何をそんなに悩んでるん?
どうして一人で泣いてるん?
こんなに側におるのに・・・俺はそんなに頼りにならへんのかな?
気づいてないんかもしれへんけど 理花って結構喜怒哀楽がわかりやすいんやで?
そやからな“どないしたん?”って聞いて“何もないよ”って言われるとすごく悲しいんよ
理花の力になりたいのに
この手で支えてあげたいのに
俺には何もできないんじゃないかって、不安で切なくて泣きそうになるんよ
いつだって理花の側におるよ
何があったって理花の味方でおるつもりや
そやから・・・胸に抱えてるものを俺にも持たせてくれへん?
どんなに重くても大丈夫やで
二人で持てばどんなに楽になるか・・・
教えてくれたんは理花やったやろ?
これからもずっと一緒に歩いていくんやで、俺たち
理花が嫌やって言うても離さへん
もう俺からは逃げられへんよ?
そやから、観念して言うてみ?
最後までちゃんと聞いてあげるから
理花の気持ち、全部受け止めるから
どうか・・・どうか理花の『真実』を見せて
そして、いつか心から笑おう
笑いながら、二人歩いて行こう
「…やっぱり」
ギュっと瞑っていた目をそっと開けると予想通りの反応だった。
理花はそのまま座り込み、押し寄せてくる不安に襲われる。
手に握っているものをもう1度見つめ、愛する人の顔を浮かべた。
「赤ちゃん、出来ちゃった…」
陽性の反応が出た検査薬を持ったまま、暫くトイレの中で座り込んでいた。
この事を何て話せばいいんだろ?
お腹の子の父親となる人の顔を浮かべては、溜め息を吐く。
すると丁度、玄関の扉が開く音が聞こえた。
理花は手中の物を慌ててポケットに突っ込み、すぐさまトイレから出た。
「お帰り、可児くん」
「お、ただいま」
疲れた表情を見せていた収の顔が、パっと明るくなる。
「わざわざ出迎えてくれたん?」
そう笑いながら言う。
同時に理花も嬉しさを感じるが、先程の検査薬の結果を思い出し表情が曇った。
「理花?どうしたん?」
異変に気付いた収は、理花の顔を覗き込む。
「ううん。何もあらへんよ」
そう言っていつものようににっこりと微笑むと、収は理花の頬を撫でた。
手のひらから収の愛情が伝わる。
思わず泣きそうになりながらも、理花はぐっと涙を堪えた。
収と理花は付き合い始めて約8年程経つ。
大学を卒業した2年前から同棲生活を送っていた。
それなりに愛し合い、喧嘩もする。
2人にとってお互いの存在は特別なもの。
だから余計に今の関係が壊れるのが怖い。
もし赤ちゃんの事を可児くんに話して困らせてしまったら…?
愛しているからこそ言い出せない。
理花は押し寄せてくる不安に恐怖を感じた。
「なぁ、来週の日曜の午後って空いてる?」
お互い向き合ってテーブルを囲み、夕食をとっていると突然収が口を開いた。
「特に予定は無いけど…何で?」
「その日の午後オフになったんや。たまには外でデートしようや」
「ほんまに?」
「ああ、いつも家ばっかやからな。外で待ち合わせしよ」
「…嬉しい!楽しみにしてるね」
子供のように無邪気に笑う理花に、収は思わず笑みを零した。
「俺が惚れ直すくらい、お洒落して来ぃや」
そして日曜日、理花は指定されたショッピング街で収を待つ。
ショーウィンドーに映る自分の姿を見つめ、身なりを整えた。
久々の外でのデート。
同棲を始めてから2人で出かける事もあまり無かったので、余計に胸が弾む。
だが約束した時間を10分過ぎているのにも関わらず、来る気配も無ければ連絡も来ない。
仕事が延びてるんかな?
