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 1997年6月。日本、いや世界の命運を賭けた戦いは、人間・妖側の白面への勝利と言う形で終結した。  
だが、人間や妖達も全く無傷では済まなかった。多くの犠牲者の上に成り立った勝利で在ったし、  
戦いの犠牲になったのは、死者だけでは無かった。寧ろ、満足して散っていった者達よりも、  
大きなダメージを負う者も多かった。  
 
 蒼月潮の目が覚めたのは、あの戦いから三日後。80時間近くが経過してからだった。  
「潮!良かった…この侭目が覚めないかと…」  
「ったく、三日も寝こけおって…寝坊助にも程が在るだろうに!」  
「貴方、潮は頑張ったんだから、褒めてあげましょうよ。お早う、潮」  
「潮〜!!良かったな!良かったな!」  
「此度の戦い、誠に大儀でございました。御無事で何よりです」  
まだハッキリとは意識が覚醒していない潮に声を掛ける麻子、紫暮、須磨子、イズナ、雷信。  
(あれ…?)  
いつもの声が聞こえない。  
「まーったく、何時迄寝こけてやがる。あんまり隙だらけだから、喰っちまおうかと思ったぜ」  
何時もなら、ここで『奴』がこう言う筈なのに…。  
(あいつは?あいつは何処行ったんだ?)  
「ここに居る方々も、居ない方々も、心配して下さってたんだぞ。特に麻子ちゃんと母さんは、  
ずっと付きっ切りでお前の事を…」  
そんな事はどうでも良かった。絶対にここに居なければならない奴が居ないのだ。  
皆が潮の事を忘れた時も、あいつは何時もと変わらぬ調子で悪態を吐いた。  
そいつがここに居ない。  
そして、潮は訊ねるのが恐ろしかった問いを、遂に口に出した。  
「な、なぁみんな!とらは!?とらは何処行ってんだよ!?」  
 
 翌日。潮の体の傷は、獣の槍の力で既に治っていたので、すぐに退院する事が出来た。  
そして、今日は光覇明宗を挙げての大葬儀だ。これは、戦いで散って行った者達を祀り、  
鎮魂する為の儀式で、とらの葬儀は特別に分けて行われた。その帰り道――  
「オヤジ…とらは、もう居ないんだよな?」  
「あぁ、それはお前が一番近くで見た筈だ。だが、とら殿は未練を残して逝ったか?  
前にお前に『色即是空』と言う教えを説いた事が在ったな。変わらぬ物は無いのだ。  
お前ととら殿の関係も変わった。それをお前が未練を抱いていては…」  
「そんな事どうだって良いんだよ!オヤジ、北海道に行こう!!あそこにゃ冥界の門が開いてるんだ!  
そして…そして俺、そこに行って、あいつを引っ張り出して来てやる…うぅぅ…」  
隣に立つ須磨子や麻子は、己が何もしてやれない悔しさに身を震わせている。  
紫暮にしても、今の潮には何も言ってやれなかった。  
 
「お早うございます。潮殿は居られますか?」  
居間の鏡から飛び出して来た雷信が、髪を梳いていた須磨子に問う。  
「えぇ、お早うございます。潮なら部屋に居りますが…今は、そっとしておいてはくれませぬか?」  
「その事に関してなのですが。潮殿は此度の戦いで、肉体よりも精神の損傷が大きかった様です。  
そこでですが、暫く潮殿を私達が預かっても宜しいでしょうか?潮殿は静養が必要に思えます。  
失礼ですが、この様な都会よりも遠野の様な自然豊かな場所の方が心も落ち着くでしょうし、  
あの場所には、潮殿と同じ傷を持つ者が居ります故。一緒に過ごさせてみては、と思うのですが…」  
「そうですか。では、主人と相だ…」  
「愚息を宜しく頼みます」  
何時の間にかその場に立っていた紫暮が深々と頭を下げていた。人間も妖も皆、潮を好いてくれて、  
こんなにも大事にされている。その事が紫暮にはこの上無く嬉しかった。  
 
