「焼肉食べたいっ!」  
 
ここは鎌倉のとある一戸建て。長い夏休みもそろそろ中盤を迎えようとしていたある日の午後、  
その一戸建てには現在二人の少女がいて、 内一人はその家の一人娘である栗色の髪をした少女。  
もう一人は薄緑の髪をした少女で、外見年齢は栗色の少女と同じくらい、快濶そうな顔付きをしている。  
――この薄緑の少女こそ、静まり返った室内の秩序を乱した張本人である。  
 
「あ、あの……焼肉……ですか……?」  
 
机に向かってしきりにペンを動かしていた栗色の少女は、突然の事態に同様を隠せないまま要領の悪い応答をかえす。  
そんな探り深い顔をベッドの上から真っ直ぐと見据え、薄緑の少女は寝転んだまま口を開く。  
 
「焼肉だよ焼肉っ!一夏、もしかして知らないの?熱した鉄板の上に牛とか豚とか鶏とかのお肉を載せて……」  
 
「い、いえ、焼肉くらい知ってますよ舞夏ちゃんっ。でも、何で急に焼肉なんですか?よりにもよって――」  
 
一夏と呼ばれた少女は、窓を隔てた屋外を見ながら返答し、一旦言葉を切る。  
八月上旬ということで、日本列島は夏真っ盛り。鎌倉も例に洩れず猛暑日が続き、屋外は湿度の高い熱気が占領している。  
 
「こんな暑い日に」  
 
言い終えると、舞夏と呼んだ少女に向き直る。  
今、二人は二階の一室にいて、  
その一室とは、言うなかれ一戸建ての一人娘一夏の部屋である。  
 
その部屋――一夏の部屋――は今現在冷房が効いているのだが――  
そんなものは窓一つ開ければ何の意味も無くなり、屋外のうだるような熱気がたちまち屋内に立ち込めるだろう。  
この猛暑日に、よりにもよって「焼肉食べたいっ!」などと言い出す薄緑が存在するとは、一夏は信じ難かった。  
 
――というか、何で舞夏は焼肉というものを知っているのだろう。舞夏がやってきてから、  
焼肉は食卓に並んだ事が無かったメニューの筈だ。大体夏だというのに焼肉が出る家など一夏は知らない。  
この家で口にした経験が無いのなら、やはり好んでよく見ているテレビや雑誌などの情報に感化されたのだろうか。  
 
「でも、この前テレビでサウナで汗を流しながらムキムキな男の人達が焼肉食べてたよ。  
焼肉って、普通そういう食べ方をするもんじゃないの?」  
 
ああ、テレビの方か。なるほど。だから焼肉か。  
 
「……それはそういうバラエティ番組だったんでしょう。普通はそんな食べ方しませんよ?」  
 
「そうなの?でも美味しそうだったよ」  
 
まぁ、確かに食べ物は美味しく食べるのが一番だから、実際に美味しいのならそういうのも悪くないのかも……  
と思ったところで、やはりそれはないと自己否定をし、同時に一瞬でも『アリかな』と思ってしまった事に自己嫌悪をする。  
 
「いや絶対美味しくないですよ、それ……焼肉といえば、タン塩を食べるとその店の味が大体分かるって聞いたことありますけど、  
 どうなんでしょうね、本当のところは」  
 
焼肉を知らないといった相手に対してこんな事を聞くのは無粋だと思ったが、ムキムキが焼肉を食べているイメージを  
払拭するために半ば強引に話題作りをしたのだから仕方が無い。  
 
「タン塩って何?」  
 
舞夏は不思議そうな顔をする。論点がズレている気がするが、そもそもタン塩を知らないのなら仕方が無かった。  
テレビで見ただけなのなら知らなくても別段おかしくはないので、一夏は特に驚いた仕草も見せず返答する。  
 
「牛の舌に、塩を塗したものです。お酒と一緒に食べるのが通なんだとか」  
 
「ええ!牛の舌食べるの?変わってるねー。へー、ふーん」  
 
流石にオーバーリアクションだと思ったが、確かに最初知ったときは自分もかなり驚いたものだ。  
このくらいの驚きは見せたかも知れない。  
 
「ん、ちょっと質問いいかな?」  
 
腕を組んでなにやら考えていた舞夏が不意に顔を上げ、一夏の顔を見る。  
どこかいってはいけない方向に向かう好奇心のようなものを感じさせるが、気のせいだろう。  
とりあえず、今は舞夏との会話に気を向けよう。  
 
「どうぞ、何ですか?」  
 

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