【 永久より深く、刹那より儚く 】
「あん、んうっ、う、うんっ」
くぐもったアーシェのあえぎ声が聞こえる。
四つん這いで後ろからレニに攻められながらも、
その口はカイルのものを銜えているから、声を出すことができないのだ。
どんなに激しくその体を揺さぶられても、彼女は銜えたものを離さない。
逆に、その振動を上手に使って、口の中のものを抜き差しするように動かしている。
アーシェが声を出さないことが、レニには不満だったらしい。
彼は腕を伸ばすと、ぐちゃぐちゃに濡れながらつながっているすぐ上の花芽を強く摘んだ。
「あああんっ!」
その刺激に、たまらずにアーシェが銜えていたものを吐き出して大きな声をあげた。
彼女は入れられたままそこをなぶられるのにとても弱いのだ。
「レニ、レニ! もっと、もっとぉ!」
甘くねだる声に誘われるように、レニの動きが激しくなる。
欲望を途中で放り出されてしまったカイルは、我慢ができないのか、
恍惚とした表情のアーシェを見つめながら、自分で自分のものを激しくこすりだした。
それに気付いたアーシェは妖しく微笑むと、
手を伸ばして、カイルの陰嚢を柔らかくもんでやる。
「あ、あっ、姫様、姫様あ!!」
激しい声をあげて、カイルが絶頂に達する。
「くっ……」
ほぼ同時に、レニも達し、体が小刻みに震える。
黒猫の吐き出した精液はアーシェの顔と胸を汚し、
双子の片割れの吐き出した精液は中から溢れて彼女の白い太ももを伝っていく。
「ああ……熱いよ、レニのも、カイルのも……とっても、熱くて、気持ちいい……。
もっと、もっとちょうだい……」
顔にかかった精液を指ですくって舐めながら、アーシェが微笑む。
その笑顔に魅入られたように、男達は果ててすぐだというのに、また欲望を募らせていく。
「今度はカイルね。そのあと、またレニのをちょうだい」
「おまえの望むままに……」
「姫様……」
まるで操られているかのように、男達は少女の体を求めて腕を伸ばす。
そしてそんな男達を受け入れるために、アーシェは白濁液と蜜にまみれた足を自ら広げた。
セイジュは豪奢なソファに座って、どこか冷めた瞳で、彼らの乱れる様を見ていた。
あんなに乱れても、男の欲望にまみれても、彼女は美しい。
いや、欲望にまみれてこそ、だろうか。
だが──。
『セイジュ、このお花、セイジュのために持ってきたの。
好きな香りのお花があったら、元気になってくれるんじゃないかって思って』
かつて、無邪気に笑いながらセイジュに花を差し出してくれた少女は、ここにはいない。
今、ここにいるのは、淫らで妖艶な、強大な魔力を持つ『魔王』。
セイジュが愛した少女ではない。
(アーシェ)
声にならずに呼びかける声は、届かない。
長い間封印されていた魔力を取り戻した少女は、壊れてしまった。
急にあふれ出たその膨大な魔力に、心が飲み込まれてしまった。
少女の魔力の源は、他者の欲望だ。それが彼女の力となる。
砂漠に放り出された旅人が飢えて水を求めるように、彼女は欲望を欲する。
その結果が、これだ。
セイジュは目の前で、使い魔に貫かれて悦んで声をあげている少女を見つめる。
純粋で無邪気な少女はいなくなり、淫らで美しい『魔王』となった。
淫らな狂宴は終わり、アーシェは穏やかな寝息を立てている。
汚れた体をカイルがかいがいしく清め、夜着を着せ、今はベッドに横たえられている。
他の男達が部屋を出て行くと、セイジュは音もなく静かにアーシェに近づいた。
そっと髪に触れると、かすかにまぶたが震え、ゆっくりと瞳が開かれる。
長いまつげの下から覗くのは、澄んだ青い瞳。
そこに男を妖しく誘う光はなく、
かつて、無邪気な笑顔でセイジュを見つめていたそのままの色だ。
「セイジュ……」
「おはよう、寝ぼすけなお姫様」
「セイジュ、セイジュ……」
アーシェは弱々しい声でその名を呼んで、幼い子供のように、セイジュに腕を伸ばしてくる。
セイジュはそんな彼女を優しく抱き起こして、その腕に抱きしめる。
大切な大切な、硝子細工の人形を抱きしめるかのように、そっと。
こうして、男に激しく抱かれたあと、ほんの短い間だけ、彼女は自分を取り戻す。
男達の欲望を受け、魔力が満たされると、セイジュが愛した『アーシェ』が戻ってくる。
それもほんの短い間のこと。
夜も明けないうちに『アーシェ』は消え、また男を求める『魔王』になる。
「アーシェ」
愛しい少女の名を呼び、そのくちびるにそっとくちづける。
強くくちづければ、ほんのすこし怯えたように震えて、
