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「何じゃ御主、潮ととらの物語で、まだ見足りん部分が在る、と?  
それでこの雲外鏡にわざわざ会いに来たのかい?…では、  
御主の見たい物語を映そうか」  
 
 
 季節は初夏。村の人々一番の話題は、  
今年の農作物の出来映えについて。  
そんな村に彼女は暮らしていた。  
彼女の母が畑から叫ぶ。  
「黎(リ)、牛小屋見て来とくれ…?黎!黎!聞いてるのかい!?」  
「え?あ…は〜い!」彼女―関黎は悩んでいた。  
彼女には、もう18年―物心の付く以前から―  
「幼馴染み」と言う腐れ縁での付き合いを続けて来た男が居た。  
男の名は、孫鵬(スン・ハオ)。彼女と同じく、農家の子だ。  
黎が彼を異性として意識し始めたのは何時の頃からだったか…そんな事はどうでも良い。  
何れにしても、ずっとこの侭の関係が続くと思っていた。  
 
 だが、黎ももう18歳になる。彼女は美しく成長していた。  
しなやかな肢体、絹の様に艶やかな黒髪、大きな瞳…  
彼女の持つ、男を惹き付ける容姿は挙げれば切りが無かった。  
そんな彼女を周囲が放っておく筈も無い。  
その中でも一際熱心に彼女に求愛しているのが、  
馬健李(マァ・ジャンリィ)と言う男だった。  
時代遅れの二文字の名を彼に与えた家は、  
村の中でも一風変わった符術と言う物を生業としていた。  
符術と言う物は、特に宗教も無かったこの村に於いて、  
村民の幸せを願う唯一の手段であり、  
この家が村の一切の祭事も取り仕切っていた。  
馬の家から見れば、関家は明らかに貧しい。  
だが、健李は頑固で実直な青年だったので、家族の反対も気にせず、  
黎に求愛し続けた。  
彼女の家から見れば、健李との交際はとても良い話で、  
彼自身も村でも有名な好青年だったので、両親は1人娘に彼との交際を勧めた。  
 
 彼女はその事で悩んでいたのだ。  
鵬は自分にとても良くしてくれる…が、それは自分に限らず、  
老若男女誰にでも分け隔て無くで在ったし、自分の家も彼の家も貧しい。  
然も、此処数年、降水量が目に見えて少ない。  
祭事を取り仕切る馬の家は栄え、農家の関家、孫家は苦しい。  
両親の為には、己の感情を殺し、健李と付き合った方が良い様にも思えてしまう。  
世間的にはそれは間違っているのだろうが、これは死活問題なのだ。  
自分を他の人間と同じ様に見、貧しい、私の好きな男。  
まだ、それ程親しくはないが、自分に良くしてくれる、有望な男。  
「ねぇ、どっちが良いと思う?」  
飼い葉を食んでいる牛に訪ねてみる。  
当然、牛はそんな事御構い無しに、ゆったりと食事を続けている。  
「此処でしたか」  
と、不意に背後から声を掛けられた。健李だ。  
今の黎と牛との会話(?)は聞かれていなかった様だが、  
何と無く恥ずかしくなって、うつ向きつつ、ぶっきらぼうに  
「何か用?」  
と答えてしまった。  
幼い頃から、近所の男の子に混じって育った彼女は、  
歯に絹着せぬ性格だったので、何時も何か言った後に後悔するのだ。  
だが、健李はそんな彼女の態度も気に留めず、  
「もう直ぐ、君の誕生日でしょ?  
これ、初めて父に認められた符なんだけど、御守りにしてくれると嬉しいな」  
と、黎には理解出来ない、不思議な模様の様な物が書かれた紙を渡された。  
「じゃあ。これから兄の結婚式が在るから、ついでに寄ったんだ」  
と、直ぐに彼は出ていってしまった。  
「御礼を言いそびれた」  
と彼女は又後悔した。「結婚…ねぇ」  
健李の兄は今日、隣町の権力者の娘と結婚する事になっていた。  
分相応の結婚。それを考えると、健李は…。  
 
 それから数日、彼女の誕生日。彼女は決心した。  
鵬に自分の想いを打ち明けよう。  
そうすれば、彼も私を特別な存在としてみてくれるかも知れない。  
健李のくれた符を見る度、胸が痛む思いがする。  
彼には悪い事をした事になるだろうか…  
だが、自分は彼には相応しくないとも思える。彼にはもっと相応しい女性との出会いが在るだろう。  
 