「じゃ、オヤジ、母ちゃん、行って来るよ」  
「迷惑掛けるんじゃ無いぞ」  
「ゆっくりしてらっしゃい。気を付けて」  
あの戦いでも潮の活躍は、本人と家族の希望で取り下げられ、光覇明宗の情報操作のお陰で、  
潮は普通の中学生としての生活が送れる様になっていた。勿論、潮の周囲の人間迄はそうもいかないので、  
今登校しては、潮は更に追い詰められる事になるだろう。そんな学校側の配慮も在って、  
潮は一箇月の静養期間を得、遠野へと旅立つ事となったのだ。  
潮の母・須磨子としては、14年ぶりに得た、家族が一つになれる時間を先延ばしされるのは辛かったが、  
潮がこの状態では、家族皆の幸せなど絶対に望めないと考え、何とか納得したのだった。  
「じゃ、良いな。鏡を繋ぐぞい。…ったく、わしゃ便利屋じゃ無いんじゃがのぉ」  
鏡の向こうの雲外鏡が愚痴る。  
キラッ  
潮は雷信に手を引かれ、輝き出した鏡に飛び込んで行った。  
 
 飛び出した先は雲外鏡が隠遁生活を送る洞穴。そこから更に雷信の背に乗って、森の中を駆け抜けた。  
(ここは…確か東の長の住んでた…)  
見覚えの在る景色が潮の目に飛び込んで来る。潮は画家を目指すだけはあり、一度でも見た風景は絶対に忘れないのだ。  
「あ…もしかして俺が過ごす場所って…」  
「はい。この家も主を失って寂しがっております」  
着いた先は、朝も早いこの時間帯ですら、殆ど光の射さない深い森の中。東の長・山ン本の帰りを待ち続ける  
『迷ひ家』だった。  
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…  
潮が門の前に立つと、迷ひ家は体を揺すって応えた。  
「迷ひ家も喜んでおる様ですね」  
「そっか…只今!これから暫くの間だけど、宜しくな」  
「それから、言い忘れておりましたが、潮殿はこれよりこの家で、ある人間と同棲して戴きます。  
その方が、お互いの為にもなりましょうから」  
「えっ?俺以外にも誰か…」  
「潮君!いらっしゃい。これから一箇月間宜しくね」  
潮と雷信の気配を察して迎えに出て来たのは、あの戦いで、潮と同じく『相棒』を失い、傷付いた小夜だった。  
 
 鷹取小夜。「白い髪の一族」と呼ばれる血筋に産まれ、先天的に妖(あやかし)と交信出来る能力を持つ、15歳の少女である。  
彼女もまた、先の戦いに助力する為に開いた「冥界の門」を閉じる為に、掛替えの無い相棒を失った1人だ。  
だが、類似した境遇に在っても、彼女の心境は潮とは違っていた。昔、塞ぎ込んでいた自分を闇から解放してくれた彼を何とか救ってあげたい。  
その事で彼女の頭は一杯だった。それは、彼女が麻子に気を遣う余り、心の奥底に仕舞い込んでしまった恋心も幾等か含んでいたのかも知れない。  
兎に角、この同棲期間中に傷付いた潮の心を癒し、昔の彼に戻してやりたかった。  
そんな事を考えながら、彼女は台所に立っていた。  
(ふふ…何だか新婚夫婦みたい)  
そんな幸せな妄想は今限りだと解ってはいても、彼女には充分だった。  
 
「潮くーん、晩ご飯出来たよ。食べよ」  
出来る限りの明るい声で、潮を呼ぶ。  
「あ…あぁ…」  
潮はのろのろと居間へやって来る。やはり、小夜の知っている何時もの潮では無い。  
「頂きまーす!」  
「どうぞ。召し上がれ」  
長く独り暮しを続けて来た小夜には簡単な夕飯程度など手馴れた物で、今日は特に気を入れて作ったつもりだった  
――憧れの人との限られた時間を少しでも有意義にする為に。  
「小夜さん、料理巧いんだなぁ。今度真由子に教えてやってよ。あいつ、麻子に習ってんのに全然上達しねえ、って悩んでたからさ」  
潮は「彼らしい」事を言いながら、夕飯を平らげて行く。だが、小夜はそんな彼を見ていると、胸が痛んだ。  
普段通りにしている事自体が苦痛であろうに、自分に気を遣ってそんな素振りをしているのだと思うと辛かった。  
(もっと甘えてくれても良いのに…我侭言ってくれたって構わないのに…)  
潮が全てを曝け出せる相手は麻子のみで、自分はそうなれないのかと思うと、小夜の心に嫉妬が芽生えた。  
 
