: 160%">  
from:中村麻子  
sub :お疲れ〜☆  
本文:今ヒマ?遊びに行かない?潮が買い物に付き合ってくれないのじゃ〜(;_;)。  
   メール待ってるよ♪  
 
 仕事中の彼女の携帯にメールが入る。彼女―井上真由子は23歳になっていた。大好きだった『彼』  
との離別から8年。大学を出た真由子は、元来読書好きな事もあって、小説作家になっていた。  
大学時代から、幾つかの作品を発表し、世間からは期待の新人と目されている。今は、  
次の作品の資料集めに街に繰り出していた。メールの差出人、中村麻子は、OLとして働いており、  
芙玄院の住職をしながら画家を目指す潮と半同棲状態で暮している。  
 
to :中村麻子  
sub :Re:お疲れ〜☆  
本文:良いよ〜!今、私も丁度街に出  
 
ドンッ!!  
「キャッ!…あ、ご、御免なさい」  
メールを書きながら歩いていた為、前方への注意が疎かだった様だ。見ると、そこには、  
何処か異国の民族衣装の様な物を纏った色黒の、見上げる様な大男が立っていた。  
「マ、マ…ユコ…?」  
 
 一見すると、恐ろしい風貌を持つその男に、何故か真由子は恐怖を感じなかった。それ所か、  
妙な安堵さえ覚えてしまっている。そう、それはあの日以来失い、決して得る事の無かった安堵感だった。  
懐かしい…この感覚は何だっただろうか。あの時以来、彼女の本能は、自我が崩壊する事を防ぐ為、  
この感情を強制的に頭から追いやってしまっていた。それに、自分の名前を呼ばれた様な気もする。  
だが、初対面の人間に話し掛ける度胸を真由子は持ち合わせていない。  
そんな気になる男の後姿をチラチラと振り返りながら、彼女は歩き続けた。  
そして、曲がり角に差し掛かったその時――  
キキィューー−−!!  
ブレーキ音に気付き、前方に注意を向けた真由子の目前に、大型トラックが迫っていた。  
 
 己の危機を察した真由子は、お役目としての法力を数年ぶりに発動させようと、印を組み、念を集中させる。  
トラックの運転手も必死でブレーキを踏む。だが、この距離では到底間に合わない。  
ガシャァッ!!!!  
奇妙な音を立て、トラックが停止する。運転手には、何故トラックが止まったのか理解出来ない。  
だが、真由子にはその原因が見えていた。  
「おめー、さっきわしにぶつかったばかりだろーが。こんな事じゃ、命が幾つ在っても足んねーぞ!」  
そこには、両腕でトラックを止めている黄金の獣が立っていた。  
 
「アンタ、気を付けてくれよ。危うく轢き殺しちまう処だったじゃ無えか」  
トラックの運転手が降り、車体前部を点検している。  
その声は真由子の耳には届かなかった。たった1年の付き合いだったけれども、  
彼女のピンチには、何時も駆け付けて、必ず助けてくれた『彼』。  
石にされてしまった時、生首に追い駆けられた時、鏡に閉じ込められた時も、  
獣と化した潮に襲われた時も、蛇と蛙の化け物に喰われそうになった時にだって何時も助けてくれた彼。  
そして、最後の戦いで、自分の力が及ばなかった所為で、その命を失った彼。  
何と声を掛ければ良いのだろう。謝るのか、感謝するのか…様々な感情が溢れて来て、彼女は言葉が出なかった。  
 
「何だこりゃ?気味悪いな」  
トラックの前部に出来た、巨大な手形を見て呟く。白面の者との闘いで、妖(ばけもの)の存在が一般に認知されたとは言え、基本的に妖と人間は無干渉で暮す事になっていた為、一般人が妖に出会う機会は余り無かったのだ。  
「何やら、めんどくせー事になりそうだな。ずらかるぜ」  
黄金の妖は、彼女を抱えて飛び去った。  
「あ、あの女の子、消えちまった…」  
 
 日曜日の昼前の公園。家族連れの親子達が、楽しそうに遊んでいる。  
「あ…あの、とらちゃん…だよね?」  
ベンチに座った真由子は、一般人には何も見えない空間に向かって話し掛けた。  
「あぁ。おめーにゃ話してなかったか。妖ってのは、何度くたばっても土から立ち返ってくるのよ。時間は懸るがな。  
わしも人間の言う『あの世』とやらにゃ初めて行ったんだが、そこにわしが人間だった頃、親しくしてた姉弟が居てな。  
特に姉の方は、わしに逢えた事を喜んでたぜ。で、そいつは言ったよ。  
『貴方が来るのをずっとお待ちしておりました。貴方に逢えない時間、私はどんなに貴方を想って恋焦がれた事でしょう』ってな」  
真由子の表情に影が出来る。とらは、3000近くも生きて来たのだ。その間に彼に惹かれる女性は自分1人な筈が無い。  
そんな事を考えると、先程とは別の涙が溢れて来そうだった。  
「だがな、わしゃそいつに話したのさ。おめーとの約束をな。そしたらそいつは  
『その方を幸せにしてあげて下さいな。でも、時々で良いですから、私の事も思い出して下さい』って言ってたぜ」  
「えっ!?とらちゃん、『約束』って?」  
とらの姿が、シャガクシャだった時のそれに戻る。  
「わしゃ、おめーに誓ったろ?『死が二人を分かつ迄愛する』ってよ。まだおめーはくたばってねーからな」  
 
to :中村麻子  
sub :Re:お疲れ〜☆  
本文:今、潮君ち?だったらその侭待っててよ。すっごく会わせたい人が居るの♪あ、大きな鏡も用意しててね。  

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