「いいじゃん、そんなの。お茶しに行こうぜっ」
年下のアイドルからの誘いを断った事に、他意はなかった。
でも、ある人物の出現によって、その意味が変わる。
その事に、彼女はまだ気付いていなかった。
「収くん」
「ちょっとええかな?」
女性顔負けに美しい顔に、微かだが憂いを悟って、未央はドキリとする。
仕事に集中したいと思っていた時だが、その吸引力に抗がえないまま、彼を招き入れてしまっていた。
「天気、悪なってしもたなぁ」
収は、パイプ製のチェアに腰をかける。手にしていた脚本を伏せ、未央はその側に歩み寄った。
と、腕を引かれる。
その優しいけれど強い仕草と熱っぽい感触に、未央の心も熱を帯びる。
慣れた手に導かれて、収が座している正面の、テーブルに座った。
収は素早くチェアを引き、未央の足を自身のそれで挟み込んで、囲い込むように追い込む。
「未央ちゃん、好きや」
少し下からの視線に、慣れない未央の鼓動が早まる。
耐えきれず瞳を逃がした所で、唇が重なった。
収とも、自分自身としても、二度目のキス。
だが、同時にそれは、初めての体験でもあった。
口内にゆらりと入り込んだ、滑らかな感触。
まるで舌同士を結ぼうとするかのような動きに、未央は呼吸の
きっかけを失い、エアの切れたダイバーのようにもがいた。
「ふっ…うん…」
一瞬で、周囲の景色を曇らせるような…。絞られたフォーカスは、収を捉えたままだ。
「怖がらんで…」
吐息で囁く声に、心よりも先に身体が反応した。
そんな事は生まれて初めてで、未央は自分自身に驚く。
熱い。
それは自分のものか、首筋を這う収の唇によるものか…。
未熟な未央には、どちらかは分からない。
突然の事に戸惑う気持ちが、自然に受け入れている矛盾で、少しずつ溶かされて行く。
それほどに、収の仕草は自然で、呼吸をするのと同じくらい当たり前の行動のように感じられた。
「未央ちゃん…」
耳たぶを舌で転がされ、鎖骨へと滑り落ちる。
くすぐったさの中の甘さに、未央の足から力が抜ける。
立ち上がった収は、テーブルに膝を付き、未央の間に素早く割って入った。
そのまま膝で、未央の秘部を撫で上げる。
「あんっ…」
一瞬の事ではあったが、確かな行為に、電流が走るのを、未央は感じた。
「嫌やない?」
「収くん…」
既にとろけている未央の瞳が、戸惑いよりも次の刺激を欲している事を語る。
レザーのワンピースの感触が、己の掌と溶け合って、収を蹂躙した。
行き場を無くしたように揺れる未央の首を支えてやりながら、
収はゆっくりと、ワンピースの腰に巻かれたベルトを解き出す。
そしてダブルのボタンに指を掛け、一気に胸元をはだけた。
「きゃ…」
「藍子」に染まった未央を現すような青いブラが露になったが、
反してパンティーの上部は、チラリと覗く程度。
あえて全てを晒させない収のやり方に、未央は全裸以上の羞恥を感じた。
「未央ちゃん、触ってもええ?」
問われて、赤みを増す頬を震わせ、未央は拒否の意を著す。
「駄目なん?俺、触りたいのに…」
含み笑いを唇の端に浮かべながら、長い髪をかき上げ、うなじを辿る。
「ふぅ…ん…っ」
たったそれだけの事なのに、未央は吐息を漏らさずにはいられなかった。
「乱暴な事は、せえへんから…」
胸骨の下あたりから、ゆっくりと指が入り込む。
目指す場所は、未経験の未央ですらも分かりきっているのに、
それはなかなかそこへは辿り着かない。
未央の心身の強ばりをほぐすように、切なげに歩む。
じらされているような行為に、余計に熱くなって行って…。
「や…あぁっ…はん…」
収はそういう事を、知っててやっているんだろうか…?
