「30歳を過ぎると、男の方が子供を欲しがる」と、聞いた事がある。それが本当なのか、私は知りたかった。
だから、ひと足先に来る彼の誕生日に、プレゼントとパーティーと自分をあげた後で、そっと問いかけてみた。
いつも穏やかな笑みを貼り付けたような顔が、私に向いた。
何でそんな事を聞くんだ、という表情をしている。この上ない位に。
そして、返事をする代わりに、彼はその胸に、私を抱き寄せたのだ。
「抱き寄せる」という言葉の持つ甘さと、優しさのイメージそのままの力で。
「…!」
答えになってない、と怒りかけて、やめた。何が自分の欲しかった答えなのかが、
私自身も分かっていなかった事に、気付いたから。
分かった事は、ただ一つ。私達のセックスは、種族維持のものではないって事。
でもそれなら、本当は無視してもいい存在なのに義理で抱いているか、その逆なのか。
そんな事を考えると、確証はない「ありがちな話」なのに、途端にどうしたらいいのか分からなくなってしまう。
それは、単なる「不安」なのか、「もどかしさ」なのか、
「悔しさ」なのか、「恐れ」なのか…。
私は、彼をなくしなくないんだろうか?
それとも、自分をなくされたくないんだろうか…?
何度も名前を呼ぶ。風景が明るければ笑い飛ばしてしまえる事が、何故今は出来ないんだろう。
彼は何も言わないけれど、もしかしたら、私が「言えない」
状況を作り出しているのではないかとも思える。
私、もしかしたら…「嫉妬」してるの?
「ねぇ、信じてくれる?」
具体的な対象はないのに問う私に、いつも優しい彼。
何も言わないけれど、束の間考えるように空気を黙らせて、
やがてやっと聞き取れる位の声で、「うん」と頷いた。
その声が聞こえた途端、胸の中のいびつな台風が少し、静かになった。
そして私は、泣き出してしまったのだ。
この人の存在は、時にとても残酷だ。
私自身がどんなに突っ張っていても、笑わせたり泣かせたり、
崩す事も立て直す事も、朝飯前にやってのけるのだから。
昔のような情熱はなくても、彼はこうして私の隅々にまで浸食している事が分かる。
全て食い尽されてしまう前に、早く私の領域を確保しなければ。
息を吸える場所を作っておかなければ、彼に溺れてしまう…。
彼が無意識に発する、引力と重力が混ざり合った様な、得体の知れない感覚。
きっと私だけに分かる、その鼓動。
それを感じるから、だから、私は…。
「どうした、茗子?」
急に声をかけられて、時が止まる。
泣いて手応えをなくした私の身体を、持て余したのかも知れない。
自分の髪が彼の胸にかかっているのを見つめながら、
喉がひくひくと引きつっている事に違和感があった。鼻の奥がつんとする。
ぐしゃぐしゃの目元を、彼は手のひらで抑えるようにして、涙を拭った。
無性に、自分が腹立たしくなる。
彼に頼った事に、じゃない。彼の乾いた手に、染みを作ってしまった事に、だ。
相手の生理に残る物は嫌。苦しめる。殺されてしまう…。
彼が私を抱き直す。背中に触れる指先が、あたたかい。
…何かがふっと、はじけた気がして。
初夏の風のように心地よい感覚が、私を包み出した。
そこには、彼の存在を神に、何かに、心から感謝している自分がいた。
その気持ちを、信じる。今はそれしか、ないみたいだから…。
【終】