そう考えていると鞄の中の携帯が震え始めた。
「もしもし?」
「俺や、俺」
「…どちらの俺様?」
少し怒ったような素振りを見せると、収は笑いを含みながら謝る。
「ごめん。あと15分でそっちに着くからもうちょい待ってて」
「これ以上遅かったら帰るから」
そう冗談交じりに言うと、収は笑い、こう言った。
「我が儘なお姫様やなぁ」
そう言われ電話を切る。
収が来るまでの時間を潰す為、近くのショップを回り始めた。
洋服、アクセサリー、バッグ、靴…
様々な品物が目に入って来る中、理花はある場所で足を止めた。
「赤ちゃん…かぁ…」
理花の目の前には小さな赤ちゃん用の服やサンダルなどが綺麗に並べてある。
店の中では幸せそうな若い夫婦らしき男女が、小さな靴を手に取り笑あっていた。
そんな光景を見て理花は思わず自分のお腹を意識し、優しく撫でた。
「あ、こんな所におったんか」
背後から聞き覚えのある声がして振り返る
そこには、サングラスをかけた男が立っていた。
「可児くん…」
「頑張って早く着いたっつーのに理花が居ないから探したんやで」
「あ、ごめん…暇やったから…」
「まぁ原因は俺やけどさ」
収はそう言うと、店内を見渡した。
「ベビーショップか…何やこれ、小さっ。かわええな」
「そうやね…もう行こっ!」
何となく居辛くなり、理花は収の手を引っ張り歩き始めた。
「何やねん、急に」
「…せっかくのデートやもん。時間が勿体ないやん?」
理花は無理やり笑って収の顔を見る。
「あ、もしかして理花は赤ちゃんが欲しかったんかぁ?何なら今夜にでも協力するでぇ」
おどけた様に言う収の姿を見ると、益々本当の事を言えなくなる。
どうして良いのか分からない。
「…って何で泣いてんねん!」
頭の中が混乱した理花は、自分でも気付かないうちに涙が零れ始めていた。
「ごめ…何でも無いから」
口では大丈夫と言いつつも止まる事のない涙。
「取り敢えず、何処か入るで」
収はそう言い、近くのカフェに入った。
「…大丈夫か?」
「うん…ありがと」
理花は涙で濡れたハンカチを握り締めたまま、俯いている。
「なぁ理花、顔上げてみ?」
その優しい声でそっと顔を上げる。
目の前には真剣な表情の収が居た。
「何があったか分からんけど…泣いた理由、俺に話してくれへん?」
そう収に促されるが、簡単に打ち明けられる理由ではない。
理花は再び俯き、黙りこくってしまった。
そんな様子を見た収は、もう1度言った。
「理花の事は何でも知っておきたいねん。なぁ、話してくれへん?」
そう強く言われ、理花はゆっくりと顔を上げる。
「…おどろかんと、聞いてくれる?」
「おう」
理花は1度ギュっと目を瞑り、収の目を見て言った。
「赤ちゃん…出来たん…」
「…え?」
「せやから、可児くんの赤ちゃん…出来たん」
勇気を出して本当の事を口にする。
事実を知らされた父親はポカンと口を開けていた。
「ほ、ほんまに?」
理花は黙って頷く。
すると収は力が抜けたように一点を見つめていた。
「何やねん、それ…」
困惑の色を見せる収に、理花は再び涙で頬を濡らす。
「って、何でまた泣くん?!」
「だって…やっぱり迷惑なんかなぁって」
「…そんなわけないやろ!」
急に真面目な表情で収は言い切った。
「ただ、俺の今日の計画が狂っただけや」
「け、計画…?」
すると収はポケットの中から小さな箱を出し、それを開けた。
「え、これって」
「ちょっと順番が逆になってもうたけど…俺と結婚してくれへん?」
この急展開な状況に理花の頭はついて行けず、ただただ収の顔と目の前に出された指輪を見つめるだけだった。
「理花…俺じゃアカン?」
収のその言葉でハっと我に返り、首が痛くなりそうなくらいに横に振った。
「あたしで…ええの?」
不安げに尋ねると小さく微笑んだ。
「理花やないと、俺がアカンの」
そう言って収は理花の左手を取り、美しく輝く指輪を薬指にはめた。
「もう1回聞くで。俺の嫁さんになってくれる?」
「…は、はい」
涙を流しながら答えると、収の真面目だった表情がふっと雪崩れる様に笑顔に変わる。
「良かった〜。嫌って言われたら泣くところやったわ」
そう冗談交じりに言う彼の顔を見ると、より一層涙が溢れた。
「理花、気付いてやれんでごめんな。赤ちゃんの事、不安に思っとったんやろ?」
「うん…可児くんの重荷になるんやないかって思ってた。。でも、もう大丈夫だよね?」
「当たり前やろ」
笑顔で言い切った収の顔を見て、理花はようやく笑った。
「今日はな、元々これを渡そうと思って誘ったんや」
そう言って理花の薬指で煌く指輪を指差す。
「ビックリさせてやろうと思っててん。でも俺まで理花にビックリさせられるとはなぁ」
「ほんまにごめんね、大事な事なのに…ずっと黙ってて」
「でも今話してくれたやん。驚いたけど、めっちゃ嬉しいで。俺もパパになるんやな」
そう無邪気に笑う顔がまるで子供のようで、父親となる収を見つめ、理花は微笑んだ。
「理花と赤ちゃん、絶対幸せにしたるからな」
同時に妻と母親になる理花は、甘い喜びに浸りながら左手に輝く指輪をそっと撫でた。
これから訪れるであろう、愛で溢れる日々を思って…