未央の中に、疑問が起こり、冷静になりかけた時。
次の行動が、突然やって来た。
フロントホックのブラを一瞬で解くと、収は未央の膨らみの
頂点にそびえる突起を、有無を言わさず口に含んだのだ。
激しく転がされて、吸われる。
緩慢な動きから、一気に強い刺激に雪崩れ込んで、未央は悲鳴のような嬌声を上げた。
「あぁん!あ…っ」
倒れそうになる身体を必死で支えながら、未央は顎を上げ、
刺激から来る渦を、懸命に声で吐き出す。
「はぁっ…んぁ…ああ…」
空いた右の突起には、先程道を無くしたようにさ迷っていた指が、くりくりと遊んでいた。
軽く歯を立てられると、まるで胡椒を噛んだときのような、ピリリした感覚が全身を包む。
だが、その中に甘さを見つけて、未央はねだるように首を振った。
「本当に、綺麗や」
肉が溶け込んてでしまいそうな錯覚に陥る。
ゆらゆらと胸全体を揉みしだかれる、それすらも心地よくて…。
「やぁっ…。収くん、あたし…変…」
「イッてしまいそうやな、未央ちゃん。でも、これだけやないで…」
チラリと見えている程度のパンティーが、そっと開かれる。
先程膝で触れられた時の、信じ難いような感覚を知っていた未央は、
羞恥よりも戸惑いよりも、その先を求める気持ちで一杯だった。
ざわりと叢を滑り下りて、長い収の指が、中心部分を目指して行く。
「んっ…」
早々と漏れた声は、未央の期待の証。
藍の布地を、濃紺に染めてしまいそうな程に溢れた蜜が、収の指に絡み付いて来る。
「あぁんっ!」
ついに探り当てたその部分は、既に大量の蜜を纏い、ぷっくりと膨らんでいた。
2本の指で、挟み込むように前後に動かしてみる。
「あっ、ん…あぁっ…!」
支えを失って倒れかける直前、収は素早く未央の身体を反転させた。
腹這いの姿勢。片足を上げてテーブルに乗せ、もう片足は自由に床を蹴る。
スカートをはだけ、そのままパンティーを下ろした。
ロングブーツの膝上で止まったそれの股間部分は、
やはり布地の色が濃度を増しており、てらてらと光っていた。
生々しい液と女の香りに、収は酔いしれる。
初めて本気で愛した女に、初めての快楽を与えている。
果てしなく、深い嬌声を上げさせている男…。
それが自分である事を思うと、自身がこれまで以上に強く反応を示した。
時折、クチュリと鳴き声を上げる未央の秘部が、それを更に揺るぎないものに変えて行く…。
「未央ちゃん、気持ちええ?」
「収くん…っ。あぁ、いい…」
いつの間にか2本も潜り込んだ収の指が、未央の身体から、
快楽を引き起こしてやまないようだった。
「未央ちゃん、どうしたらええの?こう?」
収はわざと指を軽く引き抜いて、入口付近だけに動きを付ける。
「うぅん…違うう…」
テーブルの反対側を掴む未央の指の力が、不満げに緩む。
「じゃあ、こう?」
中指だけを、壷に沈めてすぐに引き抜く。
「やぁん…もっと…」
「ん?聞こえへんなぁ〜?」
ついに指を完全に抜いて、太股に這わせ出した。
「違うの、もっとして…」
「どうやって〜?」
あくまでも言わせようとする収に、うるんだ瞳で振り返る未央。
その身体から発せられる熱気で、レザーの独特の匂いが立ち登り、鼻をくすぐった。
「もっといっぱい、動かして…」
「音が聞こえるやん、ええの?」
「聞こえてもいいからぁ…」
泣きそうな程に、飢えた未央の視線。
美人女優の中に眠る、今にも襲って来そうな雌の命に、収は恐怖すら感じてしまう。
「ほな、俺にもしてくれる?」
「何を…?」
収は、もはや拷問でしかない程に締め付けたジーンズから、自身を解放した。
テーブルの反対側へ回り、未央のちょうど目線の高さに、それを取り出す。
「初めてやから、酷やけど…。俺、未央ちゃんにしてもらいたい」
初めて見るであろうそれに、未央の目が見開かれた。
そうしていいものか迷う仕草で、指を伸ばす。
快感の余韻の中に漂う迷い。そんな未央の表情に幼さを見つけ、収の心は沸き立った。
愛しさから来る情熱が、中心へと集まって来る。
そして収は、細く綺麗な未央の指が、自分の昂ぶった部分に触れるのを感じた。
期待が叶った事に、喜びよりも、強い緊張を感じてしまう。
「ど、どうしたらいいの…?」
囁き声が、心をくすぐる。妙な同情に煽られ、激しく燃える炎は、冷たい。
「指やなくて…口で」
「え…」
「舌でするんや、それが一番気持ちええねん」
…ああ、自分は何て事を言ってるんだろう。
初めての未央には無茶な、あまりにも不憫な要求をしている…。
頭の中は静かに、そんな自分を認めている。否、否定し、嫌悪すらしている。
それなのに、唇からこぼれ落ちる、自分の声は何々だろう?