「御馳走さん!」  
「お粗末様。マヨヒガがお風呂沸かしてくれてるみたいだよ。先に入って来たら?」  
マヨヒガも、久々の来客が嬉しいのだろう。夕飯が終わる頃を見計らって湯を沸かしたり、  
浴衣を用意したりと大盤振る舞いだ。  
本来は夕飯も用意したかった処だが、それは小夜に止められていた。  
「いや、良いよ。俺の方が汚れちまってるし。小夜さん、お先にどうぞ」  
「うん。でも…前みたく覗いたりしないでね」  
冗談っぽく言って微笑む。  
「だから…あ、あれは事故みたいな物で在って。その…」  
「嘘嘘。冗談よ。何だったら一緒に入る?」  
「い、いや良いよ良いよ!早く入って来なよ」  
潮は風呂に入る前から茹で蛸になっていた。そんな潮を見て小夜は笑う。  
「小夜さん、ホント変わったよ。俺は今の小夜さんの方が好きだな」  
そんな潮のさり気無い一言に小夜も真っ赤だ。彼女はそれを隠すかの様に背を向け、  
「お湯が冷めちゃうから、入って来るね」  
と居間を出た。  
 
ちゃぷん…  
「ふぅ…」  
浴槽の中で彼女は物思いに耽る。どうやったら潮を元気にしてやれるだろうか。自分は麻子にはなれない。  
小夜は、何時か真由子に聞いた、麻子の言葉を思い出していた。  
「みんな大事。みんなそのまんまが良い…か」  
掛替えの無い存在を失った痛みは小夜にも解る積もりだった。  
彼女も又、あの戦いでオマモリサマと言う、己の半身にも等しい存在を失ったのだから。  
今の潮の心を解してやれるのは、自分にしか出来ない。それは、麻子にも真由子にも、勇や礼子にだって出来ない事なのだ。  
(私は、私に出来る事をやってみよう)  
そう決心して、浴槽から立ち上がる。窓からの月明かりに照らされたその姿は、幼さこそ残してはいる物の、色素を殆ど含まぬ肌は温められて桜色に染まり、水を弾く若々しさを持っており、優しげな瞳は水色の光を反射する。  
その美しさは、月の女神であり、「純潔」の象徴でもあるアルテミスを思い起こさせた。  
ガララ  
「!!!?…き…」  
脱衣所への扉を開けた小夜が見たのは、目を丸くしてこちらを見ている潮だった。  
「い、いや、俺まだここに来たばっかで、良く判んないから探検を…ホントにわざとじゃない!わざとじゃないんだって!!」  
早口で捲し立て、後退る潮。直後、ここが山奥で良かったと思える様な悲鳴が響き渡った。  
 
「ホンット御免!覗く気なんて無かったんだよ!」  
土下座しながら手を合わせると言う珍妙なポーズでひたすらに謝る潮。  
小夜はそんな潮を見て、今迄頼もしさしか感じなかった彼を可愛いと思った。  
「もう良いわ。どうせ一回裸見られてるでしょ。でも、いきなりなんだもん。ビックリしちゃった」  
ころころと笑う小夜。それに釣られて潮も笑みが零れた。  
 
 (マヨヒガよぉ…これは作為的にやったのか〜?)  
風呂から上がった潮は寝室の光景を見て焦った。客間や寝室が幾つも在ると言うのに、布団が用意された部屋は一つ。  
それも、ご丁寧にもピッタリと二枚並べられていた。その片側には、小夜がちょこんと座っている。  
「今日は疲れたでしょ?早めに寝ましょう」  
今更布団を別の部屋に運んだり、布団同士の距離を取ったりは、変に思えるし、小夜は何も気にしていなさそうだったので、  
潮は布団を頭から被った。  
「小夜さん、お休み!」  
「お休みなさい。良い夢を…」  
尤も、潮に夢など見る余裕も無く、心臓の鼓動が聞こえる程の興奮で、直ぐには眠れなかった。  
とは言っても、そこは潮。1時間もしない内に、騒音公害にもなり得そうな鼾を立て始めた。  
 