それからわずかにくちびるを開いて舌を出してくる。
はじめてくちづけたときから、その仕草は変わらない。
少なくとも、『アーシェ』でいるときは。
深くくちびるを合わせたまま、アーシェをそっと寝台に押し倒し、胸をまさぐる。
綺麗に着せられた夜着のボタンを外して、胸をあらわにさせる。
その白い肌には、いくつもの紅い痕が散っている。
セイジュがつけたのではない──さっき目の前で繰り広げられた狂宴でつけられたもの。
美しい魔王は常に複数の男をはべらせている。
誰もを平等に愛すけれど、誰かを特別に愛すこともない。
その独り占めできない鬱憤を晴らすかのように、男達は肌に痕をつけることを好んだ。
叶わないと知りながらも、所有の証を刻むように、その肌に紅い痕をつける。
そんな男達を、魔王は可愛らしい児戯でも見るように慈しみ、受け入れるのだ。
この痕は、『アーシェ』につけられたものではない。
『魔王』につけられたものだ。
そう分かっているのに、何故だか苦しくて、セイジュはそっとその肌にくちびるを寄せる。
軽く触れるだけで、強く吸い付くようなことはしない。
セイジュはどんなちいさな傷ですら、彼女に与える気はない。
「セイジュ、ごめんね、泣かないで」
アーシェがそっと腕を伸ばして、セイジュの頬に触れる。
ぐずる子供をあやすように、そっと頬を包み込まれる。
「何を言ってるんだい?」
セイジュはちいさく首をかしげてアーシェを見る。
彼女のほうがよっぽど泣きそうに、眉を歪ませ、瞳を揺らしている。
セイジュが泣くなんて、あるわけがない。哀しいことなど何ひとつないのだから。
今、この魔界で必要とされているのは、強大な力を持った『魔王』だ。
レニもカイルもユナンもその他の男達も、淫らで美しい『魔王』の虜になっている。
こんな、何の力もない、すぐに消えてしまう小娘になど、誰も見向きはしない。
セイジュ以外は──。
今、アーシェはセイジュのもの。かつて、セイジュが望んだとおりに。
アーシェはここにいて、彼女は誰にも見向きもされず、ただセイジュの腕の中にある。
やがて夜が明ける前に『アーシェ』が消えてしまうとしても、
セイジュは永遠など望まないのだから、この一瞬さえあれば、それでいい。
いつか魔力に飲まれ『アーシェ』が完全に消えてしまうとしても、
セイジュの中で、セイジュの中でだけ、彼女は永遠に生き続ける。
「セイジュ、セイジュ。ごめんね、ごめんね」
こぼれる涙を掬うように、アーシェが何度もセイジュの頬にくちづける。
何故彼女がそんなことをするのか、セイジュには分からない。
セイジュは泣いてなど、いないのだから。
「セイジュ、愛してる。愛してるよ」
「──ああ。僕も、愛してるよ、アーシェ」
腕の中に抱きしめ、もういちど深くくちづける。
そのまま肌に手を這わせ、胸を揉みあげれば、たちまちその頂が尖ってくる。
そこを舐めながら下肢に手を伸ばすと、すでに下着越しでも分かるくらい湿っていた。
「あっ……セイジュ……」
セイジュの指の動きひとつひとつに敏感に反応する。
今は、セイジュのためだけに開かれる体。
蜜をこぼすそこに指を深く入れ、引っかくように指を曲げれば、
背を反らせて甘い声をあげる。
「すごいね、もうこんなだよ」
わざと音を立てるようにかき回せば、アーシェは頬を染めてセイジュを見つめる。
「だって、セイジュが……」
すこし拗ねたような表情は、『アーシェ』のものだ。
『魔王』は絶対にこんな顔はしない。それに、すこし安堵する。
「そうだね、僕のせいだね」
胸にくちびるを寄せながらまた指を動かせば、ちいさな体は痙攣するように震える。
それを何度も繰り返せば、もう我慢が出来ないというように、アーシェの腰が揺れる。
「セイジュ、セイジュ……」
「『僕』が、欲しい?」
彼女の耳元に顔を寄せて、囁く。
他の誰でもなく──他の男ではなく、セイジュが、欲しいのかと。
アーシェの蒼い瞳が、すぐ傍にあるセイジュの翠の瞳を捉える。
無垢な光を湛えた、まっすぐな瞳が、セイジュを映す。セイジュだけを。
「うん……『セイジュ』が、欲しいよ。セイジュとひとつになりたいよ。
セイジュが、いっぱいいっぱい欲しい……」
望んでいたとおりのその答えに安堵するように微笑んで、
セイジュはアーシェにキスをひとつ落とすとその体を貫いた。
「あっ……ん」
包み込まれるような快感に、溶けてひとつになれるような錯覚をする。
激しく腰を動かせば、身を清められたとはいっても奥にまだ残っていた他の男の精液が、
