「礼子ォ…目を、目を明けてくれよォ、礼子ォ〜〜!!!!」
うしおの悲痛な叫び声が虚しく響き渡る。
「酷い、だ…誰がこんな事をっ…!」
少し離れた所で麻子がわなわなと拳を震わせている。
「可哀想に……礼子ちゃん、痛かっただろうね……」
涙を拭いながら真由子が声を洩らす。
「お前が、お前が死んだらお腹の子はどうするんだよォ〜〜!!!!」
うしおの慟哭も、麻子の怒気も、真由子の嗚咽も、冷たい風が無常に吹き消した。
ここは蒼月牧場、かの有名な光覇明宗牛乳の産地である。
そこで、牧童の少年蒼月うしおと幼馴染の少女が2人、
無残な死を遂げた牝牛の死体を囲んでいた。
「礼子ォ〜礼子ォ〜目を明けてくれよ、モォ〜って鳴いてくれよ……」
「でも、血も、内臓も抜かれて死んでるなんて、こんなの人間の仕業じゃないよね?」
「わたし聞いたことあるな。確かキャトルミューティレイションとか言って
宇宙人が研究や実験の為に家畜を殺したりするんだって!」
真由子の言葉に麻子がぶるりと肩を震わせる。
「……お前らなあ、礼子が、礼子が死んだんだぞ! 何はしゃいでるんだよ!!」
うしおの感情に任せた怒声に麻子が食って掛かろうとするが、そこに真由子が割って入る。
「ご…ごめんねうしおくん……そんなつもりはなかったんだけど」
うしおはそんな言葉など聞こえなかったかのように背を向ける。
「まったく、2人とも薄情だぜ、お前も俺と同じように悲しいよなあ──」
そう言って足元にじゃれ寄ってくる子豚を撫でる。
「────麻子」
んぶぐしゃあぁああん!!
麻子の踵落しが炸裂した音だ。
激痛に頭を抱えるうしおの向こうには逃げて行く麻子(豚)の姿が見える。
「…っな、にすんだよ麻子ォ!!」
「アンタねえ……勝手に人の名前を豚に付けるんじゃないわよお!!!!」
げしゅわあん
うしおの身体が宙を舞う。
あまりに見事なアッパーカットである。
「ふんっ」
とりあえずのうっぷんを晴らした麻子がずんずんと大股開きで去っていく。
女鬼の姿が見えなくなったのを確認し、むくり。
うしおが起き上がる。
男らしく腕を組み仁王立ちを気取るがその目尻には痛みと恐怖で涙が溜まっていた。
「まったく、麻子のやつ、人のことぽんぽん殴りやがってよお、なあ──」
頭にできたたんこぶを撫でる真由子とは別の方を向き。
「────真由子」
山羊である。
これにはさすがの真由子(人間)も苦笑いするしかなかった。