 深夜2時を回った頃だろうか。潮の鼾の所為か、小夜はふと目が覚めた。隣の潮を見ると、グッスリと眠っている様だ。  
(可愛い。やっぱりまだ中学生なのね)  
潮の寝顔を見て、僅かな悪戯心が芽生えた彼女は、潮の鼻を摘んでみる。ピタリと鼾が止まり、指を放すとまた鼾を掻き始める。  
クスクスと笑いながら、再度潮の鼻を摘む。すると、無意識にその手を振り払おうとした潮の手が、浴衣越しに小夜の乳首を掠めた。  
「ひゃん!」  
小夜は未知の感覚に思わず声を上げた。だが、決して不快な感覚では無かった。寧ろ…。  
(起きたり…しないよね?)  
そっと潮の腕を掴み、浴衣の衿に入れてみる。  
「はあぁ…」  
潮の手が乳房を潰し、乳首を撫でる度、思わず溜息が漏れる程の快感が小夜の全身を駆け巡る。  
潮に起きる気配が見られなかったので、小夜はその行為を何度も何度も繰り返した。  
 
 小夜がそんな悪戯を続けていると、潮の寝言が聞こえて来た。  
「麻子ぉ…飯まだぁ?」  
その声を聞いた瞬間、小夜の体を火照らせていた熱が一気に退いた。  
(私、何やってたんだろう…)  
小夜は、傍のちり紙を取り、浴衣の裾を肌蹴て股を濡らしていた液体を拭い、布団に潜り込んだ。  
(麻子さんは狡いよ。私が出逢った時にはもう、私が潮君の心に入り込める余地は無かったんだもの)  
彼女は布団の中で指を噛み、涙を流し続けた。  
 
 
 チュチュン…チチッ  
小夜は何時の間にやら眠ってしまったらしく、雀の囀りで目が覚めた。まだ、完全には覚醒していない意識で、自分の体を包み込む心地良い圧迫感を認識した。妙に思って顔を振り向けると、小夜の顔の目の前に  
潮の顔が在った。  
(え?え?な、何なの?)  
寝惚け眼で、自分の現状を把握すべく、布団の中を覗く。どうやら、寝相の悪い潮は、小夜の布団に転がって来、その逞しい腕で彼女の体をがっちりとホールドしているらしかった。  
(ど、どうしよう。ここで潮君が起きたら……)  
だが、潮に起きる気配は無い。潮の吐息が小夜の浴衣の衿から入り込み、小夜の抜ける様な白さを持つ、肌理の細かい肌を擽る。  
それを感じて、小夜は腕を潮の背中に回す。死んだ母に最期に抱き締められたのは何時だったろうか。  
体への適度な圧迫感、浴衣を通して伝わる温もり。それだけの事なのに、小夜にはそれが途轍も無く心地良い感触に思えた。  
6月とは言え、遠野の山奥の朝は冷える。彼女は潮から伝わってくる温もりを肌に感じながら、再びまどろんだ。  
 
「うわっ!?」  
潮の叫び声で、三度目を覚ます小夜。  
「あら、お早う。潮君。良い朝ね」  
「いや、そんな事より俺、寝てる間に小夜さんの事…」  
「ああ、それなら私気付いてたんだけど、気持良いから、その侭寝ちゃったの」  
ぺロッと舌を出して頬を緩めて見せる。  
「すっごく気持良いんだよ。学校もお休みしてるし、二度寝しよ!」  
自分の布団を捲り、潮を誘う。すっかり積極的になった小夜に、潮は逆らえなかった。  
布団に入った彼の隣に小夜も潜り込み、彼を抱き締めた。  
「ね?」  
潮には、人を抱き抱えた記憶は在っても、抱き締められた記憶は無かった。経験は在るのだろうが、抱き締めてくれた母は、潮が1歳になる前に、役目に出てしまっていたのだ。そんな訳で、潮は「人に抱き締められる」と言う心地良さを初めて体感していた。  
それは、母への情も含まれていたのだろう。ふと、小夜に甘えてみたい欲求が生まれる。  
潮の望む事と、小夜の望む事が一つになった瞬間だった。  
 
