「セイジュなんて大っきらい!!」
そう大きな声で言うと、私はセイジュの腕から逃れて走り出した。
「アーシェ!」
もう、ちょっとだけ焦ったように呼んだって、知らないんだから。
私は綺麗に片付いたセイジュの部屋から出て、玄関の扉を開いて、「えーれべーた」のボタンを押した。
一人っきりの空間。私は、四角い箱の中でううーっと眉を寄せる。
セイジュってば酷い。
酷いのなんかとっくの昔に知ってたけど、でもやっぱり酷いって思っちゃうよ。
私が「ブンカサイ」楽しみにしてるって知ってたのに、あんなことして……。
「もうこれじゃ、学校行けないよ」
出てきた声がすごく悲しそうに震えてて、それにまたちょっと自分が可哀相になって、涙が出てくる。
私は手でぎゅっと押さえたままだった首筋を、そっと「えーれべーた」のぴかぴかしてるとこに映した。
……やっぱり、赤いキスマークが付いちゃってる。
「セイジュの、バカ」
ぽつりと小さな声でつぶやくと、私はそこから目をそらした。
だって、涙を瞳いっぱいに溜めた女の子がこっちを見てたから。
セイジュの事、大好きって言っても、私にはセイジュしか居ないんだよ、って何度言っても、
やっぱりセイジュは信じてくれないんだって思うと、なんだかとっても悲しくなる。
誰よりもなによりも、私はセイジュの事が好きなのに。
いつだって彼のことしか、考えてないのに。
「……セイジュの、バカバカ」
どんどんと下に降りていく「えーれべーた」と一緒に、私の気分もずーーんって下がっていく。
本当はね、セイジュにキスマークを付けられるのは、嬉しい。
だって、私がセイジュのモノだ、セイジュだけのモノだって、彼がつけてくれたシルシだから。
でも、今日のは……。
「今日だけは、ココにだけは、付けちゃダメって言ったのに」
首筋。指先で赤くなった部分を撫でると、少しだけぴりぴりした。
「嫌だよ、って言ったのに」
思いっきり、突き飛ばしちゃった。
……セイジュ痛かったかな。
でも、やっぱりセイジュが悪いんだもん。
私は悪くないもん。
「ブンカサイ」のメードきっさ。
ひらひらふわふわしたお洋服がすっごく可愛くて。
学校は今でも嫌いだけど、すごく楽しみにしてたのに。
頑張って、お皿運ぶ練習もしたのに。
……ボーイの格好をしたセイジュと一緒に、お似合いだねって、しゃしん? 撮って貰いたかったのに。
でも……。
セイジュは前にも、他の男に見せちゃダメだよ、って言ってた。
すごく可愛いから、その姿を見るのは僕だけにしておきたいんだ。
君の全てを僕だけのものにしたいんだって。
もう一度首筋を見ると、あの日のセイジュの照れたようなちょっと怒ったような顔が、よみがえってきた。
あの後、あんまり私がしゅんとしてたら、セイジュは「ブンカサイ」に出ても良いよって言ったけど。
やっぱり、嫌だったんだね。
「言ってくれれば、良かったのに……」
ううん。
きっと、セイジュが駄目だって言っても、私は出たい! って言ってケンカになっちゃってた。
セイジュはそれも分かってたのかな?
だから、言わなかったのかな。
言えなかったのかな……。
それで、こんな事、しちゃったのかな。
「セイジュのこと、大好きなのに、大嫌いって言っちゃった」
……やっぱり戻ろう。
怒ったけど、こうやって逃げちゃうのはやっぱり良くないよ。
だって、セイジュはとってもとっても寂しがり屋だから。
私がいなくなっちゃうと、とっても悲しむから。
不安になっちゃうから。
……セイジュの元に、戻ろう。
そう決心してると、ポーンって音がして、えーれべーたが1階に着いたよって教えてくれた。
扉が開いて、でも、私は外に出て行かない。
もう一度、彼の元に戻るから。
顔を上げて、
……あれ、セイジュ?
どうしてセイジュがここにいるの?
お部屋にいるんじゃ、なかったの?
「ごめんよ。……ねぇ僕と仲直り、してくれる?」
セイジュらしくない、必死な顔。
もしかして、ここまで走ってきてくれたのかな。
セイジュの上下に大きく揺れる肩を見て、私のまだちょっとだけ残ってた胸のしこりが、ゆっくりと解けていった。
あの階段、とっても長くて疲れるのに、私のために走ってきてくれたのかな。
私にごめん、って言うためだけに。
「うん、良いよ」
そう考えたら、口からぽろりと言葉がでちゃってた。
「私の方こそ、嫌いだなんて言ってごめんね」
うつむいたまま。どこか不安そうにこっちを見るセイジュにそれ以上怒っていられなくなって。
エメラルドグリーンの瞳に浮かぶ迷子の子供みたいな色を消したくって。
私はセイジュの胸にぎゅっと抱きついた。
「ふふ。セイジュ、汗臭いよ」
……やっぱり走ってきてくれたんだ。
魔力のあった頃だったら、階段なんか使わなくても、すぐに飛んでこれたのに。
そう考えたら、セイジュと仲直りできて嬉しかった気持ちの針が、またちょっと悲しい方に傾いちゃった。
だって、セイジュの魔力が無くなっちゃったのは、私の所為だから。
「え?」
でも、セイジュがちょっとたじろいで、私から体を離そうとするから、悲しい気持ちなんて飛んで行っちゃった。
セイジュが私から離れないように、白いシャツにぎゅうっとしがみついて抵抗したら。
「君、僕のこと汗臭いって言っておきながら……」
セイジュはちょっと呆れたようにつぶやきながら、私の体に腕を回した。
でも私、分かってるんだから。
セイジュの顔が今、照れたようにちょっと赤くなってるの。
「走ってきてくれたんだね」
こう言ったら、もっともっと赤くなっちゃうの。
セイジュの胸にぎゅっと顔を押しつけてるから、セイジュの顔は見えないけど。
……セイジュのこと、全部ぜんぶ、分かっちゃってるんだから。
「……信じられないくらい、格好悪いよね」
きまりが悪そうに、セイジュは少しだけため息をつくと、それを誤魔化すように腕の力を強めてきた。
「そんなことないよ、私にとって、誰よりもセイジュが一番、格好良いよ」
大嫌いなんて言っちゃったけど、やっぱり、好き。
好き好き、セイジュ、好き。
世界で一番、大好き。
「あんな事しても? あんな事、されても? それでも君はみっともない僕のこと、格好良いって思う?」
ハッ、とセイジュは自分を笑って見せた。
でも、顔を上げてじっとエメラルドグリーンの瞳を見ると、やっぱり不安そうな色がにじんでる。
「セイジュはセイジュだもん。みっともなくったって、格好悪かったって、私にとってはセイジュが誰よりも格好良いんだもん」
まだ何か言いたそうなセイジュの唇に、伸び上がって、自分の唇をくっつけて、ごめんねのキス。
ごめんね、セイジュ。
嫌いだなんて、嘘だよ。
ごめんね、大好きだよ。
「んっ……」
セイジュの頬が赤くなって、瞳から不安そうな影が無くなったら。
さっきの続きをしよう?
もっともっと、お互いを感じて、感じさせて。
ケンカしたことなんて忘れようよ。
そう言おうと思ったのに、段々と深くなっていくセイジュのキスに頭がぼうっとして、結局、言葉にならならないまま―――。
END