「で、でも…」
案の定、涙さえにじみそうな、未央の瞳。
「さっき俺はしてあげたで?今度は未央ちゃんの番や…」
止められないのは、狂暴な力が、普段の自分と対を為しているからだろうか…。
「早よせな、今誰か入って来たらマズイやろ?」
柔らかい髪に触れる。その感触を楽しんでいると、
未央は観念したように目を閉じた。身体をずらし、唇が収自身に降りて来る。
と、あと一歩で、粘膜同士が触れ合いそうになった所で…。
【コンコン!】
ひどく確信的に響いた、ノックの音。
未央は驚き、ビクリと震える。反射で、指と唇が、瞬時に元の位置に戻った。
絶対に声を出せない収の背も、さすがにひやりと冷たくなる。
返事の無さをいぶかしむように、再度鳴らされる無粋な覚醒の音。
収は、焦りに高揚して何も出来ないでいる未央を、小さな声で促す。
「は、はい…?」
ハッと気付いたように、返答を発する。
だがその声は、数々のあえぎにかすれて乱れ、事情を知らない者にも
何かを感じさせてしまうかのような、艶ががったものだった。
自分が鍵をかけた事すら覚えていない収だったが、その声に魅せられたように、
無意識に未央を押さえ付け、服装の乱れを直させないようにすら、してしまう。
「未央、何かあったのか?鍵なんか掛けて」
声の主は、未央のマネージャー・三浦のものだった。
二人分の安堵が部屋に満ち、同時に答えに行き着く。
一番見られたくない相手は、ただ一人だと。
未央にとってそれは、胸の焼き付くような衝撃。収にとっては闘志として、静かに心に残る。
「今、セリフ覚え直してるの。集中したくて…」
嘘をつけない性格の未央だが、天性の資質のようなものが、こういう時に発揮される。
先程の艶は影を潜め、「女優・萩原未央」の世界に染め出す。
収は、状況も欲望も忘れ、カメラを回したい衝動が走るのを感じた。
「そうか。あと20分、天気を待つそうだぞ。それで無理なら、今日は解散。
俺らは別件の打ち合わせを入れるから、そのつもりでな」
「はい、三浦さん」
「また後で来るから」
遠ざかる気配に、身体中の力が抜ける。そのまま未央のトーンが下がり、
羞恥が襲って来ないうちに、収は素早く次の行動に出た。
未央を抱き上げ、移動を始める。
鏡が、壁から壁へと横に数台連なっている、撮影所独特のメイク台。
先程まで未央が利用していた痕跡のある所を敢えて選び、机の部分に下ろした。
足を鏡側に向けさせ、背中はぴっちりと自分の身体で支える。
落ちないように。逃げないように。
「なに…?」
未央が不安を訴える。その声に刺激されるのは、自分の奥の残忍性。
収は素早く未央の膝を開き、鏡にくっきりと映るよう、身体を反らせた。
小さな悲鳴を無視し、秘部へと手を伸ばす。濡れた感触に、滑る指。
逃げようとする敏感な突起を捕まえて、ゆっくりと撫で回した。
「あっ…んっ!」
軽く慣らされて以来の愛撫の再開に、未央の身体が激しく反応する。
ずり落ちそうな極限の空間で、頼れるものは収の胸だけ。
背中越しに響きそうな鼓動が、気持ちを高ぶらせる。
「ほんま凄い事になってんで、未央ちゃん…」
収の左肩に頬を乗せるような姿勢で、吐息を往復させる未央。
収はそっとその顎に手を添え、正面を向かせる。
「目ぇ開けて…」
その間も、休む事なく続く刺激に翻弄されながら、言われた通りにすると…。
鏡の中に、朱く熟れた果実があった。瑞々しく果汁を溢れさせて…。
一瞬見とれたが、その正体に気付いた未央は、衝撃のあまり手で顔を覆った。
それはまさに、自分でも見た事がない、自身のその場所だった。
下着が膝に引っ掛かったままなので、それほど大写しではないが、
その潤みは充分に確認出来る程だった。
「恥ずかしいん?」
問いながらも耳を噛み、そっと息を送り込む収。舞い上がる髪の香り。
「ん…見ないでぇっ…」
指は、果実の甘さを確かめるように動き続け、未央の拒絶も僅かなものになって行く。
「でもこんなんなってんの、俺さっきからとっくに知ってんで?」
「やだっ…恥ず…かし…」
その言葉を吸い取るように、首を伸ばして口付ける。
響くように舌を操りながら、未央の内部に指を
滑り込ませて動かし、クチュクチュと音を引き起こす。
更に空いている手が、先程外したブラが頼りなく垂れ下がる、胸元を這い出す。
