように、小さく光る。
私にも、知らずに震えが走る。自分の中心で起こる心地良さを
追い求めて、更に速まる動きは、最早どちらが起こしたものか
分からない程に融合して、ベッドに軋みを起こしていた。
「先…生…っ。あぁっ…」
快楽という苦しみ。
それを必死にたぐり寄せようと、放とうと、相反した感覚を漂う。
彼もきっと、同じように感じてくれている筈。
確かめたくて、昇りつめる瞬間に、歪む瞳を覗き込んだ。
映っているのは、乱れる私…。
そして、彼が弾けたのを感じた途端、私も視線に耐えきれずに、
声を上げて「それ」を迎え入れていた。
ぐったりと力が抜けて、彼の胸に被さると、長い髪が降り積もる。
星のかけらは、静かに流れ星になった。
つかの間のまどろみの海から、ゆっくりと引き上げられる。
波のような衣ずれの音とともに、寝返りを打つ彼は、まだ海の底に漂っているようだ。
もう、残り時間はあと少し…。
私たちは、また別々に、歩いて行かねばならない。
そっと彼の身体に、手を触れる。
「『この小さな地球から 銀河を』…」
「『見上げてきた幾世紀もの人間の歴史が』」
小さく呟きかけた言葉を引き取られて、驚く。
「…起こしちゃった?」
「こんな時にランボォか」
苦笑する彼の表情に、情事のなまめかしさはない。
でも、リラックスしている。それが、すごく幸せで…。
頬を寄せた胸を、涙で濡らさないようにしたら、鼻がツンと痛んだ。
『一瞬にしてわたしの内部に結晶してゆく』
それは私の、心の中に。
愛しい人は、この手の中に。
ただ強く、抱いた。
《終》