 
 二人がうとうととし始めた頃、小夜が急に起き上がった。  
「誰かしら?お客さんみたい。ちょっと出て来るね」  
小夜が玄関に出てみると、木々の間を駆け抜けて来る1人の女性の姿が見えた。しかし、その速度は、人間の限界を遥かに超越していた。  
彼女は人間では無い。先の雷信の妹であり、鎌鼬と言う妖である。稀有な霊能力を持つ小夜は、彼女――かがりの妖気を察知して、玄関に出たのだ。  
かがりもまた、潮と同じくとらを失った事で、心を非道く痛めた一人だ。  
「お早う。私は潮様にお世話になったかがりと言う者なんだけど、潮様は居らっしゃるかしら?」  
「お早うございます。潮君なら、まだ寝てますよ。私もこんな格好ですので、どうぞ上がってお待ち下さい」  
そんなやり取りをしながら、小夜は彼女らしからぬ感情を抱いた。  
(も〜良い処で邪魔が入るんだから…ってヤダ!私ったら、何考えてるんだろう。  
それにしても、信じられない位綺麗な妖(ひと)だなぁ。私もあんな風になれたら…)  
長い間自分を殺して生きて来たとは言え、彼女も思春期の少女である。増してや、自分を解き放ってくれた異性に対する想いともなれば、特別な物になって当然だった。真っ赤になりながら居間へと案内する小夜を見ている内に、かがりは女の勘と言う奴で、彼女の心の内に気付いていた。  
(この娘も自分と同じ。勝ち目の無い、叶わぬ恋をしているのね)  
そう思うと、かがりはこの少女を応援してやりたくなった。  
 
「では、暫くお待ち下さい。失礼します」  
「ちょっと待って!」  
茶菓子を用意し、着替えに向かおうとした小夜にかがりが声を掛ける。  
「はい?まだ何か?」  
「少し、話したい事が在るの」  
「それでしたら、潮君が起きてからの方が…」  
「私、潮様とお話したくて来たんだけど、貴女にも用事が出来たみたいなの。だから…ね?」  
 
 かがりは今迄、恋に関しては、周囲――雷信や潮、イズナに助けて貰うだけだった。  
そして、己が積極性を欠いてしまったが為に、その恋は実らなかった。  
この娘には同じ目に遭って欲しくない。そう考えたからこそ、かがりは小夜の恋の手助けをする決意をしたのだ。  
小夜は、かがりには嘗ての自分と被って見えた。それ故、適切なアドバイスをしてやれる自信も在ったのだ。  
そして、小夜は自分と潮との出逢い、潮への想い、潮の幼馴染達の事を話し始めた。  
「そう…でも、貴女には失う物は無いでしょう?その潮様の幼馴染には、勝負する以前から負けているのだから」  
かがりの意見は厳しい。だが、それは本当に小夜の事を考えての助言だった。  
「何時迄も中途半端に攻めていても失敗するわ。私がそうだったんだもの。だから、貴女は頑張ってね。応援してるわ」  
そう言ってかがりが励ますも、何故か小夜の表情は堅い侭だった。そして、沈黙を守っていた彼女の唇がゆっくりと開かれる。  
「そう言って戴けるのは、有難いです。でも、この静養期間は、潮君の心を癒す事に専念したいですし…それに私、  
譬え麻子さんが居なくても、潮君の伴侶になっちゃいけないんです。  
私は…………………………………………ですから。でも、本音を言うと、一度位は愛されてみたいな」  
その小夜の言葉を聞いて、かがりの表情も堅くなる。  
「そう…だったら仕方が無いわね。でも、出来る限りの事はした方が良いと思うわ。さっきも言った通り、  
何もしないよりは良い筈だから。それに、潮様はお優しい。きっと、無残な結果にはならない筈よ。  
それじゃ、私はこれで失礼するわ」  
「かがりさんは、潮君に会いに来られたのでは…」  
「そのつもりだったけど、気が変わったのよ。私は暫く来ない方が良いみたいだから」  
「そんな事は…」  
「私がそう思うから、退散するのよ。また来るわ」  
そう言ってかがりは来た時とは逆に、森に飛び込んで行った。  
(格好良い妖(ひと)だったな。私も頑張らなくちゃ)  
小夜は、先刻よりもかがりの事が少し好きになっていた。  
 

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