「……ん……?」  
深い眠りからの覚醒にぼんやりとした頭のまま、潮は目覚めた体勢  
で辺りを見回し──  
 
「……そうだ、雷信達の所に遊びに来てたんだっけ」  
 
 
 
話は数日前に遡る。  
妖を絵の中に封じ込め、『芸術作品』を創り上げる事に文字通り心  
血を注ぎし忌わしき妖珠『殺羽』の使い手の青年──かつては獣の  
槍の伝承候補者にも名前が挙がったこともある──三廻部シュウと  
彼に取り憑いた女郎蜘蛛・魅繰との死闘は記憶に新しい。  
潮達は気にしていなかったが、鎌鼬の兄妹は戦いに巻き込む形に  
なった事を申し訳なく感じていたらしい。紅葉が美しい内に遊びに来ませんか、という絵葉書が届いたのだ。  
初めは迷惑じゃないかとも思ったが、父親である紫暮と話し合い  
学校が休みである土曜から日曜にかけて泊まらせてもらう事になった。  
 
送り迎えはとらにお願い(獣の槍を目の前にちらつかせながらだったが)  
して交通面も確保し、そして2泊3日の内の一日目が過ぎた所だ。  
潮は当然とらも滞在すると思ったいたが、返って来たのは意外な言葉  
だった。  
「あァ? 何でわしがおめえとつるまなきゃならんのよ? 紫暮が  
帰って来ている内に『りたんまち(リターンマッチ)』を果たさにゃ  
わしの気が収まらねェ」  
 
……どうやら紫暮に囲碁で負けた事が余程ショックだったらしい。  
とらはそう言い放つと、ちらりと空を見上げ──  
「今夜は満月か……せいぜい魅入られないように気ィつけな」  
いつものニヤリとした笑いを浮かべていた。  
 
 
 
「とらの奴、悪さしてないだろうなァ……」  
こちらに来る前に散々槍を鼻っ面に突き付けながら脅しをかけてい  
たので大丈夫だとは思うが……。  
 
…  
……  
………  
「眠れねえ……」  
いつもより早めに床についたのが祟ったのか、一度覚醒した意識は  
そう簡単には眠りについてはくれないようだ。  
幾度か寝返りを打ちながら眠りにつけないか足掻いたが……無理だった。  
潮は寝る事を諦め、なんとなしに布団から出ると障子を開けて廊下  
へと足を進める。  
「わあ……」  
人工の光が無いからか、暗闇に浮かぶ月は青白い光を優しく放っている。  
自分の家で観る物とは比較出来ない美しさは、それだけで遠野へ来た価値がある。  
暫く月を眺めていた潮だったが、ふと屋敷の廊下の奥から光が漏れて  
いる事に気付いた。  
「雷信達、まだ休んでないのかな……?」  
 
 ここへ訪れる時は時計を持参していなかった為、正確な時刻こそ  
分からないが既に深夜と言って良い頃だろう。  
 本来ならそんな時間に家主の部屋を訪れるなど不作法の極みだろうが、  
これまでにも眠れない時はいつでも来てかまわない、と雷信には  
言われているし、今回も問題はない筈だ。  
 そう結論付けると明りを目印に静まり返った廊下を進む。  
 廊下の奥、突き当たりにある雷信の部屋へと辿り着き、声を掛けようと  
した瞬間。  
 「っあ……は、ああっ!」  
 (──っ!?)  
 反射的に身体を強張らせ、隣の部屋の障子の影へと身を隠す。  
 今のはかがりの声だ。  
 別に雷信の部屋に妹である彼女が居ても不自然では無い。  
 だが、今聞こえて来た声は潮が知るいつもの物とは違っていた。  
 普段の凜とした声ではなく、甘い鼻に掛かったような──。  
 そこから導き出された答えに、慌ててかぶりをふる。  
 そんな訳がない。  
 だって彼らは血の繋がった兄妹で……。  
 確かに仲が良過ぎる感はあったが、一人っ子だった潮にはかえって羨ましいと  
思えるものだったからだ。  
 
 まさかな……俺の気のせいだ。  
 かがりと兄妹水入らずを邪魔しない内に退散しよう……と頭では  
思っていても、先程の考えがちらついてしまう。  
 「……」  
 明りが漏れる雪見障子。  
 本来は孫障子は閉められている筈だが、今は開け放たれている。  
 (──別にノゾキじゃないんだ、只確かめるだけであって……)  
 
 咎める良心とそれと同じ位に沸き起こる好奇心。  
 
 頭の中のどこかで『やめておけ』、『素直に部屋へ戻ったほうが良い』  
という言葉と共に警報が鳴っているが、好奇心はそれらを陵駕した。  
 ……そう、この時点では少しだけ様子を見たらすぐにでも部屋へ  
戻ろうと思っていたのだ。  
 影から身を乗り出し、そっと部屋の様子を伺おうとして……自分の  
軽はずみな行動を呪いたくなった。  
 あまりの驚きに見開いた瞳には今まで自分が考えていた物と殆ど  
変わらない光景が映っていた。  
 ──油の代わりに狐火でも使っているのか、青白い光をぼんやりと  
放つ置行灯の明りの中、絡み合う男女の肢体。  
 布団の上、一糸纏わぬかがりの身体に思わず目を奪われる。  
 
 紅を差していない桜色の唇に、快楽の為か切なげに寄せた眉と潤んだ瞳。  
 抜けるように白い肌は明りによってより一層艶めかしさを際立たせている。  
 スラリとしていながら成熟しきっている身体。  
 特に乳房は大の男の掌に収まらないほどのボリュームを誇りながらも  
仰向けになっていても少しも型崩れしていない。  
 それどころかその存在感を先端で仄かに桃色に色付く乳首と共に  
見せつけているようだった。  
 目の前のかがりにごくり、と無意識に生唾を飲み込む。  
 それと同時に潮達へと助けを求めに来た時にほんの少しだけ触れた素肌の感触が蘇る。  
 シミ一つない、吸い付くような青白いまでに白い肌。  
 人間と変わらないような柔らかな感触。  
 あの事件以来、自慰に耽る度に自己嫌悪に苛まれつつあの時の感触を思い出しながら達する事が増えていたのだ。  
 

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