聴覚的な刺激と絡む舌、犯される粘膜に、胸の先端に施される執拗な愛撫。
未央の頭の中は真っ白になり、ただひたすらに快感で満たされた。
「あ、あっ…はぁっ…あ…」
それは例えるなら、崖の途中で何者かに、滑らかに
頂上へと引き上げられ、空中へ抵抗なく投げ出されるような感じだ。
傾斜とスピードはその都度変わり、浅く深く、様々に変化する。
潜った2本の指の上で、突起を刺激するのは親指だろうか。
乳首を強く摘まれた瞬間、堪らない気持ちになって来る。
未央は無意識のうちに、収の舌を求めていた。
「や…もぅ…あっ…。だめ……あぁ――!」
周囲への配慮を忘れる程に艶やかな声色で、未央の身体がビクンと跳ねた。
と同時に、収の指が濡れる。溢れた液体は広がり、台の上を満たした。
「未央ちゃん、初回で潮吹くなんて、ほんまやらしいなぁ〜」
煽りながら、収自身も驚いていた。
吸い付くように、淫らな身体に変わって行く未央に。
昨日までの距離では知り得なかった、その獣性の美しさに。
「可愛い…」
もう一度深く口付けると、自身が激しく主張を始めた。
場馴れしている収でも、さすがにもう持ちそうになかった。
「収くん…そっち行こ?」
自分が創り出した液体を恥じるように、未央は小さな声で呟いた。
そっと台から降り、先程のテーブルへと移動する。
収がやって来るのを待って、座った。
「…俺がこれから何するか、分かるん?」
今度は、気持ちいいだけ済まないのに。
身体の欲するものとは反対に、「本当にいいのか?」という気持ちがよぎり出す。
「…いいの。あたし、収くんとなら…」
内心は恐怖に満ちているのだろう。
引きつるような笑顔に、力が篭っている。
最終的には、サディスティックにはなりきれない。
収はそっと、未央の衣服を整え始める。そして、告げた。
「やめよう、未央ちゃん」
「だって、収くんはまだ…」
戸惑う未央の声を背に、自分の身支度をする。
収自身は、未だ強いこわばりを維持していて、しまい込むのに
難儀する程だったが、不思議と執着や後悔はなくいられそうだった。
「未央ちゃんは初めてやろ?こんな所で済ますもんやないし」
笑った顔は、既にいつもの自分だった筈だ。
「あたし…ダメだった…?」
それでも、未央は泣きそうだ。
抑えられず、場所も弁えないで性急に求めてしまった収に非があると言うのに。
「ちゃうよ、絶対。俺は嬉しいし、でも…」
潤む未央の瞳に惹き付けられながら、その身体を抱き締める。
「未央ちゃんもやけど、これは二人の初めてでもあるしな。ちゃんと二人で迎えたい」
「二人で…?」
「そうや。ちゃんと裸になって、お互いの姿隠さず晒して、そんで結ばれたい。そう思うねん」
ゆったりとしたベッドがあれば、こんなに焦りはしないだろう。
静かに未央を組み敷いて、強く抱き締めて、痛みを和らげてやる事が、きっと出来る。
「休みになったら、旅行でも行こな。そしたら、誰にも邪魔されんし」
「待ってくれるの…?」
「勿論。でも、必ず次の休みやで。それ以上は待たれへん」
子供のような口調に、思わず未央が笑う。
収は、愛しい気持ちをその身体と一緒に抱え込む。
髪に頬をすり付けると、未央の腕も、激しく収に絡んで来た。
ありがとう、そう言っているような力は、やはり未央の中に、
迷いがあった事を窺わせる。それでも、その対極が「拒絶」では
なかった事も、今の収にはエゴでなく、分かった。
「…天気どうやろ?見て来るな」
名残惜しかったが、先程三浦が言っていた時間を考えて、収は離れた。
自分が、施錠された部屋から出て行くのを目撃されては、さすがに不味い。
未央の立場もないだろう。
ノブに手をかけた収の耳に、未央の声が届く。
「さっきの…約束ね」
恥ずかしそうに呟く未央の表情に輝きを見付け、収は頷いた。
後ろ手で、ドアを閉める。とても幸せな気分だった。
今なら、世の中の全てのものを、善意の目で見られるだろうと思った。
何人の女と激しく交わっても、得られなかった想い。
こんな所にあったんか…。
世界は、温もりで満ちている。
自分は今、それを知っている、ただ一人の人間だ。
我知らず、微笑みが浮かぶ。
自分の前に、虹色の道が開けたように見えて、収は静かに歩き出した。
【終】