掻き出されて溢れてくる。
けれどそれをセイジュは見ない振りをした。
セイジュが抱いているのは『アーシェ』だから。
彼女だけを見て、彼女だけを感じていれば、いいのだから。
「んっ……セイジュ……、っああん、ふっ……」
「アーシェ……アーシェ……」
互いの名を呼んで、深くくちづけて、背中に傷跡がつくくらい抱きしめあって、
ふたりは共に絶頂に向かった。
抱き合ったあと、アーシェはセイジュに腕枕をされながらまどろんでいた。
それはセイジュだけの特権だ。他の男には許されていない。
『魔王』の寝台で共に男が眠ることはないし、『アーシェ』を抱くのはセイジュだけだから。
アーシェを腕の中に抱きしめて、その髪を梳きながら、セイジュはちいさく呟いた。
「……庭の、蒼薔薇が……もうすぐ咲きそうなんだ」
庭師が手入れしたのではない、それはセイジュが手ずから育てている薔薇だった。
城の一角に花壇をもらって、セイジュが植えて、暇を見ては世話をして育てた。
愛しい少女のために。
月の光を受けて育つ薔薇は、枝の先にいくつかの蕾をつけていた。
「本当? 一緒に、見たいな」
眠そうな瞳を瞬かせながら、アーシェがセイジュを見上げる。
「咲いたら、持ってくるよ、君のために」
「ありがとう……嬉しい……」
眠気が限界に来たのか、最後は消え入るように呟いて、アーシェは眠りに落ちる。
穏やかな寝息。愛らしい寝顔。
こんな姿は、以前となんら変わっていない。
かつて、記憶を無くす前に出会ったときも、記憶を無くし人間界で逢ったときも。
セイジュが傷つけようとしても、汚そうとしても、
そうすることの出来なかった、愛しい少女──。
セイジュはそっとそのまぶたにキスを落とす。
眠りを妨げないように、そっと、優しいキスを。
きっと目覚めたときには、彼女はまた『魔王』になっているのだろう。
その魔力を保つために男を求め、快楽に身をゆだねる魔王に。
それでも今このときは、このときだけは。
夜が明けるまでは、セイジュの愛したアーシェだから。
セイジュはアーシェを抱きしめたまま、眠りに落ちた。
庭の蒼薔薇が咲いた日、セイジュはそれを摘んで、花束にした。
手入れをしたとは言ってもセイジュにそう暇があるわけでもなく、
本職の庭師が世話をしたものに比べればいくぶん花のつきも悪く色も淡い。
腕に抱えられるほどの本数があるわけでもない。
ほんの数輪のちいさな蒼薔薇だ。
それでも、愛しい少女のために、セイジュはそれを花束にした。
薔薇が彼女を傷付けることがないよう棘を抜いて、淡い色のリボンで束ねる。
早くアーシェに見せようと、彼女の部屋へ向かう。
きっと彼女は喜んでくれるだろう。
頬を染めながら、大切そうにこの薔薇を抱きしめてくれるだろう。
「アーシェ……」
軽いノックと共に魔王の私室の扉を開ければ、当然のようにいつもの狂宴が行なわれていた。
甘い『魔王』の声が、耳に飛び込む。
「ん……、ねえ、もっと強くしていいよ……っ、
そう……ああんっ……ユナンも、気持ちいいでしょう?」
「姫君……」
彼女が魔力を取り戻したことで、彼女の正式な使い魔になった吸血鬼の男と、
ユナンが今夜の相手のようだ。
吸血鬼は少女を後ろから抱きかかえるようにして胸を愛撫しながら、
その首筋に顔を埋めている。おそらくは血を吸っているのだろう。
正面からは、まるで少女のようにも見える男が、彼女を貫いている。
部屋に入ってきたセイジュの姿を認めて、少女は白くたおやかな手を伸ばす。
「ねえ……セイジュも、一緒に……」
甘く淫らに、『魔王』が誘う。
それを、セイジュは穏やかな笑みで拒絶した。
セイジュがこないことを彼女も悟ったのだろう。
しかしそれ以上深く追求することもない。
別にセイジュがこなくても、彼女を欲しがる男は山のようにいるのだから。
「ああんっ! っふう、ん!」
彼女の意識がセイジュに逸れたことが面白くなかったのか、ユナンが動きを激しくする。
それによってまた彼女は甘い声をあげる。
男の与える快楽と、欲望という名の魔力に夢中で、彼女は薔薇になど見向きもしない。
セイジュは蒼い薔薇を握り締める。
抜き忘れたちいさな棘が肌に刺さり、かすかな痛みを与える。
(アーシェ)
あれは、セイジュが愛した少女ではない。分かっている。
ほんのひととき待てば、また『アーシェ』に逢える。たとえ刹那の時間であっても。
分かっているのに──。
握り締めた蒼薔薇の棘が、皮膚を突き破り、一筋の血が流れる。
けれどそれにセイジュが気付くことはなかった。
【終】