歪んだ愛で、限りなく貴方を傷つける。
忘れられないように、私の全てで、貴方の心に刻み付ける。
「ねぇ、雪平。いい加減、起きなよ。」
目の前で気を失う彼女の顔には、無数の傷。
赤く染まった腕からは、ポタポタと血が滴り落ちていた。
数時間かけて殴り、傷つけた体は、ぐったりと力無く横たわっている。
親友の憐れな姿に同情し、そして心底、自らを嫌悪した。
「しょうがないなぁ。起こしてあげる。」
水を汲んだバケツの水を、容赦なく、血に染まった体にかける。
呻き声と共に、その美しい瞳を開いた。
所々に出来た痣も、その美しさを損なう事はない。
さすが、私の雪平。
そう思って微笑むと、この状況にはおおよそ似合わない声が出る。
「おはよう。駄目じゃない、寝たりしちゃ。もっと、遊んでよ。」
定まり始める焦点と共に、強い視線が戻ってくる。
言葉は発しない、けれど真っ直ぐに、私を睨みつけた。
「まだまだ、元気ね。」
「・・・何が、目的なの?」
その視線を間近に感じて、内心嬉しくなってしまった。
殴られ、傷つけられた体から発するその声は、
思いの他、しっかりとしていて。
まだまだ、彼女は彼女のままだ。
こんなに簡単に、屈服されてしまったら、面白くない。
今の彼女にある傷は、体の表面だけのものだ。
心に、忘れられない傷をつけること。
誰よりも気高い彼女の全てを壊し、汚し、手に入れること。
それが私の思いの全て。
受け入れてくれるはずのない、歪んだ思いを
彼女に余すところなくぶつける。
それが何を意味するのか、きっと誰にもわからない。
「知らない方がいいよ。雪平、きっと泣くから。」
平然と言い放つ自分に、彼女は頬を歪める。
もう、とっくに泣いてる。そんな言葉が、ぽつりと聞こえた。
「殺したいなら、
早く殺せばいい。」 低くうめくような声。耳に届いた瞬間、私は大声で笑う。
驚いたように見開いた目には、かすかな怯えが見え隠れしていた。
「殺すのが目的じゃないよ。だから、もうちょっと付き合って。」
そう言って微笑むと、彼女は悲しそうに目を伏せた。
「何、する気?」
「これから、実践してあげる。」
頬を指で辿って笑いかけると、彼女はビクリと体を震わせた。
殺すのが目的じゃない。だったら、なぜ?
両手を頭の上に固定され、手足さえも縛られる。
まるで磔にされるようにされ、身じろぎさえ出来ない。
残酷な視線が恐くて、私は目を閉じそうになるのを必死に堪えていた。
「恐い?」
不意に彼女の声が、耳に届く。
恐いと言ったら、解放してくれるかもしれないなんて。
私はまだ、心のどこかで彼女を信じている。
微かに頷くと、楽しそうな笑い声と力づくの平手を同時に浴びた。
「本当、甘いよね。・・・まだ逃がしてもらえると思ってるんだ。」
「・・・私まだ、貴方を信じてる。悪あがき、だよね。」
そう答えると、ふっと彼女が真顔になる。
「私ね。雪平の全部を、私のものにしたいんだ。」
楽しそうに屈託なく微笑む彼女に絶句する。
その瞳には、もはや隠れることのない狂気が、はっきりと見えていた。
「ねぇ。・・・どういうふうにするのが好き?」
私を言葉で追い詰めると同時に、彼女が一歩一歩、近づいてくる。
そっと頬に手をやって、唇に口付けた。
深く入り込んだ舌に翻弄され、息をする事さえままならない。
私をどこまで傷つければ、彼女は満足するのだろうか?
