「今が嘘やったら…どんな人生になったんやろな」  
理花も、俺も。  
きっと喧嘩して、目も見ないままで、誤解したままで…。  
俺は適当に他の女と付き合っては、こいつを傷つけ続けたんだろう。  
知らないところで、きっと泣いてた理花。  
「…ごめんな」  
「なに?」  
「気付かんかった俺は、アホやな…」  
 
こんなに近くに、奥深い、手放せない、愛情があったのに。  
掌からポロポロと溢れて、危うく空っぽになるところやった。  
 
理花。  
指先に最後に残った、小さな意地っ張り。  
 
俺は、再び動き出した。理花はビクリと震えて、眉間に皺を作って、目を閉じる。  
内部で止まっていた蜜が、俺を絡めとる。  
熱い感触を与え合って、高まる身体が…涙になりそうな切なさをもたらした。  
「可…児くん…っ」  
確かめるように、名前を呼ばれる。  
もっと手慣れた、身体に完璧な刺激を与えてくれる女が、他に数多くいるのは、認める。  
でも、このぎこちなさとひたむきさが…俺を離さない。  
本当に欲しかった感情と向き合ったら、他の刺激なんて、捨て置いても悔いはない。  
一人の人間が、俺にくれた未来。  
その尊さとは、比べものにならない。  
 
「…好き…」  
息も耐え耐えの中の呟きに、頬が緩緩む。  
身体に走る快感よりも、俺を酔わせる声。  
理花の魔法に、嵌って行く…。  
 
「信じて…くれる、か?」  
我知らず上がる吐息の中、絞り出すように言葉を届ける。  
興奮と疲労と快感と、歓びと切なさと…。  
理花といると、封じ込めていたたくさんの感情が目を覚ます。  
無垢な俺が、戻って来る。  
片想い。そんなどうしようもなさを、叶えたいと思うように。  
「当たり前…やろ?」  
頬を高潮させながら答える理花が…いつの間にか、俺の全てを包み込む強さを持って、微笑んだ。  
 
「お前が好きや」  
言い慣れた台詞なのに、何故か激しい照れが襲って来て、俺は唇を重ねた。  
理花に刺さった自身に快感を集中させながら、腰の動きを速める。  
「あっ…ん、あぁ…!」  
首を反らせて白さを映す理花が、妙に妖艶で…。簡単に堕ちた心で、欲しい女を抱きしめる。  
 
やがて、その瞬間が近い事を知った。  
唇を噛み締めたら、それをほどくように、理花の舌が差し入れられる。  
 
「理花…ッ!」  
それは声に出ていたか、いなかったか。  
分からないままで、俺は冬の星空を追う。  
流れ星が見えたら、永遠を願う。そう思いながら、頭が真っ白になる快感に、身を任せた。  
 
 
「…ほなまた、ね…」  
帰り道。  
少し待ち合わせには遅れそうなお互いの状況が、危うくも甘酸っぱい。  
 
降りる乗客を待つ、電車のドアの前。  
残された僅かな時間。  
「可児くん?」  
突然引き寄せられた耳元。  
 
「あたしも、好き」  
 
魔法の呪文を落とされて、一瞬意識が、無限の旅に出た。  
はにかんだ笑顔に、負けを認めて。  
それを確かめる間もなく、理花は電車のドアの向こう側にいた。  
走り出すまでの短い間に、強く見つめ合う。  
 
そして俺達は、ガラス越しにキスをした。  
促した訳やないのに、何で分かるんやろな?  
苦笑しながら、やがて電車は、理花を乗せて走り出す。  
 
離れて行く命。  
遠くなる光。  
でも、距離には負けたりしない。  
俺は、胸の中にほんのりと紅い薔薇が咲いたような気持ちを抱きしめながら、歩き出した。  
 
 
 
<終>  
 
 

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