バレンタインデー。僕はそれなりの人当たりの良さを維持し続けているので、女子の皆さまからそこそこ義理チョコを頂くことができた。
一日中背中に某マユの視線が突き刺さってきたけれど、全部無視。
放課後。わりかし人生の勝ち組寄りとして帰宅しようとした僕は、校門で待ち伏せをした御園マユに拉致された。
「というわけで、僕はマユのマンションにいるのです、ちゃんちゃん」
「みーくん、誰に喋ってるの?」
「いや、独り言だよ」
そう、と呟いて、マユはその冷たい腕を僕の首に回してくる。ソファに座っている僕に、マユが抱きついてきたのだ。
「みーくーん」
マユは僕の胸に鼻を擦りつけてくる。僕は思春期真っ盛りの健全な男子高校生であるので、
マユの背中に腕を回し返そうか悩む。歯止めが利かなくなりそうなのでやめることにした。
「くんくん」
「何嗅いでるんですか、マユ様」
すっくとマユが立ち上がり、某消臭剤を持ってきて何も言わず全身に吹きかけられた。文句を言う暇もない。
すっかりファブられた僕に満足したのか、マユはまたにこにこと僕の膝の上に収まってきた。
「……ときにみーくん、チョコ何個貰った?」
目が胡乱だ。
「ハハハ、ゼロ個に決まってるだろう」
思わず嘘をついてしまった。
「ホントに?」
マユは訝しげに目を眇める。
「ホントにホントに」
「指切りげんまん?」
「げんまんげんまん」
「じゃあなんでこんなにチョコレートくさいの?」
「それはね、地球チョコレート化が進んでいるからだよ」
「それはびっくりだ! てっきりみーくんが義理チョコをいっぱい貰ったのかと思ったよ。ファブってゴメンナサイ」
深々と頭を下げるマユ。僕の膝の上に座っているので思いっきり頭同士がぶつかる。
痛い。これが愛の痛みってやつか! 嘘だけど。
「いや、わかればいいのだよわかれば」
どうやら信じてもらえたようだ。マユのさらさらとした長い髪に指を絡ませながら、僕は問う。
「――まーちゃんは、なんもくれないの」
マユはぱっと僕の方を見る。きらきらした瞳だ。少し予想と反していて驚いたが、それを表に出すような僕ではない。
マユが指で数を示しながら、にこやかに言い放つ。
「まるいち! 市販のチョコレート。まるに! てづくりチョコレート。まるさん! ……プレゼントは、わ・た・し」
「まるいち!」
僕は少しも迷わず即答した。
「………まるさん?」
不満そうに、マユ。
「まるいち。」
「なんと!」
一番マユの希望を尊重しない選択肢を選ぶのは僕の癖である。
唇を尖らせて僕に文句を付けてきそうな雰囲気だったが、青少年なんたら法の説明をしたらわかってくれたようだった。
目、白黒してたけど。いそいそと部屋の隅からスーパーのビニール袋を発掘し、中の物を得意げに見せてくれる。
百円の板チョコだった。まるさんにすれば良かったか……いやしかし。
「みーくん、はい、あーん」
「あーん」
食べさせてもらってしまった。当たり前だが美味い。製菓会社様の不断の努力が見てとれる。
「もう一口、口移しでゴー!」
「いやそれは、ちょっ」
止める僕を意にも介さず、マユが板チョコを口に含んで唇を重ねてきた。
生ぬるい舌がにゅるりと絡みついて、甘苦いのが口中に広がる。僕もクドいようだが健全な男子高校生なので、
しっかり流されてマユの舌を味わうことにした。
「ん……あ、……んっ」
高めの掠れた吐息。構わず、歯列をなぞり上げ、口内を蹂躙する。ようやく口を離したとき、マユは肩で息をしていた。
目はとろりととろけて、もじもじと膝の頭同士を擦りつけている。
手を差し入れるとすっと脚を広げてくれた。ホントにマユは、自分の欲求に素直だなあ。少し見習おう。
辿り着いたそこは、下着の上からでもわかるくらいに湿っていた。布越しになぞってやると「ひゃん!」毒みたいに甘い声。
下着をズラしてナカに指を挿れる。中指一本をかろうじて呑み込むそこは、既にぬるぬると濡れていた。
キスだけでコレとは、大変けしからん。
第二関節よりもっと深く、ぬめりの助けを借りて入りこむ。
くっと関節を曲げてひっかくみたいに刺激してやると、猫のような声を上げる。
「……もー一本」
人差し指も一緒に挿れる。親指でぐりぐりとクリトリスを刺激するのも忘れない。
「更にもう一本、とか言っちゃって」
三本でぐちゅぐちゅとかき混ぜる。やらしい音が、やたらと響く。
マユの白い頬が朱みがかり、甘い声を漏らしながら荒く息を付いている。衣服に殆ど乱れは無し。
全くもって僕の好みのシチュエーションだ。萌えツボ? みたいな?
僕はマユの耳元に唇を寄せる。
「――――まーちゃん」
「ひゃ、あ、んあっ!」
マユの嬌声がオクターブ高くなった。マユはいつもそうだ。いつも、名前をこうして呼ぶと反応が良くなってしまう。
「まーちゃん、まーちゃん、まーちゃん」
指の抽挿を早める。
「あ、あ、あ……あ、ひ、あ、や、なんかく…くるよう、あんっ!」
「まーちゃん」
「や――――――――あ、あぁぁぁぁ!」
マユの中がきゅーっと狭くなる。焦点の合わない瞳でぼんやりしているマユに僕は声をかけてあげた。
「いっちゃった?」
こくりと頷く。僕と二人っきりの時のマユは常に子供っぽいが、この瞬間はよりその傾向がある。
マユは僕に抱きついて、肩に顎を乗せる。耳の近くで、期待に濡れる声がした。
「みーくん、……まるさん?」
やっぱり己の欲求に素直すぎる。
僕はマユの瞳をしっかり見つめて断言する。
「まるいち。」
マユの表情が泣きそうに歪む。ちょっと可哀相かなあと思ったけど、
この顔はこの顔で僕の好きな顔だったので全然罪悪感は生まれない。熱のついた身体を持て余しているのか、
半涙目になりがながら文句を言われた。
「みーくんのばかー。ばーかばーか、ばーかばーかばーかばーか!!」
「甘んじて受けよう」
マユがぽかすかと僕を殴る。本気ではなく、不平を表す可愛らしいそれだ。
――この甘ったるい雰囲気は、幸せだと呼べるのだろう。恋人同士の甘い時間。
ほほえましい? エピソード。ふと遠い目をした僕に何か思うところがあったのだろう、
「うれしい?」
マユが問いかける。
「もちろん、うれしいよ」
……さて、そうは言ってみたけれど、ぼくはうれしいなんて気持ちちっともわからない。
今の状況に付随する感情と、食欲及び性欲の組み合わせに、一体なんの違いがあると言うのだろう。
マユだって何もわかってはいないくせに。ひどく面白くなる。なので重ねて言ってあげた。
「すっごくすっごく、うれしいよ」
嘘だけど。
不思議そうに首を傾げるマユが、おかしくておかしくてしかたがなかった。