 準備はした。普段はしない様な化粧も、  
何時もより少しだけ綺麗な服装も…鵬に自分の想いを知って貰う為である。  
鵬の家は、黎の家の隣に在る。昼間の農作業を終えて、彼を呼び出す。  
「お、黎。誕生日おめでとう。…ん?どうした?」  
「ちょっと話したい事が在るから、来て欲しいの」  
「別に話なら此処ででも…」  
化粧も服も、鈍な彼には無駄だった様だ。  
だが、黎には彼のそんな処も可愛く思えてしまう。  
彼女は、「良いから!」と彼の腕を引っ張り、  
その後は二人は全く無言で村の裏山へ来た。  
この山には、普段は誰も居ない。健李の家が在るが、それも反対側の斜面だ。  
だからこそ、彼女はこの場所にした。  
他に[人間]は誰も居ない場所に、  
逢魔が刻と呼ばれるこの時刻に、彼を呼び出した。  
「あのね…え〜…その…」  
昨夜何度も心の中で練習したにも関わらず、旨く言葉が出ない。  
「何だ?御前らしくない物言いだな。腹でも壊したか?」  
的外れな返答は予測出来たので、黎はその侭続ける  
「いや…そうじゃ無くって。私ね、最近健李に…その…」  
「健李が何か?……っ危ないッ!」  
とっさに彼が彼女の腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。  
数秒前迄彼女の居た場所には、剣が突き刺さっていた。  
 
「ジゃマスルなァ!若イ女のチを吸ワせろぉッ!」  
どうやら古い刀剣類の変化らしいが、妖とは無縁の生活を送る彼等にとって、  
その存在はどう処理して良いかも判らず、只々オロオロするのみだった。  
だが、此処数年の水不足で妖の食糧も不足し、  
人を襲う妖が増えていると言う話は聞いていた。  
「鵬、逃げて!こいつの狙いは私よ!貴方1人なら逃げ切れるわ!」  
「馬鹿ッ!御前を残して何故逃げられる!」  
「貴方には死なれたくないの!」  
だが、鵬はその言葉を無視し、宙を舞う剣に挑み掛る。  
その時、  
「十五雷正法『四爆』!」  
剣に符が貼り付き、凄まじい爆発が起きた。  
「チィっ!符術か!一先ズ見逃シてやラァっ!」  
健李だ。  
「貴女に渡した符が呼んだので、来て見れば…危ない処でしたね。こんな処で何を…ん?」  
健李が見ると、爆発の跡に倒れている人影が見える。  
良く見ると、それは爆発に巻き込まれた鵬だった。  
「鵬!鵬!」  
黎は彼に駆け寄り、必死に呼び掛けるが、返事は無い。  
「ひ、人殺しっ!」  
それだけ行って、彼女は山を駆け下りた。  
恐らく、村に人を呼びに行ったのだろう。  
健李は余りのショックに言葉も出ないが、ふと気が付いた  
「あっ!待って!この時間は、この辺りは危険なんだ!」  
そんな健李の言葉も虚しく、彼女は見えなくなってしまった。  
彼は仕方無く、野犬や妖に鵬の死体を喰い散らかされぬ様、  
その場で待つ事にした。  
 
 その後、村では葬儀が行われ、健李の処分が村の関心事となったが、  
結果的には何も咎められなかった。  
理由は、黎と健李の証言が―かなり見方は違った物の―  
一致し、尚且つ最近、人を襲う妖が増えていた事、  
村の祭事を司る家の息子を裁く事の縁起の悪さ、等々であったが、  
何よりあの状況では、他にどうしようも無かったであろう。  
だが、黎は健李を許せなかった。鵬の家族以上に彼を憎んだ。  
自分が幼い頃から抱き続けた想いを伝えようとした相手を、  
その矢先で失ったのだ。  
直接的に悪いのは、剣の妖で在る事は解る。  
だが、頭で解っていても尚、彼が許せなかった。  
18歳の娘には、余りに重たい事実だった。  
暫くして、健李は失踪した。  
噂では、彼はあの一件以来、塞ぎ込み、  
罪滅ぼしに己の符術の力を用いて、人に仇為す妖を倒す旅に出たらしい。  
その話を聞いてから、黎は―時間が彼女の心に余裕を作った事も在って―  
あの時、本当に悪かったのは、あの妖では無いかと思える様になり、  
自分にも妖を倒す力が、あの妖に復讐する力が欲しいと願った。  
 
 ある日、黎が鵬の死んだ場所に花を供えに来た時、旁の川を奇妙な槍が流れて来た。  
「ッ!今度は槍の妖!?」  
とっさに身構えたが、襲って来る気配は無い。  
「…我を使え…」  
「え?」  
槍に話し掛けられた様に感じた…が、音を聞いた様には思えない。  
頭の中に直接情報を流し込まれた様な奇妙な感覚だ。  
「…我を持て。さすれば、妖を滅する力を与えよう。但し、代償として汝の魂を寄越せ…」  
その言葉を聞くより速く、彼女は槍を手に取った。  
 
 
「その後、彼女は復讐を果たし、  
二度と自分と同じ悲しみを味わう者が出ぬ様に、それはもう狂った様に闘い続けたよ  
…そして、姿を消した。  
…それから、その近辺から妖と言う妖は、その性(さが)に関わらず消え、  
その山には美しくも奇妙な獣の石像1つが残った。  
その石像は、宗教の無かったその村の守護神として崇められたそうな。  
さて、御話は此処迄じゃよ」  
 

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