息が止まる瞬間、彼女は水を吸って重くなったシャツに手を触れると、
カッターで前を引き裂いた。
「っ・・・!」
熱く、鋭い痛みが、体に走る。
傷ついた肌からは、血の玉が少しずつ、吹き出していた。
その様子を楽しそうに眺めながら、露になった肌を指で辿っていく。
冷たい体温と、体を探るようなその動きに、思わず、体をよじる。
両手首を固定した紐がより深く、食い込んでいった。
「綺麗だよね。女に触られた事はある?」
そう言いながら、流れ落ちる血に、彼女が舌を這わせていく。
ねっとりとした舌が、体を一直線に切り裂くような傷を舐め、動きを下に下げていく。
「うっ・・・あ・・・。」
その焦らすような動きに、堪えきれない声がこぼれてしまう。
いつの間にか取り払われた下着。
上半身の全てが、彼女の前に晒されている。
小さな手が、私の胸に触れていた。
とがった突起に舌を這わせて、軽く歯を立てる。
吸い上げ、舐めあげられ、私の体から、徐々に力が抜けていく。
麻痺していく感覚と必死に戦いながら、濡れていく体を自覚していた。
「っ・・・やぁ、蓮見・・・!いやだ・・・!」
甘くかすれた声で、彼女に哀願する。
もう私は、彼女を煽る事しかできない。
全てを受け止めると決めた、あの月の夜から。
何もかもが、始まっていたのかもしれない。
蓮見が私の全てを剥ぎ取るのをただ遠い目で見つめていた。
投げ捨てたスボン。あらわになった彼女の足は白く、柔らかくて。
けれど私の視線は、もっと奥にある部分に向けられる。
薄い布の下に秘められた、彼女自身。
「全部、見せて?」
涙に濡れた瞳からは、ただ悲しみだけが伝わってきてくる。
信じていたのに。
そう、言われている気がした。
下着に手をかけ、一気に引き下ろす。
指でそこを押し広げ、唇を寄せた。
「あぁ・・・!」
今までとは比べものにならないほどの、甘い声。
尖った突起をきつく吸い上げると、甘く濡れた蜜が溢れてくる。
応えてくれている。
そんな気がして、ただ夢中で味わった。
「気持ちいい?」
首を振る彼女をきつく抱きしめると、中に指を入れて掻き回す。
くぐもった声のトーンが徐々に高まっていくのを、心地よく聞いていた。
ぐったりと床に体を預け、雪平は身動き1つつせずに頑なに視線を逸らす。
そっと頬に触れると、体を震わせた。
「・・・気が済んだ?」
押し黙っていた彼女の突然の言葉に、一瞬戸惑ってしまう。
牙を剥いた欲望は、全て彼女にぶつけていた。
今あるのは、褪めたような思いだけ。
苦い後味だけが、くすぶっていた。
「わから、ない。」
正直に答えると、自嘲気味に笑う。
「何かしらの形で、手を出してくるとは思ってた。」
愛用のコートで傷ついた体を隠し、彼女は続けた。
「やっぱり私は、今でも蓮見が好きだよ。貴方が望む思いかは、わからないけど。」
傷ついていないはずがないのに。
心に受けた傷でさえも押し殺して、雪平は笑った。
「許したわけじゃない。諦めが、悪いだけ。」
その髪も頬も、体も。
関係そのものさえ、もう二度と修復出来ないと思っていた。
その相手が、まだ目の前で、自分を優しく見ている。
「もう何も、失いたくないから。」
初めて飲みに行った時、彼女が言ったこと。その意味を、今やっと知った気がした。
頬に触れた手は、まだ少し熱くて。
私が与えた熱のことを、嫌でも思い出させた。
雪平は体を寄せて、私を抱きしめる。
柔らかな何かが、そっと頬に触れた。
「私は、蓮見が好きだよ。」
こんなに簡単に許されたら、また繰り返してしまう。
貴方に、甘えてしまうのに。
「そんな事、言っていいの?」
「・・・わからない。でもまだ、蓮見から離れたくない。」
彼女の言葉を、信じられない思いで聞いていた。
抱きしめられた時の温もりを感じて、ただ私は、こうしたかっただけなのだと。
そう、思った。